第四話「反逆の産声、黒き羽音」
だが、もう手に染み着いて慣れてしまったあの感触。断末魔の叫びも、懇願する瞳も。命を奪うことが生きていく上で"当たり前"になっている自分が今ここにいる。
ヴァイスの王として、自分を信じていてくれたマイアや民の気持ちを無碍には出来ないと思い、決意したこの道。
戦争を始めたのは人間、何人ものヴァイスの民を欲のために殺したのも人間。
だから私はこの戦争を終わらせたい。もうこれ以上、誰も死なせたくない。
だが……誰も死なない戦など、無い。
きっと、たくさん死ぬ。
「守る為に殺して、勝ち取る為に殺して……繰り返すのかな」
リリーは悲しそうに深くうつむいた。蒼い髪は湯気で曇り、銀色になる。さらさらとこぼれ、手のひらにかかる。
王なんて付け焼き刃でなれるものではないことは分かってる。
兵法や帝王学なんか全く知らない私だ。
ヒル達がいなくては何も出来ない。
だけど、そんな私を求めてくれている人が確かにいる。
たとえそれが、血統によるものだけだとしても。
だから私は、この道を進む。
「私は間違っていないよね、姉さん」
ガラにもなく、もう生死さえ不明の姉に向かって問いかける。
しん、と部屋は静まり返り、リリーは馬鹿馬鹿しさから自分をあざ笑った。
"ああ、お前はそれでいい"
ふいに聞こえた懐かしい声。
だが、それは幻聴。リリーが部屋の中を見渡しても、そこに居るのはリリーだけ。
あの美しい姉の姿など、在るはずもなく。
「情けない」
苦笑いを浮かべ、そう呟くと、リリーは軽い眠気におそわれ小さく欠伸をした。
* * *
――この時、影で動く者は数知れず。世闇に限らず、アーリアの世界各地に息を潜める様々な住人達は、この報復戦争を前にして、どう動くべきかざわめきあっていた。ある者は傍観者を貫き、またある者は参戦を決意した。
とある町、とある港の静かな朝であった。空は高く、鳥はすました声で謳う。
しかし、静寂をいとも簡単に切り崩し、髭をたくわえた男が血走った眼で紙束を配り続けていた。
「号外! 号外! ついに戦争だ! 悪魔と竜が手を組んだぞ!」
規則正しい煉瓦道を、バタバタと踏みつけながら走る。彼がまき散らす新聞を、人々は我先にと手に取った。
そこには、一面に描かれた竜の紋様。彼の竜王を顕す禍々しい黒。その竜族の長カイムから、ヴァイスの同盟軍として参戦することを宣言した書面が届いたのは深夜の事だった。
空と大地を支配する力あれど、今まで味方をすることなどなかった竜族。人とは一線を画し、おとぎ話の存在のように扱われていた筈の種族。目覚めれば、世界を支配するであろうと呼び声の高い竜族。
彼らがヴァイス側につくことで戦力差は劇的に変化する。人々の恐怖は、一気に高まった。紙面を見つめたまま動かぬもの、何かに気付いたように駆けだす商人。互いに情報を交換しながら、神妙な顔でうなだれる老人たち。平和であった国家に注ぎ込まれた戦火の足音は、民の心に影を落とした。
そんな市街の様子を、じっと見つめている男がいた。路地裏からその薄暗い壁越しに、聞き耳を立てている。正体を見せないよう深く被りこんだ灰のローブ。微かに見える瞳は、蒼く輝いている。
男はじっと息を潜めていたが、背後に現れた人物により、その緊張は解かれた。
現れたのは、小柄の少年だった。顔の半分を黒い覆面で隠していたが、すっと顔を見せて膝を着いた。
少年の礼儀に応えるように、男はローブを脱いだ。涼し気な目元は蒼く、少年を見据えて柔らかく緩んだ。
「ウェラーか」
「探しましたよ、昴様」
「すまないな」
「予定の場所にいらっしゃらなかったので何かあったのかと思いました。どうなされたのですか?」
昴と呼ばれた男は薄く微笑むと、市街の方を目で指した。
「混乱が広がっている。宿のように逃げ場がない場所では落ち着かなかった」
「……それは分かりますが、探すこちらの身にもなってください」
「だが見つけられただろう」
満足気に言う昴に、ウェラーは諦めたように首を振る。そして懐から、二つ折りの小さな紙を取り出すと、昴に手渡した。
「詩帆からの報告を持って参りました」
紙を受け取った昴は、すぐにそれを開く。昴が目を通しているのを確認しながら、ウェラーは続けた。
「街に偵察に伺った所、すでにリュシアナ王国聖騎士師団の姿無く、師団長の姿も確認できませんでした。しかし、足取りを追った所、王国の師団は全て国境アルゲオ山脈ふもとに集結。先日の"不思議な蒼い光"を警戒してか、今日行う予定だった国境越えを中断、明日、新しく作戦を行う模様です」
「そうか」
「そして、……アメリ様と思われる女性を確認したそうです」
僅かに昴の眉が潜むのを、ウェラーは見逃さなかった。弾かれたように、昴に向けて顔を上げた。
「恐れながら昴様!」
「なんだ」
「まさか、戦に参加するおつもりですか?」
無言を返す昴に、ウェラーは激しく追撃の言葉を浴びせた。
「私は、戦は嫌です! 我が部下も、昴様方の為に死ぬるなら本望! しかし……この戦は人間と悪魔の小競り合い! 放っておくのがよいかと!」
だが昴は何も語らない。その蒼い瞳は、冷たく輝いている。
「昴様……」
懇願するようにウェラーが名を呼ぶと、昴はやっと重い口を開いた。
「案ずるな。この戦、世闇一族は関わるつもりはない」
「昴様!」
「里にはまだ幼い者もいる。一族を率いるなどということはしない」
その言葉を聞き、ウェラーの顔が安堵から緩む。
「それでは……」
だが、その期待は一瞬でかき消された。
「血を見るのは俺だけで十分だ」
「なッ!?」
無表情だが自信ありげに答える昴を見て、ウェラーはわなわなと体を震わせた。
「何を仰るのです! たった今"戦ワズ"の誓いを口にしたところでは!」
「ああ」
「昴様! 世闇の長の貴方がそのようなことではどうなさるのですか!」
すると、昴は腰に携えた刀に手をやり、ちきりと音を鳴らした。微かに月明かりの中に光るそれは、まるで火を灯したかのように赤い光を放つ。
「す……、昴様」
「悪いなウェラー。この刀を持った俺は、世闇でもなんでもない。流浪者だ」
「し、しかし貴方様に何かあれば、我らは」
「俺のような半端者が一人いなくなったとしても問題はない」
「……どちらに、行かれるおつもりですか」
「さあ、な」
「昴様! お待ち下さい昴様!」
ウェラーが尚止めようとしても、昴は彼に背中を向けそれをさせなかった。
こちらを振り返りもせず路地裏の闇に溶けるようにして消えた昴を見ながら、仕方なく舌打ちをしたウェラーは、彼が何をするのか悟り、急いでその場を離れた。
* * *
同刻、リュシアナとヴァイスの国境アルゲオ山脈。その聖王国側の麓。
リリーの放った蒼い光を警戒した聖王国軍第一陣は、突然の待機により暇を持て余していた。
野営地では各々がテントを張り、食事を取る者、武器を磨く者様々であった。辺りは朝日に白み始め、少し冷たい風が吹き荒ぶ。早朝の空気は、この北の大地では更に厳しいものと変わる筈だったが、今は違う。
まるで、すぐそこに太陽が迫っているかのように温かい光が目覚め始めていた。
太陽に目を細めながら、銀髪の少年が欠伸をする。うーんと背を伸ばすと、辺りを見回した。
「あ、アメリおはよう!」
「おはようございますジークフリード」
アメリが薙刀を磨いていると、無邪気な笑顔を見せながらジークフリードが近づいてきた。
地面に腰を下ろしたジークフリードは、好奇心いっぱいの表情でそれを見つめる。
「何してるの?」
アメリは木製の椅子に腰を掛け、薙刀を膝に乗せている。
「貴方も暇があるなら、剣を磨きなさいな」
アメリは薙刀を傾け、美しい乱紋を見せる切っ先を確認する。
「ああ、僕はこないだ王都で研いだばっかだからいいんだよ」
「自分の武器は常に大事にしなくてはいけませんわよ」
「うるさいな~。ちゃんと鍛冶屋でやってもらったんだから平気だよ」
ジークフリードがしかめっ面で頬を丸く膨らます。それを横目しながらアメリはくすっと笑い、再び長刀に視線を戻した。
「鍛冶屋とは、あの有名な鍛冶屋かしら?」
「そう、あんな汚いのに兵士に大人気のあの鍛冶屋!」
ヴァイスの王として、自分を信じていてくれたマイアや民の気持ちを無碍には出来ないと思い、決意したこの道。
戦争を始めたのは人間、何人ものヴァイスの民を欲のために殺したのも人間。
だから私はこの戦争を終わらせたい。もうこれ以上、誰も死なせたくない。
だが……誰も死なない戦など、無い。
きっと、たくさん死ぬ。
「守る為に殺して、勝ち取る為に殺して……繰り返すのかな」
リリーは悲しそうに深くうつむいた。蒼い髪は湯気で曇り、銀色になる。さらさらとこぼれ、手のひらにかかる。
王なんて付け焼き刃でなれるものではないことは分かってる。
兵法や帝王学なんか全く知らない私だ。
ヒル達がいなくては何も出来ない。
だけど、そんな私を求めてくれている人が確かにいる。
たとえそれが、血統によるものだけだとしても。
だから私は、この道を進む。
「私は間違っていないよね、姉さん」
ガラにもなく、もう生死さえ不明の姉に向かって問いかける。
しん、と部屋は静まり返り、リリーは馬鹿馬鹿しさから自分をあざ笑った。
"ああ、お前はそれでいい"
ふいに聞こえた懐かしい声。
だが、それは幻聴。リリーが部屋の中を見渡しても、そこに居るのはリリーだけ。
あの美しい姉の姿など、在るはずもなく。
「情けない」
苦笑いを浮かべ、そう呟くと、リリーは軽い眠気におそわれ小さく欠伸をした。
* * *
――この時、影で動く者は数知れず。世闇に限らず、アーリアの世界各地に息を潜める様々な住人達は、この報復戦争を前にして、どう動くべきかざわめきあっていた。ある者は傍観者を貫き、またある者は参戦を決意した。
とある町、とある港の静かな朝であった。空は高く、鳥はすました声で謳う。
しかし、静寂をいとも簡単に切り崩し、髭をたくわえた男が血走った眼で紙束を配り続けていた。
「号外! 号外! ついに戦争だ! 悪魔と竜が手を組んだぞ!」
規則正しい煉瓦道を、バタバタと踏みつけながら走る。彼がまき散らす新聞を、人々は我先にと手に取った。
そこには、一面に描かれた竜の紋様。彼の竜王を顕す禍々しい黒。その竜族の長カイムから、ヴァイスの同盟軍として参戦することを宣言した書面が届いたのは深夜の事だった。
空と大地を支配する力あれど、今まで味方をすることなどなかった竜族。人とは一線を画し、おとぎ話の存在のように扱われていた筈の種族。目覚めれば、世界を支配するであろうと呼び声の高い竜族。
彼らがヴァイス側につくことで戦力差は劇的に変化する。人々の恐怖は、一気に高まった。紙面を見つめたまま動かぬもの、何かに気付いたように駆けだす商人。互いに情報を交換しながら、神妙な顔でうなだれる老人たち。平和であった国家に注ぎ込まれた戦火の足音は、民の心に影を落とした。
そんな市街の様子を、じっと見つめている男がいた。路地裏からその薄暗い壁越しに、聞き耳を立てている。正体を見せないよう深く被りこんだ灰のローブ。微かに見える瞳は、蒼く輝いている。
男はじっと息を潜めていたが、背後に現れた人物により、その緊張は解かれた。
現れたのは、小柄の少年だった。顔の半分を黒い覆面で隠していたが、すっと顔を見せて膝を着いた。
少年の礼儀に応えるように、男はローブを脱いだ。涼し気な目元は蒼く、少年を見据えて柔らかく緩んだ。
「ウェラーか」
「探しましたよ、昴様」
「すまないな」
「予定の場所にいらっしゃらなかったので何かあったのかと思いました。どうなされたのですか?」
昴と呼ばれた男は薄く微笑むと、市街の方を目で指した。
「混乱が広がっている。宿のように逃げ場がない場所では落ち着かなかった」
「……それは分かりますが、探すこちらの身にもなってください」
「だが見つけられただろう」
満足気に言う昴に、ウェラーは諦めたように首を振る。そして懐から、二つ折りの小さな紙を取り出すと、昴に手渡した。
「詩帆からの報告を持って参りました」
紙を受け取った昴は、すぐにそれを開く。昴が目を通しているのを確認しながら、ウェラーは続けた。
「街に偵察に伺った所、すでにリュシアナ王国聖騎士師団の姿無く、師団長の姿も確認できませんでした。しかし、足取りを追った所、王国の師団は全て国境アルゲオ山脈ふもとに集結。先日の"不思議な蒼い光"を警戒してか、今日行う予定だった国境越えを中断、明日、新しく作戦を行う模様です」
「そうか」
「そして、……アメリ様と思われる女性を確認したそうです」
僅かに昴の眉が潜むのを、ウェラーは見逃さなかった。弾かれたように、昴に向けて顔を上げた。
「恐れながら昴様!」
「なんだ」
「まさか、戦に参加するおつもりですか?」
無言を返す昴に、ウェラーは激しく追撃の言葉を浴びせた。
「私は、戦は嫌です! 我が部下も、昴様方の為に死ぬるなら本望! しかし……この戦は人間と悪魔の小競り合い! 放っておくのがよいかと!」
だが昴は何も語らない。その蒼い瞳は、冷たく輝いている。
「昴様……」
懇願するようにウェラーが名を呼ぶと、昴はやっと重い口を開いた。
「案ずるな。この戦、世闇一族は関わるつもりはない」
「昴様!」
「里にはまだ幼い者もいる。一族を率いるなどということはしない」
その言葉を聞き、ウェラーの顔が安堵から緩む。
「それでは……」
だが、その期待は一瞬でかき消された。
「血を見るのは俺だけで十分だ」
「なッ!?」
無表情だが自信ありげに答える昴を見て、ウェラーはわなわなと体を震わせた。
「何を仰るのです! たった今"戦ワズ"の誓いを口にしたところでは!」
「ああ」
「昴様! 世闇の長の貴方がそのようなことではどうなさるのですか!」
すると、昴は腰に携えた刀に手をやり、ちきりと音を鳴らした。微かに月明かりの中に光るそれは、まるで火を灯したかのように赤い光を放つ。
「す……、昴様」
「悪いなウェラー。この刀を持った俺は、世闇でもなんでもない。流浪者だ」
「し、しかし貴方様に何かあれば、我らは」
「俺のような半端者が一人いなくなったとしても問題はない」
「……どちらに、行かれるおつもりですか」
「さあ、な」
「昴様! お待ち下さい昴様!」
ウェラーが尚止めようとしても、昴は彼に背中を向けそれをさせなかった。
こちらを振り返りもせず路地裏の闇に溶けるようにして消えた昴を見ながら、仕方なく舌打ちをしたウェラーは、彼が何をするのか悟り、急いでその場を離れた。
* * *
同刻、リュシアナとヴァイスの国境アルゲオ山脈。その聖王国側の麓。
リリーの放った蒼い光を警戒した聖王国軍第一陣は、突然の待機により暇を持て余していた。
野営地では各々がテントを張り、食事を取る者、武器を磨く者様々であった。辺りは朝日に白み始め、少し冷たい風が吹き荒ぶ。早朝の空気は、この北の大地では更に厳しいものと変わる筈だったが、今は違う。
まるで、すぐそこに太陽が迫っているかのように温かい光が目覚め始めていた。
太陽に目を細めながら、銀髪の少年が欠伸をする。うーんと背を伸ばすと、辺りを見回した。
「あ、アメリおはよう!」
「おはようございますジークフリード」
アメリが薙刀を磨いていると、無邪気な笑顔を見せながらジークフリードが近づいてきた。
地面に腰を下ろしたジークフリードは、好奇心いっぱいの表情でそれを見つめる。
「何してるの?」
アメリは木製の椅子に腰を掛け、薙刀を膝に乗せている。
「貴方も暇があるなら、剣を磨きなさいな」
アメリは薙刀を傾け、美しい乱紋を見せる切っ先を確認する。
「ああ、僕はこないだ王都で研いだばっかだからいいんだよ」
「自分の武器は常に大事にしなくてはいけませんわよ」
「うるさいな~。ちゃんと鍛冶屋でやってもらったんだから平気だよ」
ジークフリードがしかめっ面で頬を丸く膨らます。それを横目しながらアメリはくすっと笑い、再び長刀に視線を戻した。
「鍛冶屋とは、あの有名な鍛冶屋かしら?」
「そう、あんな汚いのに兵士に大人気のあの鍛冶屋!」