第五話「戴冠の調べ、蒼き誓いのリリスティア」
部屋の両側にある細長い窓から差し込む陽の光がリリーを照らし、彼女の髪が銀に光る。その傍らに、まるで伴侶のように、ヴァイス王国総指揮官ヒルシュフェルトが佇んでいた。
すると、レオンが恭しい態度で頭を下げ、リリーを玉座の前へ導いた。
それと同時に、ベリーやライザーは身を控え、兵士たちも、静かに身を屈め始めた。
目の前には、ヒルがいた。リリーの傍らで、彼女を支えるようにして寄り添っている。
「戴冠だ」
レオンが、玉座の裾から渡された煌く何かを持って、リリーの前に立つ。
銀で出来た、植物を模したようなそれは、王であることの証のひとつだった。
揺れる宝石が幾つも散りばめられたそれは、額にぴたりと当てはまるもの。
促され、リリーは少し膝を曲げた。
「ここに、ヴァイスは再び、王を迎え入れる」
瞳を閉じると、レオンがリリーの額に王冠をそっとはめた。
蒼い髪を丁寧に整え、彼女の瞳が開くのを待つ。
長い睫の下に、まだ幼い翡翠の瞳が開く。それは、まるで花のように。
「さあ。陛下」
ヒルがリリーを立ち上がらせ、兵士の方に向かせる。
凛としながらも、まだ不似合いな王冠を与えられた王は、しっかりと前を見据えていた。
己の現実を、進むべき道を、間違わないように。
「リリー綺麗だなあ~あたしも頑張らないとなあ」
「調子いいこと言ってんじゃねえよ」
小声でライザーが言うと、ベリーは「はあ?」とけんか腰に振り向いた。
「なんですか~? 言いたいことあるならはっきり言ったらどう?」
凄むベリーに対し、ライザーは急に表情を変えた。鋭い目付きに、ベリーの顔が一瞬強ばる。
「俺はてめーを認めたわけじゃねえ」
ベリーが反論をする前に、ライザーはその鋭い目を彼女に向けてきっぱりと言った。
「たとえ人間じゃなくても、いきなり来た奴をはいそうですかなんて迎えらんねえんだよ。昔そうやって、俺らは裏切られたんだ」
言い返す言葉が無いベリーは、なんとも言えない表情で、金色の髪を揺らす彼の背中を見つめた。
「分かったらその軽口直すんだな」
二人の会話は、早口に行われた短いもので、兵士達のリリーを賞賛する歓声にかき消され誰も聞き取ることはなかった。
だが、すぐ後ろにいたレオンだけはそれを耳にしており、訝しげに眉を寄せ、ずれきった眼鏡をくいと上げた。
「やれやれ」
リリーは玉座にて、歓喜に沸き上がる兵士をただぼうっと見つめていた。
見かねたヒルが小声で「何か応えた方がいい」と言うと、リリーは戸惑いながらも、ゆっくりと口を開いた。
「……聞いて、ほしいことがある」
王が言葉を発しているのに気づくと、歓声は前の方から段々と止み、手を上げ喜んでいた兵士達も姿勢を正していった。
部屋がしん、と静まり返る。
「私は今こうして、王として貴方達の前にいる」
リリーはこくん、と唾を飲み込みんだ。今からが口にする言葉に対して、期待いっぱいな視線を投げかけてくる彼らが少し怖くて嬉しかった。
「だが、私は同時に罪人でもある」
ざわわっと、兵士の間にどよめきが広がった。
「罪人?」
「なんのことだ?」
リリーは、聖騎士だった。知らなかったとはいえ、自分の民を殺していたのだろう。ヴァイスの民を、悪魔を。
今ここにいる彼らは人と変わらない姿をしているが、リリーは確かに、「人の形をした悪魔」も斬ったことがある。始末した。命令の、任務のままに。何も、考えず。
兵士は氷の封印から目覚めた者がほとんどで、それを知らない者ばかりだったが、中には知っている者もいた。
どよめきが大きくなると、リリーの胸が刺されたように痛んでいった。
「静粛に」
レオンがすかさず一喝すると、一気に場は静かになった。
玉座の下で、ベリーが両手を胸の前で合わせ、ハラハラしながらリリーを見守る。
リリーはそんなベリーを見て軽く頷くと、顔を上げまた話し始めた。
「私は今まで自分の為にだけ生きてきた。自分だけのことを考えて、自分のしたいことだけをして、それがとても楽だった」
聖騎士としての、自由きままな今までの人生。
そう時は経っていないのに、リリーの頭にはそれが走馬燈のようによぎっていく。
「独りで、自分だけの力で生きているんだと……そう思っていた」
なんて幼稚だったのだろうか。
大人ぶって、大人をバカにして。
都合の良いときだけ、無知な子供をタテにしていた。
兵士も、ヒルも、黙ってそれを聞いている。表情ひとつ変えず。リリーは話しを続けた。
「だが、それは違うと。大きな勘違いだと気づいたのは、最近だ」
そう、世界を知った。
彼と出会って真実を識った。
成長するきっかけを仲間が与えてくれた。
「教養も、学も、国のしきたりも、私はまだ何も知らない。彼がいなければ何も出来ない、ただのお飾り女王かもしれない。けど──」
次の瞬間だった。リリーは未だかつて、誰も見たことが無いような笑顔を見せた。いや、見せたことがないか。それはそれは優しく、慈愛に満ちた、底抜けに純粋な笑顔だった。
そして、その笑顔を勇ましい王の顔に変え、声高らかに叫んだ。
「私が今持っているものは、父と母から受け継いだこの血のみだ! だがそれは、剏竜の力を引き出し、この戦争を終わらせる為の確かな力だ! そしてこの戦争で貴方達を勝利に導き、歪曲されていた歴史の真実をこの世界に示す為の力だ! たとえそれが多くの悲しみを生み、再びの戦いを呼び起こすことになったとしても、私は戦う……。先王の想いを受け継ぎ、成し遂げるその日まで、全てを賭けて戦い続けることをここに誓う!」
兵士は呼応するように雄叫びを上げた。
その場では、誰一人としてリリーを非難したりあざ笑ったりする者は居なかった。
大切なのは過去ではない、今の姿を認めること。
彼らはこの世界に生まれたその時から、その深い情愛に満ちた精神を与えられていた。だが――。
「大切なのは、今か、昔か」
少し複雑に、小声でつぶやく者も確かにいた。
だが、傍らのヒルは驚かずにはいられなかった。確かに、「何か言え」と促したのは彼であったが、まさかここまでしっかりした演説をするとは思わなかった。
これが、定められた道を歩く者力か。人知れず、ヒルは納得した。
「その、い、以上……だ」
なんとか言い切ったリリーは、まだ震える手をそっと隠した。
受け入れられたのか……いや、存在を認められただけ、か。
リリーは、柄にもなく涙をこぼしそうになったが、横で父のごとく暖かい眼差しを向けている人物に気付いてしまい、ますます泣きそうになってしまった。
「良かったな」
「……こんなに大勢の前で喋ったのは初めてだ」
「これからはこういう場ばかりだぞ、しっかりしてもらわないとな」
「分かってる」
「リリーちゃーん、俺は君についてきマスよ~」
下から、笑顔でレオンが声をかけてきた。
「レオン」
「でも徹夜で勉強くらいはしてほしいデス~」
「……ああ」
さらりとえげつない発言をするレオンを突き飛ばし、ベリーが手をぶんぶん振っている。
「あたしはずーっとリリーのそばにいるからね~!」
「頼りにしてる」
「頼って頼って~!」
気分良くしたベリーは嬉しそうにウインクして見せた。それに続けて、横にいたライザーが不機嫌そうに声をかけた。
「おい」
「何?」
「うじうじすんなよ」
「……うじうじ?」
「一応、俺とお前は血ィ繋がってんだからな」
リリーは全く理解出来ずに顔をしかめ首を傾げると、レオンがたまらず吹き出した。
「あははー、通訳が必要デスね~」
「っせえ!」
するとヒルが呆れた様子でこう言った。
「一人で抱えこまず、遠慮なく頼れ……だな」
「今の言い方で分かる訳ないじゃない」
リリーは小さく笑うと、ライザーに視線を投げた。目が合うと彼は所在無さそうに視線を逸らしたが、リリーは気にしなかった。
「ありがとう……」
「陛下~! 俺も! 俺もついていくッス~!」
遠くからレイムが満面の笑みでこちらに手を振っていた。リリーは軽く振り返す。レイムは調子に乗り、大袈裟に手を振り始めた。
「陛下ー! 陛下可愛いッス陛下ー!!」
周りの兵も、彼を見て笑いながら賞賛の声を上げる。拍手がさざ波のように鳴り止まない。
その時だった。急にレイムの体が群衆の中に沈んだ。
すると、レオンが恭しい態度で頭を下げ、リリーを玉座の前へ導いた。
それと同時に、ベリーやライザーは身を控え、兵士たちも、静かに身を屈め始めた。
目の前には、ヒルがいた。リリーの傍らで、彼女を支えるようにして寄り添っている。
「戴冠だ」
レオンが、玉座の裾から渡された煌く何かを持って、リリーの前に立つ。
銀で出来た、植物を模したようなそれは、王であることの証のひとつだった。
揺れる宝石が幾つも散りばめられたそれは、額にぴたりと当てはまるもの。
促され、リリーは少し膝を曲げた。
「ここに、ヴァイスは再び、王を迎え入れる」
瞳を閉じると、レオンがリリーの額に王冠をそっとはめた。
蒼い髪を丁寧に整え、彼女の瞳が開くのを待つ。
長い睫の下に、まだ幼い翡翠の瞳が開く。それは、まるで花のように。
「さあ。陛下」
ヒルがリリーを立ち上がらせ、兵士の方に向かせる。
凛としながらも、まだ不似合いな王冠を与えられた王は、しっかりと前を見据えていた。
己の現実を、進むべき道を、間違わないように。
「リリー綺麗だなあ~あたしも頑張らないとなあ」
「調子いいこと言ってんじゃねえよ」
小声でライザーが言うと、ベリーは「はあ?」とけんか腰に振り向いた。
「なんですか~? 言いたいことあるならはっきり言ったらどう?」
凄むベリーに対し、ライザーは急に表情を変えた。鋭い目付きに、ベリーの顔が一瞬強ばる。
「俺はてめーを認めたわけじゃねえ」
ベリーが反論をする前に、ライザーはその鋭い目を彼女に向けてきっぱりと言った。
「たとえ人間じゃなくても、いきなり来た奴をはいそうですかなんて迎えらんねえんだよ。昔そうやって、俺らは裏切られたんだ」
言い返す言葉が無いベリーは、なんとも言えない表情で、金色の髪を揺らす彼の背中を見つめた。
「分かったらその軽口直すんだな」
二人の会話は、早口に行われた短いもので、兵士達のリリーを賞賛する歓声にかき消され誰も聞き取ることはなかった。
だが、すぐ後ろにいたレオンだけはそれを耳にしており、訝しげに眉を寄せ、ずれきった眼鏡をくいと上げた。
「やれやれ」
リリーは玉座にて、歓喜に沸き上がる兵士をただぼうっと見つめていた。
見かねたヒルが小声で「何か応えた方がいい」と言うと、リリーは戸惑いながらも、ゆっくりと口を開いた。
「……聞いて、ほしいことがある」
王が言葉を発しているのに気づくと、歓声は前の方から段々と止み、手を上げ喜んでいた兵士達も姿勢を正していった。
部屋がしん、と静まり返る。
「私は今こうして、王として貴方達の前にいる」
リリーはこくん、と唾を飲み込みんだ。今からが口にする言葉に対して、期待いっぱいな視線を投げかけてくる彼らが少し怖くて嬉しかった。
「だが、私は同時に罪人でもある」
ざわわっと、兵士の間にどよめきが広がった。
「罪人?」
「なんのことだ?」
リリーは、聖騎士だった。知らなかったとはいえ、自分の民を殺していたのだろう。ヴァイスの民を、悪魔を。
今ここにいる彼らは人と変わらない姿をしているが、リリーは確かに、「人の形をした悪魔」も斬ったことがある。始末した。命令の、任務のままに。何も、考えず。
兵士は氷の封印から目覚めた者がほとんどで、それを知らない者ばかりだったが、中には知っている者もいた。
どよめきが大きくなると、リリーの胸が刺されたように痛んでいった。
「静粛に」
レオンがすかさず一喝すると、一気に場は静かになった。
玉座の下で、ベリーが両手を胸の前で合わせ、ハラハラしながらリリーを見守る。
リリーはそんなベリーを見て軽く頷くと、顔を上げまた話し始めた。
「私は今まで自分の為にだけ生きてきた。自分だけのことを考えて、自分のしたいことだけをして、それがとても楽だった」
聖騎士としての、自由きままな今までの人生。
そう時は経っていないのに、リリーの頭にはそれが走馬燈のようによぎっていく。
「独りで、自分だけの力で生きているんだと……そう思っていた」
なんて幼稚だったのだろうか。
大人ぶって、大人をバカにして。
都合の良いときだけ、無知な子供をタテにしていた。
兵士も、ヒルも、黙ってそれを聞いている。表情ひとつ変えず。リリーは話しを続けた。
「だが、それは違うと。大きな勘違いだと気づいたのは、最近だ」
そう、世界を知った。
彼と出会って真実を識った。
成長するきっかけを仲間が与えてくれた。
「教養も、学も、国のしきたりも、私はまだ何も知らない。彼がいなければ何も出来ない、ただのお飾り女王かもしれない。けど──」
次の瞬間だった。リリーは未だかつて、誰も見たことが無いような笑顔を見せた。いや、見せたことがないか。それはそれは優しく、慈愛に満ちた、底抜けに純粋な笑顔だった。
そして、その笑顔を勇ましい王の顔に変え、声高らかに叫んだ。
「私が今持っているものは、父と母から受け継いだこの血のみだ! だがそれは、剏竜の力を引き出し、この戦争を終わらせる為の確かな力だ! そしてこの戦争で貴方達を勝利に導き、歪曲されていた歴史の真実をこの世界に示す為の力だ! たとえそれが多くの悲しみを生み、再びの戦いを呼び起こすことになったとしても、私は戦う……。先王の想いを受け継ぎ、成し遂げるその日まで、全てを賭けて戦い続けることをここに誓う!」
兵士は呼応するように雄叫びを上げた。
その場では、誰一人としてリリーを非難したりあざ笑ったりする者は居なかった。
大切なのは過去ではない、今の姿を認めること。
彼らはこの世界に生まれたその時から、その深い情愛に満ちた精神を与えられていた。だが――。
「大切なのは、今か、昔か」
少し複雑に、小声でつぶやく者も確かにいた。
だが、傍らのヒルは驚かずにはいられなかった。確かに、「何か言え」と促したのは彼であったが、まさかここまでしっかりした演説をするとは思わなかった。
これが、定められた道を歩く者力か。人知れず、ヒルは納得した。
「その、い、以上……だ」
なんとか言い切ったリリーは、まだ震える手をそっと隠した。
受け入れられたのか……いや、存在を認められただけ、か。
リリーは、柄にもなく涙をこぼしそうになったが、横で父のごとく暖かい眼差しを向けている人物に気付いてしまい、ますます泣きそうになってしまった。
「良かったな」
「……こんなに大勢の前で喋ったのは初めてだ」
「これからはこういう場ばかりだぞ、しっかりしてもらわないとな」
「分かってる」
「リリーちゃーん、俺は君についてきマスよ~」
下から、笑顔でレオンが声をかけてきた。
「レオン」
「でも徹夜で勉強くらいはしてほしいデス~」
「……ああ」
さらりとえげつない発言をするレオンを突き飛ばし、ベリーが手をぶんぶん振っている。
「あたしはずーっとリリーのそばにいるからね~!」
「頼りにしてる」
「頼って頼って~!」
気分良くしたベリーは嬉しそうにウインクして見せた。それに続けて、横にいたライザーが不機嫌そうに声をかけた。
「おい」
「何?」
「うじうじすんなよ」
「……うじうじ?」
「一応、俺とお前は血ィ繋がってんだからな」
リリーは全く理解出来ずに顔をしかめ首を傾げると、レオンがたまらず吹き出した。
「あははー、通訳が必要デスね~」
「っせえ!」
するとヒルが呆れた様子でこう言った。
「一人で抱えこまず、遠慮なく頼れ……だな」
「今の言い方で分かる訳ないじゃない」
リリーは小さく笑うと、ライザーに視線を投げた。目が合うと彼は所在無さそうに視線を逸らしたが、リリーは気にしなかった。
「ありがとう……」
「陛下~! 俺も! 俺もついていくッス~!」
遠くからレイムが満面の笑みでこちらに手を振っていた。リリーは軽く振り返す。レイムは調子に乗り、大袈裟に手を振り始めた。
「陛下ー! 陛下可愛いッス陛下ー!!」
周りの兵も、彼を見て笑いながら賞賛の声を上げる。拍手がさざ波のように鳴り止まない。
その時だった。急にレイムの体が群衆の中に沈んだ。