第四話「反逆の産声、黒き羽音」

「そんな風に言ってはいけません。あの主人のあの技術、おそらく太古に失われた鍛冶技術です。普通では手に入らない鉱物も安価で売っていますし、この前なんか竜の牙が入荷していましたのよ。自然に抜け落ちたものか、はたまた討伐したのか……」

 熱く語り出すアメリだったが、ジークフリードは「はいはい」と聞き流す。
 彼女は異様に刀に関して執着を表す為、それが今に始まった事ではないことを知るジークフリードにとっては日常茶飯事だった。

「でもさ、アメリのその剣って変わってるよねー。なんだっけ……な、なぎゅ……なぎゅにゃた。舌噛みそう」

「あせって言うからですよ。薙刀です」

 アメリが手にしているのは東の地方に古く伝わる武器、"薙刀"という武器であった。刃の部分よりも柄の方が遙かに長く、扱うにはそれなりに修練が必要だろう。

「それも東の国の武器?」

「ええ。これは、亡き祖母から譲り受けたものです」

 ジークフリードはつい手にとってみたくなったが、それを聞いて口に出すのはやめた。

「そっか。強い人だったんだね」

「ええ。とても勇敢であったと聞いています。薙刀だけではなく、弓や刀も扱えたとか」

「ふうん。……あっ、そういやリリーもそんな感じの武器持ってたような気がする」

 ジークフリードは頭に手を置き、記憶の海を彷徨う。
 唸った後、「そうだ」と手を叩き喋り始めた。

「王都で初めてリリーに会った時、一緒にその鍛冶屋にいったんだよ。その時リリーの剣を見たんだけど、そんな感じのヤツだったよ!」

 胸のつっかえがとれたと嬉しそうに喋るジークフリードに反して、アメリの顔は曇っていった。

「裏切者が? 見間違いじゃありませんか?」

「ていうか、リリーを裏切り者って呼ばないでよ。まだ分からないじゃん」

 ジークフリードはじとっと睨んでみせたが、それどころではないのかアメリは顎に手を添え辛辣な表情を見せた。

「あの、ジークフリード、……リリーとやらが何故"刀"を持っていますの?」

「あれってカタナっていう種類なの? いや僕にそんなこと言われても」

 眉を寄せ小首を傾げるジークフリードに視線を戻し、アメリは薙刀の柄の部分を彼に見せた。

「これを見て下さいジークフリード」

「何?」

 アメリが見せた薙刀の柄の部分には、何か文字が彫られている。それは彼には読める筈もない文字だが、アメリは真剣だった。

「読めない……。なにこれ」

「読めなくて当然です。これは世闇という一族に伝わる古代文字なのですから。この字はこの刀を鍛えた刀工の名です」

「とーこー?」

「刀、薙刀、苦無……。それは、「世闇一族」が扱う武器。それをリリーが持っているのはおかしいのです!」

 アメリはぎゅっと拳を握りしめた。

「ねえ、どうしちゃったのアメリ。ていうかさ、つまりどっかで買ったんでしょ。注文したのかもしれないし」

「ジークフリード、その刀について何か覚えていませんか? どんなことでも構いません」

「え? うーん」

 ジークフリードは頭を捻らせる。その口から答えがでるのを、アメリは身を前に乗り出したような態勢でじっと待っていた。

「あ!」

 ジークフリードが目を丸くして声を上げた。

「何か思い出しましたの?!」

 期待感いっぱいにアメリは答えを促す。
 だが、彼の思いだした事柄が原因により、彼女の未来が大きく変わることになろうとは、誰も予想はしなかっただろう。

「なんか貰ったって言ってたような。えっと、人づてに聞いたから分かんないけど」

 もどかしい。
 アメリはうずうずしながらも、黙って彼の記憶が甦るのを待っている。
 しかし、なかなか彼が思い出しそうに無いので、アメリが首をふり"もういいです"と言いかけた時だった。

「な、なんか知らないけどさ。僕、まずいこと言った?」

「いいえ。貴方には感謝しています」

「そんな風には見えないけど…………」

 それもその筈、アメリの顔は優しい口調とは裏腹にきつく眉をひそめていた。二重の大きな瞳も、この時ばかりは形を変えて。

「アメリ。あのさ…………もしかして、アメリって……」

「関係ありません。知り合いがいるだけですわ」

 誤魔化すような言葉に、ジークフリードは追うようにして声をかけた。

「待って、待ってよ。……そんな顔してどうしたの?」

 どの言葉に、アメリは少し悲し気に眉を下げた。

「何を言っているのです?」

 するとジークフリードは、アメリの顔を下から覗き込み、彼女の心を伺うように、小声で囁いた。

「アメリ今、すごく泣きそう。平気?」

「私はそんな顔をしていますか?」

「うん」

 アメリは自身の輪郭をなぞり、驚いた。
 張り詰めていた筈の表情に戸惑いの色が浮かび、沈んだ。

「そんなこと、……ありませんわ」


 * * *


「世闇一族?」

 怪訝な声でそう繰り返したのは、マリアベルだった。アルフレッドがほほ笑む魔導機械の鏡を前に、眉根を寄せる。

「そう。東の少数民族だ。一様に黒い衣服に身を包み、世俗から離れて闇を生きるとされている。まあ、あまり関わることはないだろうけどね」

「その民族がどうされたのですか」

「共和国に行かせていた者達からの報告によると、最近動きがあるらしくてね」

 そんな報告はマリアベルの元には上がってきていない。軍部を飛び越え、国王の元に直接話が行っているのなら、それは元老院もあずかり知らぬことだろう。

「警戒をするに越したことはないと思ってね。君の耳に入れておきたかったんだ」

「少数民族が、我々に反旗を?」

「民族は理想の為に手を組むんだよ。自分たちは国ではなく、血統により結ばれた誇り高い存在だと信じて疑わないから」

「……何が違うというのでしょうか」

「人は巨大なものを見ると悪として捉えるんだよ。そう思わないと、立ち向かえないからね」

「しかし世闇が動くとなると、彼の聖騎士の動向が気になりますね。警戒はすべきかと」

「聖騎士の過去は抹消されてる筈だから、そうならないように祈りたいね」

 アルフレッドが揺れるように微笑む。

「君にまかせよう。マリアベル」

 銀の瞳がゆっくり瞬くのを見送ったマリアベルは、深くお辞儀をした。
 アルフレッドとの連絡を終え、テントから出てきたマリアベルに、シュナイダーが声をかける。

「マリアベル大佐、陛下は何と?」

「我々下々の者には分からない、高き思考を持ったお方だ。私達は言われた通り国境越えをし、前線部隊の援護をしよう」

「しかし、竜族が悪魔に協力するとは……奴らは国交があったのでしょうか?」

 シュナイダーはそう言って頭を捻る。世闇の話は、やはり公には知られていないらしい。

「貴公が気にしているのは、リリー・ウルビアのことか?」

 マリアベルは、威圧感のある口振りで喋る。

「何故そのようなことを?」

 そう聞き返すと、マリアベルは妖艶に笑った。

「貴公は英雄アストレイアと親しかったと聞いている。その妹であるリリー・ウルビアが謀反を起こしたのだ。内心、気が気であるまい」

「……彼女との関わりは深くはありません。確かに、この戦いに戸惑うのも正直な気持ちです。しかし、私が忠誠を誓うのは陛下です。作戦に支障は出ません」

「真か?」

「はい」

 マリアベルは可笑しそうに笑むと、シュナイダーに背中を向けた。

「いずれ竜と刃を交えることになるな。シュナイダー大佐、ノーブルに魔導兵の増員の要請をしておけ」

「御意」

 シュナイダーは凛として敬礼をすると、足早にその場を立ち去った。
 武骨な表情の中に、迷いを見つけたマリアベルは、鋭くそれを睨む。そして、軍帽のつばをつまむと、更に深く頭にかぶせた。

「そうやってお前は何もかも堕としこむのだなリリー」

 マリアベルは青く晴れ渡った空を見上げた。腹が立つほど、美しい青の器。
 これが、黒雲と血に染まるのかと思うと、心の底が不安と狂気にざわついた。

「進軍せよ!!」

 高らかに、部隊長が声を張る。リュシアナの軍隊はマリアベルの指示通り動きだした。
 戦を呼ぶ憎しみの声に押され、ついに軍は歩みを進める。
 勇ましい鎧に身を包んだ人々が、一糸乱れぬ隊列で進む。聖騎士が指揮を務め、混合軍が続く。
 様々な色の旗を持つ軍列の中、一際輝く獅子の紋章。鎧の隙間から覗く眼光が、獣の如く前を見据えていた。

「あーあーなんだってんだ」
7/10ページ
スキ