第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」

「貴女に聞きたいことがあります」

「……私に?」

「アメリ様! こんな時になにを…!」

「お黙りなさい!!」

 アメリは副官の言葉をきつく押さえ込むと、リリスティアを真剣に見つめた。
 リリスティアもまた、アメリの瞳をまっすぐに見つめ返す。何故か押し迫ったようなその瞳を不思議に思った。

「私になにを問うというの?」

 するとアメリは、握っていた薙刀でリリスティアを指す。いや、リリスティアが構える刀を指した。

「その刀、どこで手に入れたものか正直に答えなさい」

 この場の誰もが持つ剣とは異なる、リリスティアの刀。
 アメリの青の瞳が揺れる。

「それは世闇の刀でしょう! まさか殺して奪ったのではないでしょうね?」

「何故お前がそんなことを気にするの」

 リリスティアは彼女に、また誰かの面影を感じた。繋がりそうで繋がらないこの感覚。アメリは苛立ち、さらにまくし立てる。

「質問に答えなさい。それは貴女のような裏切り者が持っていいような刀ではありませんのよ」

 その一言に、急にリリスティアは厳しく表情を歪めた。

「お前にそんな風に言われる筋合いはない! これは、我が剣の師、昴からもらった大事な刀だ!!」

 それまで、勢いよく言葉を浴びせていたアメリが急に押し黙った。
 彼女の瞳には、落胆と、失意が立ちこめる。
 受け入れたくない事実だった。

「アメリ様!」

 副官が彼女の肩を揺する。しかしアメリは愕然とリリスティアに目を向けているだけで。

「お前、昴を知っているの?」

 アメリは答えない。薙刀を握りしめたまま立ち尽くしている。

「ふ……」

 だが、急にくすくすと笑いだしたかと思うと、少し長い前髪をさらりと上にかき上げた。

「これで何もかも吹っ切れましたわ」

 前髪の下からのぞいた瞳は大きく、陽の光に当たりさらに青く輝いた。続いて、彼女の腹部が何か妖しく輝いている。聖騎士の証である紋章が刻まれているのだろう。
 リリスティアは、うっすらと浮かび上がる紋様を一瞥して、また彼女に視線を合わせた。

「お前の瞳、どこかで見た気がする」

 リリスティアがそう言うと、アメリは口元に手を添えクスクスと笑った。

「当たり前ですわ。貴女は見たことがある筈」

「どういう意味……」

「何故ならば」

 アメリが再び足に力を込める。闘志が目に見えそうなほど膨れ上がるのが肌で感じられた。

「この瞳の色はお父様からいただいた、最初で最後の贈り物ですもの!!」

「父……? まさかお前……!」

「ええ、貴女に刀を渡した昴という男は、間違いなく私の憎き父親ですわ!!」

「昴が!?」

 リリスティアの中から戦意が消えかけていた。
 彼女が、あの昴の娘だなんて。もし、斬ったりしたら――。

「今更やめるなどと、許しませんわ!」

「アメリ!」

「覚悟!!」

 アメリが、また向かってきた。やむなくリリスティアは刀を構える。
 嫌だ、斬れないかもしれない。否、斬れるわけがない。
 だが、これは戦争なのだから。殺さなくてはいけない。剣を抜いた時点で、虚ろに交わされる殺し合うという残酷な誓い。
 たとえ、師の娘だろうと敵対した以上は斬らねばならない。王として生きると決めたのだから。
 だが、再び彼女らの剣が交わることはなかった。

「ぎゃあああ!!」

 突如、断末魔の悲鳴とともに、アメリの師団の兵士が次々とやられ始めた。
 その勢いは、尋常ではない。ばたばたと兵士が人形のように倒れだし、何か黒い物が蠢いているのが遠目に見えた。

「あ、アメリ様! 我が師団が右翼より攻撃を受けております!」

「何を言いますの!? 右側面に部隊は居なかった筈ですわ!」

「ですが今現に!」

 対応に追われ、自分から的を外したアメリからリリスティアはそっと間合いを置いた。
 そしてその胸に熱がこもるのを感じると、彼が近くに居ることを確信した。
 急速に師団の数を減らされ、アメリはリリスティアに構っている場合ではなかった。副官が恐怖に怯えた声でアメリにすがる。

「駄目ですアメリ様! 少数の部隊ですが、まるで歯が立ちません!」

 彼らはアメリの部下を一通り薙ぎ倒すと、土煙の中現れた。
 顔面まで覆った、漆黒の仰々しい重鎧、手には同じく漆黒の大剣。纏うマントまでもが黒。
 その様はまさに悪魔だった。不気味に光る目だけが、唯一生き物だと伺わせる部分。
 アメリは、知らぬ間に追いつめられたことを直感した。黒い鎧の男達は、しんと立ち尽くしていたが、やがてその黒波を左右に分け、後方にいる何者かを通す為道を作り始めた。

「指揮官のお出ましですわね」

 現れた人物は、その黒波の中で炎のようにうねる紅い髪と、紅い瞳をしていた。
 国王近衛部隊ドラフェシルト隊長、ヴァイス王国軍総指揮官、剏竜、ヒルシュフェルト。
 その名に恥じることはなく、彼は威厳と恐怖を称え現れた。
 そして、アメリの向こう側にリリスティアを見つけると、重い溜息をついてみせた。

「ご無事で何よりです陛下」

 わざとらしい敬語に、リリスティアはムッと眉を寄せると、堂々と答えた。

「私は民のために戦うと言った」

 リリスティアのそっけない返事にも、ヒルはただ笑みを返すだけだった。彼はそのまま視線をアメリに移すと、一歩前に歩み出る。

「まだ戦るのか?」

 ヒルの足元には、無惨な王国兵の屍が転がっている。アメリはそれでも戦意を失った様子は無く、薙刀を構えたままだった。

「退くことなど考えておりません」

 アメリは、臆することなく言い放つ。

「いい心がけだが、状況が見えているとは思えないな」

 ヒルの言うことは最もだった。アメリの師団はヒル達により大幅に数を減らされ、さらに彼ら竜剣部隊とライザーの魔導部隊包囲されるような形になっている。この包囲を抜けるのはたやすい事ではない。
 アメリは周囲ぐるりを囲む兵士を見て、恨めしそうに呟く。

「降伏するか?」

 ヒルが余裕たっぷりに言うと、アメリはますます眉間に皺を寄せた。すると、何を思ったのか、リリスティアは構えていた刀を降ろし、静かにアメリに語りかけた。

「アメリ、お前が昴の娘だというなら、私は戦いたくはない」

「何を言いだしますの?」

 戦いたくないという言葉に、驚いたのはアメリだけではなかった。
 ヒルはリリスティアの傍らに歩み寄ると、少し心配そうに視線を送った。

「ヒル、少しだけ。話せば分かるかもしれない」

 そう言うとリリスティアは、アメリに少し近づき、まっすぐに彼女を見た。
 見れば見るほど、リリスティアは昴を思い出した。あの無口で優しい男の影が彼女に重なる。信念に満ちた瞳なんかはそっくりだ。

「私には話すことなどありませんわ」

 アメリは頑なにリリスティアを拒絶する口調で答える。

「私にはある。聞いて頂戴。昴は私の剣の師、恩人だ。まだ私が聖騎士に成り立ての頃、ある町で偶然出会って、剣を教えてもらったんだ」

 アメリは無言のままそれを聞いている。僅かに残ったアメリの師団兵も、その場を動かず警戒したままだった。

「昴のおかげで私は戦う術を身につけられた。それだけじゃなく、たくさん、教えてくれた」

 あまり喋るのが得意ではないリリスティアだったが、懸命に何かを彼女に伝えようとしていた。ヒルはそんなリリスティアを静かに見守る。

「何悠長に話してやがんだ?」

 向かい合い話をするアメリとリリスティアの光景を目にしたライザーたちは、首を傾げた。

「戦いたくないんだよ」

「あ?」

「たぶん、アメリは昴の娘だから。聖騎士としては、公式には抹消済みの戸籍関係だけどね……」

 今まさか、こんな形で二人が出会うなんて。
 普通なら、もしかしたら仲良くなっていた二人かもしれない。だが、複雑な過去のしがらみにより、今二人は戦場に敵として向かい合っていた。

「……分かりましたわ」

 リリスティアと昴の出会いの話を黙って聞いていたアメリが、何かうんざりした様子で呟いた。

「つまり、私のお父様は貴方に剣を教え、人としての道を教え、貴方を導いた救世主といったところですわね」

 妙な言い方にリリスティアは眉を顰めたが、さほど心にはとめなかった。

「そう、なる。だから私は」

 アメリはリリスティアの刀に目を遣ると、深い溜息をつき、こう言った。

「最早……あの男を父などと二度とは呼びません」

「何?」
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