第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」

 ヒルがそう言いながら微笑む。余程レオンを信用しているのだろう、そんな彼の横顔を見て、リリスティアも自然と平静を保てていた。

「信頼しているのね、レオンを」

「ああ。あいつがいたから、今まで戦い続けてこれたんだ。口は悪いがな、レオンの言う事は筋が通ってるんだ」

 リリスティアはレオンに叱咤された時のことを思い出していた。わざわざキツい憎まれ口を叩き、なおかつ、リリスティアから逃げ場を奪ったかのようなあの時のレオンの言葉。
 だが、どれも、間違ってはいない。
 彼はリリスティアに、自分の人生から目を背けて欲しく無かっただけだった。
 いつまでも子供のような考えしか出来ないリリスティアを、このままでは王として成り立たないから怒ったわけではなく。
 一人の「大人」として、目覚めてほしかったのだ。

「初めて誰かに本気で怒られたよ」

「え?」

「いや、こっちの話」

 ヒルは意味が分からず妙な顔をしたが、リリスティアはふっと小さく笑うだけだった。

「伝令! 軍師より伝令!」

 すると、ヴァイス兵の一人が城のある方角から早馬を走らせ彼らの元にたどり着いた。

「女王陛下! 軍師からの伝令に御座います!」

「タイミングが良いな」

「あいつには何もかも見えてそうで恐いよ」

 ヒルは空を見上げ、誰にというわけでもないが笑みを投げかけた。

「――見えてるんデスね~これが。戦場でのイチャイチャ禁止ですよヒル君」

 レオンはヴァイス王城の一室にて、巨大な円卓に投影された立体映像を眺めていた。部屋にはレオン以外に、その映像を映し出している魔導師が居るのみだった。

「さあて、戦況は手に取るようにわかりマス」

 レオンは眼光鋭く、自信満々に呟いた。彼は、今の状況を心から楽しく思っているのか。満面の笑みを浮かべ、立体映像の中のマリアベルの陣営を指先でつついた。
 一方、アメリとライザーは、対峙したまま動かない。途中また何人かアメリに斬りかかったが、それは悉く無駄な行為に終わっていた。

「魔法など発動する前に貴方を斬ります。遠慮なくかかってきなさい」

「キンパツ、アメリの強さは本物だよ~! 任務完了評価いっつも最高点だから!」

「なるほどな。俺の仲間を一番斬ってやがる聖騎士ってことか」

 ライザーは益々彼女に対しての怒りが膨らんだ。呼応するかのように、彼の両手に光が灯り始める。

「貴方達悪魔は世界を混乱させる諸悪の権化ですわ。斬られなければならない原因は貴方達にあるのです」

 自信を持った口調で喋るアメリ。聖騎士の教科書のような彼女は歴史の真実を知らない。
 悪魔は敵、民の脅威。そう頭に根深く刻まれている。

「よく教育されてんだな」

「生まれた時からそう言い聞かされてるからね……」

 ベリーはライザーを援護すべく彼の後ろに立った。

「だから人間は愚かなんだよ」

 吐き捨てるようにライザーが言うと、ベリーは言い返すことなく、悲しそうに眉を下げた。

「来ないのならば、こちらから行きますわよ」

 アメリの殺気が静かに際立つ。憎しみのこもった蒼い瞳がライザーとベリーを捉えた。
 刹那、彼女は馬から離れ地を蹴り、瞬間的に間合いを詰めた。黒い髪が動きに追いつけず、空気に弄ばれ流れる。
 長い薙刀を右に振りかざし、確実にライザーの胴を狙ってきた。その速さは尋常ではない。

「やられるか!」

 ライザーは空中に描いた紋章に手をかざし、硬質の硝子のような障壁を出現させた。アメリの薙刀は壁に阻まれ、再び彼女の定位置に戻る。

「武器を防いだ!? 物体を防ぐ術なんて……」

 ライザーはそのままその障壁を壊すことなく、アメリに向かって思い切り叩きつけた。障壁は音を立てて割れ砕け、辺りに散らばった。

「きゃっ!?」

 とっさに薙刀を構えそれを防いだアメリだったが、衝撃により弾き飛ばされた。
 落馬し、地面にたたきつけられる。

「っ、ぐ、何という型破りな!」

「てめえみたいな奴、気に入らねえんだよ。目ぇ覚まさせてやる!」

 ライザーは片手で印を組むと、ぴたりとアメリを攻撃の的に絞った。

「やれやれキンパツ~!」

 ベリーが安全圏で手を振る。気づいたライザーは当然ながら彼女に吠えた。

「てめーもちっとは戦いやがれ能天気女!」

「あたし詠唱長いもん! それに………」

 言いかけて、ベリーは悪寒を感じとある方向に目をやった。
 そこには戦う兵士と土煙しか見えないが、彼女は確実に何かを見ていた。杖を構え、今までになく警戒した様子で。

「精霊の気配を感じる……それと、とてつもない魔力も……」

 ベリーの見つめる先にはまだ何もない。だが、何かいる。
 強大な力を持て余す、何かが。


 * * *


 時、同じくして。
 兵が入り乱れ、粉塵の舞う中、それは緩やかに変化し始めた。突然ヴァイス軍の一角が崩れ始め、兵が次々と薙ぎ倒されていく。

「なんだ? 俺の部隊がやられてる!?」

 その変化にいち早く気づいたレイムは、戦場を風のごとく駆けていく。敵に囲まれていた彼だったが、瞬く間に一人だけ包囲を抜けると、部隊が崩れ始めたその場所へと急いだ。

「た、隊長~! 急に転換しないで下さい!」

 走り去るレイムに、彼の副官が叫ぶ。

「ここは任せた! 深入りせずに食い止めるッス!」

 レイムは笑顔で剣を振りつつ走って行く。

「んな無茶ですよ! 深入りしてたのは隊長……っうわ!!」

 敵と刃を交える副官の声を振り切り、レイムは走った。部隊の進む流れに逆らい、波をかきわけながら。

「これは……!」

 進むにつれ、その状況の悪さに頭がくらみそうになる。先程まで優勢だった筈のレイム歩兵部隊。それがとある原因によって、戦況を覆されつつある。
 だが、レイムがその原因を見つけた時には、既に足下に味方の屍が幾つも転がっていた。
 兵の装備している鎧には、傷ひとつない。その代わり、その縫合部分の僅かな隙間から血が流れ出ている。
 つまり、鎧の隙間に刃を走らせ、倒した。兵たちは、かろうじて息がある。激痛に苦しむ兵の姿に悲しむ間もなく、怒りとともに剣を握りしめ、目の前に佇む原因に向かって言葉を吐いた。

「あんたが……やったんスか!」

 すると、彼はレイムに向かって悪びれた様子もなくこう言った。

「そうだよ、悪い?」

「……名を名乗るッス」

 レイムが静かに剣を構える。

「聞いても意味ないよ」

「何故ッスか!」

 レイムの激しい口調に、彼はまだ幼さの残る瞳を細め、その両手の漆黒の剣をぴたりと前に構えた。

「僕に剣を抜いた悪魔は生きていられないからさ」

 彼は無邪気に微笑んだ。
 輝く銀髪に金の瞳は皇家の証、首筋の紋章は聖騎士の証。レイムの前に現れたのは、聖騎士ジークフリード。アメリに次ぐ第三位の英雄聖騎士バルムンクだった。

「俺も負けるわけにはいかないッス!」

 ジークフリードは呆れたようにため息をつく。
 彼もまた、歴史の真相を知らない。彼にとってレイム達は人間に仇なす有害なものでしかなく、その命を同等には思っていない。邪魔な、虫けら程度でしかない。

「アンタ達人間はいつまでそんな馬鹿なこと言ってるんスか!」

「なにが? 意味が分からないよ」

「人の言うことばかりに振り回されて、自分で確かめる気はないんすか!」

 言うや否や、レイムは勢いよく走り出しジークフリードに向かって突進した。片手剣を大きく振りかざすと、頭上から一気に振り下ろす。
 だがジークフリードは双剣を交差させ、レイムの剣を受け止める。

「何を言いたいのか知らないけどさ、そんな腕で僕を斬れすと思ってるの?」

「甘いッス!」

 レイムは剣を離すと素早く間合いをとる。かと思うと、その剣からは黒い炎が燃え上がった。
 ジークフリードが驚き目を開く。黒く燃え上がる剣をレイムは平然と持ち、狙いを定めた。

「魔導術!? じゃない、これは竜の――」

「くらえ!」

 レイムは剣を振るうのではなく、自身の足下に深く突き立てた。黒き炎は消えることなく、突き立てられた場所からまっすぐに大地を裂きながら、ジークフリードに向かっていった。
 ジークフリードもまたその双剣に何か力を込めた。二つの剣が、淡く光を放ち始める。

「竜晶破斬!!」

 ジークフリードが振るった双剣からは冷気のつぶてが水晶のように煌めきながら放たれ、剣圧とともに前に飛び出した。
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