第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」

 捨てる理由もない。だからだと自分に言い聞かせるような不遜な態度で、ライザーはそれを胸ポケットにしまいこんだ。

「敵に隙が出来たッス! 一気に数を減らすッスよー!!」

 これ好機と、下がっていたレイムの部隊が再び王国軍第二師団に突撃をかけた。

「俺らもいつまでも見てねーでレイムの援護をするぞ!」

「はっ!」

 ライザーの魔導部隊もそれに続くように、魔導術を繰り出しながら進軍を始めた。

「ひるむな! 悪魔にやらせるな!」

 王国軍も戦意を失うことなく迎え撃つ。後方のジークフリードの師団も、唱えていた魔法の準備が完了し、杖の先に光の球を灯していた。

「魔導部隊、撃て!!」

 光の球が空から降り注ぐ。兵士達はそれをよけながら必死に敵を倒していく。しかし、弓矢のごとく降り注ぐ魔導術を避けることが出来ず、兵たちがバタバタと倒れていく。
 平原には砂埃が舞い上がり、敵味方が入り交じった混戦状態になった。一人倒れ、また倒れ。緑の大地が赤に染まり、青かった空は硝煙で曇る。
 短時間で、命が、いとも簡単に消えていく。
 倒れた仲間の屍をよけて戦うなどという余裕があるはずはなく、戦士達はただただ剣を振り、敵を倒していった。

「もう一度撃つか」

 部隊の中で、ライザーは密かにまた魔導術の用意を始めた。手をかざし、静かに空中に紋章を描き始めた。
 しかし、彼の上にいきなり大きな影がかかった。ライザーは驚いて空を仰ぐ。なんとそこには、軽々と兵士の山を飛び越えてきた白い馬の腹があった。

「馬!?」

 馬の足は確実にライザーを踏みつけようとこちらに向かっている。ライザーは準備をやめ、地を蹴りその場から身を回避させた。
 白馬は力強く着地すると、鼻息荒くライザーを睨む。そして、その背にまたがる女性もまた、眼光鋭く彼を睨んだ。
 女性は手に持った薙刀を器用に振り回すと、切っ先をライザーに向けた。

「私はアメリ・リングクロウ。貴方が、この部隊の指揮官ですわね?」

「だったらなんだ」

「貴方を倒します」

「大した自信だな。やってみろよ!」

 侮った様子のライザーに、近くで援護をしていたベリーが叫んだ。

「キンパツ! その子は英雄騎士の一人、第二位の聖騎士ティアレーゼだよ~! 気をつけてー!」

「それを早く言えよ!」

 言うや否や、アメリの薙刀が振り下ろされる。
 すんでのところでそれを避けたライザーは、地面を転がり距離を取った。
 アメリはベリーを睨みつけた。ベリーと彼女は面識が無いのか、アメリは眉を寄せる。

「……悪魔が私をよく知っている。なら、貴女が裏切り者リリー?」

「へ~。アメリってばあたしの顔、知らないんだ」

 ベリーが安堵の息をつき、ライザーが馬鹿にしたように笑う。
 アメリは、冷ややかな視線をベリーに向けた。

「ならば、貴方は誰ですか? 見たところ人間ですわよね」

「あたしはベリー・ハウエル。元、あなたたちの監査官だよ」

「裏切り者は二人もいたんですね……嘆かわしい」

「隙を見せたな!!」

 その時、彼女の背後から、ヴァイス軍の歩兵が彼女に斬りかかった。
 歩兵は完全に隙をついたつもりだったのだが、殺気に気づいた馬が身をうねらせ太刀を避けてしまった。
 そしてアメリが馬上から飛び歩兵に薙刀を斬りつけた。その武器の長い柄をもろともしない俊敏な動きに、周りの兵士は唖然とした。

「危なかったですわ。有り難う桜炎丸」

 アメリが微笑み馬の名を呼ぶと、馬は得意げに足を地で鳴らした。

「女のくせになんつー腕力だよ……。歩兵は鎧をつけてんだぞ」

 ライザーは、まるでかつてのセイレを彷彿とさせる彼女を見て、その太刀の届かないように間合いをはかった。あの速さでは、詰められれば誓導術も間に合わない。

「さて、覚悟はよろしくて?」

「てめえがな」

 二人は細い糸の上に立っているように、ぴりぴりとした空気の中で互いの出方をはかり合っていた。
 二人の武将が睨み合っている間にも、周りでは常に戦闘が続いている。一進一退の、アメリの第二師団。ジークフリードの魔導師団は圧倒的に数でヴァイス軍に勝ってはいたものの、彼らの個々の能力の高さに気づかず、だんだんとその数を減らされていた。

「てやぁぁ!」

 中でもレイムの剣さばきは見事なもので、彼の体にはかすり傷程度のものしか見当たらない。剣が血で粘ろうとも、なんなく敵に致命傷を与えていく。
 だが、彼の欠点はその性格にあった。猪突猛進すぎたレイムは、いつの間にか敵陣のど真ん中に来てしまっていた。

「やばいッス! 位置を見てなかったッス~!」

「バカが! 突出しやがった!」

 レイムの周りの兵士がこれ好機と言わんばかりに、一斉に斬りかかった。前後左右全て敵に囲まれ、なんとか剣をさばき返すも、そう保つ筈がない。レイムの剣は、次第に敵の追撃に間に合わなくなっていった。

「どうした悪魔がぁ!」

「悪魔じゃないッス!」

 なんとか兵士をまた一人斬り倒す。しかし。

「バカめ! 右ががら空きだ!」

 隙を見計らった違う兵の剣がレイムを捉えた。剣は彼の右の二の腕を僅かに掠め、そこから赤い鮮血が流れ出でた。
 レイムは剣を持ち変えると素早くその兵を斬り裂いた。声もなく、兵は倒れる。

「まずいッス……」

 レイムは敵の動きを見つつ、舌を打った。

「統制がとれてるッスね」

 王国軍は聖騎士と兵士の複合軍。そう統制がとれている筈は無いのだが、彼らはとても動きが良い。個々の実力はこちらが上でも、何故か上手に部隊の穴をついてきていた。
 それは、優れた指揮能力を持つ何者かが王国軍にいるということだ。
 マリアベルとシュナイダーの指揮する聖王国軍本隊は、交戦中のアメリたちの後方、大運河を越えた辺りに陣営を構えていた。
 その中、まるで駒遊びをするかのように、マリアベルは次々と師団に命令を下していった。

「ジークフリードの師団を少し下げろ」

「はっ!」

「第三師団は左翼から回り込め。敵魔導部隊と交戦中のアメリの師団を援護だ」

「了解!」

 鮮やかな判断を下すマリアベルに、傍らのシュナイダーは感心しきりだった。

「戦慣れしておられる」

「私の戦歴が知りたくなったような顔つきだな? シュナイダー大佐」

「貴方が内戦以外で出陣した記録はほとんどない。このような大舞台で冷静に判断をくだせることに対して、賛辞を述べたまで」

 気分を良くしたのか、マリアベルはくすくすと笑う。足を組み替えて目の前の地図を見据えた。

「マリアベル大佐、我々はまだ征かなくとも?」

 シュナイダーが尋ねる。

「敵はまだ主力部隊を出してはいない。竜も見えん。今朝の竜は当て馬だったのか……」

 マリアベルは眉をしかめると、苛立ちをまぎらわす為に親指を噛んだ。そこにまた、慌ただしく伝令の兵士が走り込んできた。

「報告致します!」

「申せ」

「アメリ様が単独、敵魔導武将と戦闘に入りました!」

「……魔導武将? アメリは薙刀しか能がない筈だ。魔法とどう渡り合う気だ?」

「は、しかし」

 兵士がまごつくと、マリアベルは溜息をつき首を振った。その様子には貫禄が見られる。

「わかった。ジークフリードに援護に向かわせろ。こちらからも奴を向かわせる」

「了解!」

 兵士は敬礼をすると、素早くまた戦地へと走り去った。

 * * *

「何をしているんだライザーは」

 馬に騎乗したヒルが、彼方を見ながら呟く。
 主力であるヒル直属の部隊は、後方の丘に陣取ったままであった。小高い丘からはすべてが見渡せる。
 前方で行われている激しい戦闘を見つめながら、今か今かと好機を伺っていた。

「やっぱり数が多い」

 リリスティアもまた、ヒルの傍で馬の背に乗ったまま心配そうに呟いた。

「指揮はアルフレッドがしているのかな」

「いや、人間の王族は戦場で指揮はしないだろう」

 リリスティアは考えた。
 なら、シュナイダーか?だが、以前軍事会議の席での様子を見る限りの彼は、そんなに軍略に長けたようには見えなかった。ならば……いったい誰が。
 思い当たる人物が浮かばない。リリスティアはこれでも聖王国の内部構成は、ベリーほどではないが良く把握しているつもりだった。

「とにかく、このままでは消耗戦だ。レオンがそろそろ動くはずだが」
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