第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」
信じられないような憎しみのこもった言葉に、リリスティアは我が耳を疑った。
「昴は、悪魔を増長させる火種を育てた罪深き剣士。次会ったならば、この手で倒します」
「アメリ! そうじゃない!」
「裏切り者リリー、いえ今はリリスティアでしたか。私が得られなかった父の愛を他人である貴女がひけらかし、さぞ気分が良いのでしょう」
「そんなつもりは!」
「貴女が何をどう主張しようと、悪魔は人類の敵でしかないのですわ」
「私たちは悪魔じゃない……話を聞いてアメリ!」
「人の姿で惑わすのはおやめなさい!! 過去に、同じように人の姿をした悪魔がいましたわ! しかしやはり悪魔は悪魔ですわ!!」
リリスティアの必死の呼びかけにも、アメリはもう聞く耳を持つ様子はない。それどころか、再びその瞳は殺意一色に染まる。
「これ以上は時間の無駄ですわね」
「そんな……っ」
リリスティアはまた語りかけようと試みたが、ヒルがそれを止めた。無言で首を振ると、肩に優しく手を置き、こう言った。
「王が私情にほだされるな」
ヒルの言葉はリリスティアの胸を僅かに痛める。
だがそれは当然のことで、リリスティアは軽く唇を噛むとコクリと頷いた。
「……分かってる、けど……っ、話を聞いてほしいアメリ! アルフレッドは!」
「陛下を呼び捨てにするな悪魔の情婦めが!」
アメリの側にいる女性聖騎士が荒々しく言葉を遮る。リリスティアは今、人間の悪魔に対する憎しみの深さに直面し、身を持って焦りを感じていた。
「根深い確執はそう簡単に修復出来るものではない」
ヒルは静かな口調で語る。
「たとえ戦を止めても、ヴァイスの民側だって人間を簡単に受け入れられるわけがない。積もり積もった怨みは、消えない」
リリスティアは再びアメリに目を向けた。蒼い瞳には憎しみの炎が燃え上がり、未だ勢いを失わない。
姉さん、貴方もきっと、話そうとしたんだ。
だから、バロン達に捕らわれたのでしょう。
リリスティアは志を果たせなかったセイレを想い、胸が締め付けられるような感覚になった。
きっと一人で立ち向かったのだろう、誰の協力も得ることなく。そういう性格だったから。
私にはまだそれが出来ない。
臆病だ。臆病と知りながらも、勇み足を進めることが出来ない。なんて、未熟。私は姉さんのように強く歩むことは出来ないかもしれない。全て救えなくていい。そんな傲慢は無い。ただ。
自分を待っていてくれた人、案じてくれていた人がいたこと。
その人たちに、報いたい。
「聞いてアメリ!」
ヴァイス軍に囲まれた状態のアメリが、そのリリスティアの少し雰囲気の違う口調にびくりと肩を震わせた。リリスティアは刀を一度鞘に戻し、部隊の最前列に一人歩み出た。
ライザーとベリーが声をかけたがリリスティアは振り向く様子もなく、どんどん歩み出る。
ヒルは黙ってそれを見つめている。だが、何かあればすぐに剣を抜けるよう、片手は柄に添えていた。
「近寄らないで」
アメリは低く唸る。いくらヴァイス軍がアメリ達を包囲しているとはいえ、単身飛び出せば狙い撃ちは必至。そんなことは考えていないかのように、しかも刀を納めたままリリスティアは歩んでくるものだから、逆に気味が悪い。
「我々に近寄るな悪魔が!」
途端アメリの横にいた女性聖騎士が耐えきれずリリスティアに斬りかかった。剣を振り上げると、ヴァイスの兵達は咄嗟に飛びだそうとしたが、それには至らなかった。
「……っぐ……」
リリスティアは素早く刀を抜いて、女性聖騎士を斬った。
太刀を浴びせられた女性聖騎士は剣を持ったままその場に崩れ落ちた。だが、傷がついた様子は無い。
アメリは何をされたのか瞬時に気づき、訝しげにリリスティアを見て呟いた。
「……峰打ち」
リリスティアの武器は刀と呼ばれる片刃剣。持ち方を変えればそれは斬れることなく当て身で相手を倒すことが出来る。それでも、気絶させることはたやすいくらいの威力はある。
「貴女は何を考えていますの?!」
アメリがリリスティアの体に届くか届かないかの位置に薙刀をつけた。少し間合いを詰められれば、リリスティアは確実に斬られるだろう。だがリリスティアは狼狽えることはなかった。
「ここがどこだか理解ができていないようですわね! ここは!!」
アメリが言い終える前に、リリスティアがその続きを代弁した。
「戦場だ!」
そう言って、悲しみを押し殺すようにして、アメリを見つめる。何かに縛られたように、その雰囲気に圧倒され、誰もその場から動けなかった。互いに将の首を取る絶好の機会にも関わらず、二人のやりとりに、全神経が奪われていた。
するとリリスティアは、刀をアメリの顔に真っ直ぐに向けた。そう、あと一歩踏み込めば、彼女を斬り裂ける位置に。
「戦場は、命の奪い合い。理想を勝ち取る為の場所だ」
さらにリリスティアは続ける。
「私は戦を肯定も否定もしない。ただ」
アメリはごくりと生唾を飲んだ。気圧されているのか、手のひらに汗が滲む。
「何ですの……」
「私は……私を生かしてくれた人たちの為に戦っている。私はリリスティア。ヴァイスをすべる最後の王だ!!」
奪う痛みも、失う痛みを知っている。だからこそ、私は駆けぬける。
走りついた先、たとえ何を失ったとしても。
「……あ、アメリ様、この者はどうして言葉を喋るのですか」
不意に兵の一人が放った言葉に、アメリは気を削がれた。
「え……?」
「悪魔が人のように喋ります。なぜですか!?」
アメリの部下達は戸惑っていた。これが、悪魔なのか? と。
目の前にいる彼女、後方にいる彼らも、話を聞いていると何かが違う。
粗野で、狡猾で、慈愛のかけらもない堕ちた種族。記録写真にあるその姿はおぞましく、醜い。人型は仮の姿、実際はおぞましい怪物。
町に現れ、退治される悪魔も、おぞましい化け物だった。なのに、何故今目の前にいる彼らの姿は自分達と相違無いのだろう。化け物の姿が実体ならば、何故戦場においてその姿を晒さないのだろう。
何故目の前の女性は、こんなにも澄んだ瞳をしているのだろう。
「貴方たち……」
「アメリ様!! 本隊まで下がりましょう!」
「撤退路は我々が作ります!」
アメリの副官達は彼女の手を引き後ろに下がらせ、迫り来るヴァイス軍に剣を向けた。
だがアメリは尚くすぶり続ける闘志を消すことは出来ず、群衆に阻まれながらもリリスティアを遠くに見据えた。
「お待ちなさい! まだリリスティアとの決着を……」
「このままでは全滅してしまいます!」
アメリは体を副官達に抑えられ、悔しそうに唇を噛む。一師団の指揮官でなければ、単身飛び出してリリスティアを倒したい。
だが、聖騎士としてのアメリの理性がなんとかそれを踏みとどまらせた。
「………仕方ありませんわ……撤退準備! 怪我人を優先、退路を確保! マリアベル様の本隊の位置まで下がるのです!」
「ご英断ですアメリ様」
「魔力を使えない私達は捨てゴマですわね……」
「アメリ様……」
アメリの吐き捨てた言葉に、副官や部下達はやるせなさに眉を下げた。
「あるいは初めから……」
―――犠牲にする気で、我々を前線に往かせたのかもしれない。
聖騎士の数は多く、代わりなどいくらでもいる。アメリにはそんな声が聞こえた気がした。
「アメリ達が退いて行く……」
リリスティアは、行き場の無くなった刀の切っ先を降ろした。アメリが、自分を憎んでいるあの青い瞳を見るのが辛かった。リリスティアは、とりあえずは彼女をこの手で斬らずに済んだことを、不謹慎ながらも安堵した。
そして、降ろした刀を持つ手がドクリと脈打つのを感じ、ハッとした。それは、斬らずに済んだ事に安堵した次の瞬間、"斬れなかった残念さ"が、自分の意志とは無関係にこみ上げてきたからだった。
今また何故このタイミングでその感覚が甦ったのか。理由がわからないまま、リリスティアはそれを必死で消し去ろうと首を振った。
* * *
その頃、そう離れていない場所でも二人の剣士が激しく衝突していた。
「昴は、悪魔を増長させる火種を育てた罪深き剣士。次会ったならば、この手で倒します」
「アメリ! そうじゃない!」
「裏切り者リリー、いえ今はリリスティアでしたか。私が得られなかった父の愛を他人である貴女がひけらかし、さぞ気分が良いのでしょう」
「そんなつもりは!」
「貴女が何をどう主張しようと、悪魔は人類の敵でしかないのですわ」
「私たちは悪魔じゃない……話を聞いてアメリ!」
「人の姿で惑わすのはおやめなさい!! 過去に、同じように人の姿をした悪魔がいましたわ! しかしやはり悪魔は悪魔ですわ!!」
リリスティアの必死の呼びかけにも、アメリはもう聞く耳を持つ様子はない。それどころか、再びその瞳は殺意一色に染まる。
「これ以上は時間の無駄ですわね」
「そんな……っ」
リリスティアはまた語りかけようと試みたが、ヒルがそれを止めた。無言で首を振ると、肩に優しく手を置き、こう言った。
「王が私情にほだされるな」
ヒルの言葉はリリスティアの胸を僅かに痛める。
だがそれは当然のことで、リリスティアは軽く唇を噛むとコクリと頷いた。
「……分かってる、けど……っ、話を聞いてほしいアメリ! アルフレッドは!」
「陛下を呼び捨てにするな悪魔の情婦めが!」
アメリの側にいる女性聖騎士が荒々しく言葉を遮る。リリスティアは今、人間の悪魔に対する憎しみの深さに直面し、身を持って焦りを感じていた。
「根深い確執はそう簡単に修復出来るものではない」
ヒルは静かな口調で語る。
「たとえ戦を止めても、ヴァイスの民側だって人間を簡単に受け入れられるわけがない。積もり積もった怨みは、消えない」
リリスティアは再びアメリに目を向けた。蒼い瞳には憎しみの炎が燃え上がり、未だ勢いを失わない。
姉さん、貴方もきっと、話そうとしたんだ。
だから、バロン達に捕らわれたのでしょう。
リリスティアは志を果たせなかったセイレを想い、胸が締め付けられるような感覚になった。
きっと一人で立ち向かったのだろう、誰の協力も得ることなく。そういう性格だったから。
私にはまだそれが出来ない。
臆病だ。臆病と知りながらも、勇み足を進めることが出来ない。なんて、未熟。私は姉さんのように強く歩むことは出来ないかもしれない。全て救えなくていい。そんな傲慢は無い。ただ。
自分を待っていてくれた人、案じてくれていた人がいたこと。
その人たちに、報いたい。
「聞いてアメリ!」
ヴァイス軍に囲まれた状態のアメリが、そのリリスティアの少し雰囲気の違う口調にびくりと肩を震わせた。リリスティアは刀を一度鞘に戻し、部隊の最前列に一人歩み出た。
ライザーとベリーが声をかけたがリリスティアは振り向く様子もなく、どんどん歩み出る。
ヒルは黙ってそれを見つめている。だが、何かあればすぐに剣を抜けるよう、片手は柄に添えていた。
「近寄らないで」
アメリは低く唸る。いくらヴァイス軍がアメリ達を包囲しているとはいえ、単身飛び出せば狙い撃ちは必至。そんなことは考えていないかのように、しかも刀を納めたままリリスティアは歩んでくるものだから、逆に気味が悪い。
「我々に近寄るな悪魔が!」
途端アメリの横にいた女性聖騎士が耐えきれずリリスティアに斬りかかった。剣を振り上げると、ヴァイスの兵達は咄嗟に飛びだそうとしたが、それには至らなかった。
「……っぐ……」
リリスティアは素早く刀を抜いて、女性聖騎士を斬った。
太刀を浴びせられた女性聖騎士は剣を持ったままその場に崩れ落ちた。だが、傷がついた様子は無い。
アメリは何をされたのか瞬時に気づき、訝しげにリリスティアを見て呟いた。
「……峰打ち」
リリスティアの武器は刀と呼ばれる片刃剣。持ち方を変えればそれは斬れることなく当て身で相手を倒すことが出来る。それでも、気絶させることはたやすいくらいの威力はある。
「貴女は何を考えていますの?!」
アメリがリリスティアの体に届くか届かないかの位置に薙刀をつけた。少し間合いを詰められれば、リリスティアは確実に斬られるだろう。だがリリスティアは狼狽えることはなかった。
「ここがどこだか理解ができていないようですわね! ここは!!」
アメリが言い終える前に、リリスティアがその続きを代弁した。
「戦場だ!」
そう言って、悲しみを押し殺すようにして、アメリを見つめる。何かに縛られたように、その雰囲気に圧倒され、誰もその場から動けなかった。互いに将の首を取る絶好の機会にも関わらず、二人のやりとりに、全神経が奪われていた。
するとリリスティアは、刀をアメリの顔に真っ直ぐに向けた。そう、あと一歩踏み込めば、彼女を斬り裂ける位置に。
「戦場は、命の奪い合い。理想を勝ち取る為の場所だ」
さらにリリスティアは続ける。
「私は戦を肯定も否定もしない。ただ」
アメリはごくりと生唾を飲んだ。気圧されているのか、手のひらに汗が滲む。
「何ですの……」
「私は……私を生かしてくれた人たちの為に戦っている。私はリリスティア。ヴァイスをすべる最後の王だ!!」
奪う痛みも、失う痛みを知っている。だからこそ、私は駆けぬける。
走りついた先、たとえ何を失ったとしても。
「……あ、アメリ様、この者はどうして言葉を喋るのですか」
不意に兵の一人が放った言葉に、アメリは気を削がれた。
「え……?」
「悪魔が人のように喋ります。なぜですか!?」
アメリの部下達は戸惑っていた。これが、悪魔なのか? と。
目の前にいる彼女、後方にいる彼らも、話を聞いていると何かが違う。
粗野で、狡猾で、慈愛のかけらもない堕ちた種族。記録写真にあるその姿はおぞましく、醜い。人型は仮の姿、実際はおぞましい怪物。
町に現れ、退治される悪魔も、おぞましい化け物だった。なのに、何故今目の前にいる彼らの姿は自分達と相違無いのだろう。化け物の姿が実体ならば、何故戦場においてその姿を晒さないのだろう。
何故目の前の女性は、こんなにも澄んだ瞳をしているのだろう。
「貴方たち……」
「アメリ様!! 本隊まで下がりましょう!」
「撤退路は我々が作ります!」
アメリの副官達は彼女の手を引き後ろに下がらせ、迫り来るヴァイス軍に剣を向けた。
だがアメリは尚くすぶり続ける闘志を消すことは出来ず、群衆に阻まれながらもリリスティアを遠くに見据えた。
「お待ちなさい! まだリリスティアとの決着を……」
「このままでは全滅してしまいます!」
アメリは体を副官達に抑えられ、悔しそうに唇を噛む。一師団の指揮官でなければ、単身飛び出してリリスティアを倒したい。
だが、聖騎士としてのアメリの理性がなんとかそれを踏みとどまらせた。
「………仕方ありませんわ……撤退準備! 怪我人を優先、退路を確保! マリアベル様の本隊の位置まで下がるのです!」
「ご英断ですアメリ様」
「魔力を使えない私達は捨てゴマですわね……」
「アメリ様……」
アメリの吐き捨てた言葉に、副官や部下達はやるせなさに眉を下げた。
「あるいは初めから……」
―――犠牲にする気で、我々を前線に往かせたのかもしれない。
聖騎士の数は多く、代わりなどいくらでもいる。アメリにはそんな声が聞こえた気がした。
「アメリ達が退いて行く……」
リリスティアは、行き場の無くなった刀の切っ先を降ろした。アメリが、自分を憎んでいるあの青い瞳を見るのが辛かった。リリスティアは、とりあえずは彼女をこの手で斬らずに済んだことを、不謹慎ながらも安堵した。
そして、降ろした刀を持つ手がドクリと脈打つのを感じ、ハッとした。それは、斬らずに済んだ事に安堵した次の瞬間、"斬れなかった残念さ"が、自分の意志とは無関係にこみ上げてきたからだった。
今また何故このタイミングでその感覚が甦ったのか。理由がわからないまま、リリスティアはそれを必死で消し去ろうと首を振った。
* * *
その頃、そう離れていない場所でも二人の剣士が激しく衝突していた。