第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」

 片や、双剣を自在に操り、同時に魔法を繰り出す天才魔法剣士ジークフリード。片や、熟練された技を次々と繰り出し、圧倒的な力を持つ歩兵部隊隊長レイム。二人の男の戦いは激しさを増し、その影響から大地のあちこちは抉られ、大きな傷を負っている。剣が壊れそうなくらいの激しい斬り合いにも関わらず、二人の体には未だ傷がついていなかった。

「細い体してるくせに体力はあるみたいッスね」

「馬鹿にしないでよ。お前こそ、竜族なら竜変化したほうが戦りやすいんじゃない?」

 ジークフリードは双剣をぷらぷらと振り回し、レイムを挑発した。

「その手には乗らないッスよ。あんた、ノーブルの人間ッスね? 魔導大国ノーブルの」

「なんで分かるのさ」

「金の瞳と銀の髪を併せ持つのは、ノーブル皇家だけと習ったッス!」

「で、──だったら何なわけ?」

「竜化したら不利になるのは俺のほうってことッスよ。あんたはアレを知ってるから竜化を薦めるんだ」

 レイムの瞳孔がいつにも増して、爬虫類のように鋭く変化する。

「やだな、なんのことだか分かんないよ。あ、もしかして竜化できないの? たまにいるんだよね戻れないやつって」

「とにかく俺はこのままやらせてもらうッスよ」

「勝手にすれば? どっちにしろ、勝つのは僕だよ」

 いつもの無邪気さのかけらもない冷たい口調。
 ジークフリードは遊ばせていた双剣を構え直した。

「いくよ」

 そして、再びレイムに向かって斬りかかろうとぐっと体に力を入れた時だった。

「――おやおや……。随分手こずっているようですねぇ」

 どこからともなく聞こえてきた声に、ジークフリードの体にぞくりと悪寒が走った。

「何スか?」

 その声はレイムには聞こえていなかったのか、彼は急に動きを止めたジークフリードを不思議そうに見つめる。

「手こずってなんかいないよ! 次でしとめる!」

 ジークフリードは、必死になって声を上げている。
 レイムから見れば独り言を言っているようにしか見えなかった。彼の周りには、剣を交える両軍の兵士の姿しかない。

「一体誰と喋ってるんスか?」

 拍子抜けしているレイムをよそに、ジークフリードはまだ何かと喋っていた。

「僕一人でやれるよ! クーの力なんか無くても、僕だけで!」

「そうは見えませんよ。だから、私がここに来たのです」

 ジークフリードと会話をする何かは、優しい口調ながらもどこか威圧的に喋る。
 彼はそれに逆らえないのか、言葉を返すだけで必死といった様子だった。

「今……!!」

 待ちくたびれたレイムが、怒り心頭で声を上げた。その声で、ジークフリードはレイムに視線を移した。
 すると、彼の横の空間が陽炎のように歪みだした。透明な空気が泥のように蠢きながら、人の形を型を作る。そして、まるで初めからそこにいたかのように、その「何か」は静かに姿を現した。

「竜一匹、始末出来ないのではノーブルの精霊の血が泣きますよ、ジーク」

 現れたのは、落ち着いた雰囲気を持つ成人男性だった。
 その長くひきずるような銀の髪、瞳は深い金色に輝いていた。顔立ちも端正で、色が白い所為か、どこか儚げに見える。睫が長く、女性のようにも見える男だ。
 その男はレイムに静かに向き直ると、何かを探るように見つめた。

「竜化した竜でなければ、竜玉の位置も見抜けないなんて、まだまだ勉強が足りませんね」

 竜玉と言われ、レイムの肩がびくりと跳ねた。竜玉とは、竜族の唯一にして最大の弱点。
 天空を駆け、炎を吐き、大地をうねらせる最強と呼ばれる竜族だが、そこを突かれると致命的だった。つまり、"竜族は魔導術に弱い"ではなく、正しくは竜玉への魔導術攻撃に弱いのだ。
 しかしその場所を探り当てることは困難で、彼らも普段はその身に深く埋めている。見破られる人物は、この世に僅かしかいない。

「私は神鉄の魔導師、クルヴェイグ。なるほど、あなたの竜玉はそこですか」

 男が手を前にかざすと、レイムは呼応するかのように体の中の竜玉が疼くのを感じた。
 血液がどくどくといつもより早く体をかけ巡り、全身全霊で恐怖を訴える。

「あんたは……まさかノーブル皇族の!」

 男の手に急速に力が集まり始める。それはまばゆい光となり、次第にその体積を増していく。
 傍らで、ジークフリードが複雑な表情で俯いていた。

「運が悪かったですねぇ。ふふふふ……!」

 光は巨大さをさらに増し、周囲の空気を震え上がらせた。あまりの眩しさからレイムは顔を手で庇う。
 そして男が今から何をするつもりなのか、気づいた時にはすでに遅かった。光を片手で留めたまま、男は何かを唱え始めた。

「……悠久の闇、永久の光。汝我と契約を結びし古来よりの盟友。其の名に於いて今ここに命に応え給え」

「後退しろ! 部隊を下げるんだ!」

 その追いつめられたようなレイムの叫びに、周りの兵士は一気に後退を始めた。
 だがレイムはその場で剣を体の前に構えたたまま留まっている。

「来るなら来い! 神鉄の魔導師なんて怖がってたら、リリスティア陛下を守れないッス!」

「私が神鉄の魔導師と分かっていて尚その態度、竜族にしては勇敢。ですが………」

 男の手の光が、あたりを飲み込むような勢いで肥大した。

「竜族にしては賢くない選択ですねえ!」

「神鉄の魔導師はカイムさんの宿敵!! 弟である俺が負けるわけにはいかねぇッス」

「カイムの弟!?」

 ジークフリードがぎょっとしてレイムを見る。
 そしてある事に気がつくと、その事実を認めざるを得なかった。彼の胸に、黒い竜の紋様がくっきりと浮かび上がっていたのだ。レイムの剣から黒い炎が燃え上がる。彼はそれを片手に、男に向かって斬りかかった。だが、刃は届かなかった。

「来たれ、精霊王アステリカ!!」

 刹那、クルヴェイグの放った白い光が大爆発を引き起こした。
 轟音が広い平原に鳴り響き、空が揺れた。轟々と地響きを伴い膨らむ光は留まることを知らず、次々に兵士を飲み込んでいく。
 緑の草に覆われていた大地は一瞬にしてその肌を露見させ、大地が砕けていく。
 軍勢は敵味方関係なく、一瞬にして光の中に消えた。

 その凄まじい爆風はリリスティア達の場所にも影響を与えた。目映い光と突風が側面からリリスティア達を襲った。
 一体、何が起きたのか。リリスティア達の位置からすると、丁度右方向。
 凄まじい白い光の爆発が起こった。今分かるのはそれだけだった。
 ヒルは瞬時にリリスティアの前に立ち、突風から庇うようにマントで彼女を覆い隠す。

「精霊の光……神鉄の魔導師か!」

 ヒルは爆発が起きた方角を見つめ、仲間の安否を憂いた。リリスティアは駆ける馬上、マントの陰からその凄まじい光の爆発を凝視する。今まで見たことのない光景に、瞳が揺れた。

「……風が削れていくっ……なんて魔導術の威力なの!」

 ベリーは突風と、伝わってくるその魔力に圧されそうになりながらも必死に足を踏ん張る。
 側にいたライザーが忌々しく舌を打つ。

「精霊王……ノーブル皇族でこんなとこまでくるもの好きは一人しかいねえ」

「神鉄の魔導師!」

 ベリーとライザーは顔を見合わせると、互いに頷いた。

「あの方角にはジークフリードの師団がまだいた筈……まさか巻き込むなんて!」

 後退していたアメリの部隊も、爆風に煽られてその場にしゃがみこんでいた。
 アメリは信じられないといった顔で、爆発を見ていた。彼女の副官達も、その容赦ないやり方に恐怖し、愕然とした。

「最初から……最初からわたくしたちがどう戦っていても関係がないといった作戦……。なんですのこれは!」

「アメリ様……」

「退くのです。とにかく、後退を!」

「は、はい!」

 一連の様子を、妖しい笑みを浮かべ見つめる者がいた。その者は皺の深い口元に手を当て、滑稽だと言わんばかりに高笑う。

「これはノーブルの関税を少しゆるめなければなりませんなあ」

 年老いた男、バロン国議院議長は冗談交じりに言う。その傍にいたマティスは、驚きに目を見張っていた。

「こんなことができるのですが。人が」

「素晴らしいじゃろう? これが神鉄の魔導師の精霊王の召喚じゃ」

 彼らは、聖王国の城にて、魔導機械という遠方を映す鏡を用い、戦いの様子を確認していた。

「しかしこの魔導機械でここまで鮮明に映し出されるとは」

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