第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」
その言葉と同時に、地面が大きく隆起した。岩が爆発したかのように膨れ上がり、放射線状に地割れが起こる。
そしてその隙間から四つ足の巨大な竜が複数現れ、クルヴェイグに襲い掛かった。
「リリスティア!」
ヒルが急ぎリリスティアを横抱きにする。岩を蹴り、安全な場所へと飛びのける。
「地竜!」
クルヴェイグは杖を振るうが、竜の牙が彼を捉える方が早かった。
大口を開けた地竜の牙があっという間に彼を飲み込んでいく。大地を掘るようにして竜たちが次々と現れては、クルヴェイグを穴倉に押し込むように食い荒らす。
だが、竜たちが食らっているのは土くればかりだった。気付くとその上空で、クルヴェイグが浮かび上がり髪を整えていた。
「全てハイ・テルスの地竜……。いささか私を過大評価しすぎていませんかねえ煌竜王!」
クルヴェイグは瞬時に転移をし、竜たちの怒号から逃れる。上空には翼の生えた竜たちが集まり始めていた。
「風竜、炎竜……これはこれは。人間の軍には荷が重すぎますねえ」
クルヴェイグは空を仰ぐ。その足元から、魔導術の気配が立ち上った。
「短距離の転移を一人で繰り返すなんて……」
ベリーは詠唱を始めるが、間に合いそうもない。
「逃げんのか神鉄の魔導師!」
ライザーが魔法で素早く重力の塊を作りだし放つ。だがそれは風の壁に阻まれ、巻き込まれるようにして消える。
「挨拶だけ、といったはずですよ。そろそろ戻らないと指令官様に怒られますので」
「クルヴェイグ!!」
リリスティアが叫んだ時には、彼の体は半分以上風に包まれ消えかかっていた。
「美しき女王陛下、竜にはくれぐれもお気をつけて。彼らの思想は我々が理解できるようなものではないのですよ」
「逃がすな!!」
ヒルが兵士に命令し攻撃を仕掛けたが、刃はただ空を斬り裂くだけに終わった。
「……レイムッ」
クルヴェイグが消えた後を見ながら、ライザーが悔しそうに拳を痛いほど握りしめていた。
「キンパツ……」
ベリーは何か言葉をかけようとしたが、自分の姿を思い直し、それは出来なかった。少し離れたところから、辛そうな彼の横顔を見つめていた。
「ねえ」
リリスティアはおそるおそるヒルに声をかけた。
彼の目はしばらくの間黒く光っていたが、リリスティアの声を聞くとそれはすうっと無くなり、いつもの輝きを取り戻した。
「――なんだ?」
こちらを向いた時には、すっかりいつものヒルだった。それを見て安堵したリリスティアは、ふうっと小さく溜息を漏らし目をそらした。
「いや……あの、ごめん。なんでもない」
「なんだ、おかしな奴だな」
聞きたくとも聞けず、リリスティアはそれ以上何も言わなかった。
「隊長! 敵が後退していきます!」
ドラフェシルトの一人が、後退していくアメリの師団に指を差して叫んだ。
土煙を足に巻きながら、本隊へ向けて下がっていく。
「とりあえず防いだか」
ヒルは、そう言いながら手に持っていた大剣を鞘に納めた。
傍らで少し不安げにしているリリスティアを伺う。
「大丈夫か?」
「うん。なんともない」
「なら良かった」
リリスティアが真横からヒルを見上げると、その表情のすべては分からない。
背が高すぎるせいで、盗み見ることもできないのだ。
あの時、「特別」という言葉に彼は怒り立ったように思える。彼にとってそれがどういった意味を持つものか、今のリリスティアにはまだ想像することはできなかった。
* * *
――敗北。
アメリの頭にはその文字ばかり浮かんでいた。波のように押し寄せる悔しさと焦燥感が喉元を焼く。
リリスティアと手合わせした時に感じた父の影と、実力の差。数で負けたのではない。将の器と実力差で負けたのだ。
傷を負った体を引きずり、本陣に敗走してきた兵達に向けて、マリアベルがかけた言葉はあまりにも無情なものだった。
「それでおめおめと逃げ返ってきたのか」
マリアベルが腕を組み、眼下に膝をつくアメリと数名の兵士をきつく睨みつけていた。
「アメリ、お前は聖騎士階級第二位ではないのか? アストレイアの後を継ぐ聖騎士、故郷ではそう崇められていただろう」
それが皮肉だということは、誰が聞いても明らかだった。アメリは血の付いた薙刀を傍らに見ながら、ふるふると拳を震わせた。そして唇をきつく結ぶと、マリアベルを見上げた。
「恐れながら……」
「なんだ」
「敵の部隊に未知の魔導術を使う魔導師がおります。一人は人間、一人は若い男性。故に……神鉄の魔導師により討ち果てたジークフリードの師団の援護なく、我らだけであの戦いに勝……」
「――誰が勝てと言った?」
一瞬、どういう意味だか分からなかったアメリは、目を見開いた。こちらを見るマリアベルの瞳は冷たく、少女のような外見とは全く釣り合わないものだった。
「どういう……」
「始めから貴様らなどに期待はしていない」
兵士達はざわついた。互いに顔を見合わせ、今のマリアベルの言葉に小声で疑問を唱える。
マリアベルの傍らで、なにも言わず黙っていたシュナイダーでさえ、彼女の言葉に冷や汗を流す。
「それはどういう意味なのですか……」
アメリが瞳を揺らしながら問う。
「分からぬか。神鉄の魔導師の力を見たのであろう。奴が一人いさえすれば、千の兵士を瞬時に焼き殺せる」
「マリアベル閣下……それは」
「お前は黙っていろシュナイダー大佐」
「で、では……、では我らが出陣した意味は……?」
すると、マリアベルは口端をつり上げ、妖艶に笑った。成熟した女性のそれのように、妖しく、深く。
「貴様等はただの足止めだ。生きて返ることなど私は期待していない。聖騎士と言う名の傭兵をうまく活躍させてやろうとして下さった、慈悲深い陛下に感謝するのだな」
アメリは、まるで足下の地面の底が抜けたような酷い喪失感を感じた。
マリアベルは彼女に対してねぎらう言葉も無ければ、生還したことを喜ぶ節も見受けられない。
「当初の作戦は変更だ。貴様等が逃げ帰ったことにより仕方なく、だ」
そう最後に吐き捨てると、アメリに背を向け、指令官の為に用意されたテントに向かって歩いていった。
誰も彼女の言葉に逆らえず、口をつぐんでいたが、アメリを熱心に支えていた聖騎士の一人が声を上げた。
「恐れ多くも……マリアベル閣下! それはあまりに酷すぎます!」
「何?」
マリアベルが足を止め瞳だけをこちらに向ける。
「我らは精一杯の働きをしました! 何故援軍を送っては下さらなかったのです!」
「おやめなさい!」
アメリが彼女を止めたが、その言葉は益々激しさを増していく。
「貴女は安全な場所で指示さえ出していればよろしいでしょうが、我々は常に命がけで戦地を駆けているのです!」
「……ほう」
マリアベルは冷めた表情で黙ってそれを聞いていたが、ついに眉間に皺をきつく寄せ、口を開いた。
「貴様、吐いた唾は飲み込めぬということを承知の上の発言か?」
女性聖騎士は体をびくりと震わせる。先程までの威勢はどこに行ったのか、突然打って変わったように後ずさりを始めた。
「わ、私はただアメリ様の功績を讃え……」
「功績? 与えられた任務を果たせなかったアメリに、何の功績があるというのだ」
「ですが!」
さらに食い下がる聖騎士に、マリアベルは煩わしくなったのか、話を断ち切るように言った。
「どちらにしろ、貴様がさっき私に向かって吐いた言葉は軍の規則に違反している。シュナイダー。始末しろ」
シュナイダーの目が大きく見開かれた。
「マリアベル大佐、重大な規律違反でもない場合は??るべき会議にかけ降格や懲罰を……」
「聞こえなかったか? 始末しろと言ったのだ」
「不適切でありましたが、それでは軍が定める規律から大きく逸脱し……」
「ここは軍隊だ。従えぬものを捨て置けば、後に続く者が必ず現れる」
「しかし……」
ちらりと女性聖騎士を見ると、こちらに目を向けたまま恐怖に青ざめていた。シュナイダーは反射的に視線をそらす。
「……っ気に入らなかったら消すのですか!」
女性聖騎士は恐怖に震えながらも、反論する。
「まだ反論するだけの威勢があったか」
「マリアベル大佐、この者は戦いの恐怖で混乱しております! 罰ならわたくしが受けますわ!」
そしてその隙間から四つ足の巨大な竜が複数現れ、クルヴェイグに襲い掛かった。
「リリスティア!」
ヒルが急ぎリリスティアを横抱きにする。岩を蹴り、安全な場所へと飛びのける。
「地竜!」
クルヴェイグは杖を振るうが、竜の牙が彼を捉える方が早かった。
大口を開けた地竜の牙があっという間に彼を飲み込んでいく。大地を掘るようにして竜たちが次々と現れては、クルヴェイグを穴倉に押し込むように食い荒らす。
だが、竜たちが食らっているのは土くればかりだった。気付くとその上空で、クルヴェイグが浮かび上がり髪を整えていた。
「全てハイ・テルスの地竜……。いささか私を過大評価しすぎていませんかねえ煌竜王!」
クルヴェイグは瞬時に転移をし、竜たちの怒号から逃れる。上空には翼の生えた竜たちが集まり始めていた。
「風竜、炎竜……これはこれは。人間の軍には荷が重すぎますねえ」
クルヴェイグは空を仰ぐ。その足元から、魔導術の気配が立ち上った。
「短距離の転移を一人で繰り返すなんて……」
ベリーは詠唱を始めるが、間に合いそうもない。
「逃げんのか神鉄の魔導師!」
ライザーが魔法で素早く重力の塊を作りだし放つ。だがそれは風の壁に阻まれ、巻き込まれるようにして消える。
「挨拶だけ、といったはずですよ。そろそろ戻らないと指令官様に怒られますので」
「クルヴェイグ!!」
リリスティアが叫んだ時には、彼の体は半分以上風に包まれ消えかかっていた。
「美しき女王陛下、竜にはくれぐれもお気をつけて。彼らの思想は我々が理解できるようなものではないのですよ」
「逃がすな!!」
ヒルが兵士に命令し攻撃を仕掛けたが、刃はただ空を斬り裂くだけに終わった。
「……レイムッ」
クルヴェイグが消えた後を見ながら、ライザーが悔しそうに拳を痛いほど握りしめていた。
「キンパツ……」
ベリーは何か言葉をかけようとしたが、自分の姿を思い直し、それは出来なかった。少し離れたところから、辛そうな彼の横顔を見つめていた。
「ねえ」
リリスティアはおそるおそるヒルに声をかけた。
彼の目はしばらくの間黒く光っていたが、リリスティアの声を聞くとそれはすうっと無くなり、いつもの輝きを取り戻した。
「――なんだ?」
こちらを向いた時には、すっかりいつものヒルだった。それを見て安堵したリリスティアは、ふうっと小さく溜息を漏らし目をそらした。
「いや……あの、ごめん。なんでもない」
「なんだ、おかしな奴だな」
聞きたくとも聞けず、リリスティアはそれ以上何も言わなかった。
「隊長! 敵が後退していきます!」
ドラフェシルトの一人が、後退していくアメリの師団に指を差して叫んだ。
土煙を足に巻きながら、本隊へ向けて下がっていく。
「とりあえず防いだか」
ヒルは、そう言いながら手に持っていた大剣を鞘に納めた。
傍らで少し不安げにしているリリスティアを伺う。
「大丈夫か?」
「うん。なんともない」
「なら良かった」
リリスティアが真横からヒルを見上げると、その表情のすべては分からない。
背が高すぎるせいで、盗み見ることもできないのだ。
あの時、「特別」という言葉に彼は怒り立ったように思える。彼にとってそれがどういった意味を持つものか、今のリリスティアにはまだ想像することはできなかった。
* * *
――敗北。
アメリの頭にはその文字ばかり浮かんでいた。波のように押し寄せる悔しさと焦燥感が喉元を焼く。
リリスティアと手合わせした時に感じた父の影と、実力の差。数で負けたのではない。将の器と実力差で負けたのだ。
傷を負った体を引きずり、本陣に敗走してきた兵達に向けて、マリアベルがかけた言葉はあまりにも無情なものだった。
「それでおめおめと逃げ返ってきたのか」
マリアベルが腕を組み、眼下に膝をつくアメリと数名の兵士をきつく睨みつけていた。
「アメリ、お前は聖騎士階級第二位ではないのか? アストレイアの後を継ぐ聖騎士、故郷ではそう崇められていただろう」
それが皮肉だということは、誰が聞いても明らかだった。アメリは血の付いた薙刀を傍らに見ながら、ふるふると拳を震わせた。そして唇をきつく結ぶと、マリアベルを見上げた。
「恐れながら……」
「なんだ」
「敵の部隊に未知の魔導術を使う魔導師がおります。一人は人間、一人は若い男性。故に……神鉄の魔導師により討ち果てたジークフリードの師団の援護なく、我らだけであの戦いに勝……」
「――誰が勝てと言った?」
一瞬、どういう意味だか分からなかったアメリは、目を見開いた。こちらを見るマリアベルの瞳は冷たく、少女のような外見とは全く釣り合わないものだった。
「どういう……」
「始めから貴様らなどに期待はしていない」
兵士達はざわついた。互いに顔を見合わせ、今のマリアベルの言葉に小声で疑問を唱える。
マリアベルの傍らで、なにも言わず黙っていたシュナイダーでさえ、彼女の言葉に冷や汗を流す。
「それはどういう意味なのですか……」
アメリが瞳を揺らしながら問う。
「分からぬか。神鉄の魔導師の力を見たのであろう。奴が一人いさえすれば、千の兵士を瞬時に焼き殺せる」
「マリアベル閣下……それは」
「お前は黙っていろシュナイダー大佐」
「で、では……、では我らが出陣した意味は……?」
すると、マリアベルは口端をつり上げ、妖艶に笑った。成熟した女性のそれのように、妖しく、深く。
「貴様等はただの足止めだ。生きて返ることなど私は期待していない。聖騎士と言う名の傭兵をうまく活躍させてやろうとして下さった、慈悲深い陛下に感謝するのだな」
アメリは、まるで足下の地面の底が抜けたような酷い喪失感を感じた。
マリアベルは彼女に対してねぎらう言葉も無ければ、生還したことを喜ぶ節も見受けられない。
「当初の作戦は変更だ。貴様等が逃げ帰ったことにより仕方なく、だ」
そう最後に吐き捨てると、アメリに背を向け、指令官の為に用意されたテントに向かって歩いていった。
誰も彼女の言葉に逆らえず、口をつぐんでいたが、アメリを熱心に支えていた聖騎士の一人が声を上げた。
「恐れ多くも……マリアベル閣下! それはあまりに酷すぎます!」
「何?」
マリアベルが足を止め瞳だけをこちらに向ける。
「我らは精一杯の働きをしました! 何故援軍を送っては下さらなかったのです!」
「おやめなさい!」
アメリが彼女を止めたが、その言葉は益々激しさを増していく。
「貴女は安全な場所で指示さえ出していればよろしいでしょうが、我々は常に命がけで戦地を駆けているのです!」
「……ほう」
マリアベルは冷めた表情で黙ってそれを聞いていたが、ついに眉間に皺をきつく寄せ、口を開いた。
「貴様、吐いた唾は飲み込めぬということを承知の上の発言か?」
女性聖騎士は体をびくりと震わせる。先程までの威勢はどこに行ったのか、突然打って変わったように後ずさりを始めた。
「わ、私はただアメリ様の功績を讃え……」
「功績? 与えられた任務を果たせなかったアメリに、何の功績があるというのだ」
「ですが!」
さらに食い下がる聖騎士に、マリアベルは煩わしくなったのか、話を断ち切るように言った。
「どちらにしろ、貴様がさっき私に向かって吐いた言葉は軍の規則に違反している。シュナイダー。始末しろ」
シュナイダーの目が大きく見開かれた。
「マリアベル大佐、重大な規律違反でもない場合は??るべき会議にかけ降格や懲罰を……」
「聞こえなかったか? 始末しろと言ったのだ」
「不適切でありましたが、それでは軍が定める規律から大きく逸脱し……」
「ここは軍隊だ。従えぬものを捨て置けば、後に続く者が必ず現れる」
「しかし……」
ちらりと女性聖騎士を見ると、こちらに目を向けたまま恐怖に青ざめていた。シュナイダーは反射的に視線をそらす。
「……っ気に入らなかったら消すのですか!」
女性聖騎士は恐怖に震えながらも、反論する。
「まだ反論するだけの威勢があったか」
「マリアベル大佐、この者は戦いの恐怖で混乱しております! 罰ならわたくしが受けますわ!」