第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」
「油断なかれ、敵に何か策を感じます。戦は数……と言いますが、ここヴァイスに於いてその定石は通用しないと考えてよいでしょう」
「うん……」
ジークフリードの頭に、リリスティアが浮かぶ。
リリー、僕は君を斬らなきゃいけないの?
あの人にそっくりな君を、僕がこの手で……。
未だ彼女が敵になったことが信じられない彼は、迷いを帯びたその手で、腰の双剣を鞘から抜いた。
「ジークフリード様、悪魔共が対魔導術の結界を展開しております。術式は……ひどく古い形ですが、解除は困難かと」
師団の魔導兵の一人が、前方に見えるライザー達の軍隊を指してそう言った。
「うん、見えてるよ。あれだけの防御壁を張れるなんて、悪魔もやるね」
「ジークフリード、他の部隊が広がって配置されていますわ。側面、それに上空に注意しないと」
そう言ってアメリは馬上で薙刀をぶんと振る。
それを見たジークフリードは「恐いよ」と呟き、苦笑いを浮かべた。
「竜がきたら「彼」に任せよう。僕らはなんとしても、この先にある悪魔の居城への路を作らなきゃ!」
「そうですわね。我ら人間の未来の平和の為にも、この平原は制圧しなければ」
「絶対負けられない。行こうアメリ! 第一師団魔導兵、エウダイケを主として元素魔導術詠唱! 敵上空を狙い雨のように狙い撃つんだ!」
「第二師団、前進! 我が騎馬部隊は活路を開け! 味方の魔導術に巻き込まれるな!」
ジークフリードとアメリの指示と同時に、大地が揺れた。
アメリの指揮する第二師団の数百もの兵士と聖騎士が、一気にヴァイスの大平原を駆けていく。猛々しい声と共に剣を構え走り出した軍団は、隊列乱れることなく、ライザー達の部隊の右に回り込むように駆け上がっていった。
アメリは勇敢にも、第二師団の先頭を駆っていた。黒髪は美しくなびき、青い瞳には勇気を湛えて。恐れを知らぬ自信に満ちたその姿を見た兵達は、我先にと続いた。
「忌まわしき縁、今ここで断ち切ってみせましょう!」
そして、走り出したアメリ達の後方では、ジークフリードの魔導兵達が呪文を詠唱し始めた。数十人の魔導兵が歌うように呪文を唱えると、やがて彼らの杖の周りに変化が現れ始めた。
「ノーブルの精霊魔導術を、甘くみないでよね」
その師団の中心最前列で、ジークフリードも呪文を詠唱していた。手に持つ双剣が妖しく光る。
戦地での彼は、いつもの無邪気な少年ではなく、まぎれもなく聖騎士階級第三位、バルムンクのジークフリードだった。
「──来たよ!」
味方が作り出した防御結界の中で、ベリーが杖を構える。
「見りゃ分かる! いいから結界に全力を注げ!」
「でもこれはアンチシェルだから魔導術以外は防げないよ~! キンパツはちゃんと兵隊さん対処してよね~!」
「分かってるって言ってんだろ!!」
彼らの部隊にアメリ率いる騎馬隊が津波のごとく襲いかかろうとしていた。
だが、ライザーの部隊は攻撃態勢に入るどころか、結界を張ったまま動こうとはしない。このままでは、剣を持たない彼らは確実に斬り捨てられてしまうだろう。
「なんですの……? 何故動かないのです?」
馬を走らせながらアメリは違和感を感じた。
だが、もうライザー達の魔導部隊は目の前。彼女は止まることなく右側面へと進軍した。
「敵は魔導師のみの部隊! 一気に蹴散らしなさい!」
「悪魔に裁きを!」
騎馬兵達が剣や槍を勢い良く振り上げる。アメリもその薙刀の一太刀を彼らに浴びせようと、天高く振りかざした時だった。
「させないッス!!」
後方にて身を屈め構えていたレイム率いるパイク兵が飛び出し、戦線が一気に入れ替わった。
長い槍を持つ彼らは身を屈め突進し、アメリの第二師団の攻撃を受け止めたのだ。
馬が散り散りとなるも、完全に歩みを止めることはできない。だが第一陣の攻撃を逃れた騎馬兵は、後方へと退いた魔導兵の攻撃をまともに正面から食らうこととなった。
無数の剣と剣とが交わる鈍い金属音、そして鎧の擦れる音、肉を断たれる悲痛な叫び声、血に落ちる鮮血。
「よくやったレイム!」
ライザーがにやりと笑う。
「負けないッス!」
レイムは槍を捨て、腰にあった長剣で目の前の兵士を斬り捨てた。手に持つ片手剣についた血をぶんと振り払うと、さらにもう一人、また一人と斬っていく。
アメリの馬はパイク兵をかいくぐり、全体を見渡せる位置まで下がる。だが、彼女を姿を認めたレイムは一直線にアメリに向かって進んでいた。
「馬に乗ってて美人で服装がちょっと違う! つまりあれが指揮官ッス!」
レイムは、次々と敵を打破していく。予想外の実力を持った部隊の出現に、王国軍の兵士や聖騎士達は騒めいた。
しかし、王国軍とて雑兵ではない。一方的にやられているわけではなく、確実に部隊の数を減らしていった。
「あーもう! 数が多いから斬っても斬ってもキリがないッス!」
大平原の大地に次々と屍が転がっていく。アメリの第二師団の数は、レイムが指揮する歩兵部隊の倍はある。ライザーは数で押されていくことを懸念し、ある行動に出た。
「ここらで、やってやるか」
するとライザーは、結界から出ると、仲間の部隊から距離をおき、目の前の戦場に向けて手をかざした。
「何すんのキンパツ~?」
ベリーは結界を維持するため、その場から動けない。ライザーは目だけベリーに向けると、ふんと鼻をならした。
「おまえたちのブツブツ魔導術と違う「誓導術」を見せてやるよ」
ライザーは右手の人差し指と中指のみを立てると、空中に素早く紋章を描いた。描かれた紋章は深い蒼の光を帯びている。
「レイム!」
「へっ!?」
敵と剣をぎりぎりと交えていたレイムは、声をかけられびくりとする。
「下がれ!」
その声に、レイムは敵の剣を弾き飛ばし、慌てて手を上げ叫んだ。
「ほっ、歩兵部隊! さがるッスー!!」
下がり始めた敵に、王国軍兵士達は行き場のなくなった剣を構えたまま。
「後退!?」
アメリも拍子抜けしたように逃げていく兵士を見ていたが、彼らの後方の丘に佇む青年の存在に気づくと、背中にぞくりと悪寒が走るのを感じた。
「いけない! アメリ!!」
ジークフリードは詠唱を止め、思わず声を上げる。
「長い詠唱がなきゃ強力な魔導術が使えねえなんて不便だなあ人間はよ」
「だ、第二師団後退!」
アメリが急ぎ指示を出す。軍勢は一気に反転し、下がり始める。
ジークフリードが精一杯の速さで、アメリ達を守るための魔導術の詠唱を始めた。だが、発動まで時間がかかる。どんなに早口で唱えたとしても、術が確立しない限り魔導術は発動しない。
「遅ぇ!」
ライザーは詠唱することなく、空中の紋章に手のひらをかざし叫んだ。
「『ハイエント・ノヴァ』!」
刹那、描かれた紋章が蒼い光を一層強く放った。
かと思うと、戦場に無数の小さい玉が現れた。それはまるで水晶玉のようだが、その内部に闇を抱えている。
黒い玉は渦を巻く水流のように変化をすると、近くにいる兵士達の体を歪め始めた。
「な、俺の体……うわあああ!!」
兵の四肢が歪み、その場でねじ切れる。強固な剣すらもその本体が布のように簡単にねじれ、破壊された。騎馬兵は散り散りとなり、落馬して尚その攻撃から逃げることはできず、追いついた黒い渦巻に体を飲み込まれてしまった。
「ライザー卿の魔導術はおっかないッス……」
レイムは無惨な光景を眺めながら額の汗を拭った。
「魔導原子理論を応用した高位魔導術……詠唱無しで使うなんて……」
ベリーは目を丸くしてライザーの背中を見る。彼はそれに気づくと、マントを翻し、自信たっぷりにこちらを向いた。
「これが、誓導術だ」
「偉そうに言うけどだいぶ疲れてんじゃん」
「あ!? じゃあ詠唱なしで使ってみろってんだ!」
するとベリーは、自分が見つけていた装飾品のひとつから、銀色の紙片のようなものを外してライザーに渡した。指先ほどしかない小さなそれは、銀を伸ばして板状にしたように見える。
「それ持ってれば~」
「なんだこれ」
「魔導術の調整ができるやつ」
「適当なこと言ってんじゃねえぞ」
「本当だよ。メンシスの大樹から切り出して加工したものだから」
疑いのまなざしを向けるライザーに、ベリーは微笑んだ。
「じゃー信じなくていいから。お守りとかでいいじゃん」
「うん……」
ジークフリードの頭に、リリスティアが浮かぶ。
リリー、僕は君を斬らなきゃいけないの?
あの人にそっくりな君を、僕がこの手で……。
未だ彼女が敵になったことが信じられない彼は、迷いを帯びたその手で、腰の双剣を鞘から抜いた。
「ジークフリード様、悪魔共が対魔導術の結界を展開しております。術式は……ひどく古い形ですが、解除は困難かと」
師団の魔導兵の一人が、前方に見えるライザー達の軍隊を指してそう言った。
「うん、見えてるよ。あれだけの防御壁を張れるなんて、悪魔もやるね」
「ジークフリード、他の部隊が広がって配置されていますわ。側面、それに上空に注意しないと」
そう言ってアメリは馬上で薙刀をぶんと振る。
それを見たジークフリードは「恐いよ」と呟き、苦笑いを浮かべた。
「竜がきたら「彼」に任せよう。僕らはなんとしても、この先にある悪魔の居城への路を作らなきゃ!」
「そうですわね。我ら人間の未来の平和の為にも、この平原は制圧しなければ」
「絶対負けられない。行こうアメリ! 第一師団魔導兵、エウダイケを主として元素魔導術詠唱! 敵上空を狙い雨のように狙い撃つんだ!」
「第二師団、前進! 我が騎馬部隊は活路を開け! 味方の魔導術に巻き込まれるな!」
ジークフリードとアメリの指示と同時に、大地が揺れた。
アメリの指揮する第二師団の数百もの兵士と聖騎士が、一気にヴァイスの大平原を駆けていく。猛々しい声と共に剣を構え走り出した軍団は、隊列乱れることなく、ライザー達の部隊の右に回り込むように駆け上がっていった。
アメリは勇敢にも、第二師団の先頭を駆っていた。黒髪は美しくなびき、青い瞳には勇気を湛えて。恐れを知らぬ自信に満ちたその姿を見た兵達は、我先にと続いた。
「忌まわしき縁、今ここで断ち切ってみせましょう!」
そして、走り出したアメリ達の後方では、ジークフリードの魔導兵達が呪文を詠唱し始めた。数十人の魔導兵が歌うように呪文を唱えると、やがて彼らの杖の周りに変化が現れ始めた。
「ノーブルの精霊魔導術を、甘くみないでよね」
その師団の中心最前列で、ジークフリードも呪文を詠唱していた。手に持つ双剣が妖しく光る。
戦地での彼は、いつもの無邪気な少年ではなく、まぎれもなく聖騎士階級第三位、バルムンクのジークフリードだった。
「──来たよ!」
味方が作り出した防御結界の中で、ベリーが杖を構える。
「見りゃ分かる! いいから結界に全力を注げ!」
「でもこれはアンチシェルだから魔導術以外は防げないよ~! キンパツはちゃんと兵隊さん対処してよね~!」
「分かってるって言ってんだろ!!」
彼らの部隊にアメリ率いる騎馬隊が津波のごとく襲いかかろうとしていた。
だが、ライザーの部隊は攻撃態勢に入るどころか、結界を張ったまま動こうとはしない。このままでは、剣を持たない彼らは確実に斬り捨てられてしまうだろう。
「なんですの……? 何故動かないのです?」
馬を走らせながらアメリは違和感を感じた。
だが、もうライザー達の魔導部隊は目の前。彼女は止まることなく右側面へと進軍した。
「敵は魔導師のみの部隊! 一気に蹴散らしなさい!」
「悪魔に裁きを!」
騎馬兵達が剣や槍を勢い良く振り上げる。アメリもその薙刀の一太刀を彼らに浴びせようと、天高く振りかざした時だった。
「させないッス!!」
後方にて身を屈め構えていたレイム率いるパイク兵が飛び出し、戦線が一気に入れ替わった。
長い槍を持つ彼らは身を屈め突進し、アメリの第二師団の攻撃を受け止めたのだ。
馬が散り散りとなるも、完全に歩みを止めることはできない。だが第一陣の攻撃を逃れた騎馬兵は、後方へと退いた魔導兵の攻撃をまともに正面から食らうこととなった。
無数の剣と剣とが交わる鈍い金属音、そして鎧の擦れる音、肉を断たれる悲痛な叫び声、血に落ちる鮮血。
「よくやったレイム!」
ライザーがにやりと笑う。
「負けないッス!」
レイムは槍を捨て、腰にあった長剣で目の前の兵士を斬り捨てた。手に持つ片手剣についた血をぶんと振り払うと、さらにもう一人、また一人と斬っていく。
アメリの馬はパイク兵をかいくぐり、全体を見渡せる位置まで下がる。だが、彼女を姿を認めたレイムは一直線にアメリに向かって進んでいた。
「馬に乗ってて美人で服装がちょっと違う! つまりあれが指揮官ッス!」
レイムは、次々と敵を打破していく。予想外の実力を持った部隊の出現に、王国軍の兵士や聖騎士達は騒めいた。
しかし、王国軍とて雑兵ではない。一方的にやられているわけではなく、確実に部隊の数を減らしていった。
「あーもう! 数が多いから斬っても斬ってもキリがないッス!」
大平原の大地に次々と屍が転がっていく。アメリの第二師団の数は、レイムが指揮する歩兵部隊の倍はある。ライザーは数で押されていくことを懸念し、ある行動に出た。
「ここらで、やってやるか」
するとライザーは、結界から出ると、仲間の部隊から距離をおき、目の前の戦場に向けて手をかざした。
「何すんのキンパツ~?」
ベリーは結界を維持するため、その場から動けない。ライザーは目だけベリーに向けると、ふんと鼻をならした。
「おまえたちのブツブツ魔導術と違う「誓導術」を見せてやるよ」
ライザーは右手の人差し指と中指のみを立てると、空中に素早く紋章を描いた。描かれた紋章は深い蒼の光を帯びている。
「レイム!」
「へっ!?」
敵と剣をぎりぎりと交えていたレイムは、声をかけられびくりとする。
「下がれ!」
その声に、レイムは敵の剣を弾き飛ばし、慌てて手を上げ叫んだ。
「ほっ、歩兵部隊! さがるッスー!!」
下がり始めた敵に、王国軍兵士達は行き場のなくなった剣を構えたまま。
「後退!?」
アメリも拍子抜けしたように逃げていく兵士を見ていたが、彼らの後方の丘に佇む青年の存在に気づくと、背中にぞくりと悪寒が走るのを感じた。
「いけない! アメリ!!」
ジークフリードは詠唱を止め、思わず声を上げる。
「長い詠唱がなきゃ強力な魔導術が使えねえなんて不便だなあ人間はよ」
「だ、第二師団後退!」
アメリが急ぎ指示を出す。軍勢は一気に反転し、下がり始める。
ジークフリードが精一杯の速さで、アメリ達を守るための魔導術の詠唱を始めた。だが、発動まで時間がかかる。どんなに早口で唱えたとしても、術が確立しない限り魔導術は発動しない。
「遅ぇ!」
ライザーは詠唱することなく、空中の紋章に手のひらをかざし叫んだ。
「『ハイエント・ノヴァ』!」
刹那、描かれた紋章が蒼い光を一層強く放った。
かと思うと、戦場に無数の小さい玉が現れた。それはまるで水晶玉のようだが、その内部に闇を抱えている。
黒い玉は渦を巻く水流のように変化をすると、近くにいる兵士達の体を歪め始めた。
「な、俺の体……うわあああ!!」
兵の四肢が歪み、その場でねじ切れる。強固な剣すらもその本体が布のように簡単にねじれ、破壊された。騎馬兵は散り散りとなり、落馬して尚その攻撃から逃げることはできず、追いついた黒い渦巻に体を飲み込まれてしまった。
「ライザー卿の魔導術はおっかないッス……」
レイムは無惨な光景を眺めながら額の汗を拭った。
「魔導原子理論を応用した高位魔導術……詠唱無しで使うなんて……」
ベリーは目を丸くしてライザーの背中を見る。彼はそれに気づくと、マントを翻し、自信たっぷりにこちらを向いた。
「これが、誓導術だ」
「偉そうに言うけどだいぶ疲れてんじゃん」
「あ!? じゃあ詠唱なしで使ってみろってんだ!」
するとベリーは、自分が見つけていた装飾品のひとつから、銀色の紙片のようなものを外してライザーに渡した。指先ほどしかない小さなそれは、銀を伸ばして板状にしたように見える。
「それ持ってれば~」
「なんだこれ」
「魔導術の調整ができるやつ」
「適当なこと言ってんじゃねえぞ」
「本当だよ。メンシスの大樹から切り出して加工したものだから」
疑いのまなざしを向けるライザーに、ベリーは微笑んだ。
「じゃー信じなくていいから。お守りとかでいいじゃん」