第七話「蒼き瞳の訪問者」
「ヒル君に今倒れられると困るんデスよ」
「分かっているさ」
「分かってるならもっとこう対処法とかをデスねえ」
レオンは眉を寄せ、ヒルを睨む。だがヒルは、至って穏やかに微笑んでいた。
「俺は平気だよ」
そう言ってヒルは立ち上がると、乱れた髪をさっと手櫛でときまた下の方でひとつに結んだ。服を整えると、その紅い目に輝きが灯り、ヴァイス軍総指揮官のヒルに成った。
その余裕ぷりが気に入らないレオンは呆れたように溜息を吐く。
「なあレオン」
ヒルが視線を下げ、少し擦れた声で彼の名を呼んだ。
「なんデスか?」
レオンは不機嫌に眉を寄せていた。が、ヒルはそんな彼の機嫌を伺うように、少し困った顔でこう言った。
「俺は大丈夫だ。ほら、風邪だって引いたことがないだろ」
「……はいはい」
ヒルとレオンは、互いに多くは語らずさっさとその場を離れていった。先を歩くヒルの背中はいつもと変わらない。だが、レオンはその背中をじっと睨み付けながら何かを考察している。やがて何か納得したのか、顎に手を当て頭を振った。
その、少し後のことだった。ヴァイス王城の中庭が、俄かに騒がしくなった。
中庭の兵士たちが腰を下ろしている中に、その男はいつの間にか霧のように入り込んでいた。兵の制止も聞かず、男は纏っている漆黒のローブを翻しながら、どんどんと足を進める。
「止まれ! ここがどこだか分かっているのか!?」
すると、男は低い声で静かに答えた。
「ヴァイスの王が住まう城だ。勘違いするな、俺は敵ではない」
「何?」
「王に伝えろ。旧友が、会いに来たとな」
蒼い瞳の男は、微かに笑ってみせた。
* * *
ヴァイス王城の上階、広い執務室の中央には、会議を行うための大きな円形のテーブルが置かれていた。
突き当たりの石の壁にはヴァイス領土の地図、そして国旗がかけられている。
机の上座の一辺に一つだけ置かれた取り分け豪華な椅子には、リリスティアが座る。そその両脇にはヒルとレオン。続いてライザー、ベリーとが順に座っていた。
「さてと、とりあえずリュシアナ軍は全軍撤退。追撃はこちらにも損害を与えかねないのでやめマシた。こちらの損害はレイム君指揮の歩兵部隊がほぼ壊滅。生き残った兵士も重傷者多数デスね」
レオンは机に両肘をつき、手を組み合わせたまますらすらと結果報告を述べていく。
「民の安全確保、、財政の建て直し、国の復興、魔導部隊、歩兵の補充、兵糧に武器の確保、やることは山ほどありマスがそれよりもひとつ」
言い終わると共に、レオンは鋭い視線を彼女に移した。
「どういうことか、説明してもらえマスか? 大魔導師サウザンスロードさん」
皆の視線が彼女に集められた。その疑念に満ちた視線を受け、ベリーは膝の上に置いた手をきゅっと握りしめた。
恐らく魔導術で変えていた彼女の丸い目が少し鋭くなり、顔相が変わる。見慣れていた友人の顔の変化に、リリスティアはどきりとした。凛とした横顔に光る銀の瞳は、まるで知らない人のようだった。
「なんなんだよテメェは一体」
「ライザー、まず話を聞くんだ」
今にも噛み付いていきそうなライザーを、ヒルが制止する。
「まあそう言いたくもなりマスよねえ。まさかまさかの、あのサウザンスロードだっていうんデスから」
「煽ってどうするんだレオン」
「違いマスよ~。彼女の言い訳待ちデスよ~」
「今更何を話すってんだ」
ヒルとレオンがなだめるも、やはりライザーは向かい合った席に居る彼女を睨んだままだった。その雰囲気がいたたまれなくなったリリスティアが、ついに口を開いた。
「私が話してもいいか」
どうぞ、とレオンが手のひらを上にする。
「ベリー。貴女は、私の知っているベリーじゃないの?」
するとベリーは、リリスティアを上目遣いにちらりと見ると、被っていた白いローブを取ってみせた。
「……私の本当の名前は「フォルビナ・サウザンスロード」。ベリーはあの日、魔導術のお師匠が私につけた名前なの」
「何故隠していたの」
リリスティアが問う。
「この名前と力は、一度捨てたものだったから」
「捨てただと!? ふざけんな! テメェは「悪魔」に殺されたんだろうが!」
それにはリリスティアも頷いた。
「私も、魔導界の双璧の一人であるサウザンスロードは悪魔に殺されたって、王国では伝え聞いていたけど」
その後彼の力を受け継ぐ者はおらず、術は途絶えたとも聞いていた。
「どうなんだ!」
ライザーがきつく声を上げるが、ベリーはあまり動じずそれに答えた。
「私はどうしても名を捨てなければいけなかったから。そうすることで、自分自身がやったことから逃げたかったの」
「なにをやったというの?」
リリスティアの言葉に、ベリーは悲しそうに眉を下げた。そして、後悔に満ちたその心の内を吐き出すかのように、淡々と語り始めた。
「私の魔力は、すぐにあいつらに目をつけられた」
聖王国の実力者、バロンが当主を務めるロストハウンドの一族。神を崇める一方で、思想を違える者には容赦のない一族だ。
ある時、悪魔達の生き残りを繊滅する為の極秘作戦が静かに執行された。
あの北の大地に、この王都から大魔法を放ち攻撃をする。そのために必要なのは、サウザンスロードが操る特異な術式だった。
異なった術式、属性を融合させて発動させることが出来るハイ・ファントム式魔導術を操れるのは、当時サウザンスロード一人だけであった。
『成功したならば、そなたには生涯の安息の生活を約束しよう。その名と姿も、望む物を与えよう』
魔導師としての生活に嫌気が差していたサウザンスロードはすぐに快諾した。
どこに行っても人はサウザンスロードを追いかけ、戦いの道具に使おうと画策する。
贈られる薔薇の花束、宝石の箱。投げられる銀の刃、毒の瓶。疎まれ賞賛され、真実の自分の姿はいつも「魔導師」という名前の影で殺されていた。
家族もなく、師は遠く。孤独と、実のない賞賛が彼女を苦しめた。
この無意味に強大な力を「与えられた」人生から逃れられるなら、なんでもよかった。
そして、悪魔のことをよく知ろうともせず、言われるがままに、ヴァイスに向けて大魔法を放った。
彼方の地は端から中央に向けてみるみる内に禁断の氷に閉ざされていった。山は枯れ、大地は渇き、運河に住む精霊達の悲鳴が伝わってきた。
「よくやった」と、彼らは言った。
そしてその後になって、魔導師は歴史の真実を知った。悪魔は悪魔でなく、ただの善良な民達だと。
異形の姿はしておらず、真実の姿は我々と変わりないのだと知った時には遅かった。
名を捨て、細々と山奥で書物を読みあさり草花を愛でて暮らしていた自分にそれを教えたのは師だった。悩んで、悩み続け。終わりの無い罪の意識に苛まれ続けた。
だが、そんな腐った生活に終止符を打つ時が来た。
――ヴァイスの生き残りが、聖王国にいると知った。
孤独な魔導師は山を下り、当時の国王の元に向かった。
『私にこの国での名をください』
当時の国王は彼女がサウザンスロードだと聞くと、何も疑うことなく、快諾した。
『出来れば貴殿のような魔導師には、聖騎士を影から見守ってやってほしいものだ』
そして孤独な魔導師は、聖騎士管理組合監査官見習い、サウザンスロードの遺児ベリー・ハウエルに成った。
わざわざ姿をそれに見合った幼子に変え。年と共に成長していくかのように体つきも変えて。そのせいでだいぶ魔導力を消耗してしまったように思うが、かまわない。
今までとは全く違う性格、喋り方。慣れるまでは大変だった。あの時、自分の所為ですべての人生を狂わせてしまったあの子への罪滅ぼしになるならば、なんてことは無かった。
近くで、見守ろうと思った。何かあれば、助けになれるようにと。この罪が、少しでも軽くなるならばと。
「これで全部だよ」
誰もが、言葉を失った。目の前にいる少女は、この国の気象を狂わせた大魔法を放った張本人。そしてその外見からは想像も出来ないほどの魔力を秘めた魔導師。
力のまま魔法を使ってしまえば、大地を消滅させることなどわけがないのではないか。
レオンが苦笑いを見せる。ヒルは、何も語らず黙って目を伏せたままだった。
ライザーはというと、やり場のない感情をどうしていいのか分からなかったのか、荒々しく席を立った。
「ライ――」
「分かっているさ」
「分かってるならもっとこう対処法とかをデスねえ」
レオンは眉を寄せ、ヒルを睨む。だがヒルは、至って穏やかに微笑んでいた。
「俺は平気だよ」
そう言ってヒルは立ち上がると、乱れた髪をさっと手櫛でときまた下の方でひとつに結んだ。服を整えると、その紅い目に輝きが灯り、ヴァイス軍総指揮官のヒルに成った。
その余裕ぷりが気に入らないレオンは呆れたように溜息を吐く。
「なあレオン」
ヒルが視線を下げ、少し擦れた声で彼の名を呼んだ。
「なんデスか?」
レオンは不機嫌に眉を寄せていた。が、ヒルはそんな彼の機嫌を伺うように、少し困った顔でこう言った。
「俺は大丈夫だ。ほら、風邪だって引いたことがないだろ」
「……はいはい」
ヒルとレオンは、互いに多くは語らずさっさとその場を離れていった。先を歩くヒルの背中はいつもと変わらない。だが、レオンはその背中をじっと睨み付けながら何かを考察している。やがて何か納得したのか、顎に手を当て頭を振った。
その、少し後のことだった。ヴァイス王城の中庭が、俄かに騒がしくなった。
中庭の兵士たちが腰を下ろしている中に、その男はいつの間にか霧のように入り込んでいた。兵の制止も聞かず、男は纏っている漆黒のローブを翻しながら、どんどんと足を進める。
「止まれ! ここがどこだか分かっているのか!?」
すると、男は低い声で静かに答えた。
「ヴァイスの王が住まう城だ。勘違いするな、俺は敵ではない」
「何?」
「王に伝えろ。旧友が、会いに来たとな」
蒼い瞳の男は、微かに笑ってみせた。
* * *
ヴァイス王城の上階、広い執務室の中央には、会議を行うための大きな円形のテーブルが置かれていた。
突き当たりの石の壁にはヴァイス領土の地図、そして国旗がかけられている。
机の上座の一辺に一つだけ置かれた取り分け豪華な椅子には、リリスティアが座る。そその両脇にはヒルとレオン。続いてライザー、ベリーとが順に座っていた。
「さてと、とりあえずリュシアナ軍は全軍撤退。追撃はこちらにも損害を与えかねないのでやめマシた。こちらの損害はレイム君指揮の歩兵部隊がほぼ壊滅。生き残った兵士も重傷者多数デスね」
レオンは机に両肘をつき、手を組み合わせたまますらすらと結果報告を述べていく。
「民の安全確保、、財政の建て直し、国の復興、魔導部隊、歩兵の補充、兵糧に武器の確保、やることは山ほどありマスがそれよりもひとつ」
言い終わると共に、レオンは鋭い視線を彼女に移した。
「どういうことか、説明してもらえマスか? 大魔導師サウザンスロードさん」
皆の視線が彼女に集められた。その疑念に満ちた視線を受け、ベリーは膝の上に置いた手をきゅっと握りしめた。
恐らく魔導術で変えていた彼女の丸い目が少し鋭くなり、顔相が変わる。見慣れていた友人の顔の変化に、リリスティアはどきりとした。凛とした横顔に光る銀の瞳は、まるで知らない人のようだった。
「なんなんだよテメェは一体」
「ライザー、まず話を聞くんだ」
今にも噛み付いていきそうなライザーを、ヒルが制止する。
「まあそう言いたくもなりマスよねえ。まさかまさかの、あのサウザンスロードだっていうんデスから」
「煽ってどうするんだレオン」
「違いマスよ~。彼女の言い訳待ちデスよ~」
「今更何を話すってんだ」
ヒルとレオンがなだめるも、やはりライザーは向かい合った席に居る彼女を睨んだままだった。その雰囲気がいたたまれなくなったリリスティアが、ついに口を開いた。
「私が話してもいいか」
どうぞ、とレオンが手のひらを上にする。
「ベリー。貴女は、私の知っているベリーじゃないの?」
するとベリーは、リリスティアを上目遣いにちらりと見ると、被っていた白いローブを取ってみせた。
「……私の本当の名前は「フォルビナ・サウザンスロード」。ベリーはあの日、魔導術のお師匠が私につけた名前なの」
「何故隠していたの」
リリスティアが問う。
「この名前と力は、一度捨てたものだったから」
「捨てただと!? ふざけんな! テメェは「悪魔」に殺されたんだろうが!」
それにはリリスティアも頷いた。
「私も、魔導界の双璧の一人であるサウザンスロードは悪魔に殺されたって、王国では伝え聞いていたけど」
その後彼の力を受け継ぐ者はおらず、術は途絶えたとも聞いていた。
「どうなんだ!」
ライザーがきつく声を上げるが、ベリーはあまり動じずそれに答えた。
「私はどうしても名を捨てなければいけなかったから。そうすることで、自分自身がやったことから逃げたかったの」
「なにをやったというの?」
リリスティアの言葉に、ベリーは悲しそうに眉を下げた。そして、後悔に満ちたその心の内を吐き出すかのように、淡々と語り始めた。
「私の魔力は、すぐにあいつらに目をつけられた」
聖王国の実力者、バロンが当主を務めるロストハウンドの一族。神を崇める一方で、思想を違える者には容赦のない一族だ。
ある時、悪魔達の生き残りを繊滅する為の極秘作戦が静かに執行された。
あの北の大地に、この王都から大魔法を放ち攻撃をする。そのために必要なのは、サウザンスロードが操る特異な術式だった。
異なった術式、属性を融合させて発動させることが出来るハイ・ファントム式魔導術を操れるのは、当時サウザンスロード一人だけであった。
『成功したならば、そなたには生涯の安息の生活を約束しよう。その名と姿も、望む物を与えよう』
魔導師としての生活に嫌気が差していたサウザンスロードはすぐに快諾した。
どこに行っても人はサウザンスロードを追いかけ、戦いの道具に使おうと画策する。
贈られる薔薇の花束、宝石の箱。投げられる銀の刃、毒の瓶。疎まれ賞賛され、真実の自分の姿はいつも「魔導師」という名前の影で殺されていた。
家族もなく、師は遠く。孤独と、実のない賞賛が彼女を苦しめた。
この無意味に強大な力を「与えられた」人生から逃れられるなら、なんでもよかった。
そして、悪魔のことをよく知ろうともせず、言われるがままに、ヴァイスに向けて大魔法を放った。
彼方の地は端から中央に向けてみるみる内に禁断の氷に閉ざされていった。山は枯れ、大地は渇き、運河に住む精霊達の悲鳴が伝わってきた。
「よくやった」と、彼らは言った。
そしてその後になって、魔導師は歴史の真実を知った。悪魔は悪魔でなく、ただの善良な民達だと。
異形の姿はしておらず、真実の姿は我々と変わりないのだと知った時には遅かった。
名を捨て、細々と山奥で書物を読みあさり草花を愛でて暮らしていた自分にそれを教えたのは師だった。悩んで、悩み続け。終わりの無い罪の意識に苛まれ続けた。
だが、そんな腐った生活に終止符を打つ時が来た。
――ヴァイスの生き残りが、聖王国にいると知った。
孤独な魔導師は山を下り、当時の国王の元に向かった。
『私にこの国での名をください』
当時の国王は彼女がサウザンスロードだと聞くと、何も疑うことなく、快諾した。
『出来れば貴殿のような魔導師には、聖騎士を影から見守ってやってほしいものだ』
そして孤独な魔導師は、聖騎士管理組合監査官見習い、サウザンスロードの遺児ベリー・ハウエルに成った。
わざわざ姿をそれに見合った幼子に変え。年と共に成長していくかのように体つきも変えて。そのせいでだいぶ魔導力を消耗してしまったように思うが、かまわない。
今までとは全く違う性格、喋り方。慣れるまでは大変だった。あの時、自分の所為ですべての人生を狂わせてしまったあの子への罪滅ぼしになるならば、なんてことは無かった。
近くで、見守ろうと思った。何かあれば、助けになれるようにと。この罪が、少しでも軽くなるならばと。
「これで全部だよ」
誰もが、言葉を失った。目の前にいる少女は、この国の気象を狂わせた大魔法を放った張本人。そしてその外見からは想像も出来ないほどの魔力を秘めた魔導師。
力のまま魔法を使ってしまえば、大地を消滅させることなどわけがないのではないか。
レオンが苦笑いを見せる。ヒルは、何も語らず黙って目を伏せたままだった。
ライザーはというと、やり場のない感情をどうしていいのか分からなかったのか、荒々しく席を立った。
「ライ――」