第六話「神鉄の裁定、蒼き風に散る」

 燃える火が見えぬとも、確かにそこにある。
 嘆く風が消えようとも、確かに聞こえてくる。

 手を伸ばした先に光はなく、重たげな夕闇の足音が迫る。

 だが彼らの視線は、遥か彼方を。
 自由の、その先を。



 ヴァイスの大平原は、とてつもなく広い。
 平原は地平線が見えるほど広大で、景色が霞むほどだった。所々に森林や湖も見受けられるが、それ以外はなだらかな丘が曲線を描いて空に続くだけだ。
 ヴァイス軍の前線は、大運河を越え北上してくる王国軍を迎え撃つべく、さらに北に少し行った丘の上に待機していた。
 そこには、ライザーとベリーの魔導部隊が中心となり陣を構えていた。一番に敵とぶつかるであろう彼らの部隊は、緊張に包まれている。
 部隊の魔導師達は皆、手に魔導術を発動するための杖を持ち、喉や口元が隠れる深い襟の軍服と、フードがついたマントを纏っていた。
 兵のほとんどが男性であり、また新顔であるベリーはかなり目立っていた。周囲の兵も不信感は拭えず時折ひそひそと言葉を交わす。
 だが、ベリーは少しも気にする様子はない。まるでこのような場は慣れっこだとも言いたげに、堂々としてそこに立っている。
 そんな彼女の横顔を見たライザーは、軽く舌打ちをした。

「ふざけんなよヒルの野郎。俺は子守役かよ……」

 その呟きが全く聞こえていないベリーは、機嫌良さそうに後ろで手を組み、眼前に広がる平原を眺めていた。これから始まる戦闘に、少しも恐れを抱いていないように見える。

「おい」

「なに~?」

 ベリーは振り返らず、そのまま返事をする。

「足手まといにだけはなんなよ。てめぇの面倒を見てる暇なんかねえからな」

「ふ~んだ、そっちこそ魔力を使い果たして倒れないでねー!」

「はっ。ほざいてろ」

 そう言ったものの、ライザーは内心彼女を不思議に思っていた。
 ほぼ警戒がなかったとはいえ、王城に侵入し、そして過去の魔導術の解除を行っていた。
 ここに来るのは、恐らく転移の魔導術を使ったのだろうが、あれは人間がそう易々と使えるものではない。
 かつてヴァイスから魔導術を教わった人間が、後に自分達にも使えるように確立したからといって、そう易々と行使出来るような簡単なものではない。

「ねえーキンパツ」

 ベリーの声で、ライザーは思考を遮断された。灰色の瞳が、何か不満げな色を湛えてこちらに向いている。

「あたしのこと嫌いでしょ」

 突然そんな事を言い出すベリーに、ライザーは明らかに嫌悪感を示した。

「だったらなんだってんだ」

「どうでもいいけどさ、やりにくいの」

 するとライザーは、そのままでもきつい輪郭の瞳を更に鋭くし、ベリーに向き直る。
 凄まれたベリーは思わず背に力を入れる。

「正体がわかんねぇ奴を仲間だなんて呼べねえな」

 きつい物言いだったが、ベリーはそれに言い返すでもなく、ただ視線を落とした。
 そして少し考えた後、仕方なさそうに口を開いた。

「あたし、リリーの友達だもん」

 それに対し、ライザーはすぐに言い返した。

「それは知ってんだよ。けどお前は人間だ。それも俺らから教えてもらった魔導術でぶつぶつ唱えてる魔導師だろ。いつ術を使って裏切るか分かんねえ」

「そこまで見抜いてるんだったらあんたが対処できるじゃん!」

 ベリーは、苛立ったように声を荒げた。
 深い溜息をついたライザーは、ベリーに歩み寄ると、右手を彼女の頬にそえた。

「な……、なによ」

 ベリーはびくりと肌を震わせ、その瞳から目を離せずにいた。
 だがその手は急にぐわっと上に動き、同時にベリーの耳元の髪を乱暴にかきあげた。
 そこには可愛らしいピアスがつけられた、彼女の耳が現れた。ライザーはそれを睨むと、低い声で威圧するように言い放った。

「なんなんだよこの媒介の数は」

「ちょっと……」

「耳飾りには術の制御、首にあるのは魔導術の簡易化を助けるヒュドールの宝玉か? んで腕にある飾りは、逆に魔導力を抑える銀鉱石。ふざけてんのかてめえ」

 ベリーはライザーの手をぱしりとはたき、後ずさった。

「意外に優等生じゃん」

「話逸らしてんじゃねえよ!」

 ライザーは、敵か味方か、ただそれだけでベリーにきつく当たっている訳ではなかった。彼が懸念しているのは、その魔力の源だ。
 魔導術の知識に関しては、ヴァイスではライザーが随一だ。彼の母は優秀な魔導師であり、彼自身もその血統を強く受け継いでいた。

「今から俺が聞くことに正直に答えろ」

 ベリーは拳をぎゅっと握る。

「てめえの属性は」

「水が本質……」

「術式は? 解除の時もそうだが、あの妙な術の組み上げ方はなんだ」

 ベリーは、押し黙る。しかし、ライザーは問答を続けた。

「いいから答えやがれ」

 ベリーの額に汗が滲む。追求から逃れたい一心の誤魔化しも、ライザーの前には無意味だった。

「……ハイ・ファントム式」

 聞き慣れない単語にライザーは眉を寄せた。

「ハイ・ファントム? おい、ふざけんなよ。そんな式は俺は知らねえ」

 だが、ベリーは嘘を言ったわけではなかった。彼女は杖を握りしめると、辛辣な表情でそれを握りしめた。

「知らなくて当たり前だよ」

「あ? どういう意味だ」

「だってハイ・ファントム式魔導術は―――」

 だが、言い終わる前に、彼らの部隊の魔導師の一人が声を上げた。

「ライザー様! 王国軍を肉眼で確認致しました!!」

「来たか!」

 二人は、すぐさま平原の彼方に目をやった。
 そこには、見えているだけでもゆうにこちらの倍以上はあろう軍隊。黒い点の集合体は全てが兵。
 聖王国とノーブルの旗や槍を掲げ、武装した兵士達は隊列乱れることなく前進している。騎馬隊の馬の蹄の音が地響きのように平原に鳴り渡り、これから繰り広げられる血の戦いの始まりを告げる鐘の音のようにも聞こえた。

「仕方ねえ。てめえの事は後だ」

 ライザーの言葉に胸をなで下ろしたベリーだったが、自分の中にもやもやと残るその感情に顔をしかめた。

「おい、しっかり働けよ」

「言われなくても!」

 前線より大きく離れて後方の軍幕には、リリスティアとヒルがいた。
 軍服に身を包んだヒルの傍らでは、リリスティアもまた漆黒の衣服を纏っていた。
 彼女の要望通り、動きやすく短い裾であるが、よく見ると魔導力を孕む装飾具が所々に煌いている。
 腰には、細身の剣。かつての剣の師よりもらった片刃の刀だ。よくあの状況でよく持って帰ってこれたものだ。確かにヒルの体躯からすれば小さく軽いものでしかないだろうが。

「ここからなるべく動かないでもらいたいものだな」

 ヒルがふっと笑う。

「動かなくて勝てるならそうする」

「じゃあそうならないように頑張らせてもらうとしよう」

 戦いが迫っているというのに、ヒルは穏やかだった。
 リリスティアはというと、先ほどから重い石を両側に乗せられたようなひどい緊張をしている。表情には出ないが、じんわりと汗が背中に滲んで気持ち悪い。

「ご報告いたします! 敵魔導部隊、対魔導防御壁展開中!」

 若い青年が走りこんできて頭を下げた。リリスティアを見て喜んだ兵士の一人だ。

「王国軍前線部隊はやはり聖騎士による混合部隊です! 我が軍は数において圧倒的に不利かと……」

 報告を受けたヒルとリリスティアは顔を見合わせ頷いた。

「やはり魔導師団を配備してきたか。竜を下げておいて正解だったな」

「竜には魔導術が一番効くと聞いたことがあるけど……」

 ちら、とヒルを見る。

「安心しろ。俺は例外だ」

「隊長、いかがなさいますか」

 兵の問いかけに、ヒルは即座に答えた。

「そのまま待て。敵とてこちらの戦力が分からないのは同じだ。だが確実に英雄聖騎士が配備されている。魔導結界を展開しつつ、招いてやれ」

「はっ!」

 兵は再び頭を下げ、軍幕を後にした。何も言えない自分がいかにもなお飾りでしかないことを痛感したリリスティアは、光の方に顔を向けることしかできなかった。


 * * *


「あの中にリリーが……」

 ジークフリード率いる王国軍魔導師団も、ヴァイス軍を前方確認し隊形を整えていた。
 視界に捉えたヴァイス軍の数を見たジークフリードは、拍子抜けだと言わんばかりに肩を竦めた。

「竜がいないのが気になるけど……それにしたって少ないなあ。これじゃあ勝負がすぐついちゃうよ」

 すると、アメリがこう諭した。
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