第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」

 アメリが庇うように言葉を被せた。すると、マリアベルは何を思ったか口角を上げにこりと微笑んだ。

「アメリよ、いいことを教えてやろう」

 するとマリアベルはアメリに向き直り、表面だけの微笑みを見せた。
 マリアベルの瞳が、アメリの体を金縛りにも似た恐怖で縛り付けた。殺気を感じ、アメリは一筋の汗を額に流した。

「私に忠誠を誓う必要などない。陛下のお心にかなえさえすればいいのだ。それに異を唱える者を私は決して許さない」

 間を置かず、アメリの黒髪がふわりと風になびき浮き上がった。それは風が巡ったからではなく、傍らの女性聖騎士の体が、何者かの力により音も無く中から破裂したからだ。
 風の後に飛んできたまだ暖かい鮮血が、アメリの漆黒の髪と陶器のような肌を汚した。先程まで女性聖騎士が居た筈の場所には、もう血と肉の塊しかなく。腰に下げられていただろう剣だけが、その血溜まりの中に形を残していた。

「ひっ、うわあああ!!」

「ぐ……うげっ」

 血は周りにいた兵士達にも降り懸かり、勿論、近くにいたマリアベルの体も真っ赤に染めていた。

「おやおや、汚してしまいましたか。申し訳ありませんマリアベル閣下」

 何食わぬ顔で、群衆の中から現れたのはクルヴェイグだった。
 いつからそこに居たのか、まるで気づいていなかった兵士達は自然と彼から距離を置く。

「神鉄の魔導師。貴様しくじったな」

「いいえ大佐。成功ですよ」

 アメリは呆然としたまま動けなかったが、やがて徐々に現実に目覚め始めると、傍らでもう人の形を成してはいないかつての部下に視線を落とした。
 一滴、透明な涙が血溜まりに落ちて消えた。

「アメリ!!」

 クルヴェイグの陰から、一人の少年が飛び出した。足下に広がる血を気にもせず、アメリに駆け寄るとその顔をのぞき込む。

「その子供、助けたのか」

 少し驚いたようにマリアベルがクルヴェイグに問う。

「ええもちろん。ジークフリードは大事な弟ですから」

「アメリ立って。ほら」

「……ジーク」

 アメリは目の前の少年の顔を見て、何か言いたそうに唇を震わせたが、それはかなわず、がくりとうなだれた。

「……生きてて良かったよ」

 ジークフリードは大して体格も変わらない彼女の肩を、姉に甘える弟のような仕草で抱きしめた。抱きしめられながらも、アメリの瞳からは涙がぽつりぽつりと流れ続けていた。

「情け、労り合い、そんなもので戦いに勝てるならば苦労はしない」

「深い慈悲や優しさ、情愛などというものは彼ら特有の性質ですよね大佐?」

 クルヴェイグが妙な言い回しをすると、マリアベルは鋭く彼を睨みつけた。

「おや? 違いましたか?」

「そうだ。甘さと勘違いがやつらの特徴だ」

 マリアベルは背を向けテントに向かって歩み、今度こそその中へと姿を消した。

 ――いくらなんでも、非情すぎる。
 シュナイダーは彼女に言いしれぬ闇を感じていた。
 そして不安になった時には決まって、いつもあの女性の顔が脳裏にゆらめく。まるで何かを伝えたいかのように。悲しそうなあの女性の顔が。
 何が言いたいんだセイレ。俺は、君を殺した悪魔を倒す為にここにいる。なのに。

 なのに、何故君はいつもそんな瞳で俺を見る。



 ――誰か、誰かこの絡まった鎖を解いてくれ。断ち切ってくれ。
 悔しい。動けないんだ。

 何もかも見えているのに、分かっているのに。
 皮肉な絆に縛られた彼女を救ってやってくれ。
 もう、私にはできないかもしれないから―――
 必死に叫ぶ女性の声が、誰かの耳に届くことはなかった。



「よくやったねマリアベル」

「いえ陛下、作戦は失敗です」

 テントの中で、マリアベルは通信魔導機械に写るアルフレッドと向かい合っていた。機械に写るアルフレッドは至って穏やかな笑みを浮かべていたが、マリアベルは落ち込んだ顔でうつむいている。それはまるで失敗を恥じる子供のような顔だった。

「そんなことはない、目標は果たせなかったけど、目的は果たせたからいいんだよ」

「と言いますと?」

 するとアルフレッドは手元にある何枚かの紙を眺め、その一枚をマリアベルに見せた。

「部隊配置図……ですか」

「そうだよ。アメリとジークフリードに指揮させた師団のね」

 その部隊表には、聖騎士や兵士、魔導師の名前、出身地、年齢などが書かれていた。
 それを何気なく見ていたマリアベルだが、あることに気づくと魔導機械の画面に顔を近づけた。

「これは……まさか」

 部隊表には、前記の情報以外にもう一つ…種族という欄があった。

「そう、ここに書かれているのは全て人間と多種族の間に生まれた、もしくは祖父母に他の種族を持つ者達だ」

「それでは」

「意味が分かったかい?」

「はい!」

 満面の笑みでマリアベルは答える。

「頭の良い子だ」

 アルフレッドは慈愛に満ちた微笑みを見せると、手に持っていた紙を机に置いた。

「さて、じゃあ軍を引き上げてもかまわないよ。目的は果たせたから。これ以上そこで神鉄の魔導師と一緒に居ると、いらぬ被害を出しそうだから」

「御意!」

「ははは。君の帰りを待っているよ、可愛いマリアベル」

 ぷつん、と通信が切れ画面が真っ暗になる。マリアベルは満足げに暗くなった画面を見ながら、頬を赤く染めていた。

「……早く帰ってくるんだよ、可哀相なマリアベル」

 アルフレッドは、画面を指でなぞりながら無感情に呟いた。


 * * *


 そして、屍が無数に転がる大地の上に、一人の男が立っていた。
 男は何かを探しているのか、しきりに辺りを見回している。屍を蹴り、その下を探る。そんな行動を何回か繰り返している内に、目的の物を発見したのか、深く溜息をつきそれの側に屈んだ。

「おい」

 男はそれに向かって声をかける。
 しかし返事はない。

「起きろ。竜玉は少ししか傷ついていない」

 男は赤い髪を邪魔そうにかきあげながら、それの頭を片手で掴み持ち上げた。

「おい、勝手にくたばるな」

 血で汚れきった体、振り絞るように声を出したそれは、先刻神鉄の魔導師の攻撃をまともに喰らい消し飛んだ筈のレイムだった。

「……カ……イムさ……」

 カイムはぼろぼろに傷ついたレイムを無造作に掴んだまま、その顔をよく見る。

「目を開けろ」

 そう言われレイムが微かに瞳を開ける。橙色の瞳に硝子につく細かい傷のような模様がついている。

「だから竜玉の場所は頭部以外にしろと言ったんだ」

「……へへ……でも、助かったッス……」

 カイムは何も答えない。レイムは頭を掴むカイムの手から逃れると、よろつきながら彼の体にもたれ掛かった。

「………達が、飛び込んで………きて」

 彼らの足下には、不自然なくらいに固まって屍が転がっていた。カイムはその折り重なった屍の下からレイムを引きずり出したのだ。
 おそらく、魔法が発動した瞬間に飛び込んできたのだろう。その状況から、爆風に吹き飛ばされながらも、レイムにしがみつき自らを盾にしていたのが分かる。

「………っ………くそぉぉお!!!」

 レイムが声を張り上げる。だが、カイムはなんら動じず、彼の背中に静かに片手を回した。

「奴らは竜族ではなかっただろう」

「でも俺の大事な仲間だったッス!」

「お前は、俺の弟でありながらヴァイスの民に仕えた。こんなことが起きるのは分かっていただろう」

 彼の悲しみに拍車をかけるように、平原に冷たく無情な風が吹く。
 涙が雨のように流れ、彼の頬を伝った。

「……俺は……やっぱり弱い竜なんスよね……。いつまで経っても竜化できなくて、仲間を危険に晒して……だから……捨てられ……っ……」

「………わかったから、傷を癒せ」

 カイムは空を見上げながら、滅多には見せないであろう優しさを以て呟いた。
 レイムはそのまま声を押し殺し肩を震わせていたが、安心したのか、落ち着きを取り戻すとそのまますうっと気を失った。カイムは倒れそうになる弟を抱えると、変わり果てた大地の風景を冷めた目で見つめていた。

「神鉄の魔導師、やはりあいつを倒せるのは俺しかいないようだ」

 ふん、と鼻を鳴らす。
 そして、空に銀色に輝く竜が一匹舞い上がったのを、撤退する王国軍の中でジークフリードだけがそれに気づいた。

「カイム……」

 ジークフリードは聞こえることはないと分かりつつも名を呼んだ。

 すると、その蛇のように長い体を持つ銀の竜は、上空でくるりくるりと舞うように飛んだ後、急に動きを止めた。
 その動きが何なのか、気づいた時にはもう遅かった。竜のいる方角から無数の氷の刃が撤退する軍隊に向けて、隕石のごとく降り注いだ。
 輝きを放ちながら、宝石のような氷が軍隊に次々と降り注ぐ。だが、それは誰にも当たることはなく、まるで力を誇示するかのように巨大な体を次々と地に突き刺していく。

「うわああ!」

 悲鳴を上げ身構える兵士の中で、忌々しそうにクルヴェイグが呟いた。

「挨拶、ですか煌竜王」

「挨拶になったか神鉄の魔導師?」

 まるで実際に聞こえているかのように、彼らははっきりと互いの意志を分かり合っていた。

 カイムは銀色に輝く美しい竜の体を空中で彼らに見せつけるようにうねらせると、目的を果たしたのかその場からどこかへと消えていった。

 そして、撤退する王国軍に、ヴァイス軍は追撃をすることは無かった。
 追撃するほどの戦力が無かったのもそうだが、それより傷ついた仲間を癒すことと、倒れた仲間を葬ることを優先させた。遺体は原型を留めていないものがほとんどだったが、それでも彼らはそれらを残らず丁重に葬った。
 程なくして、リリスティア達の陣営も引き上げを開始した。皆、勝ったとは思っていない。とりあえず、この一波を防いだだけ。
 それに、彼らの中にも不信を募らせている者がいる。
 問題は前より増えた気がした。リリスティアは城に戻る道中、居づらそうにしているベリーをふと見やる。
 ベリーはこちらを見て微笑んだが、以前とは違う笑顔だった。ヒルも、何か違う。ライザーに至っては、言うまでもなく。
 彼らの中に様々な疑念を残し、人間とヴァイスの民による大平原の戦いは、一旦幕を閉じた。
 全てアルフレッドの、思惑通りに、事は進んでいた。

第六話・終
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