第七話「蒼き瞳の訪問者」

 シラを切る彼を見抜いているのかいないのか、シュナイダーの目の前のその人物は妖しく微笑んだ。匂い立つような魅惑的な瞳、妖艶な唇、流れるような長い紺色の髪。緩やかな曲線を描く体を、純白の軍服が包み込んでいる。

「私はどこもおかしくなどありません」

「そうか?」

「過去の悲しみを昇華できず、神に心を預けたくなる日があるということです」

 マリアベルはひどく楽しそうに声を上げた。

「ははっ、シュナイダー。そんなに信心深かったか?」

 マリアベルは、長い指先を髪に絡めあざ笑う。

「貴方にもそんな日がありませんか? マリアベル大佐」

「……ない。あるとして、そのような感傷に浸る暇などない」

「さすがお強い」

「お前はこの国の平民出身だったな。すぐ感情的になるのも仕方がない。民はそうでなくては」

 かっとなったシュナイダーがさらに反論しようとした時、マリアベルは静かに首を横に振った。

「いいから、戻れ。次の作戦への会議が始まる。どうやら悪魔共は烏滸がましくも独立国家を建てようとしているらしい」

「独立宣言……それは穏やかではない」

「忙しくなる。過去に浸るのは、戦いが終わってからにするのだな」

 マリアベルはそう告げると、髪を翻し背を向けた。そのまま、仰々しい周りの兵を引き連れ、祈りの庭を後にした。その口元に、たまらなく沸き上がった笑みを湛えたまま。

「セイレ。あれもお前の言う"意志"のひとつなのか」

 シュナイダーは背後の祈りの塔を見上げてみた。
 いつもと変わらず、美しい塔だった。
 そして、何かを決意したのか、彼はその瞳に一条の光を宿し、庭を後にした。


 * * *


 戦禍の匂いが残る風の中に、ヴァイスの城が佇む。空は青く、鷹が舞う。
 凱旋とは言い難い。ただ防いだだけの戦いの結果に、兵たちは疲労の色を濃く見せていた。
 軍隊が門の前に着く前に、シャジャが門より飛び出してきた。
 シャジャは軍隊の中に誰かを探していたが、目的の人物が居ないと分かると悲しそうに俯いた。

「シャジャ」

 その様子を見つけたリリスティアが、馬上から声をかける。
 するとシャジャは、精一杯の笑顔を見せた――つもりだった。
 だが紅玉の瞳は特に形を変えているわけではなく、無機質にリリスティアを映しているだけだった。

「お帰りなさい、陛下」

「……ありがとう」

 リリスティアは軽く笑みを見せると、馬を歩ませ城の中へと入っていった。後から続けて、ヒルも馬を進める。
 仰々しい鎧の兵が何人か通り過ぎると、魔導師や歩兵部隊の姿が見えてきた。
 間を空けず、入れ違うように二人の男がよろめきながら入ってきた。一人は至って無傷だが、もう片方はなんとも無惨な姿だった。

「カイムさん、あの、なんでわざわざ人型になるんすか……竜化したままなら楽に」

 体中に止血用の包帯を巻き付けたレイムが、その場にへたりこむ。

「なぜお前を運ぶ為に竜化せねばならんのだ」

 カイムは腰に手を当てたままで、レイムに手を貸そうとする様子は全く無い。

「神鉄の魔導師には挨拶とかで竜化したくせに……」

「挨拶だからな」

 そういえばこういう兄だったと、レイムは思い切り長いため息を吐いた。
 二人の様子を呆れたように見ていたシャジャだったが、ある人物を見つけると目を大きくさせた。

「ライザー卿!」

 シャジャは、声をかけようと手を挙げる。
 が、その顔を見るとそれは出来なかった。声をかけるどころか、思わずシャジャは後ずさりをした。
 ライザーは、いつもとは違う怒りを心に持っていた。それがシャジャにはすぐ分かった。
 怒り口調の多い彼だが、どれも心の底からそうなわけではない。だからこそ、本気で怒っているときとそうでない時の違いが分かる。
 シャジャはすぐにその怒りの原因を知ることが出来た。彼の後ろをわざと離れて歩く人物、ベリーをその目にしたからだった。

「サウザンスロード」

 すると、ベリーは立ち止まり、頭に被っていた白いフードを取ると、髪を弄びながら苦笑いをした。

「知ってたんだ」

 シャジャは頭を下げ、気まずそうにする。

「いいの。隠してても、たぶんいつかバレてたしさ」

「全部話すんですか?」

「うん……きっとあの意地悪そうな眼鏡くんは気づいただろうしね~」

 ベリーは城の一番高い位置の窓を見上げた。そこには、腕組みをし冷たくこちらを見ているレオンが居た。

「あたしのやったこと、全部話すよ」

 そう言ってベリーは、再び頭に白いフードを被りながらすいっとシャジャの前から去っていった。その背中を複雑に見送っていたシャジャだったが、城の中に次々に足を踏み入れてくる兵士に潰されそうになり、仕方なく自分もその場を離れた。

 ヴァイスの王都は、城塞都市だ。
 石造りの王城は広大で、傷ついた兵たちが体を癒すには十分すぎるほどの敷地がある。
 血と薬の匂いが混ざり合う鬱屈とした空気の中、誰もが大きくうなだれて座りこむ。それとは対照的に、出番が回ってこなかった竜達が外壁や木々の上でつまらなさそうに牙を休めていた。
 白衣を纏った女性たちは慌ただしく駆けずり回り、すれ違うリリスティアに頭を下げながら、彼らの手当に回った。リリスティアはしばらく立ち止まってその様子を見ていたが、すぐに目を逸らした。まるで対照的な、傷ひとつない自分の体を恥じるかのように。
 かつての自分が、そこに重なる。守られる側にも大きな責任と覚悟が必要であることを、改めて思い知ることとなった。
 石造りの城の中に歩を進めると、巨大な広間に辿り着く。別の部屋に続く回廊の先からレオンとミリアが現れた。レオンはリリスティアの全身を見遣り、外傷が無いことを確認すると安堵の笑みを見せた。

「ご無事で何よりデス」

「お帰りなさいませ、陛下」

「レオン、ミリア。ただいま……」

 少し気まずそうに、リリスティアは答える。

「や~正直、彼らが撤退してくれて助かりマシたよ~。俺は随分な勘違いをしてマシたから」

「勘違い?」

「彼らの目的と言いマスか……。ま、それはまた後で話すとして」

 眼鏡の奥のレオンの瞳が細くなる。気を取り直すかのようにずれた眼鏡を上げると、ふと何かに気づき首を傾げた。

「あれ? そういえばヒル君はどこデス?」

「え?」

 リリスティアは後ろを振り返る。
 先程まで傍にいたと思っていた。だがそこにはヒルの姿は無く、兵達の声がさざめいているだけだった。

「確か、私の後ろに居たんだけど」

「フーン」

 レオンは顎に手をやり何かに思考を巡らせていたが、リリスティアの肩を軽く叩くと笑みを見せこう言った。

「じゃあとりあえず、リリスティア陛下は部屋に行って体を休ませてください。俺はヒル君を探してきますから」

「分かった」

 リリスティアの返事を聞くや否や、レオンは彼女の元を離れ、中庭に続く回廊に向かった。

「あ、レオン待って。レイムが――」

 そう声をかけるも、レオンは振り返らなかった。どことなく焦っているその様子に、リリスティアは不安を覚えた。

「大丈夫かな」

 少し弱々しく、呟く。
 広間の長細い窓の隙間からは、先ほどまで居た中庭が少し見える。後を追いかけようとしたが、ミリアがそれを優しく制した。

「軍師にお任せを。何かあれば、すぐにお知らせいたします」

「……わかった」

 リリスティアの姿が見えなくなったことを確認したレオンは、すぐに駆け出した。普段めったに走ることなどないが、この時ばかりは必死に走った。彼に気づき道を開ける兵士も、その様子に驚きとまどう。
 あまりに人が多く、広い庭。各所に植えられた植木がやけに美しく緑に光っている。

「まったくどこにいるんだか……!」

 そして、その美しい中庭の隅の方。木の影になった暗い場所で、一人うずくまる男性を見つけた。
 誰にも見えないように壁にもたれ掛かり、苦しそうに地面の草を握りしめている。いつも後ろできちんと結ばれている紅い髪は解かれ、体にまとわりつくように乱れていた。

「いたいた。何やってるんデスかヒル君ってばもう」

「……レオンか」

 ヒルは髪の隙間からこちらに目を向けた。掠れた声が、彼らしくない。
 レオンは彼の側に膝をつくと、邪魔な髪を避け、彼を診察するような仕草で確認し始めた。

「平気だ」

「そういうのいいデスから」

 レオンは溜息をつくと、ヒルから離れ立ち上がった。
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