第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」

 まるで自分もその場にいるかのような轟音と光の発現に、マティスは目を細めた。

「これが広く普及すれば、戦いはもっと容易になるだろうな」

「そうですね……」

 リリー、君は今この戦場にいるのだろうか。
 マティスはまだ強く心に残るリリスティアの顔を思い出す。あの無感情で強い眼差しを。
 きっと、うまくいってるならばリリスティアは彼らの王として居るはず。あの男が…そうさせるだろう。
 頭に浮かんでいたリリスティアの顔がゆらめいて消え、あの紅い髪の男が現れた。憎たらしさから自然と眉間に皺が寄る。

「例えヒルシュフェルトといえど、情報を掴まれては元も子もないだろう」

 まるで昔からよく知っているかのような口振りに、マティスは興味を引かれた。

「失礼ですが、あの悪魔とはお知り合いだったのですか?」

「話してはおらんかったか。知り合いなどではない。ただ特殊すぎるとう点で、研究者の間では名が知れておる」

「研究……悪魔のですか?」

 バロンは何も言わずただ笑って応えた。過去を思い出しているのか、重いため息をついた。

「あれは厄介な男だ。なんせ剏竜だ」

「ヴァイスを守る竜がいるというのは、単なる伝承かと思っていましたが」

 マティスはバロン同じく表情を曇らせた。

「ヴァイスの強みはその一点にある。あの竜がヴァイス王家と誓約を交わした時、その代によって異なる力を発動するからな」

 バロンがリリスティアを捕らえ、殺そうとしたのにはその目的もあった。
 とにかくヴァイスの民を根絶やしにすること、そして剏竜と誓約することのできる可能性が一番高いリリスティアを抹殺することが何より先決だった。

「生かしておけば人質としても使えると思ったが、まあそこは陛下の誤算だろうな」

「しかし、ヴァイス王家に連なる者はリリーだけではないですよね。それが他の剏竜と誓約すれな戦力は倍々に膨れ上がるのでは」

 マティスが進言をすると、バロンは首を横に振った。

「その心配はない。詳しくは判明しておらぬが、奴らは子を一匹ずつしか残せぬらしいからな」

「そうなのですか?」

「マティスよ、剏竜の名の意味を知っておるか?」

 マティスはいいえ、と返事をする。

「あれの始祖は、「はじまり」の神竜だからじゃよ」

 そう言って、バロンは再び映像に目を向けた。先ほどまで画面にいっぱいだったあの爆発の光は消え、煙がもうもうと空へ立ち上っていた。


 * * *


「――まさかここまで強くなっているなんてねえ」

 レオンは苦虫を噛み潰したような顔で、言葉を吐き捨てた。
 神鉄の魔導師の一撃は凄まじく、その場にいたレイムや他二部隊の安否が分からない。だがただひとつ分かるのは、そこには平原の青い草の代わりに、大量の屍が転がっている。それだけだ。

「ノーブルの魔導師……やっぱり受け継ぐ度に強くなるんです、ね」

 一緒にそれを見ていたシャジャが、その光景に恐怖したのか目をそらす。
 サウザンスドラゴンであるはずの彼女だが、その性格は幼い少女のままだった。

「そのようデスね、彼は貴方達とモメた時より確実に強い」

「この人、人型の私たちの竜玉の場所も分かっちゃうから。カイムさん、こんな時にどこへ……」

「大丈夫デスよ、煌竜王も馬鹿じゃありません。何か考えがあって一人消えたんデショ」

 するとシャジャは、羽根をへたりとしおらせ、レオンに向かって悲しそうに言葉を返した。

「カイムさんに限って、策なんか無い、です軍師」

「え?」

「ただ単に、居ても立ってもいられなかったから居なくなったんだと思います」

「……それ一番困りマス」

 その長年彼を見てきた者だけが知り得るカイムの本質を語られ、レオンは呆れて何も言い返すことが出来なかった。
 そして軽く咳払いすると、また部隊へ指令を出すために思索にふけった。


 * * *


「やっとやんだか」

 爆発の光が消えたのを確認したヒルは、腕の中からリリスティアを解放した。そして近くにいた部下に荒々しく声をかけた。

「敵魔導師に広範囲の消滅魔法を使う者がいる! 先の攻撃で敵も巻き込まれ陣形が崩れた! ドラフェシルトはこのまま敵歩兵部隊を攻撃! だが深追いはするな! 退却を促せ!」

 消滅、と聞きリリスティアの胸はドクンと疼いた。確かあそこにはレイム達が居た筈。そして、ジークフリードも。
 だがそれを憂うことなくすぐさま指示を出したヒルに、リリスティアは請うような目を向けた。

「ヒル! レイムたちは!」

「今は、目の前の奴の部隊を倒すことが先決だ」

 リリスティアは反論しなかった。
 この戦場という舞台で、経験のない自分の意見が正しいとは思えない。
 今出来ることをしなければ、負ける。ヒルの判断を冷たいとは思わない。戦場では一瞬の判断の誤りが命取りになることもある。
 リリスティアは刀を握りしめ、再び構えた。心では、まだ彼らを憂いながらも。


   * * *


「神鉄の魔導師もドジったな。味方まで巻き込んだんなら、戦況的にこっちが有利になっただけだ」

 ライザーは勝利を確信し始めたのか、嘲笑うかのように口端をつり上げると、手に魔力を込め始めた。

「ねえ!」

 ベリーが突然ライザーに声をかけた。妙に焦った様子の彼女の手が、少し震えていた。

「あんだよ?」

「これで終わりじゃないよ! もう一度くる!」

「馬鹿、んなことしたらあのアメリっつー女の部隊も食らうだろが。あの規模の魔導術を連続で使ったらいくら精霊魔導術でも……」

「でも来るんだってば!!」

 ベリーは尚も食い下がる。絶対的な確信があるのか、その言葉の調子はいつもと違い真剣だ。何かに気づいたように必死に訴え続ける。

「精霊がざわついてるの! 空気が鳴いてるの!」

「なんでんなこと分かるんだよ?」

 ベリーは言葉に詰まり、答えない。ライザーはふんと鼻を鳴らすと、彼女から視線を外した。

「いいけどな。ただお前が益々信用ならねえ奴だってことは分かった」

「そんな言い方!」

 ベリーは続きを言いかけて、それ以上は言えなかった。
 ――言えない。私の名前。ベリー・ハウエルの、真実の名は、まだ。


 * * *


 煙が晴れ、先程まで激しい戦闘が行われていた筈のそこは、今や見る影もなく。ただ青年と少年が立ち尽くすのみだった。
 そしてその眼下には焼け焦げた屍が煙を上げ、醜態を晒している。重なり合うように倒れている彼らに目を向けることもなく、神鉄の魔導師クルヴェイグは、自分達を守っていた半透明の防御壁を、右手で弾いた。魔導術の防御壁は、彼に従うように霧散した。
 傍にいたジークフリードが、青ざめた顔でクルヴェイグを見上げる。

「な……なんで」

 問いかけに、クルヴェイグは首を傾げた。

「何故、とは?」

 とぼけたように答えを返され、ジークフリードは声を上げた。

「なんで皆まで殺したんだよクー!」

「何をそんなに怒っているのですか」

「怒るよ! クーの大魔法のせいで、僕の師団の魔導兵まで……ッ」

 クルヴェイグの大魔法は、レイム達だけではなくジークフリードの師団も巻き込んだ。
 広範囲に広がった大爆発から逃れる術を持つ者はおらず、数人の魔導師や魔法の心得がある者だけが、とっさに防御壁を張りなんとか命を留めていた。それでも傷は深く、最早戦える状態ではない。
 必死に服の裾を掴むジークフリードに、クルヴェイグは溜息をついてみせた。

「貴方はあのまま戦っていても、あの竜の男を倒せましたか?」

「倒せたさ!」

「なら彼の竜玉の場所は?」

「……それは……」

 答えられない。理由は単純で、分からなかったから。
 竜はその唯一の弱点を巧みに隠している。竜玉の形や特徴は個々で違う。だからこそ、それを何時如何なる時でも見抜けるようになる為には、相応の修行や経験、そして強い魔導力が必要となるのだ。
 反論ができないジークフリードは、手探りで言葉を返そうとする。

「けど味方まで巻き込むなんて……もっと他にやりようが」

「敵の歩兵部隊を一掃出来たのですから良いでしょう。それに貴方の指示していた師団の半分は「混ざりもの」の聖騎士でしょう」

「でもノーブルの魔導師もいた!」

「微々たる犠牲です。魔導師など、私一人いればいい」

 その言葉には感情など無く、冷たい氷が突き刺さるかのようにジークフリードの胸に響いた。
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