第五話「戴冠の調べ、蒼き誓いのリリスティア」
部屋の扉近く、玉座から一番遠い位置にいた彼。はしゃぎすぎて転倒したのかと周囲の兵が振り返ったが、そうではなかった。
「レイム君。ちょっとはしゃぎすぎ、だよ」
薄紅色の髪を二つに結い、背中に小さな羽をはためかせている少女が彼の背中をの服を引っ張り、いとも簡単に床にころげさせたのだった。
「いたたた……、手加減してほしいッスよシャジャさん!」
「ちゃんとして」
「痛たたたた!! しゃっ、シャティアさん!」
シャジャは、床に転げたレイムの頬を手に持っている分厚い本の角でぐりぐりと押さえつけた。
兵士達は、いつの間にかそこにいた彼女に対し一斉に警戒を高め、向き直った。各々腰の剣や杖を手にとると、シャジャとレイムから円形に距離をとり身構える。
「何者だ!」
兵士の一人が叫んだ。
「ご、ごめんなさい。お話の邪魔、しちゃいけないと思って…」
シャジャが慌ててレイムから退き、恥ずかしそうに眉を下げる。
「貴様! 賊か!」
兵士の一人が持つ槍がシャジャに向けられた。
「きゃっ……」
「わっ! 駄目ッス! この人は───!!」
レイムが慌てて彼女の身分を伝えようとするが、それには至らなかった。
扉が急に素早く大きく開いたかと思うと、そこから白い冷気が部屋に入り込み、槍を向けていた兵士の足を床に固定するように凍らせたのだ。
「わ……うわああ!」
兵士の足は見事に凍り、そこから全く身動きが出来なくなった。
「ヒル!」
リリーがそれを見て声を上げる。だがヒルは至って冷静に首を振った。
「……相変わらずふざけた男だ」
「あ、足が! 足がああ!」
シャジャは、凍り付いた己の足を見て混乱している兵士に駆け寄ると、そっと触れる。
すると氷はみるみる打ちに溶け始めた。だが、全ては溶け切らず、兵の足に激痛が走る。
「駄目だよカイムさん。早く、元に戻して」
すると、シャジャの声に応えるかのように、足を凍らせていた氷は音を立てて割れ、霧散した。
そんな兵士をあざ笑うかのように、彼は扉の向こうから姿を現した。
姿を現した人物は、燃え盛る炎のように赤く長い髪をなびかせ、胸から腹にかけて大きく開いた黒衣を身に纏い、ゆっくりと玉座の間に現れた。
鋭くも魅惑的な目を、真っ直ぐにリリーに向けて。
「俺の護衛竜に、随分無礼な真似をしてくれたな」
彼のその出で立ちは、遠目からでもはっきりと輪郭が分かる。リリーは、軽い嫌悪感混じりに名前を叫んだ。
「カイム……」
「ほう、リリー。随分着飾ったな。なかなか良い服だ」
カイムは口端を上げて笑い、腕組みをした。
煌竜王カイムの顔を知らぬ者はさすがに居ないのか、兵士達は次々と武器を下ろし、先ほどのように玉座までの道を空けた。
カイムはふん、と鼻をならすと、呆然としているレイムを横目に、ずんずんと道を歩いていった。
「待って、カイムさん」
シャジャがちょこちょこと後を追う。手に持っている本にはアーリア言語で「同盟調印書」と書かれていた。
「バカ殿が来たか」
ライザーが舌打ちをする。
「はわあ~……整った顔の竜族だねえ~」
ベリーは特に何も考えていないのだろう、素直に感想を口にした。
「同盟に来てやったぞ。感謝しろよ」
カイムは、自信満々にリリーを見上げた。
あからさまに嫌悪感を示すリリーだったが、レオンが大きな咳払いでそれを誤魔化した。
「えー改めまして皆さん、こちら竜族の王、煌竜王カイムさんと、その護衛竜……つまり近衛兵のような存在のシャティアージャ・クリスタニアさんです」
すると、控えめに後ろにいたシャジャが顔を綻ばせ、レオンに手を振った。
「軍師! お久しぶりです!」
「どもどもシャティアージャさん! お久しぶりです。何十年も前からお変わり無いみたいで何よりデス」
「はい、変わらな……それは嫌味、ですか? 軍師も変わりませんね」
シャジャがしょんぼりとした様子で眉を下げると、それを見ていたカイムがむっとした顔つきでレオンに冷たい視線をぶつけた。
「それより、さっさと調印を済ませるぞ。のんびりと話をしている暇など無いはずだ」
その横柄な態度はリリーを不快にさせたが、それを見越したかのようにカイムは続けた。
「人間の軍がただの雑兵の寄せ集めならともかく、骨のある奴らが何人かいる。油断はならない」
「お前見てきたのか?」
ヒルが問うと、カイムは横に首を振った。
「いや、聞いた」
「そうか」
ヒルは口元に手を添え、何か思考を巡らせた。リリーが不思議そうに見ていると、苛立ったカイムが声をかけた。
「分かったかリリー。分かったならさっさと来い。時間が惜しい」
カイムの手招きに、不本意ながらもリリーは、低い位置へと続く階段を降りていく。しかし、慣れないヒールの高い靴を履いているせいか、どうしてもバランスを崩しよろけてしまう。
見兼ねたヒルが同じように階段を降り手を差し出すと、リリーは少し戸惑ったものの、それを頼りにした。
リリーはカイムの前に凛として立った。視線を合わせると、カイムは不敵な笑みを見せる。
「何が可笑しい」
リリーが嫌悪感を示す。
「ふん強気だなお前は。大概が目を逸らし、青ざめるものだが」
「私も王だ。そしてお前も王。対等のはずだ」
リリーの強気な発言に、カイムの恐ろしさを知っている群衆はざわついた。
しかしカイムはそれに対して、底抜けに笑って見せた。
「はははは! よく言ったな。……そういう女は、嫌いではない」
「好いてほしいわけじゃない」
「クッ、益々気に入った」
カイムが爬虫類のような瞳を妖しく輝かせリリーを見る。
二人のやりとりをおろおろとして見ているシャジャに、ライザーが溜息混じりに声をかけた。
「おいシャジャ、さっさとそれをあのバカ殿に渡せ」
「そう、ですね。カイムさん、これを」
シャジャが手に持っていた、分厚い本で出来た同盟調印書をカイムに差し出した。カイムはそれを受け取ると、表紙をリリーに見えるように掲げた。
蒼く光る同盟書に、今度は赤い光が灯った。二つの光が混ざり合うと、同盟書は急に二人の手から離れ、空中に浮かぶと堅く閉じていた冊子を開いた。
開かれたそこは白紙だったが、何が書かれるべき頁かは一目瞭然だった。
「で、どうすればいいんだ?」
「まずはこの同盟調印書の上に手を置け」
「こうか?」
リリーはカイムが差し出した証書の表紙の上に手を置いた。するとすぐにカイムがその上に自分の大きな手を重ねる。ひんやりとした感触に、リリーは少し身を退いた。
「次は、名前を」
「私の名前か? リリー……」
そこまで言って、リリーはハッとした。
“リリー・ウルビア”
ウルビアは、セイレのファミリーネームだ。セイレとは、何の血の繋がりもない自分。
もう今は、ただの"リリー"だったということに気が付いた。
「どうした?」
カイムが問うも、リリーは口ごもる。なんと名乗ればいいのか迷っていた。すると、ヒルが横から口添えをした。
「リリスティア・ヴァイス」
「え?」
「リリスティア。これはジオリオ陛下がお前につける筈だった名前だ。俺はそれを聞いていた」
「リリスティア……」
リリーは聞き慣れないその名前を口にする。
父の残した、リリスティアと言う名前。ヴァイスの王としての、名前。
リリーは顔を上げカイムを見ると、同盟書に置いた右手に熱がこもるのを感じ、名を名乗った。
「私の名は……リリスティア・ヴァイス」
名を名乗ると、同盟書に蒼い光が灯った。
「俺の名はカイム。煌竜王カイム」
「陛下、痛いかもしれませんが、血文字による調印を」
シャジャが豪華な飾りの付いた短刀をリリーに差し出した。
リリーはそれを受け取ると、人差し指の先を少し切ろうとそこに刃をあてがった。だが、何を思ったのかカイムが急にリリーの手を取り自身の方に引き寄せた。
そして有無を言わさずその人差し指に自身の鋭い犬歯を突き立てた。
「痛ッ!」
「カイムさん!」
シャジャが驚いてカイムを引き剥がす。
リリーの人差し指からは真っ赤な鮮血が少し流れたが、それを見たカイムは悪びれもせずこう言った。
「手間がはぶけただろ?」
「何を!」
リリーは当然の如く怒りをあらわにする。だがそれ以上に凄んだのはヒルだった。
「レイム君。ちょっとはしゃぎすぎ、だよ」
薄紅色の髪を二つに結い、背中に小さな羽をはためかせている少女が彼の背中をの服を引っ張り、いとも簡単に床にころげさせたのだった。
「いたたた……、手加減してほしいッスよシャジャさん!」
「ちゃんとして」
「痛たたたた!! しゃっ、シャティアさん!」
シャジャは、床に転げたレイムの頬を手に持っている分厚い本の角でぐりぐりと押さえつけた。
兵士達は、いつの間にかそこにいた彼女に対し一斉に警戒を高め、向き直った。各々腰の剣や杖を手にとると、シャジャとレイムから円形に距離をとり身構える。
「何者だ!」
兵士の一人が叫んだ。
「ご、ごめんなさい。お話の邪魔、しちゃいけないと思って…」
シャジャが慌ててレイムから退き、恥ずかしそうに眉を下げる。
「貴様! 賊か!」
兵士の一人が持つ槍がシャジャに向けられた。
「きゃっ……」
「わっ! 駄目ッス! この人は───!!」
レイムが慌てて彼女の身分を伝えようとするが、それには至らなかった。
扉が急に素早く大きく開いたかと思うと、そこから白い冷気が部屋に入り込み、槍を向けていた兵士の足を床に固定するように凍らせたのだ。
「わ……うわああ!」
兵士の足は見事に凍り、そこから全く身動きが出来なくなった。
「ヒル!」
リリーがそれを見て声を上げる。だがヒルは至って冷静に首を振った。
「……相変わらずふざけた男だ」
「あ、足が! 足がああ!」
シャジャは、凍り付いた己の足を見て混乱している兵士に駆け寄ると、そっと触れる。
すると氷はみるみる打ちに溶け始めた。だが、全ては溶け切らず、兵の足に激痛が走る。
「駄目だよカイムさん。早く、元に戻して」
すると、シャジャの声に応えるかのように、足を凍らせていた氷は音を立てて割れ、霧散した。
そんな兵士をあざ笑うかのように、彼は扉の向こうから姿を現した。
姿を現した人物は、燃え盛る炎のように赤く長い髪をなびかせ、胸から腹にかけて大きく開いた黒衣を身に纏い、ゆっくりと玉座の間に現れた。
鋭くも魅惑的な目を、真っ直ぐにリリーに向けて。
「俺の護衛竜に、随分無礼な真似をしてくれたな」
彼のその出で立ちは、遠目からでもはっきりと輪郭が分かる。リリーは、軽い嫌悪感混じりに名前を叫んだ。
「カイム……」
「ほう、リリー。随分着飾ったな。なかなか良い服だ」
カイムは口端を上げて笑い、腕組みをした。
煌竜王カイムの顔を知らぬ者はさすがに居ないのか、兵士達は次々と武器を下ろし、先ほどのように玉座までの道を空けた。
カイムはふん、と鼻をならすと、呆然としているレイムを横目に、ずんずんと道を歩いていった。
「待って、カイムさん」
シャジャがちょこちょこと後を追う。手に持っている本にはアーリア言語で「同盟調印書」と書かれていた。
「バカ殿が来たか」
ライザーが舌打ちをする。
「はわあ~……整った顔の竜族だねえ~」
ベリーは特に何も考えていないのだろう、素直に感想を口にした。
「同盟に来てやったぞ。感謝しろよ」
カイムは、自信満々にリリーを見上げた。
あからさまに嫌悪感を示すリリーだったが、レオンが大きな咳払いでそれを誤魔化した。
「えー改めまして皆さん、こちら竜族の王、煌竜王カイムさんと、その護衛竜……つまり近衛兵のような存在のシャティアージャ・クリスタニアさんです」
すると、控えめに後ろにいたシャジャが顔を綻ばせ、レオンに手を振った。
「軍師! お久しぶりです!」
「どもどもシャティアージャさん! お久しぶりです。何十年も前からお変わり無いみたいで何よりデス」
「はい、変わらな……それは嫌味、ですか? 軍師も変わりませんね」
シャジャがしょんぼりとした様子で眉を下げると、それを見ていたカイムがむっとした顔つきでレオンに冷たい視線をぶつけた。
「それより、さっさと調印を済ませるぞ。のんびりと話をしている暇など無いはずだ」
その横柄な態度はリリーを不快にさせたが、それを見越したかのようにカイムは続けた。
「人間の軍がただの雑兵の寄せ集めならともかく、骨のある奴らが何人かいる。油断はならない」
「お前見てきたのか?」
ヒルが問うと、カイムは横に首を振った。
「いや、聞いた」
「そうか」
ヒルは口元に手を添え、何か思考を巡らせた。リリーが不思議そうに見ていると、苛立ったカイムが声をかけた。
「分かったかリリー。分かったならさっさと来い。時間が惜しい」
カイムの手招きに、不本意ながらもリリーは、低い位置へと続く階段を降りていく。しかし、慣れないヒールの高い靴を履いているせいか、どうしてもバランスを崩しよろけてしまう。
見兼ねたヒルが同じように階段を降り手を差し出すと、リリーは少し戸惑ったものの、それを頼りにした。
リリーはカイムの前に凛として立った。視線を合わせると、カイムは不敵な笑みを見せる。
「何が可笑しい」
リリーが嫌悪感を示す。
「ふん強気だなお前は。大概が目を逸らし、青ざめるものだが」
「私も王だ。そしてお前も王。対等のはずだ」
リリーの強気な発言に、カイムの恐ろしさを知っている群衆はざわついた。
しかしカイムはそれに対して、底抜けに笑って見せた。
「はははは! よく言ったな。……そういう女は、嫌いではない」
「好いてほしいわけじゃない」
「クッ、益々気に入った」
カイムが爬虫類のような瞳を妖しく輝かせリリーを見る。
二人のやりとりをおろおろとして見ているシャジャに、ライザーが溜息混じりに声をかけた。
「おいシャジャ、さっさとそれをあのバカ殿に渡せ」
「そう、ですね。カイムさん、これを」
シャジャが手に持っていた、分厚い本で出来た同盟調印書をカイムに差し出した。カイムはそれを受け取ると、表紙をリリーに見えるように掲げた。
蒼く光る同盟書に、今度は赤い光が灯った。二つの光が混ざり合うと、同盟書は急に二人の手から離れ、空中に浮かぶと堅く閉じていた冊子を開いた。
開かれたそこは白紙だったが、何が書かれるべき頁かは一目瞭然だった。
「で、どうすればいいんだ?」
「まずはこの同盟調印書の上に手を置け」
「こうか?」
リリーはカイムが差し出した証書の表紙の上に手を置いた。するとすぐにカイムがその上に自分の大きな手を重ねる。ひんやりとした感触に、リリーは少し身を退いた。
「次は、名前を」
「私の名前か? リリー……」
そこまで言って、リリーはハッとした。
“リリー・ウルビア”
ウルビアは、セイレのファミリーネームだ。セイレとは、何の血の繋がりもない自分。
もう今は、ただの"リリー"だったということに気が付いた。
「どうした?」
カイムが問うも、リリーは口ごもる。なんと名乗ればいいのか迷っていた。すると、ヒルが横から口添えをした。
「リリスティア・ヴァイス」
「え?」
「リリスティア。これはジオリオ陛下がお前につける筈だった名前だ。俺はそれを聞いていた」
「リリスティア……」
リリーは聞き慣れないその名前を口にする。
父の残した、リリスティアと言う名前。ヴァイスの王としての、名前。
リリーは顔を上げカイムを見ると、同盟書に置いた右手に熱がこもるのを感じ、名を名乗った。
「私の名は……リリスティア・ヴァイス」
名を名乗ると、同盟書に蒼い光が灯った。
「俺の名はカイム。煌竜王カイム」
「陛下、痛いかもしれませんが、血文字による調印を」
シャジャが豪華な飾りの付いた短刀をリリーに差し出した。
リリーはそれを受け取ると、人差し指の先を少し切ろうとそこに刃をあてがった。だが、何を思ったのかカイムが急にリリーの手を取り自身の方に引き寄せた。
そして有無を言わさずその人差し指に自身の鋭い犬歯を突き立てた。
「痛ッ!」
「カイムさん!」
シャジャが驚いてカイムを引き剥がす。
リリーの人差し指からは真っ赤な鮮血が少し流れたが、それを見たカイムは悪びれもせずこう言った。
「手間がはぶけただろ?」
「何を!」
リリーは当然の如く怒りをあらわにする。だがそれ以上に凄んだのはヒルだった。