第四話「反逆の産声、黒き羽音」
ジークフリードの師団は当初遊撃部隊であったが、竜族の参戦を境に魔導兵を多く配備した対竜族用の魔導師団へと再編成された。
魔導大国ノーブルのジークフリードが指揮するには、持ってこいの師団だ。
「行こう。竜は一匹じゃないからね」
「はっ!」
「……『あいつ』が来なくてもいいように、僕らがやらなきゃ」
馬の手綱を引き、駆け出そうとした時だった。
目の前に、まるで陽が陰るかのような自然さで、一人の男が立ちはだかった。
馬が嘶き、脚を上げる。すんでのところで馬を止めたジークフリードは、馬上で剣を抜いた。
一体、どこから現れたのか。
音も無く現れたその人物に驚いた彼の配下の魔導兵たちが杖を向けたが、ジークフリードが手でそれを遮った。
「待って」
その男は深く頭から黒いローブを被り身を隠しているため、顔はよく見えない。
陽が高いせいか、影が濃い。
「あんた誰? ヴァイスの悪魔?」
ジークフリードはその人物から目を離さず、じっと見つめた。金色の瞳が、疑うように視線を巡らせる。
するとその人物はジークフリードの周りに細やかに目線をやると、小さく息をついた。
「お前達は、聖王国の軍隊か」
「旗を見れば分かるでしょ」
「俺は故あって、人を捜している。だがどうやらお前たちの中には居ないようだな。……邪魔をした」
明らかに怪しいその人物だが、どこか誠実なその物言いにジークフリードは拍子抜けした。
「なんだよそれ。こんなところで人探し?」
「ジークフリード様、こやつ、気配もなく現われました。怪しすぎます。悪魔の手先かも――」
兵士の一人がジークフリードに囁く。それを聞いた男は、言葉が終わる前にそれを否定した。
「俺はヴァイスの民ではない」
「へえ、耳良いんだね」
ジークフリードが嫌味まじりに返す。
「誉め言葉と受け取っておこう」
低い声でそっけなく返され、ジークフリードはその雰囲気にリリーを感じた。
だが、リリーよりも言葉尻が冷たい。ジークフリードは、立ち去ろうとした人物に、好奇心から声をかけた。
「ねえ、誰を捜してるの?」
すると、背を向けて進もうとしていた人物は歩みを止め、ゆっくりと振り返った。
頭に深く被っていたローブを、するりと取りながら。
瞬間、師団にはざわめきが広がった。
現れたのは漆黒の髪に蒼い瞳の、端正な顔立ちの青年。纏う黒衣は前合わせの異国の服。腰には、長い刀が一振り。
線が分かるような下履きに、長く歩く事を前提とした革のブーツを履いている。
「世闇(よやみ)の昴だ!」
誰ともなく、彼の名を呼んだ。
「誰それ?」
ジークフリードが問う。兵士は興奮を抑えながら話し始めた。
「世闇一族の長です。たった一度だけ、天覧試合で見たことがあります。剣の道を志す者で、彼を知らぬ者はいませんよ」
「ふうん……」
にわかに、喜ぶようにざわめく師団を横目に、ジークフリードは咳払いをする。
直感的に、彼が探しているのは彼女ではないかと予想した。
「ね、もしかしてさ……探してるのって女の子?」
「……そうだ。知らないか。俺と同じ蒼い瞳をしているのだが」
「ふーんやっぱり。その子ならいるよ。会わせようか?」
「いるならば……、伝えてくれ」
「は? 何を?」
昴は無表情のまま、答えた。
「誤った道を征くならば、俺は容赦はしない」
そう言い残すと、昴は再びローブを深く被り背を向ける。
颯爽として彼方へ立ち去る彼を見送りながら、ジークフリードは手持ち無沙汰に頬を掻いた。
「いやいや……そんなこと頼まれても困るんだけど」
「ジークフリード様、マリアベル閣下から伝令でございます」
部隊の後ろから、伝令兵が走ってきた。封書をジークフリードに差し出し、頭を垂れる。そこには、作戦の内容が記されていた。
「敵の概要も数もちゃんとわかんないのにね。何考えてんだろ一体」
馬鹿にしたような口調で一言呟くと、彼は封書をそのまま地面に捨てる。彼の馬が分かっているかのように封書を蹄で踏むと、ただの汚い紙へと姿を変えた。
ジークフリードが視線を左方にやると、遠くにアルゲオ山脈を下山してきた別師団の姿が見えた。
「さすが早いね」
その師団の団長は、アメリ。黒く流れる髪を風に遊ばせ、白馬にまたがり薙刀を携えている。瞳は大運河の向こうを捉えていた。
ジークフリードは馬の鼻先をそちらに向け、彼女の元へ走らせた。
「おーい、アメリー!」
「ジークフリード」
アメリの瞳を見ると、ジークフリードは先ほど会った人物を瞬時に思い出した。
世闇の長、昴。彼に言われたことを話すべきか否か。
ジークフリードはかなり迷ったが、やはり戦闘前にするべき話ではないと思い直し、何食わぬ顔で別の話題をアメリに振った。
「調子はどう?」
「上々ですわ」
「そっか。ところでアメリってさ、戦争の経験あるんだよね?」
「そうですね、前にも言いましたが共和国の内戦や紛争なら。しかし今回のような大規模な部隊の指揮をするのは初めてですわ」
「そっか。僕もだよ」
「たった一人の裏切者のせいでこんなことになるなんて」
「遅かれ早かれこうなっていたと思うけどね」
ジークフリードは、彼方を見つめた。
ここまで来ても、まだ信じられない。リリーが裏切ったなんて嘘だと思いたい。
「ところで、マリアベル大佐は後方に?」
「うん」
「敵軍には竜がいるのでしょう。早くノーブルから派遣されたという部隊を配備しないと」
アメリが伏せ目がちに言う。すると、ジークフリードはきつく手綱を握りしめ、ぽつりと呟いた。
「部隊なんか無いよ」
「え? なんですか?」
「部隊なんかないんだ」
アメリはジークフリードの横顔を見ながら、首を傾げた。
「どういうことですの?」
するとジークフリードは、自身の服に刺繍されたノーブルの紋章に手をやり、不機嫌に答えた。
「来るのは一人だ」
「一人だけ? ……まさか、一人で竜を討伐できるような、優秀な魔導師がいるのですか?」
それは言い過ぎだとアメリは苦笑いをしたが、彼はそれ以上口を開かなかった。
「伝令!!」
二人の話を遮るかのように、馬に乗った兵士がこちらに駆けてきた。
「またですか?」
「マリアベル大佐より、ジークフリード様、アメリ様へ再度伝令でございます!」
ジークフリードはその兵士の手に封書があるのを認めると、すぐさま師団長としての真剣な顔つきになった。
「読んで」
「はっ。ジークフリード様、並びにアメリ様の師団は大運河を越えた後は左右に布陣。進軍速度は揃え、随時閣下の命に従うようにとのことであります!!」
「随時ねえ。だったら魔導通信機械くらい持たせてよね」
ジークフリードは頭に手をやりながら、後ろに振り返った。
そこには、王国軍最高指揮官元帥マリアベルの旗が見える。尾根でじっと待機をしている。
「ジークフリードとアメリの部隊が合流したか」
マリアベルはそう言って、手元の地図を取り出した。
「あの裏切り者が書きとってきたヴァイスの地図、なかなか役に立つ」
妖しげに笑い、地図を丸める。
「氷の牢獄に捕われてからというもの、日々地形を変えておりましたからね。このような運河も……何時の間に出来たのやら。それに、こうまでも気候が変わるとは」
シュナイダーが傍らで感心したように呟く。
「無駄なあがきだ。土地を再生したところで、我らが有利になるだけ」
「再生? 彼らの魔導術はそんなこともできるのですか?」
「こちらの話だ。シュナイダー大佐、各兵に伝えておけ。リリー・ウルビアは、発見次第生け捕りにして私の前につれてくるようにとな」
マリアベルの冷酷な口振りに、シュナイダーは彼女の異様なまでの殺意を感じ取り、問わずにはいられなかった。
「マリアベル大佐」
「なんだ」
「リリー・ウルビアとは面識が?」
「無い。何故そんなことを聞く?」
「いえ。貴女のウルビアに対しての怒りは忠義心からだけでは無いような気がします」
するとマリアベルはそれまで無表情だった顔を少ししかめ、こう答えた。
「それはそうだ。あの女は私がこの世から最も消したい女だからな」
そこまで憎む理由とは一体何なのだろうか。
魔導大国ノーブルのジークフリードが指揮するには、持ってこいの師団だ。
「行こう。竜は一匹じゃないからね」
「はっ!」
「……『あいつ』が来なくてもいいように、僕らがやらなきゃ」
馬の手綱を引き、駆け出そうとした時だった。
目の前に、まるで陽が陰るかのような自然さで、一人の男が立ちはだかった。
馬が嘶き、脚を上げる。すんでのところで馬を止めたジークフリードは、馬上で剣を抜いた。
一体、どこから現れたのか。
音も無く現れたその人物に驚いた彼の配下の魔導兵たちが杖を向けたが、ジークフリードが手でそれを遮った。
「待って」
その男は深く頭から黒いローブを被り身を隠しているため、顔はよく見えない。
陽が高いせいか、影が濃い。
「あんた誰? ヴァイスの悪魔?」
ジークフリードはその人物から目を離さず、じっと見つめた。金色の瞳が、疑うように視線を巡らせる。
するとその人物はジークフリードの周りに細やかに目線をやると、小さく息をついた。
「お前達は、聖王国の軍隊か」
「旗を見れば分かるでしょ」
「俺は故あって、人を捜している。だがどうやらお前たちの中には居ないようだな。……邪魔をした」
明らかに怪しいその人物だが、どこか誠実なその物言いにジークフリードは拍子抜けした。
「なんだよそれ。こんなところで人探し?」
「ジークフリード様、こやつ、気配もなく現われました。怪しすぎます。悪魔の手先かも――」
兵士の一人がジークフリードに囁く。それを聞いた男は、言葉が終わる前にそれを否定した。
「俺はヴァイスの民ではない」
「へえ、耳良いんだね」
ジークフリードが嫌味まじりに返す。
「誉め言葉と受け取っておこう」
低い声でそっけなく返され、ジークフリードはその雰囲気にリリーを感じた。
だが、リリーよりも言葉尻が冷たい。ジークフリードは、立ち去ろうとした人物に、好奇心から声をかけた。
「ねえ、誰を捜してるの?」
すると、背を向けて進もうとしていた人物は歩みを止め、ゆっくりと振り返った。
頭に深く被っていたローブを、するりと取りながら。
瞬間、師団にはざわめきが広がった。
現れたのは漆黒の髪に蒼い瞳の、端正な顔立ちの青年。纏う黒衣は前合わせの異国の服。腰には、長い刀が一振り。
線が分かるような下履きに、長く歩く事を前提とした革のブーツを履いている。
「世闇(よやみ)の昴だ!」
誰ともなく、彼の名を呼んだ。
「誰それ?」
ジークフリードが問う。兵士は興奮を抑えながら話し始めた。
「世闇一族の長です。たった一度だけ、天覧試合で見たことがあります。剣の道を志す者で、彼を知らぬ者はいませんよ」
「ふうん……」
にわかに、喜ぶようにざわめく師団を横目に、ジークフリードは咳払いをする。
直感的に、彼が探しているのは彼女ではないかと予想した。
「ね、もしかしてさ……探してるのって女の子?」
「……そうだ。知らないか。俺と同じ蒼い瞳をしているのだが」
「ふーんやっぱり。その子ならいるよ。会わせようか?」
「いるならば……、伝えてくれ」
「は? 何を?」
昴は無表情のまま、答えた。
「誤った道を征くならば、俺は容赦はしない」
そう言い残すと、昴は再びローブを深く被り背を向ける。
颯爽として彼方へ立ち去る彼を見送りながら、ジークフリードは手持ち無沙汰に頬を掻いた。
「いやいや……そんなこと頼まれても困るんだけど」
「ジークフリード様、マリアベル閣下から伝令でございます」
部隊の後ろから、伝令兵が走ってきた。封書をジークフリードに差し出し、頭を垂れる。そこには、作戦の内容が記されていた。
「敵の概要も数もちゃんとわかんないのにね。何考えてんだろ一体」
馬鹿にしたような口調で一言呟くと、彼は封書をそのまま地面に捨てる。彼の馬が分かっているかのように封書を蹄で踏むと、ただの汚い紙へと姿を変えた。
ジークフリードが視線を左方にやると、遠くにアルゲオ山脈を下山してきた別師団の姿が見えた。
「さすが早いね」
その師団の団長は、アメリ。黒く流れる髪を風に遊ばせ、白馬にまたがり薙刀を携えている。瞳は大運河の向こうを捉えていた。
ジークフリードは馬の鼻先をそちらに向け、彼女の元へ走らせた。
「おーい、アメリー!」
「ジークフリード」
アメリの瞳を見ると、ジークフリードは先ほど会った人物を瞬時に思い出した。
世闇の長、昴。彼に言われたことを話すべきか否か。
ジークフリードはかなり迷ったが、やはり戦闘前にするべき話ではないと思い直し、何食わぬ顔で別の話題をアメリに振った。
「調子はどう?」
「上々ですわ」
「そっか。ところでアメリってさ、戦争の経験あるんだよね?」
「そうですね、前にも言いましたが共和国の内戦や紛争なら。しかし今回のような大規模な部隊の指揮をするのは初めてですわ」
「そっか。僕もだよ」
「たった一人の裏切者のせいでこんなことになるなんて」
「遅かれ早かれこうなっていたと思うけどね」
ジークフリードは、彼方を見つめた。
ここまで来ても、まだ信じられない。リリーが裏切ったなんて嘘だと思いたい。
「ところで、マリアベル大佐は後方に?」
「うん」
「敵軍には竜がいるのでしょう。早くノーブルから派遣されたという部隊を配備しないと」
アメリが伏せ目がちに言う。すると、ジークフリードはきつく手綱を握りしめ、ぽつりと呟いた。
「部隊なんか無いよ」
「え? なんですか?」
「部隊なんかないんだ」
アメリはジークフリードの横顔を見ながら、首を傾げた。
「どういうことですの?」
するとジークフリードは、自身の服に刺繍されたノーブルの紋章に手をやり、不機嫌に答えた。
「来るのは一人だ」
「一人だけ? ……まさか、一人で竜を討伐できるような、優秀な魔導師がいるのですか?」
それは言い過ぎだとアメリは苦笑いをしたが、彼はそれ以上口を開かなかった。
「伝令!!」
二人の話を遮るかのように、馬に乗った兵士がこちらに駆けてきた。
「またですか?」
「マリアベル大佐より、ジークフリード様、アメリ様へ再度伝令でございます!」
ジークフリードはその兵士の手に封書があるのを認めると、すぐさま師団長としての真剣な顔つきになった。
「読んで」
「はっ。ジークフリード様、並びにアメリ様の師団は大運河を越えた後は左右に布陣。進軍速度は揃え、随時閣下の命に従うようにとのことであります!!」
「随時ねえ。だったら魔導通信機械くらい持たせてよね」
ジークフリードは頭に手をやりながら、後ろに振り返った。
そこには、王国軍最高指揮官元帥マリアベルの旗が見える。尾根でじっと待機をしている。
「ジークフリードとアメリの部隊が合流したか」
マリアベルはそう言って、手元の地図を取り出した。
「あの裏切り者が書きとってきたヴァイスの地図、なかなか役に立つ」
妖しげに笑い、地図を丸める。
「氷の牢獄に捕われてからというもの、日々地形を変えておりましたからね。このような運河も……何時の間に出来たのやら。それに、こうまでも気候が変わるとは」
シュナイダーが傍らで感心したように呟く。
「無駄なあがきだ。土地を再生したところで、我らが有利になるだけ」
「再生? 彼らの魔導術はそんなこともできるのですか?」
「こちらの話だ。シュナイダー大佐、各兵に伝えておけ。リリー・ウルビアは、発見次第生け捕りにして私の前につれてくるようにとな」
マリアベルの冷酷な口振りに、シュナイダーは彼女の異様なまでの殺意を感じ取り、問わずにはいられなかった。
「マリアベル大佐」
「なんだ」
「リリー・ウルビアとは面識が?」
「無い。何故そんなことを聞く?」
「いえ。貴女のウルビアに対しての怒りは忠義心からだけでは無いような気がします」
するとマリアベルはそれまで無表情だった顔を少ししかめ、こう答えた。
「それはそうだ。あの女は私がこの世から最も消したい女だからな」
そこまで憎む理由とは一体何なのだろうか。