第七話「蒼き瞳の訪問者」

 リリスティアが追うように席を立ち彼の名を呼んだが、傍らのヒルが「追うな」と首を振った。

「リリー、私はどんな処罰も受けるよ」

「何を言いだすんだ!」

 まだ頭の整理がつかないうちにベリーがいきなりそんなことを言うものだから、リリスティアは彼女の目を見たまま静止した。だが、彼女の瞳に迷いはなかった。

「こうなることを覚悟して魔導術を使った。貴方を守らないと、私が人の世界に戻ってきた意味がないから」

「そんなことできるわけない!」

「リリーは王様なんだから、ちゃんと考えなきゃいけないんだよ。「私」はサウザンスロードで、私がいなければリリーのお父さんたちは……」

「やめろ!!」

 頭がこんがらがりそうで、じんじんする。胸の奥がざわざわと落ち着かない。
 リリスティアはなんとか息を整えて、首を振った。

「私の知らないことばかりで、それが真実だったとしてだったとしてなんだと言うんだ! お前はベリーで、私の友達だ!」

「リリー……」

「それもそうだ」

 黙って会話を聞いていたヒルだったが、ついに言葉を挟んだ。

「お前がこの地を滅ぼしかけたのは事実だ」

「ヒル……!」

 リリスティアが席を立ち上がったまま、ヒルを上から睨む。

「座るんだリリスティア。話はまだ終わっていない」

 ヒルは穏やかに、リリスティアに席に着くよう促した。リリスティアは彼があまりにも落ち着いた口調だった為か、それ以上言葉を荒げられず、椅子に再び腰を下ろした。それを確認したヒルは、ベリーに目を向けこう尋ねた。

「ひとつ聞きたいことがある。お前が放った大魔法は、何故凍結魔法だったんだ?」

「え……」

「お前ほどの魔力があるなら、何故消滅系の魔法を使わなかったんだ? 人間にはそういう魔法もあるだろう?」

 何かを察したレオンは、中指で眼鏡を押し上げるとふんと鼻をならした。

「本当にね。地下で解除してまわってたのは、その残りカスだったってことデスか?」

「そ、それは。まだ使えなかったから……時間もなくて、媒体も制御も」

「凍結より消滅の方がお前にとっては簡単だった筈だ」

「……その」

「つまり、敢えて使わなかったんだろう?」

 ヒルが深い情をたたえた瞳で、ベリーを見つめた。紅い瞳は暖かい光のような穏やかさを増し、慈しむように彼女の姿を映していた。

「どういう意味?」

「リリスティアは人間の魔導術にはあまり詳しくなかったんだったな。まあ俺もそんなに深く知識に長けている方では無いんだが」

 ヒルは机を人差し指でトン、と軽く叩いた。

「たとえば俺たちを攻撃し戦力を削りたいのならば、地表全体と言わず、範囲を絞り消滅系の攻撃魔法を使えばいい。たがベリーは、わざわざ凍結魔導術……それも面倒で複雑なものを使っていたんだよ」

「子供が作ったのかってくらい馬鹿みたいに複雑なやつデシたよね! 解除しようにもさすがに設備がない状態で解析はできマセンでしたよ。……まあ、おかげでレイム君たちも生きてた訳デスけど」

 レオンが肩をすくめる。

「じゃあ」

「そうだリリスティア。彼女は、殺す為の魔法なんか使ってないんだ」

 ベリーの瞳に、涙がじわりと沸き上がる。それは大きな粒となって、次々と頬を伝った。

「消滅魔法を使う時、いろんな声が聞こえたの……」

 精霊の声、自然の声、耳奥に聞こえた世界の声。そのすべてが彼女に制止をかけた。
 ”彼らを、殺してはいけない”と。

「途中で術式を変換したの。書き換えに気付く人はいなかった。みんな術を支えるのに必死だったから。けど、術の破壊力は違った方向に形を変えた。……この大地の気候を、凍てつく冬のままに閉じこめてしまった」

 リリスティアは、この地に入った時に見た氷漬けの精霊を思い出した。氷を伝って聞こえたのは、あの精霊たちの、命の鼓動。

「だからといって謝ってどうにかなることじゃない。私がしたことは、人間としてやったことは、貴方たちへの攻撃。リリスティア、王なら、私を捕まえなければならない。それが、貴方の役目だから」

 ベリーの胸に、引き裂かれるような痛みが広がる。今彼らがすべてさらけ出した自分のことをどう思っているか、考えるだけで絶望に染まる頭の中が、痛みに疼く。
 もし、何も知らないまま、知られないまま「ベリー」としていられたなら。
 あの王都のあの場所で午後に待ち合わせて、街角のカフェでお茶をして。何も気にせず、誰にも追いかけられず、リリーの友達としていれたのに。

 そんなのは、傲慢な望みでしかないというのに。

 リリスティアが近くに居るというのに、ベリーはその顔をまともに見れないでいた。袖で顔を覆い隠し、肩を震わせている。
 そんな彼女の肩に、リリスティアは小さな子供を愛でるかのような優しい仕草で手を置いた。一瞬震え上がるベリーだったが、リリスティアはその手を彼女の手に移し、そっと握りしめた。
 手や袖は、涙に濡れているが、リリスティアは構わず握っている。

「ごめん」

「え……」

 自分にとって意外な言葉に、ベリーは思わず顔を上げリリスティアと目を合わせた。

「貴女とは、小さい頃から一緒な訳でも無いし。出会い方なんて最低だった。後は……ずっとつきまとわれてただけのような気さえする。けど、……えっと」

 リリスティアは少し視線を逸らし、何かうまい言い方は無いものかと首を捻る。が、ついに観念したのか、照れくさそうに目を伏せてこう言った。

「誰も私の傍に近寄らなかった。誰も見ようとしなかった。けど、貴方はずっと、……気付いたらそこにいてくれた。それは、嘘ではない」

「でも、それは」

「理由がどうあれ、貴方がいることに私はずっと……ずっと、その」

「でもあたし、違うんだよ! だって、全部知ってて近づいたんだもん!」

「けど、いつも一緒に紅茶を飲んでくれた。それは、嘘ではないのでしょう」

「リリー……」

「ありがとう、ベリー」

 リリスティアは、ひどく挙動がおかしかった。
 だが、ベリーはそんなことは全く気にならないらしく、体中の水分を総動員しているかの如く涙を流しながら、リリスティアに抱きついた。
 もう何も、弁解の言葉も、感謝の気持ちも出ては来なかった。
 ただ、信頼する友人としての気持ちを変えずそこに居る彼女に、ベリーは胸を詰まらせていた。

「コホン、フォルビナ――じゃない、ベリーちゃん」

 わざとらしく咳払いをし、レオンが手を挙げた。

「リュシアナの情報たくさんクダサイねえ」

「一言多い」

 笑いながら顔をのぞき込んでくる彼に、リリスティアは嫌悪感いっぱいに眉間に皺を寄せた。
 ベリーは、人知れず決意した。この力は、リリスティアの為に、この国の為に使おうと。利用されるんじゃなく、誰かを助ける為だけに使うんだ、と。

「あ……」

 ふと、ベリーの頭に彼の顔がよぎった。

「どうしたの?」

 リリスティアが体を離し、問いかける。

「キンパツ……」

「ああ、ライザー君?」

 レオンがそう返すと、気まずそうにベリーは頷いた。

「うーん、ライザー君も、自分の中で必死に葛藤してるんデスよ」

「人間が俺達に放った大魔法の種類と効果を知って、一番に希望を抱いたのはあいつだったからな」

 続けたヒルの言葉は、ベリーにとって何より信じがたくも嬉しいものとなった。

「あいつ一人だけ、こう言ってたんだ」

『これだけの魔力がありながら、わざわざ生命ごと凍結させる複雑な術だ。こんなもん使うなんて無駄にもほどがある。もしかしたら……もしかしたらこれを使った魔導師は……』

「俺たちを理解しようとしている奴かもしれない、って」

 だからこそ、ライザーは葛藤した。それは当時は、誰もが馬鹿にした推測だった。
 否定されてから、彼はその心の内を誰にも明かすことはなくなった。
 だが、人を憎みながらも、知らず知らずの内にどこかに常に希望を探していた。人の世界には、どんな魔法があるのだろうか。どんな魔導具が開発されているのか?
 少ない情報しかないだろうに、どうやって勉強をしているのだろうか。どこまで、大地は続いているのだろうか。

 ――ああ、俺たちも。君たちを理解できたらいいのに。

「キンパツ……」

 弾かれたようにベリーは立ち上がった。

「あ……あたし、あたしちょっとキンパツ探してくる!」

「ベリー!」

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