第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」

 それはレイムの放った黒炎とぶつかると、属性の相互作用が働き爆発するように弾け、地面を抉り霧散した。
 レイムは、剣を振ったままの格好で、ジークフリードを奇異な目で見ていた。居心地の悪い視線にジークフリードは眉を寄せる。

「……なんで、アンタがその技を」

「は?」

「竜晶破斬は! それはカイムさんの技ッス!」

 彼の口から飛び出したカイムという名前に、ジークフリードは動揺した様子は無かった。

「……そっか、あんたも竜なんだ。さっきの炎は炎竜の技なんだね」

「質問に答えるッス!」

 信じられない、と言った様子でレイムは叫ぶ。反して彼は至って冷静に答えを口にした。懐かしむような、悲しい瞳で。

「簡単だよ、これを僕に教えたのはカイムだから」

 もう昔にだけどね、と、小さく付け足した。


 * * *


 鎌鼬かと見間違うような、アメリの俊速の刃がライザーを襲う。
 ライザーは軽い身のこなしでそれをかわすと、空いた手から黒い球を造りだしアメリに向かって放った。

「小賢しいですわ!」

 アメリもまた幾つも放たれるそれを右に左に避けながらライザーの体を狙い薙刀を振るう。リーチの長い武器は少し間合いを詰められただけで体に届いてしまう為、ライザーは逃げながら術を使うしかなかった。

「チッ、レイムは何してやがんだ! クソやりづれぇ!」

 剣士がいれば、ライザーは本来の誓導師としての力を発揮出来る。
 敵の動きを食い止めている隙に、術を発動し、仕留める。ありふれた戦略だが、それほど効率が良い戦い方はない。アメリは力もある程度ある上に、速さが尋常ではない。実力の差があるのではなく、完全に相性が悪いのだ。

「我々もアメリ様に続け!」

 勢いに乗ったアメリの師団兵がライザーに向かって一気に押し寄せた。

「広範囲の術は味方の歩兵も巻き込む……複数の敵だけを狙うなんて器用な真似は俺にはできねえ」

 ライザーは制限された攻撃手段を駆使し、応戦する。だが、アメリの薙刀、歩兵の剣……味方の魔導師が対処しきれず次々とやられていく。

「覚悟しろ悪魔が!」

 ありったけの憎しみをぶつけてくる彼ら。ライザーとベリーが術を放つも、押し寄せる兵士の凄まじさに、戦線が突破されそうになっていく。

「くそ……!」

 ライザーは味方の巻き添え覚悟で術の準備に入った。
 瞬時に空中に巨大な紋章を描く。ベリーは味方を守るべく、魔導術の結界のための詠唱を始める。

「やらせませんわ!」

 それに気づかぬアメリではなかった。
 彼らの意図に気づくと、ライザーから的を外し、今度はすぐ近くのベリーに向かって走り始めた。

「あの馬鹿女!」

 ベリーは詠唱に集中しているのか殺意に気づかない。高位の魔導術を唱えているのだろう。
 伏せ目がちのまま、心音に合わせて杖に力を送り込んでいる。ふわりふわりと髪が浮き上がり、足下に守護の紋章が浮かび上がり始めた。
 ベリーにアメリが迫る。これ好機と睨んだアメリは、戸惑うことなく薙刀を左に振りかざした。地を蹴る足音をリアルに感じたベリーはやっと危機に気づき、驚嘆の声を上げた。

「油断しましたわね!」

 アメリの薙刀が、空気を切り裂く音を奏でながらベリーに牙を剥いた。

「きゃああ!!」

 刀はベリーの胴を切り裂き血を滴らせる。その筈だった。
 突如飛び込んできたライザーが、ベリーの体を抱きかかえながら太刀筋を逃れたのだ。
 その代わり彼の右腕は大きく斬られ、鮮血がどろりとして流れ出でた。

「……ぼーっとしてんなら……帰れ馬鹿野郎……」

 ライザーは腕を押さえながら、ベリーを背に隠すようにしてアメリに向き直った。

「キンパツ!」

「声でけえよ! っぐ……」

「動いちゃだめ!」

 それでもアメリはなんら同情することなく、再び薙刀を構えた。

「悪魔……身を挺して仲間を守るとは。敵ながら見事な心がけですわ。それに免じて、一太刀で終わらせて差し上げますわ!」

「高意気な女が! やらせるかよ!」

 ベリーは無意識にライザーのローブを握りしめる。ライザーは痛みに耐えながら、反撃の為再び術を発動しようと片手をあげる。だが思いの腕の外傷は深く、激痛が走り思うように体が動かない。

「もらいます!!」

 薙刀が、彼らに再び牙を剥いた。
 刹那、二人とアメリの間に小さな影が滑り込んできた。それは薙刀の太刀を見極めているかのようにそれを見事に止めてみせた。
 一瞬の出来事に、アメリはその体勢のまま動かない。自身の太刀を止めたそれを見るなり、アメリは胸がざわめき立つのを感じた。
 薙刀の刃と絡まり合うそれは、美しい直刃。鈍く輝き、漆塗りの柄が陽に眩しい日本刀。順に目をやっていくと、それを持つ者の瞳と視線がぶつかった。
 青灰色の髪が絹のようになびき、白い肌にぱらぱらと落ちていく。アメリは、不覚にもそれを美しいと思ってしまった。

「何者!?」

 アメリは、自身の薙刀と絡み合っていた刀を打ち払うように弾くと、後方に素早く下がり距離をとった。

「私はリリスティア。リリスティア・ヴァイスだ」

「リリスティア……もしや」

「元聖騎士だ!」

 アメリは嫌悪感から軽く眉を寄せる。

「お会いするのは初めてですわね。わたくしはアメリ・リングクロウ。かつての貴方と同じ聖騎士ですわ」

「……お前」

 彼女の容姿を見て、リリスティアは何かを言いかけて言葉を止めた。今はそんな悠長に話をしている場合ではない。
 何故なら、目の前にいる彼女は、今にも斬りかかってきそうなくらいの殺気をリリスティアに向けていたからだ。

「参ります!」

 アメリが一瞬の虚をついて間合いを縮めた。
 薙刀は銀の軌跡を残しながら、まるで生きているかのようにリリスティアに襲いくる。リリスティアはその太刀筋を見極めつつ、押し返すように刀でさばいていく。
 薙刀と刀、間合いでは圧倒的に不利だが、リリスティアはその振りを半身で躱し、懐に入り込む。だが、相手は薙刀。槍のように、また刀のように振るうことも出来る。
 右から斬り、次は左から突き。連続突きの後は、隙が出来る。
 リリスティアは一連の斬り合いの中で、アメリの太刀には一定のパターン性があることに気づき始めた。

「速い太刀筋……けど」

「なんですの……それにその剣は……」

 アメリは、斬り合う度に冷静では無くなっていく自分に焦りを感じていた。戦い方よりも、リリスティアが持つ刀に見覚えがあったからだ。

「なぜ……お前がその刀を!」

 アメリはその雑念を振り払うように薙刀を斬りつけるが、返って逆効果になっていた。
 二人の戦いは凄まじく、圏内に入れば返り討ちに合いそうなことから、周りの兵士は加勢出来ずにいる。その隙に、ライザーは腕の傷口を布できつく縛り、よろよろと立ち上がる。ベリーが支えようとするが、腕で振り払った。

「いつでも魔導術を発動できるようにしとけ。後方の部隊にもそれを伝えるんだ」

「そんな怪我してんのに前線から下がらない気!?」

「王がそこにいるのに下がるかよ!」

 ベリーは、呆れたように眉をしかめる。そしてライザーの背後に立つと、その背中を支えた。

「発動の手助けしたげる。無詠唱でもその怪我じゃ精神削れちゃうよ」

「頼んでねえぞ」

「頼まれてないですね~」

「……勝手にしろ」

 触れた手が暖かい。背中から、不可解ではあるが何かの術式が組まれていくのを感じる。ライザーは不覚にも口元が緩んでしまった。
 リリスティアとアメリは、ひとしきり斬り合うと、間合いを取り息を整えていた。アメリは冷静さを事欠いている為もあり、呼吸がかなり乱れている。

「やりますわね。怠慢で下級にいたというジークフリードの話はどうやら信じざるをえないようですわ」

 反してリリスティアは無表情に落ち着いていた。冷たい刃を未だ姿勢良く構えたまま。

「ジークフリードも来ているの」

 リリスティアが複雑な様子でつぶやく。

「アメリ様、加勢いたします!」

 アメリの後ろで彼女の副官や部下が剣を構えいきり立つ。だがアメリはそれらを手で遮った。

「いえ、ここは私一人で戦いますわ」

「そんな! このままでは後方の魔導師達にやられてしまいます!」

「アメリ様!」

 納得のいかない兵達は当然食い下がる。この兵が入り乱れる場で一騎打ちなどと成り立つ筈はない。だが、アメリはそれらの声をまるで無視し、リリスティアにこう言った。
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