第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」
あんな彼女は知らない。あのよく変わる、愛らしい表情の彼女はどこにいったのだろうか。
それとも、元々そうではなく、今あそこにいるベリーこそが真実なのだろうか。
振るえる手で自身のマントを掴むリリスティアに、ヒルが問いかける。
「リリスティア、ベリーはどうしたんだ」
「知らない……」
「え?」
「あの子は、魔導師で監査官だったの。……それ以外は、何も」
白い百合が咲くお店で紅茶を一緒に飲んだ。それが友としての彼女。
今あそこにいる、巨大な魔導力の塊がかろうじて人の姿を保っているような、あれは。
あれはいったい、誰。
「――お話中、申し訳ございません」
聞いたことがない声がした。その声の主はいつの間にか魔導障壁の中に入り込んでおり、リリスティアたちのすぐ背後に立っていた。銀色の長い髪の間からのぞく金の瞳が妙に妖しさを帯びている。
異変に気づいたベリーとライザーが、反射的に体の向きを変え駆けつける。周りの兵士も、王の背後に立ちその身を脅かす男に次々と剣と杖を向けていった。
「貴方がヴァイスの女王陛下ですか」
リリスティアの背後に立ったのは、クルヴェイグだった。杖をリリスティアの背中にぴたりと付けている。
「誰だお前は」
「おや、これはこれは……美しいですね。まだ幼いのだと聞いていましたがそんなことはない。十分に大人の女性ですよ」
杖で背中をなぞられ、リリスティアは眉根を寄せる。
妙に馴れ馴れしいその所作に、違和感を覚える。
「お前は、神鉄の魔導師だな」
間を空けず剣を構えたヒルが、目を細め低く唸る。
「あなたは……噂の剏竜ですか。その通りです。私は神鉄の魔導師クルヴェイグ。女王陛下のご尊顔を拝することが叶って嬉しい限りですよ」
益々殺気立つ彼を見て、クルヴェイグは楽しんでいた。しかし、ふいにクルヴェイグは何かに気づいたのかその金の瞳を歪ませる。その目を見開き、ヒルの一点を見つめた。
「おやおや! 念願叶って王と誓約を結べたようで何より。どうですか剏竜。王の特別になれたご感想は。貴方だけですよ。特別なのは。どうですか!! ねえ!!」
クルヴェイグがそう言うや否や、ヒルは剣を思い切り振りかぶり横一文字にクルヴェイグに斬りつけた。
いきなりの攻撃に驚いたクルヴェイグは身を後ろにのけぞらせ事なきを得た。ヒルは腰を低くし、大剣を構える。
「ヒル……」
リリスティアがヒルを見る。だが、そこにいる彼はいつもの穏やかな彼では無かった。
紅い瞳から光が消え、常闇を思わせる黒い光が灯っている。リリスティアを支えながらも、全身から沸き立つ殺気が全てクルヴェイグに向けられていた。
「おやおや剏竜。怒ることはないでしょう。お祝いしているんですよ」
二人の会話の意味が分からず、周りでそれを聞いているだけの仲間達は顔を見合わせ首を傾げた。ただひとつ分かるのは、ヒルが異常に反応を示したことだ。
いつも穏やかな彼らしからぬ態度に、違和感を覚える。
「挨拶が済んだなら帰るんだな」
ヒルは依然彼の頭蓋を剣で捉えたままだったが、クルヴェイグはそれを怖じるどころかあざ笑うように指を差した。
「いえいえ。もう一人ご挨拶をしたい人物がいましてね。これでも礼儀は大事にしているほうでしてね。どうか邪魔しないで頂きたい」
「リリーから離れなさい、神鉄の魔導師!!」
「ふふ……変わりませんねえ」
そう言ってクルヴェイグが振り返ったのは、ベリーだった。彼女の杖の先端の宝玉は光り続け、言霊ひとつで魔導術が発動することを示唆している。
クルヴェイグは長い袖で口元を隠し、ああやはりと言って杖を取り出した。何の前触れもなく、衝撃波がベリーにぶつけられる。それはよく見ると風を孕む刃で、傍目には詠唱なく突然現れたようにも見えた。
だがベリーはそれを難なく消し去ってしまった。彼女もまた短く早く詠唱を行い、同時に術式を確立させていたのだ。
「その複数の術式、そして発動前の状態での固定。貴方の真似をしようとして何人の若い魔導師が絶望して道を断たれたか。ねえ、ベリー・ハウエル。……いえ、偉大なるサウザンスロード」
「サウザンスロード……?」
リリスティアがそう言った時、ベリーは深く心を痛めて、俯いた。
「ヒル、サウザンスロードって」
「ああ……」
アーリアに於いて、その名に「千」を冠する者は少ない。
その「千」という名には、様々な意味が含まれている。千の力を操る者。千年を生きし者。とにかく、他を遙かに超越した者だけが名乗ることを許される、この世界で最も崇高な称号。
サウザンスロードはその名に千を持つ者の一人であり、記録にだけその存在が残る伝説的な魔導師と言い伝えられていた。
「ベリー」
戸惑いながらもリリスティアは名を呼んだ。 ベリーは顔を上げリリスティアの方に視線をやった。リリスティアはいつものように無表情だったが、どこかその瞳が悲しそうだった。
「ふざけんじゃねえぞ!」
ライザーが声を上げた。
「サウザンスロードだと!!」
その声は明らかに怒りをはらみ、ベリーに対しての不信感を募らせたものだった。
ベリーの顔がきつく悲しみに染まる。そんな彼女にライザーは火がついたように追撃の言葉を浴びせる。
「サウザンスロードは、俺らの国に大魔法を放った張本人じゃねえか!!」
リリスティアは言葉を失った。ヒルを見ると、彼はゆっくりと目を伏せる。
「いいか! 俺たちの国は、そいつが放った大魔法で永久凍土になったんだ! そうだよなあ! てめえらの国では英雄譚として話されてるみたいだけどな!」
「違う! 私が使った魔導術は……!」
「なんとでも言えるだろうが!」
「やめろライザー!」
怒りのあまり興奮しきったライザーを抑えるべく、ヒルが横から口を挟んだ。
「今は仲間内で言い合う時じゃない」
「仲間……!? まだんなこと……」
「敵は今そこにいる神鉄の魔導師だ」
ヒルは慌てるでもなく至って冷静に話す。
ライザーは舌打ちをすると、もうベリーの方を見ようとはしなかった。まるで、視界にすら入れたくないように。その一連の行動が、ベリーの心を抉ったのは言うまでもない。
ヒルはライザーから視線をベリーに移すと、変わらぬ態度で命令を告げた。
「ベリー。お前が何者であれ、奴の魔法を防げる魔力を持つのは今この場ではお前だけであり、また俺たちを守ってくれたのも事実だ。だが、この戦いが終わったら全て話してもらう」
淡々と喋るヒル。感情に流されないその姿を見ながら、ベリーはただ黙って頷いた。
叱咤されても、不干渉でも、どちらにしろベリーの胸は痛んだ。
それは名を隠していたことに対してよりも、過去に、彼女がしてしまった"ある事"へのうしろめたさからだったのだが。
リリスティアは、何も言えなかった。目の前で友が涙を流しているのに、気の利いた台詞が浮かばない自分にひどく嫌悪した。
「お話はまとまりましたか?」
クルヴェイグがクスリと笑いながら言う。
ベリーは白いフードの下から思い切りをクルヴェイグを睨みつけた。
「以前の神鉄の魔導師は貴方みたいに下品ではなかったわ」
「そうですか? まあ年月は人を変えますからねえ」
神経を逆撫でるかのような口調は彼の独特の癖なのだろう。流し目に人を見遣り、肩をすくめる。
「そしてその年月は、私が力をつけるに十分すぎるほど長いものでした」
クルヴェイグが両手を上げ首を振る。次の瞬間、彼の周りに竜巻上に風が舞い上がった。それは彼の体を包み込むと、徐々に強さを増していく。
彼が狙いを定めるのは、ただ一点だった。
「女王陛下、お名前をお伺いしても?」
「……リリスティアだ」
刀を構えるリリスティアに、クルヴェイグは嬉しそうに微笑んだ。
瞬時に、クルヴェイグはその場で転移を行った。それはヒルがやってのけたものと同じくらいの素早さで、リリスティアの鼻先に飛び込んできた。
ヒルがすぐに反応し、剣を振りかぶる。だがまるで時が止まったかのように、クルヴェイグとリリスティアは邂逅し、あるはずのない光が、彼らの間に生まれた。
金色の瞳に、リリスティアの顔が映る。だが不思議なことに、リリスティアは恐怖や怒りといった感情を持たなかった。鼻先が交わり、唇が触れそうになったその時、クルヴェイグは囁いた。
「貴方の孤独を埋めることができるのは、竜ではない」
それとも、元々そうではなく、今あそこにいるベリーこそが真実なのだろうか。
振るえる手で自身のマントを掴むリリスティアに、ヒルが問いかける。
「リリスティア、ベリーはどうしたんだ」
「知らない……」
「え?」
「あの子は、魔導師で監査官だったの。……それ以外は、何も」
白い百合が咲くお店で紅茶を一緒に飲んだ。それが友としての彼女。
今あそこにいる、巨大な魔導力の塊がかろうじて人の姿を保っているような、あれは。
あれはいったい、誰。
「――お話中、申し訳ございません」
聞いたことがない声がした。その声の主はいつの間にか魔導障壁の中に入り込んでおり、リリスティアたちのすぐ背後に立っていた。銀色の長い髪の間からのぞく金の瞳が妙に妖しさを帯びている。
異変に気づいたベリーとライザーが、反射的に体の向きを変え駆けつける。周りの兵士も、王の背後に立ちその身を脅かす男に次々と剣と杖を向けていった。
「貴方がヴァイスの女王陛下ですか」
リリスティアの背後に立ったのは、クルヴェイグだった。杖をリリスティアの背中にぴたりと付けている。
「誰だお前は」
「おや、これはこれは……美しいですね。まだ幼いのだと聞いていましたがそんなことはない。十分に大人の女性ですよ」
杖で背中をなぞられ、リリスティアは眉根を寄せる。
妙に馴れ馴れしいその所作に、違和感を覚える。
「お前は、神鉄の魔導師だな」
間を空けず剣を構えたヒルが、目を細め低く唸る。
「あなたは……噂の剏竜ですか。その通りです。私は神鉄の魔導師クルヴェイグ。女王陛下のご尊顔を拝することが叶って嬉しい限りですよ」
益々殺気立つ彼を見て、クルヴェイグは楽しんでいた。しかし、ふいにクルヴェイグは何かに気づいたのかその金の瞳を歪ませる。その目を見開き、ヒルの一点を見つめた。
「おやおや! 念願叶って王と誓約を結べたようで何より。どうですか剏竜。王の特別になれたご感想は。貴方だけですよ。特別なのは。どうですか!! ねえ!!」
クルヴェイグがそう言うや否や、ヒルは剣を思い切り振りかぶり横一文字にクルヴェイグに斬りつけた。
いきなりの攻撃に驚いたクルヴェイグは身を後ろにのけぞらせ事なきを得た。ヒルは腰を低くし、大剣を構える。
「ヒル……」
リリスティアがヒルを見る。だが、そこにいる彼はいつもの穏やかな彼では無かった。
紅い瞳から光が消え、常闇を思わせる黒い光が灯っている。リリスティアを支えながらも、全身から沸き立つ殺気が全てクルヴェイグに向けられていた。
「おやおや剏竜。怒ることはないでしょう。お祝いしているんですよ」
二人の会話の意味が分からず、周りでそれを聞いているだけの仲間達は顔を見合わせ首を傾げた。ただひとつ分かるのは、ヒルが異常に反応を示したことだ。
いつも穏やかな彼らしからぬ態度に、違和感を覚える。
「挨拶が済んだなら帰るんだな」
ヒルは依然彼の頭蓋を剣で捉えたままだったが、クルヴェイグはそれを怖じるどころかあざ笑うように指を差した。
「いえいえ。もう一人ご挨拶をしたい人物がいましてね。これでも礼儀は大事にしているほうでしてね。どうか邪魔しないで頂きたい」
「リリーから離れなさい、神鉄の魔導師!!」
「ふふ……変わりませんねえ」
そう言ってクルヴェイグが振り返ったのは、ベリーだった。彼女の杖の先端の宝玉は光り続け、言霊ひとつで魔導術が発動することを示唆している。
クルヴェイグは長い袖で口元を隠し、ああやはりと言って杖を取り出した。何の前触れもなく、衝撃波がベリーにぶつけられる。それはよく見ると風を孕む刃で、傍目には詠唱なく突然現れたようにも見えた。
だがベリーはそれを難なく消し去ってしまった。彼女もまた短く早く詠唱を行い、同時に術式を確立させていたのだ。
「その複数の術式、そして発動前の状態での固定。貴方の真似をしようとして何人の若い魔導師が絶望して道を断たれたか。ねえ、ベリー・ハウエル。……いえ、偉大なるサウザンスロード」
「サウザンスロード……?」
リリスティアがそう言った時、ベリーは深く心を痛めて、俯いた。
「ヒル、サウザンスロードって」
「ああ……」
アーリアに於いて、その名に「千」を冠する者は少ない。
その「千」という名には、様々な意味が含まれている。千の力を操る者。千年を生きし者。とにかく、他を遙かに超越した者だけが名乗ることを許される、この世界で最も崇高な称号。
サウザンスロードはその名に千を持つ者の一人であり、記録にだけその存在が残る伝説的な魔導師と言い伝えられていた。
「ベリー」
戸惑いながらもリリスティアは名を呼んだ。 ベリーは顔を上げリリスティアの方に視線をやった。リリスティアはいつものように無表情だったが、どこかその瞳が悲しそうだった。
「ふざけんじゃねえぞ!」
ライザーが声を上げた。
「サウザンスロードだと!!」
その声は明らかに怒りをはらみ、ベリーに対しての不信感を募らせたものだった。
ベリーの顔がきつく悲しみに染まる。そんな彼女にライザーは火がついたように追撃の言葉を浴びせる。
「サウザンスロードは、俺らの国に大魔法を放った張本人じゃねえか!!」
リリスティアは言葉を失った。ヒルを見ると、彼はゆっくりと目を伏せる。
「いいか! 俺たちの国は、そいつが放った大魔法で永久凍土になったんだ! そうだよなあ! てめえらの国では英雄譚として話されてるみたいだけどな!」
「違う! 私が使った魔導術は……!」
「なんとでも言えるだろうが!」
「やめろライザー!」
怒りのあまり興奮しきったライザーを抑えるべく、ヒルが横から口を挟んだ。
「今は仲間内で言い合う時じゃない」
「仲間……!? まだんなこと……」
「敵は今そこにいる神鉄の魔導師だ」
ヒルは慌てるでもなく至って冷静に話す。
ライザーは舌打ちをすると、もうベリーの方を見ようとはしなかった。まるで、視界にすら入れたくないように。その一連の行動が、ベリーの心を抉ったのは言うまでもない。
ヒルはライザーから視線をベリーに移すと、変わらぬ態度で命令を告げた。
「ベリー。お前が何者であれ、奴の魔法を防げる魔力を持つのは今この場ではお前だけであり、また俺たちを守ってくれたのも事実だ。だが、この戦いが終わったら全て話してもらう」
淡々と喋るヒル。感情に流されないその姿を見ながら、ベリーはただ黙って頷いた。
叱咤されても、不干渉でも、どちらにしろベリーの胸は痛んだ。
それは名を隠していたことに対してよりも、過去に、彼女がしてしまった"ある事"へのうしろめたさからだったのだが。
リリスティアは、何も言えなかった。目の前で友が涙を流しているのに、気の利いた台詞が浮かばない自分にひどく嫌悪した。
「お話はまとまりましたか?」
クルヴェイグがクスリと笑いながら言う。
ベリーは白いフードの下から思い切りをクルヴェイグを睨みつけた。
「以前の神鉄の魔導師は貴方みたいに下品ではなかったわ」
「そうですか? まあ年月は人を変えますからねえ」
神経を逆撫でるかのような口調は彼の独特の癖なのだろう。流し目に人を見遣り、肩をすくめる。
「そしてその年月は、私が力をつけるに十分すぎるほど長いものでした」
クルヴェイグが両手を上げ首を振る。次の瞬間、彼の周りに竜巻上に風が舞い上がった。それは彼の体を包み込むと、徐々に強さを増していく。
彼が狙いを定めるのは、ただ一点だった。
「女王陛下、お名前をお伺いしても?」
「……リリスティアだ」
刀を構えるリリスティアに、クルヴェイグは嬉しそうに微笑んだ。
瞬時に、クルヴェイグはその場で転移を行った。それはヒルがやってのけたものと同じくらいの素早さで、リリスティアの鼻先に飛び込んできた。
ヒルがすぐに反応し、剣を振りかぶる。だがまるで時が止まったかのように、クルヴェイグとリリスティアは邂逅し、あるはずのない光が、彼らの間に生まれた。
金色の瞳に、リリスティアの顔が映る。だが不思議なことに、リリスティアは恐怖や怒りといった感情を持たなかった。鼻先が交わり、唇が触れそうになったその時、クルヴェイグは囁いた。
「貴方の孤独を埋めることができるのは、竜ではない」