第五話「戴冠の調べ、蒼き誓いのリリスティア」
顔は笑っているが、カイムの前に立ち、じっと見つめた。
「真面目にやってくれるか?」
その場に居た全員が動きを止めて凍り付いた。
カイムは牙についた血を拭うと、無言で同盟書に名前の調印をした。
「ずいぶん感情的になったな」
カイムがそう言うと、ヒルは何食わぬ顔で答えた。
「俺は産まれた時からこうだが?」
「申し訳ございません女王陛下!」
「いや。もう構わない」
リリーは血が床に滴る前に、同じく同盟調印書に名前の調印をした。
「これでいいのか?」
「ああ」
二人の王の名前が刻まれた同盟書は、瞬時に開かれた頁を閉じ、役目を終えたただの同盟書に戻った。
「これで、俺たちは仲間だ」
カイムが同盟書を手に持ち、笑う。
「これからよろしくお願いします、ね」
シャジャも傍らで嬉しそうに微笑んで見せた。
「ああ、こっちこそ」
調印が終わったのを確認すると、レオンが手を叩いた。それを合図に、群衆全体に拍手が広がり、同盟に喜ぶ歓声が上がった。
「リリー……じゃない、りりす……リリスティアなんだっけ?」
呼びにくそうにするベリーに、リリーがはにかむ。
「ベリーなら、リリーで構わない」
「そう? そうだね!」
そう言って、ベリーも満面の笑みで手を叩いていたが、ふと何かの大きな影が部屋に差し込む光を遮って通り過ぎたのに気づくと、その目を窓の外にやった。
「……り、りっ、リリー!!」
「え?」
ベリーが細長く大きな窓の外を必死に指さした。皆がそちらを向くと、そこには神話のような光景が広がっていた。
雲の間から、光りが地上を照らす。蒼い空にその翼で軌跡を描きながら、おびただしい数の竜が雄叫びをあげていたのだ。
「竜の群れだ~!」
その巨体が窓の近くを通る度に、風が唸り声を上げる。
「すっごい! 一体何匹いるの~!?」
ベリーの問いを聞き、カイムは自分の配下であるそれらを自慢するかのように言った。
「さあな。一応使えそうなやつらを連れてきたつもりだ」
竜達はいずれも、姿形は様々だった。角のあるもの。長い蛇のようなもの。
それぞれに能力が違うのだろう。
「ふむ。例の魔導師がいなけりゃ最強デスね~……おっとと」
わざとらしくレオンは口を塞いだが、カイムは眉間に深く皺を寄せていた。
「──おい、ところで今の状況はどうなってんだ」
ライザーが戦いの先を案じてレオンに尋ねた。
「今はヴァイス大運河付近に王国軍の本隊が集結してきてる頃デスね~」
「頃デスね、ってお前……」
「心配いらないデスよライザー君」
眼鏡の奥の余裕に満ちたその瞳と目が合うと、ライザーは不満げな表情を見せた。
「レ~イム君~!」
レオンが大声でレイムを呼ぶと、後列にいた彼は急いでこちらに駆けてきた。立ち止まり、レオンの前で敬礼して見せる。
「何スかレオン軍師!」
「ここにいるヴァイス軍の第一歩兵部隊の指揮は君に任せマス」
「え! お、俺っすか?」
レイムは大げさに驚くと、横目でシャジャとカイムを見た。
「やるよね?」
「やれ」
二人は威圧的にレイムに声をかけた。レイムは汗をだらだらと流しながらも、二人には逆らえないのかひきつった笑顔で首を縦に振った。
「人手不足だ。頼んだぞ」
ヒルがあっさりと言うと、レイムは頭を抱えうなだれた。
「もうちょっと寝てればよかったッス……」
それなりに鍛えられた体格の割に弱気な彼を見て、リリーはなんだか可笑しくなった。ふと、リリーは何を思いついたのか彼らの会話に割って入った。
「ねえレオン」
「うん? どーしましたリリーちゃん」
「私も行く」
「はあ!?」
突然のリリーの申し出に、周囲の人々は顔色を変えた。カイムすらも目を丸くしている。
ライザーとヒルとレオンは無言で顔を見合わせた。そして困ったような笑みをそれぞれ見せた。
「そんなところは似なくていいと思うんだが」
ヒルが柔らかな笑みを見せリリーの肩に手を置いた。
「どういう意味だ」
「ジオリオ陛下も似たようなこと言ってたんデスよ」
レオンが眼鏡の縁を指で押し上げる。
在りし日の玉座の間で、彼の王は今リリスティアが言ったことと同じようなことを言っていた。
かつての王妃、かつての軍師、かつての、剏竜。彼らをいつも困らせていたのだという。
『目の前で民が戦っているのに』
「民を守るべき王である私が一番後ろで座ってるわけにはいかない」
そう、父と娘の答えは同じ。
ヒルは、嬉しそうに口端を上げた。
「分かった。レオン、そういうことらしい」
「はいはい~はーいはいはい。まあそう言いマスよね」
「だな、分かった。ヴァイス軍、全兵士に告ぐ!」
二人は言葉を交わすと、離れた。そしてヒルがいつになく真剣な顔つきで声を上げた。それまで騒いでいた群衆の空気が、突如として引き締まり、視線の全てがヒルに注がれた。
「ヴァイス軍、第一歩兵部隊はレイムの指揮の元、大運河の西に進軍せよ!」
「はっ!!」
勢いのある返事が返ってくる。
レイムも覚悟を決めたのか、部隊を指揮する隊長として力強く返事をした。
「よし。魔導部隊は総隊長をライザー・ディグ・ヴァイス、補佐官にベリー・ハウエルを任命する!」
「あぁ!?」
「えっ、あたしが? やったあ~! よろしくねキンパツ!」
「ライザーだ! おいコラ、ヒル! てめえこんな素性のわかんねえ女を補佐だと!?」
「敵には必ずノーブルの魔導兵が配備されてマスから。魔導師の数は多いほど助かる。いやあ~寝返ってくれて助かりましたよー信じてマスよっ!」
「あはは~最後が超嫌味くさいけど許したげる~」
レオンがにこにこしながらライザーを遮りそう言うと、ベリーも首をかたむけて笑顔で答えた。気に入らないのかライザーは、舌打ちをして横を向いた。
「ドラフェシルト」
ヒルは群衆の一角に目をやった。そこにはかつて居た部隊の部下達。再会にゆっくりと浸る暇など無かったが、信頼出来る仲間がそこに居る事を確かに喜んでいた。
「かつては国王直属の守護部隊だった。今再び王の元、国を荒らす王国軍を撃破せよ!!」
高らかに、兵が声を上げた。今皆の心は一つになっている。
リリーは猛り狂う彼らに向かって、王たる威厳を以て叫んだ。
「全軍、出陣!!」
時は、アーリア聖暦にして3062年。
聖騎士アストレイア、セイレ・ウルビアの殉死により、聖王国リュシアナは聖騎士を中心とした多国籍軍を編成。
希望の要であった唯一英雄を失った人間は奮起し、聖王国領を抜け、ヴァイスへと続くアルゲオ山脈へと進軍。
対して、新たなる王を迎えたヴァイス王国。
復活した大地を基盤に軍隊を再編成。煌竜王の奇なる申し出により、その戦力は倍増。
王城を拠点に、陣を構える。
聖王国よりの第一陣は一匹の竜により全滅。
しかし、ジークフリード率いる魔導師団は無事山脈越えを果たし、大運河の前に布陣。
──後世の人はこう言った。
それは革命的でありながらも、
悲しい、戦いの始まりであったと。
第五話・終
「真面目にやってくれるか?」
その場に居た全員が動きを止めて凍り付いた。
カイムは牙についた血を拭うと、無言で同盟書に名前の調印をした。
「ずいぶん感情的になったな」
カイムがそう言うと、ヒルは何食わぬ顔で答えた。
「俺は産まれた時からこうだが?」
「申し訳ございません女王陛下!」
「いや。もう構わない」
リリーは血が床に滴る前に、同じく同盟調印書に名前の調印をした。
「これでいいのか?」
「ああ」
二人の王の名前が刻まれた同盟書は、瞬時に開かれた頁を閉じ、役目を終えたただの同盟書に戻った。
「これで、俺たちは仲間だ」
カイムが同盟書を手に持ち、笑う。
「これからよろしくお願いします、ね」
シャジャも傍らで嬉しそうに微笑んで見せた。
「ああ、こっちこそ」
調印が終わったのを確認すると、レオンが手を叩いた。それを合図に、群衆全体に拍手が広がり、同盟に喜ぶ歓声が上がった。
「リリー……じゃない、りりす……リリスティアなんだっけ?」
呼びにくそうにするベリーに、リリーがはにかむ。
「ベリーなら、リリーで構わない」
「そう? そうだね!」
そう言って、ベリーも満面の笑みで手を叩いていたが、ふと何かの大きな影が部屋に差し込む光を遮って通り過ぎたのに気づくと、その目を窓の外にやった。
「……り、りっ、リリー!!」
「え?」
ベリーが細長く大きな窓の外を必死に指さした。皆がそちらを向くと、そこには神話のような光景が広がっていた。
雲の間から、光りが地上を照らす。蒼い空にその翼で軌跡を描きながら、おびただしい数の竜が雄叫びをあげていたのだ。
「竜の群れだ~!」
その巨体が窓の近くを通る度に、風が唸り声を上げる。
「すっごい! 一体何匹いるの~!?」
ベリーの問いを聞き、カイムは自分の配下であるそれらを自慢するかのように言った。
「さあな。一応使えそうなやつらを連れてきたつもりだ」
竜達はいずれも、姿形は様々だった。角のあるもの。長い蛇のようなもの。
それぞれに能力が違うのだろう。
「ふむ。例の魔導師がいなけりゃ最強デスね~……おっとと」
わざとらしくレオンは口を塞いだが、カイムは眉間に深く皺を寄せていた。
「──おい、ところで今の状況はどうなってんだ」
ライザーが戦いの先を案じてレオンに尋ねた。
「今はヴァイス大運河付近に王国軍の本隊が集結してきてる頃デスね~」
「頃デスね、ってお前……」
「心配いらないデスよライザー君」
眼鏡の奥の余裕に満ちたその瞳と目が合うと、ライザーは不満げな表情を見せた。
「レ~イム君~!」
レオンが大声でレイムを呼ぶと、後列にいた彼は急いでこちらに駆けてきた。立ち止まり、レオンの前で敬礼して見せる。
「何スかレオン軍師!」
「ここにいるヴァイス軍の第一歩兵部隊の指揮は君に任せマス」
「え! お、俺っすか?」
レイムは大げさに驚くと、横目でシャジャとカイムを見た。
「やるよね?」
「やれ」
二人は威圧的にレイムに声をかけた。レイムは汗をだらだらと流しながらも、二人には逆らえないのかひきつった笑顔で首を縦に振った。
「人手不足だ。頼んだぞ」
ヒルがあっさりと言うと、レイムは頭を抱えうなだれた。
「もうちょっと寝てればよかったッス……」
それなりに鍛えられた体格の割に弱気な彼を見て、リリーはなんだか可笑しくなった。ふと、リリーは何を思いついたのか彼らの会話に割って入った。
「ねえレオン」
「うん? どーしましたリリーちゃん」
「私も行く」
「はあ!?」
突然のリリーの申し出に、周囲の人々は顔色を変えた。カイムすらも目を丸くしている。
ライザーとヒルとレオンは無言で顔を見合わせた。そして困ったような笑みをそれぞれ見せた。
「そんなところは似なくていいと思うんだが」
ヒルが柔らかな笑みを見せリリーの肩に手を置いた。
「どういう意味だ」
「ジオリオ陛下も似たようなこと言ってたんデスよ」
レオンが眼鏡の縁を指で押し上げる。
在りし日の玉座の間で、彼の王は今リリスティアが言ったことと同じようなことを言っていた。
かつての王妃、かつての軍師、かつての、剏竜。彼らをいつも困らせていたのだという。
『目の前で民が戦っているのに』
「民を守るべき王である私が一番後ろで座ってるわけにはいかない」
そう、父と娘の答えは同じ。
ヒルは、嬉しそうに口端を上げた。
「分かった。レオン、そういうことらしい」
「はいはい~はーいはいはい。まあそう言いマスよね」
「だな、分かった。ヴァイス軍、全兵士に告ぐ!」
二人は言葉を交わすと、離れた。そしてヒルがいつになく真剣な顔つきで声を上げた。それまで騒いでいた群衆の空気が、突如として引き締まり、視線の全てがヒルに注がれた。
「ヴァイス軍、第一歩兵部隊はレイムの指揮の元、大運河の西に進軍せよ!」
「はっ!!」
勢いのある返事が返ってくる。
レイムも覚悟を決めたのか、部隊を指揮する隊長として力強く返事をした。
「よし。魔導部隊は総隊長をライザー・ディグ・ヴァイス、補佐官にベリー・ハウエルを任命する!」
「あぁ!?」
「えっ、あたしが? やったあ~! よろしくねキンパツ!」
「ライザーだ! おいコラ、ヒル! てめえこんな素性のわかんねえ女を補佐だと!?」
「敵には必ずノーブルの魔導兵が配備されてマスから。魔導師の数は多いほど助かる。いやあ~寝返ってくれて助かりましたよー信じてマスよっ!」
「あはは~最後が超嫌味くさいけど許したげる~」
レオンがにこにこしながらライザーを遮りそう言うと、ベリーも首をかたむけて笑顔で答えた。気に入らないのかライザーは、舌打ちをして横を向いた。
「ドラフェシルト」
ヒルは群衆の一角に目をやった。そこにはかつて居た部隊の部下達。再会にゆっくりと浸る暇など無かったが、信頼出来る仲間がそこに居る事を確かに喜んでいた。
「かつては国王直属の守護部隊だった。今再び王の元、国を荒らす王国軍を撃破せよ!!」
高らかに、兵が声を上げた。今皆の心は一つになっている。
リリーは猛り狂う彼らに向かって、王たる威厳を以て叫んだ。
「全軍、出陣!!」
時は、アーリア聖暦にして3062年。
聖騎士アストレイア、セイレ・ウルビアの殉死により、聖王国リュシアナは聖騎士を中心とした多国籍軍を編成。
希望の要であった唯一英雄を失った人間は奮起し、聖王国領を抜け、ヴァイスへと続くアルゲオ山脈へと進軍。
対して、新たなる王を迎えたヴァイス王国。
復活した大地を基盤に軍隊を再編成。煌竜王の奇なる申し出により、その戦力は倍増。
王城を拠点に、陣を構える。
聖王国よりの第一陣は一匹の竜により全滅。
しかし、ジークフリード率いる魔導師団は無事山脈越えを果たし、大運河の前に布陣。
──後世の人はこう言った。
それは革命的でありながらも、
悲しい、戦いの始まりであったと。
第五話・終