第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」
「そんなこと許されない!」
ジークフリードは下を向き剣を握る拳にさらに強く力を入れる。足下に広がる血溜まりが気持ち悪かった。
すると、クルヴェイグは流れるような動きでジークフリードから離れ、遠くに見えるリリスティア達の部隊を見つめながらこう言った。
「あそこに美しい女性がいますね。どこか、遠い昔に見たことがあるような」
微かな笑みを浮かべそう言うクルヴェイグには、彼方のリリスティアの顔立ちがはっきりと見えているようだった。
「……リリー」
「リリーというのですか?」
すると、ジークフリードは彼の変化に気がついた。まがりなりにもノーブル王家の血を持つジークフリードが、その恐ろしい魔力の存在に気づかない筈がない。
「何をする気なの、クー」
「本隊もまだ動く気が無いようですし、さっさと終わらせてしまおうかと」
彼は、楽しそうに微笑んだ。
* * *
「──っあ!」
後方で、ベリーが突如頭を押さえながら膝をついた。
「お、おいどうした?」
いきなりの事にライザーは手を貸すことも出来ず、ただ目を丸くした。
「ッ……痛……」
ベリーは髪がくしゃくしゃになるほど強く頭を抱えている。先程の様子といい、普通じゃない。
「ダメ………あいつまた!」
「おい、何だってんださっきから」
するとベリーは苦しそうに眉をしかめ、杖を支えに立ち上がる。
粉塵の舞う彼方に、神鉄の魔導師の存在を感じる。それを睨みつけると、杖を構え手に魔力を込め始めた。
「やらせない……あんなこと二度と起こさせない……!」
「……おや……?」
クルヴェイグもベリーを認識したのか、僅かに眉を寄せた。魔力の高ぶりは徐々にその力を増し、彼の足下に空気の渦が広がり始めていた。
「クー止めてよ! あそこにはアメリが居るんだ!」
「しかしこのままでは戦に負けますよ」
「負けないよ! 僕がいる!」
するとクルヴェイグは、冷たい瞳をジークフリードに向けた。ぞっとするような、冷たい瞳。彼は無感情に言い放つ。
「だから、貴方は王には向いていないのですよ。皇帝陛下も、そう言っていたでしょう。身の程を知りなさい」
憎しみさえ感じられる口調に、ジークフリードは喉が渇き、反論の言葉が浮かばなかった。
「……勘違いしないでください。私は貴方を死なせたくないのですよ。あなたは大切な、弟ですからね」
クルヴェイグは微笑んでみせたが、ジークフリードの目にはそう写らなかった。
まるで、弟で無ければ見捨てていたと言われたようだった。
「それに、先程のように全滅をさせることは出来ないかもしれませんよ」
「え……」
クルヴェイグはそう言いながらも、余裕に満ちた表情だった。そして左手を前にかざし、狙いを定めつつ詠唱の準備に入った。
「懐かしい力を感じます。少しは楽しめそうですね」
そして、クルヴェイグの魔導術がまた膨れ上り光を放ち始めた。光がさらに質量を増したかと思うと、天空に向け一直線に立ち昇る。それは詠唱が完了したことを指し、惨劇の予兆でもあった。
クルヴェイグが手を天空にかざすと、彼の頭上に複雑な模様の魔法陣が出現し、銀の光を放っている。 先ほどの比ではない。大平原全てを覆うほどの巨大な魔方陣だ。漆黒の精霊王がその姿を黒い風となって顕現し、おぞましい鳴き声を上げた。
「……悪魔はよく頑張りました。ですが」
魔法陣がさらにその模様を広げるように肥大する。
「私という魔導師がいたこと、それが致命的でした」
クルヴェイグの手が、ゆっくりと振り下ろされる。そして、彼らを葬る為の断罪の一撃が静かに放たれた。
時が止まったかのような静寂の後、それは轟音とともに彼らを襲った。
「絶て! 荒れ狂う精霊の魂風! 『テネブレード・ラディウス』!!」
魔法陣から放たれた凄まじい白い竜巻は、二つにも三つにも別れ、最終的には数え切れない程の数になった。
「魔導障壁だ! 王を守れ!!」
大地を抉りながら竜頭のように向かってくるそれを防ぐべく、ライザーは魔力を込め続ける。
だが、力を計れぬライザーでは無かった。根本的に魔導術の本質が違う。防いだとして、衝撃で無事ではいられないだろう。自分の不安を抱えたまま、その大魔法を受け止めようと唇を噛みしめた。
その時だった。
――できるかな。やれるよね。
だってそのために来たんだから。
ありったけの媒体と魔導術の術具。制御の宝玉なんて買い占めてきた。
何もかもなくなって、もうリリーとお茶をするお金もなくなっちゃった。
けど。
「私はそのために、此処に来たの」
先ほどまで味方を覆っていた魔導障壁が砕け散ったかと思うと、それらを上回る更に巨大な淡い桜色の半球体が現れた。
間を置かずして球体の周りには星の数ほどの魔導言語が浮かび上がり、光の帯となって周囲をめぐり始めた。それは地中に光の楔を打ち込み、二重、三重と障壁の数を増やしていく。
「これは……!?」
「リリスティア!」
ヒルがリリスティアを庇う。目も開けていられないほどの光量で、両軍の兵たちは動けなくなってしまった。
「なんだ……これ……」
ライザーの足元に、砕け散った装飾具が幾つも転がっている。だがそれは「彼女」を中心としてどんどん数を増やしていた。
「何やってんだお前!」
「根源たる古代の星々よ、汝纏いし其の光、我に纏いて盾と成れ」
「おい、ベリー!!」
「『イニティアム・アストラ』!!」
その球体はリリスティア達は勿論、アメリの師団をもその腹に納める。突然のそれの出現に戸惑いを見せる兵達だが、目の前に迫った大魔法に再び恐怖した。
だが、クルヴェイグの放った竜巻はその障壁にぶつかるや否や、轟音を鳴り響かせながらも次々にその威力を弱まらせていく。
「軍師! これは!」
それを見守っていたシャジャが、耐えきれず声を上げた。
レオンは何も答えず、膨らむ光を見つめている。そして静かに眼鏡を外し、ポケットから出した布で汚れを取り、疲れ目を労るように指で眉間を押した。
「シャティアさん、多分大丈夫デスよ」
「大丈夫……ですか?」
「ええ」
レオンは再び眼鏡をつける。そして立体映像に向かって腕を組み、偉そうに見下げるような目を向けた。
「……どうやら俺達は、とんでもない方を仲間にしていたようデス」
そして、あれほど凄まじかった竜巻が、ろうそくの火が消されるように儚く霧散していった。後には、軽い爽やかな風がすうっと横切る。静かになった平原に、春のような温かい風が通り過ぎた。
「最高位魔法障壁「イニティアム・アストラ」……ふふっ、ふふふ! やはりそこにいるのは貴方でしたか!」
クルヴェイグは歓喜に満ちた声を上げた。そして、視線の先に居る彼女を見て、沸き上がる感情を抑えずにはいられないとばかりに腹を抱えた。
「おい……」
ライザーが声をかけた。兵士も皆、彼女を驚いた様子で口を開けて見ている。
「なんだよその格好は」
彼女は答えない。俯いたまま、手にした杖が壊れていくのを見ながら、一粒の涙を流した。
「答えろベリー!!」
そこにいるベリーは、あのベリーではなかった。真っ白で、肌を隠すように裾が長く作られた法衣。顔を隠すよう深く頭に被られた同じく真白のフード。
目は少し吊り上がっており、形が変わっている。その表情にいつもの笑みは無く、何かに悔いるように、落胆の色に染まっていた。
「ベリーじゃない……」
彼女はこぼれ落ちる涙を拭おうともせず、言葉を紡ぐ。
「どういうことだ」
ライザーが問いつめる。
「なんだあの巨大魔法障壁は。どんだけ優秀だったとしても、人間が単身で展開出来るもんじゃねえ。それに、あれは元素魔法だけじゃなく別の魔導術も――」
そこまで言って、ライザーは何かに気づきハッと目を見開いた。
「まさか……」
「あたしが考えたの。大魔法を単体でもできるように研究してたから。もうずっと昔に封印したものだったし、使えるかどうか心配だった」
彼女は顔を上げ、涙まみれの顔でライザーを見た。
「神鉄の魔導師の術を防ぐには、それしか無かったから」
「……てめぇ、何者だ」
「あたし……あたしは──」
二人の様子を遠くから見ていたリリスティアも、彼女の変貌ぶりに驚きを隠せないでいた。
ジークフリードは下を向き剣を握る拳にさらに強く力を入れる。足下に広がる血溜まりが気持ち悪かった。
すると、クルヴェイグは流れるような動きでジークフリードから離れ、遠くに見えるリリスティア達の部隊を見つめながらこう言った。
「あそこに美しい女性がいますね。どこか、遠い昔に見たことがあるような」
微かな笑みを浮かべそう言うクルヴェイグには、彼方のリリスティアの顔立ちがはっきりと見えているようだった。
「……リリー」
「リリーというのですか?」
すると、ジークフリードは彼の変化に気がついた。まがりなりにもノーブル王家の血を持つジークフリードが、その恐ろしい魔力の存在に気づかない筈がない。
「何をする気なの、クー」
「本隊もまだ動く気が無いようですし、さっさと終わらせてしまおうかと」
彼は、楽しそうに微笑んだ。
* * *
「──っあ!」
後方で、ベリーが突如頭を押さえながら膝をついた。
「お、おいどうした?」
いきなりの事にライザーは手を貸すことも出来ず、ただ目を丸くした。
「ッ……痛……」
ベリーは髪がくしゃくしゃになるほど強く頭を抱えている。先程の様子といい、普通じゃない。
「ダメ………あいつまた!」
「おい、何だってんださっきから」
するとベリーは苦しそうに眉をしかめ、杖を支えに立ち上がる。
粉塵の舞う彼方に、神鉄の魔導師の存在を感じる。それを睨みつけると、杖を構え手に魔力を込め始めた。
「やらせない……あんなこと二度と起こさせない……!」
「……おや……?」
クルヴェイグもベリーを認識したのか、僅かに眉を寄せた。魔力の高ぶりは徐々にその力を増し、彼の足下に空気の渦が広がり始めていた。
「クー止めてよ! あそこにはアメリが居るんだ!」
「しかしこのままでは戦に負けますよ」
「負けないよ! 僕がいる!」
するとクルヴェイグは、冷たい瞳をジークフリードに向けた。ぞっとするような、冷たい瞳。彼は無感情に言い放つ。
「だから、貴方は王には向いていないのですよ。皇帝陛下も、そう言っていたでしょう。身の程を知りなさい」
憎しみさえ感じられる口調に、ジークフリードは喉が渇き、反論の言葉が浮かばなかった。
「……勘違いしないでください。私は貴方を死なせたくないのですよ。あなたは大切な、弟ですからね」
クルヴェイグは微笑んでみせたが、ジークフリードの目にはそう写らなかった。
まるで、弟で無ければ見捨てていたと言われたようだった。
「それに、先程のように全滅をさせることは出来ないかもしれませんよ」
「え……」
クルヴェイグはそう言いながらも、余裕に満ちた表情だった。そして左手を前にかざし、狙いを定めつつ詠唱の準備に入った。
「懐かしい力を感じます。少しは楽しめそうですね」
そして、クルヴェイグの魔導術がまた膨れ上り光を放ち始めた。光がさらに質量を増したかと思うと、天空に向け一直線に立ち昇る。それは詠唱が完了したことを指し、惨劇の予兆でもあった。
クルヴェイグが手を天空にかざすと、彼の頭上に複雑な模様の魔法陣が出現し、銀の光を放っている。 先ほどの比ではない。大平原全てを覆うほどの巨大な魔方陣だ。漆黒の精霊王がその姿を黒い風となって顕現し、おぞましい鳴き声を上げた。
「……悪魔はよく頑張りました。ですが」
魔法陣がさらにその模様を広げるように肥大する。
「私という魔導師がいたこと、それが致命的でした」
クルヴェイグの手が、ゆっくりと振り下ろされる。そして、彼らを葬る為の断罪の一撃が静かに放たれた。
時が止まったかのような静寂の後、それは轟音とともに彼らを襲った。
「絶て! 荒れ狂う精霊の魂風! 『テネブレード・ラディウス』!!」
魔法陣から放たれた凄まじい白い竜巻は、二つにも三つにも別れ、最終的には数え切れない程の数になった。
「魔導障壁だ! 王を守れ!!」
大地を抉りながら竜頭のように向かってくるそれを防ぐべく、ライザーは魔力を込め続ける。
だが、力を計れぬライザーでは無かった。根本的に魔導術の本質が違う。防いだとして、衝撃で無事ではいられないだろう。自分の不安を抱えたまま、その大魔法を受け止めようと唇を噛みしめた。
その時だった。
――できるかな。やれるよね。
だってそのために来たんだから。
ありったけの媒体と魔導術の術具。制御の宝玉なんて買い占めてきた。
何もかもなくなって、もうリリーとお茶をするお金もなくなっちゃった。
けど。
「私はそのために、此処に来たの」
先ほどまで味方を覆っていた魔導障壁が砕け散ったかと思うと、それらを上回る更に巨大な淡い桜色の半球体が現れた。
間を置かずして球体の周りには星の数ほどの魔導言語が浮かび上がり、光の帯となって周囲をめぐり始めた。それは地中に光の楔を打ち込み、二重、三重と障壁の数を増やしていく。
「これは……!?」
「リリスティア!」
ヒルがリリスティアを庇う。目も開けていられないほどの光量で、両軍の兵たちは動けなくなってしまった。
「なんだ……これ……」
ライザーの足元に、砕け散った装飾具が幾つも転がっている。だがそれは「彼女」を中心としてどんどん数を増やしていた。
「何やってんだお前!」
「根源たる古代の星々よ、汝纏いし其の光、我に纏いて盾と成れ」
「おい、ベリー!!」
「『イニティアム・アストラ』!!」
その球体はリリスティア達は勿論、アメリの師団をもその腹に納める。突然のそれの出現に戸惑いを見せる兵達だが、目の前に迫った大魔法に再び恐怖した。
だが、クルヴェイグの放った竜巻はその障壁にぶつかるや否や、轟音を鳴り響かせながらも次々にその威力を弱まらせていく。
「軍師! これは!」
それを見守っていたシャジャが、耐えきれず声を上げた。
レオンは何も答えず、膨らむ光を見つめている。そして静かに眼鏡を外し、ポケットから出した布で汚れを取り、疲れ目を労るように指で眉間を押した。
「シャティアさん、多分大丈夫デスよ」
「大丈夫……ですか?」
「ええ」
レオンは再び眼鏡をつける。そして立体映像に向かって腕を組み、偉そうに見下げるような目を向けた。
「……どうやら俺達は、とんでもない方を仲間にしていたようデス」
そして、あれほど凄まじかった竜巻が、ろうそくの火が消されるように儚く霧散していった。後には、軽い爽やかな風がすうっと横切る。静かになった平原に、春のような温かい風が通り過ぎた。
「最高位魔法障壁「イニティアム・アストラ」……ふふっ、ふふふ! やはりそこにいるのは貴方でしたか!」
クルヴェイグは歓喜に満ちた声を上げた。そして、視線の先に居る彼女を見て、沸き上がる感情を抑えずにはいられないとばかりに腹を抱えた。
「おい……」
ライザーが声をかけた。兵士も皆、彼女を驚いた様子で口を開けて見ている。
「なんだよその格好は」
彼女は答えない。俯いたまま、手にした杖が壊れていくのを見ながら、一粒の涙を流した。
「答えろベリー!!」
そこにいるベリーは、あのベリーではなかった。真っ白で、肌を隠すように裾が長く作られた法衣。顔を隠すよう深く頭に被られた同じく真白のフード。
目は少し吊り上がっており、形が変わっている。その表情にいつもの笑みは無く、何かに悔いるように、落胆の色に染まっていた。
「ベリーじゃない……」
彼女はこぼれ落ちる涙を拭おうともせず、言葉を紡ぐ。
「どういうことだ」
ライザーが問いつめる。
「なんだあの巨大魔法障壁は。どんだけ優秀だったとしても、人間が単身で展開出来るもんじゃねえ。それに、あれは元素魔法だけじゃなく別の魔導術も――」
そこまで言って、ライザーは何かに気づきハッと目を見開いた。
「まさか……」
「あたしが考えたの。大魔法を単体でもできるように研究してたから。もうずっと昔に封印したものだったし、使えるかどうか心配だった」
彼女は顔を上げ、涙まみれの顔でライザーを見た。
「神鉄の魔導師の術を防ぐには、それしか無かったから」
「……てめぇ、何者だ」
「あたし……あたしは──」
二人の様子を遠くから見ていたリリスティアも、彼女の変貌ぶりに驚きを隠せないでいた。