第七話「蒼き瞳の訪問者」

 リリスティアの言葉など一切耳に入っていない様子で、彼女はそのまま会議室を飛び出した。出たはいいが、回廊には誰もいない。だがベリーは、自分がどこへ行きたいのか分からずにひたすらに走った。
 先程までの涙はどこへやら、とにかくひたすらに彼を探して走り続けていた。

「ちゃんと話さなきゃ……!」

 あの時、僅かでも通じ合えていたのだから。今こそ彼に仲間だと認めてもらえる絶好の機会。そうして、闇雲に走り続け疲れ果てたベリーがたどり着いたのは、ヴァイスの城の長い回廊の突き当たり。
 だいぶ陽が沈みかけ、辺りの景色が赤くなっている。夜の気配がそこまで来ていた。
 ふと、ベリーはその突き当たりの先に広いテラスがあるのを認めた。まさか、とは思いながらも、まだ探してはいなかったそこに、おそるおそる足を踏み入れた。
 首を突き出し、見渡す。テラスにはテーブルひとつ無く、淡い緑の植物が勢い良くそのツタを張り巡らせていた。
 やはり誰も居ない。何故か安堵して、その場から立ち去ろうとした時だった。

「何か用か」

 声の主は、ベリーからは死角になっていた場所の壁に持たれ掛かっていた。

「キンパツ居た!」

「……なんだよ」

 ライザーは鬱陶しそうに答える。視線は彼方の景色に向けられたままだった。

「あのさ……いいかな。話したいんだけど」

「俺は話したくねぇ」

 すっぱりと言葉を切られベリーは多少腹が立ったが、それはあまり表には出さなかった。荒い息を整え、汗を拭う。

「あのさ」

 ライザーは目を逸らして、宙を仰いだ。

「今てめぇの顔見たくねえんだよ、出ていけ」

 苛立ったライザーはポケットから煙草を取り出し、荒々しく燐寸(マッチ)で火を点けた。煙がふわりと空中に霧散すると、ベリーはその臭いに顔をしかめた。

「あのさ、魔導術の意味、分かってくれてたんだよね」

 ライザーは何も答えず、煙を吐く。

「あんな状況だったのに、キンパツだけが気づいたんだ」

「さっきから何言ってやがんだテメェは」

 ライザーはまだ少ししか吸っていない煙草を下に落とすと、足で踏みつけ火を消した。

「あの、あたし、あたしね! リリスティアを一生守る魔導師になったんだ!」

「は?」

「一生だよ一生! だから、これから死ぬまでよろしくね!」

「ふざけてやがる……」

 ライザーは壁から離れる、そのまま去ろうとした。ベリーは慌てて後を追いかける。

「ちょ、ちょっと待ってよ~!

「なんだ! まだ何かあんのか!」

 冷たく言われ、ベリーは思わず立ち止まる。が、負けじと言葉を返す。

「暗くなるからあたしも中に入りたいの。いいよね?」

 テラスから城の内部への境目で背を向けたままのライザー。ベリーはじっと彼の次の言葉を待っている。
 すると、ライザーは背中で溜息を吐き、金の髪をかき上げた。

「俺に聞くな」

「そんな言い方……」

「お前がどこでどういようと、もうサウザンスロードじゃねえんだろ。じゃあ勝手にしろよ」

 陽が落ち始め、城壁が染まる。彼の耳が、夕日に照らされて少し赤くなっている。
 テラスから、城へ。そっと足を踏み入れても、ライザーは何も言わなかった。
 ふと振り返ると、あの日の自分がそこにいた。

「もう、千の魔導師じゃない……」

「あ?」

「なんでもない!」

「なんだそれ」

 ライザーは早足に歩きだし、回廊をどんどん進んでいった。ベリーが後を追いかけ、横に並ぶ。気に入らないライザーは、歩く速度を速めるも、ベリーは平気でそれに付いてくる。

「ねえねえ、誓導術ってさあ~なんで詠唱なしで術が使えるの? 人間と魔導力の種類が違うからできるのかな。それにあの重力場みたいな術って元素関係なくない? 根源と本質はもしかして古代の」

「っせえな! 勝手にしろとは言ったけど俺についてくんな!」

「なんでいいじゃん! 魔導術のこと語ろうよ~!」

「一人で喋ってろ!」

 二人の言い争う声に、以前のような棘は無くなっていた。
 追いかけるように落ちていく陽は、二人の影を長く長く伸ばしていった。


 * * *


「一応、今は重要な会議中なんデスけどね。三人になっちゃいマシたねぇ」

 放置されて言葉を失うリリスティアに意を同じくし、レオンがため息をついた。
 リリスティアは静かに自分の椅子に戻り、少し背を正した。
 するとレオンは、椅子から立ち上がり、リリスティアの背後の壁にかけられたヴァイスの国旗の前に立つ。その国旗はかなり年季が入っており、無言で歴史の長さを物語る。

「若いっていいな」

「若いデス」

「二人とも年寄りくさいぞ……」

 鋭くリリスティアに指摘され、ヒルとレオンは互いに顔を見合わせた後、妙に渇いた笑顔を見せた。

「それじゃあこれからのことデスが、ヴァイスを、今こそ再び国家として宣言しマショっか」

 リリスティアの瞳が揺れる。

「それは具体的にどうすれぱいいんだ?」

 自分にとって全く途方のないその話に、リリスティアは当然疑問を投げかけた。

「まずは各国への書面での通達、それからでしょうか。こちらは縁も繋がりも一切ないので、まあ最初は悪い悪魔王扱いデショーが、なんにも策がないわけではありマセン。そこらへんの細かい事は俺と文官でやりマスから、ご心配なさらずに」

「そう……」

 リリスティアは少し浮かない顔をした。レオンやヒルの言うことに、"はい"と返事をするしかない。意見を出そうにも、分からない。勿論、それは仕方の無い事なのだが、それでも歯がゆかった。

「これから覚えていけばいいんだよ」

 リリスティアは小さく「うん」と頷いた。だが素直に頷く事も、なんだか自分の無能さを認めているようで悔しかった。

「ハーイハイハイ。んじゃ、次の話にいきマスよ」

 レオンが軽快に手を叩く。
 そして資料を見ながら、眼鏡の縁を押し上げた。

「現在デスが、王国の正規軍はどうやらアルゲオ山脈を越えて聖王国領土内に戻っちゃったようデス」

「事後制圧用の部隊だったんだろうな。前線にあれだけの犠牲が出たんだ。退くが正しい」

「や、俺もそうだと思ったんデスけどね~。しっかしデスねえ……いくら事後制圧用でも、目の前で味方が不利になってたら普通少しは動きがある筈なんデスが」

「動くどころか、神鉄の魔導師も途中で戦線を離脱した」

 難しい顔をするヒルを見て、レオンも頷く。

「それデスよ。俺はもう竜族に全面的にお願いする気でいマシたから」

「……神鉄の魔導師は"挨拶に来た"と言っていた」

 リリスティアは彼に会った時、不思議な感覚を持った。親しみを感じるような、それでいて、遠いような。

「ははあ、挨拶ねぇ」

「つまり、目的は俺達を倒す事じゃなかったということか」

「そう。そうですよヒル君。きっと彼らの掲げる報復戦争ってのは、表向きの名目なんデス。でなけりゃ、あれだけの軍事力があるのにあんなまどろっこしいやり方しませんよ」

「じゃあ一体……。アルフレッドは他国と共謀してまで何をしたかったんだろう。無駄に戦力を削っただけじゃないか」

 リリスティアが理解不能とばかりに目を伏せる。
 するとレオンは少し思案した後、リリスティアに顔を向けこう尋ねた。

「リリスティアちゃん、アルフレッドってのは今の人間の王様デスよね?」

「そうよ。歴代の王に比べて、かなり若い時に即位したけど」

「どんな人デスか? ええと、表向きではなく、性格というか」

「どんな……って」

 リリスティアは記憶にあるアルフレッドを思い浮かべる。その中のアルフレッドは、民思いで、優しく思慮深く、まさに王としては完璧な人物だった。

「彼とは両親やセイレの兼ね合いで、小さい頃からよく一緒に遊んでいた。前王や王妃も私と遊ぶことを容認していたんだ」

 今思えば、いくら英雄聖騎士の妹だからと言って時期王位継承者を一緒に遊ばせるだろうか。ましてや、実は悪魔の娘だ。危険だとは思わなかったのだろうか。

「……あとは、アルフレッドはとにかく優しい子だった。年齢よりも落ち着いていて冷めた節はあったけど」

「ふうん。俺は今の王様の顔は生では知らないんデスよね。ヒル君、リリスティアちゃんを助けた時に見ましたか?」

「……え?」

 ふいに話をふられ、ヒルは一瞬戸惑いを見せたが、すぐに理解を示した。

「見たには見たが」

「そうデスか」
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