第五話「戴冠の調べ、蒼き誓いのリリスティア」
「俺はレイムって言うッス。まあその、実はさっき起きたばっかりで、城壁に旗を出しただけでお腹が空いちゃって! んで、そしたらこんなことになってるし! やっぱこれってアレッスよね。王様が戻ってきたってことッスよね!」
「あの……えっと」
「君はどこの街から来たッスか? もしかして起きたばかり?」
「その、来たばかりなのはそうなんだけど」
「ん~でもその恰好だと、どこかの令嬢ッスよね。でも見覚えないんスよねえ」
言う機会を見逃してしまったリリーは、恥ずかしそうに口ごもる。あまりに明るい言葉に、目がちかちかとする。
それが青年の目には不安げに映ったのだろうか。青年は首を傾げた後、あっと思いついてズボンのポケットに手を差し入れた。
「よいしょ」
何かを取り出した青年は、リリーの目の前に拳を突き出す。
「これどうぞ!」
「えっ」
「ほら、受け取って!」
リリーが手のひらを差し出すと、青年の拳の中から小さな宝石が転げ落ちた。
花の形に加工されたそれは、七色に光る水晶だった。
「ずっと前に集めてた石なんだ。それあげるから元気出すッスよ! 俺がこれからまた、ヴァイスを元の王国に戻してみせるッス! だから、安心して!」
青年は、先程からずっと笑顔を絶やさない。それが地の顔なのだろう。カイムと似た風貌をしているのに、全く真逆の雰囲気だった。
リリーはそれを受け取ると、こくんと頷いた。
「ありがとう……」
「何をしているんだレイム」
その声で、風が止んだ。
軍靴の足音がして、大きな影がリリーの背後からかかる。異様なほどの雰囲気に振り向くと、黒い軍服に身を包んだヒルがいた。
「えっ、嘘! ヒルさん!!」
「……知ってるの?」
「知ってるも何も、俺はヒルさんの――」
「部下が大変失礼をしました陛下」
ヒルがそう言って胸に手を当てる。
「へいか?」
レイムはきょとんとしてリリーを見た。
間近に顔を近づけ、驚いた顔をする。
距離が近いせいで、後ろに転んでしまいそうになる。
「君、まさか、ジオリオ陛下の!!」
リリーの二の腕を両手で掴み、驚嘆の声を上げる。そうだという返事を待たず、レイムはリリーの顔をまじまじと見る。
「え、マジっすか! うわーうわー! ヒルさん良かったッスね!」
「いいから離れろ」
ヒルはリリーとレイムの間にずいと割り込んだ。
「お前も目覚めが良いようで良かった。もう一度寝てきてもいいんだぞ」
ヒルが剣の鞘でレイムをつつく。
「ちょ、なんでそんな怒ってるんスか!」
「無事で何よりだ」
「言ってることとやってることがおかしいッス!」
呆然とリリーがその様子を見ていると、レイムはハッとして姿勢を正した。
そして胸に手を当てて、元気よくお辞儀を見せた。
「改めてご挨拶するッス! 俺はレイム! 竜族ッスけど、ヴァイスの国王護衛部隊ドラフェシルト所属ッス!」
きっちりとした口調でハキハキと喋り、ぴっと敬礼すると歯を見せて笑う。
それは底抜けに人の良さそうな笑顔だった。
「それにしたってちょっと起きるのが遅いんじゃないデスか~」
「レオン軍師だ! 久しぶりッス! ていうか、ひどいッスよレオン軍師! 助けれるなら早く助けてほしかったッス!!」
「見たことも無い永久凍土の魔導術の解析なんて、どんだけ難しいか知ってマス? どんだけ人手がいるか分かってマス? みぃーんなカチコチに凍って研究所もなんもないのに出来ると思いマス?」
「え、じゃあ誰が俺たちを助けてくれたッスか?」
「そりゃあこの陛下に決まってるデショ。陛下の誓約の力で、気候も全部戻ったんデスよ」
「……そう、ッスか?」
何か奥歯にものが挟まった言い方をするレイムだったが、まあいっかと笑った。
「リリー、こいつはレイムと言って俺の部下だ。竜族だが、ずっとヴァイスで育っている。そしてカイムの弟だ」
「カイムの!?」
それを聞いて、リリーは思わず大きな声を上げそうになった。似てると思ったがまさか兄弟だとは。
レイムは、嬉しそうに微笑みを返した。なるほど、似ていない。似ているのは瞳と耳くらいのものだ。
「ところで陛下、お名前はリリー……なんて言うんスか?」
「あ、えと。リリー。リリー・ウルビア」
「へー、向こうじゃそう呼ばれてたッスか!」
その声の大きさに、リリーは押され気味に体を後ずらせる。
「あっと! すんません! 俺久しぶりでなんかはしゃいじゃって」
「いや、違う。その……カイムと似ていないから驚いてて」
「カイムさんに会ったんスか! どうッスか! 優しかったでしょ!」
何を言っているんだと思わずつっこみたくなったが、リリーはぐっと堪えた。
傍らでレオンが笑っている。
「まあ竜の感性は俺たちとは違いマスから」
「優しいがどういう意味かは分からないけど、その、お前に会えてよかった、レイム」
リリーがおずおずと言うと、レイムは頭がもげそうなほど頷いた。
「俺も陛下に会えて嬉しいッス!」
「ところでレイム、お前が此処に来たということは、王城の他の者達も無事なんだな?」
ヒルが尋ねる。
「はい! ちょっと体は動かしにくそうッスけど、生きてはいるッスよ!」
「そうか……」
ヒルは、心から安堵した顔を見せる。その顔を見ると、リリーもなんだか嬉しくなった。
ヴァイスの氷の封印が解かれるまで、彼は王城の中で氷漬けにされていたのだという。
それが突然先ほど目が覚めて、急いで準備を始めたのだと。
つまり、昔に人間がヴァイスに放った大魔法当時、なにもわからぬまま今まで仮死状態にあったということだ。
それがリリーの力により元に戻ったというのだが、リリーにはその実感がなかった。本当に彼を助けたのは、自分の力なのだろうか。
裏表のない笑顔を向けられて、リリーは少し胸が痛んだ。振り返らないと決めたはずの過ちが疼く。
「しかし、永久凍土の中でよく無事デシたね」
レオンは、レイムの体を観察する。
「服は着替えただけッスけどね。それ以外はあの頃と変わんないんスよねえ。だから生き残った民も無事ッスよ。他の軍師さんがみんなを取りまとめてくれてるはずッス」
他の軍師という言葉にレオンが僅かに気を揺らしたが、それは誰にも悟られなかった。
「ところでレイム、ライザーを見なかったか?」
ヒルが問いかけると、レイムはきょとんとする。
「へ、ライザー卿もここに来てるっスか?」
「先に来ていた筈だが」
「いたら気付くと思うんスけど……」
「ヒルシュフェルト隊長!!」
奥から、けたたましい足音を立てて、数人の兵士が現れた。彼らはレイムと同じ軍服に身を包んでおり、腰には細い剣を携えている。
彼らはヒルの前に並ぶと、規律を乱すことなく横一列に並んだ。
「お前たち……」
兵の中でも、少し若く見える青年が頭を下げた。ヒルを見るなり泣き出しそうな顔で笑うが、すぐに気を引き締めた。
「再会の喜びの言葉を申し上げたいところですが、急ぎご報告いたします」
「何があった」
「侵入者です。城内地下に逃げ込んだようで、現在ライザー殿下が追って地下へ……」
「分かった」
ヒルはレオンを見遣り、リリーの背中を押した。
「陛下を安全な場所へ」
「りょ~かい」
「待って、私も……」
立ち去ろうとするヒルの袖をつかむ。ヒルはリリーに振り返ると、その頬を撫でた。
「陛下が自ら対応するようなことではありません」
敬語を使う時は、子ども扱いをされている時だ。リリーは不満げに睨み上げる。
「王城に侵入者がいるっていうのに、私だけ安全な場所でいるわけにはいかないだろ!」
「ヒルシュフェルト隊長、こちらの方は……」
「我らが女王陛下だ。軍師とともにお守りしろ」
兵たちがどよめく。皆が顔を見合わせてひそひそと話すその様子に、リリーは所在なさを感じた。だが、すぐにヒルと話していた青年が、恭しく騎士のようなお辞儀を見せた。
「貴方様が……そうですか……そうでしたか……!」
「リリーちゃ……じゃない、陛下。とりあえず俺たちと一緒にいてクダサイ。正体が分からないうちはヒル君に任せた方がいい」
レオンはそう言うが、リリーは納得がいかなかった。王たる身分のものがどう振舞うべきか、アルフレッドを見ていたのだから理解はできる。
「あの……えっと」
「君はどこの街から来たッスか? もしかして起きたばかり?」
「その、来たばかりなのはそうなんだけど」
「ん~でもその恰好だと、どこかの令嬢ッスよね。でも見覚えないんスよねえ」
言う機会を見逃してしまったリリーは、恥ずかしそうに口ごもる。あまりに明るい言葉に、目がちかちかとする。
それが青年の目には不安げに映ったのだろうか。青年は首を傾げた後、あっと思いついてズボンのポケットに手を差し入れた。
「よいしょ」
何かを取り出した青年は、リリーの目の前に拳を突き出す。
「これどうぞ!」
「えっ」
「ほら、受け取って!」
リリーが手のひらを差し出すと、青年の拳の中から小さな宝石が転げ落ちた。
花の形に加工されたそれは、七色に光る水晶だった。
「ずっと前に集めてた石なんだ。それあげるから元気出すッスよ! 俺がこれからまた、ヴァイスを元の王国に戻してみせるッス! だから、安心して!」
青年は、先程からずっと笑顔を絶やさない。それが地の顔なのだろう。カイムと似た風貌をしているのに、全く真逆の雰囲気だった。
リリーはそれを受け取ると、こくんと頷いた。
「ありがとう……」
「何をしているんだレイム」
その声で、風が止んだ。
軍靴の足音がして、大きな影がリリーの背後からかかる。異様なほどの雰囲気に振り向くと、黒い軍服に身を包んだヒルがいた。
「えっ、嘘! ヒルさん!!」
「……知ってるの?」
「知ってるも何も、俺はヒルさんの――」
「部下が大変失礼をしました陛下」
ヒルがそう言って胸に手を当てる。
「へいか?」
レイムはきょとんとしてリリーを見た。
間近に顔を近づけ、驚いた顔をする。
距離が近いせいで、後ろに転んでしまいそうになる。
「君、まさか、ジオリオ陛下の!!」
リリーの二の腕を両手で掴み、驚嘆の声を上げる。そうだという返事を待たず、レイムはリリーの顔をまじまじと見る。
「え、マジっすか! うわーうわー! ヒルさん良かったッスね!」
「いいから離れろ」
ヒルはリリーとレイムの間にずいと割り込んだ。
「お前も目覚めが良いようで良かった。もう一度寝てきてもいいんだぞ」
ヒルが剣の鞘でレイムをつつく。
「ちょ、なんでそんな怒ってるんスか!」
「無事で何よりだ」
「言ってることとやってることがおかしいッス!」
呆然とリリーがその様子を見ていると、レイムはハッとして姿勢を正した。
そして胸に手を当てて、元気よくお辞儀を見せた。
「改めてご挨拶するッス! 俺はレイム! 竜族ッスけど、ヴァイスの国王護衛部隊ドラフェシルト所属ッス!」
きっちりとした口調でハキハキと喋り、ぴっと敬礼すると歯を見せて笑う。
それは底抜けに人の良さそうな笑顔だった。
「それにしたってちょっと起きるのが遅いんじゃないデスか~」
「レオン軍師だ! 久しぶりッス! ていうか、ひどいッスよレオン軍師! 助けれるなら早く助けてほしかったッス!!」
「見たことも無い永久凍土の魔導術の解析なんて、どんだけ難しいか知ってマス? どんだけ人手がいるか分かってマス? みぃーんなカチコチに凍って研究所もなんもないのに出来ると思いマス?」
「え、じゃあ誰が俺たちを助けてくれたッスか?」
「そりゃあこの陛下に決まってるデショ。陛下の誓約の力で、気候も全部戻ったんデスよ」
「……そう、ッスか?」
何か奥歯にものが挟まった言い方をするレイムだったが、まあいっかと笑った。
「リリー、こいつはレイムと言って俺の部下だ。竜族だが、ずっとヴァイスで育っている。そしてカイムの弟だ」
「カイムの!?」
それを聞いて、リリーは思わず大きな声を上げそうになった。似てると思ったがまさか兄弟だとは。
レイムは、嬉しそうに微笑みを返した。なるほど、似ていない。似ているのは瞳と耳くらいのものだ。
「ところで陛下、お名前はリリー……なんて言うんスか?」
「あ、えと。リリー。リリー・ウルビア」
「へー、向こうじゃそう呼ばれてたッスか!」
その声の大きさに、リリーは押され気味に体を後ずらせる。
「あっと! すんません! 俺久しぶりでなんかはしゃいじゃって」
「いや、違う。その……カイムと似ていないから驚いてて」
「カイムさんに会ったんスか! どうッスか! 優しかったでしょ!」
何を言っているんだと思わずつっこみたくなったが、リリーはぐっと堪えた。
傍らでレオンが笑っている。
「まあ竜の感性は俺たちとは違いマスから」
「優しいがどういう意味かは分からないけど、その、お前に会えてよかった、レイム」
リリーがおずおずと言うと、レイムは頭がもげそうなほど頷いた。
「俺も陛下に会えて嬉しいッス!」
「ところでレイム、お前が此処に来たということは、王城の他の者達も無事なんだな?」
ヒルが尋ねる。
「はい! ちょっと体は動かしにくそうッスけど、生きてはいるッスよ!」
「そうか……」
ヒルは、心から安堵した顔を見せる。その顔を見ると、リリーもなんだか嬉しくなった。
ヴァイスの氷の封印が解かれるまで、彼は王城の中で氷漬けにされていたのだという。
それが突然先ほど目が覚めて、急いで準備を始めたのだと。
つまり、昔に人間がヴァイスに放った大魔法当時、なにもわからぬまま今まで仮死状態にあったということだ。
それがリリーの力により元に戻ったというのだが、リリーにはその実感がなかった。本当に彼を助けたのは、自分の力なのだろうか。
裏表のない笑顔を向けられて、リリーは少し胸が痛んだ。振り返らないと決めたはずの過ちが疼く。
「しかし、永久凍土の中でよく無事デシたね」
レオンは、レイムの体を観察する。
「服は着替えただけッスけどね。それ以外はあの頃と変わんないんスよねえ。だから生き残った民も無事ッスよ。他の軍師さんがみんなを取りまとめてくれてるはずッス」
他の軍師という言葉にレオンが僅かに気を揺らしたが、それは誰にも悟られなかった。
「ところでレイム、ライザーを見なかったか?」
ヒルが問いかけると、レイムはきょとんとする。
「へ、ライザー卿もここに来てるっスか?」
「先に来ていた筈だが」
「いたら気付くと思うんスけど……」
「ヒルシュフェルト隊長!!」
奥から、けたたましい足音を立てて、数人の兵士が現れた。彼らはレイムと同じ軍服に身を包んでおり、腰には細い剣を携えている。
彼らはヒルの前に並ぶと、規律を乱すことなく横一列に並んだ。
「お前たち……」
兵の中でも、少し若く見える青年が頭を下げた。ヒルを見るなり泣き出しそうな顔で笑うが、すぐに気を引き締めた。
「再会の喜びの言葉を申し上げたいところですが、急ぎご報告いたします」
「何があった」
「侵入者です。城内地下に逃げ込んだようで、現在ライザー殿下が追って地下へ……」
「分かった」
ヒルはレオンを見遣り、リリーの背中を押した。
「陛下を安全な場所へ」
「りょ~かい」
「待って、私も……」
立ち去ろうとするヒルの袖をつかむ。ヒルはリリーに振り返ると、その頬を撫でた。
「陛下が自ら対応するようなことではありません」
敬語を使う時は、子ども扱いをされている時だ。リリーは不満げに睨み上げる。
「王城に侵入者がいるっていうのに、私だけ安全な場所でいるわけにはいかないだろ!」
「ヒルシュフェルト隊長、こちらの方は……」
「我らが女王陛下だ。軍師とともにお守りしろ」
兵たちがどよめく。皆が顔を見合わせてひそひそと話すその様子に、リリーは所在なさを感じた。だが、すぐにヒルと話していた青年が、恭しく騎士のようなお辞儀を見せた。
「貴方様が……そうですか……そうでしたか……!」
「リリーちゃ……じゃない、陛下。とりあえず俺たちと一緒にいてクダサイ。正体が分からないうちはヒル君に任せた方がいい」
レオンはそう言うが、リリーは納得がいかなかった。王たる身分のものがどう振舞うべきか、アルフレッドを見ていたのだから理解はできる。