第四話「反逆の産声、黒き羽音」
「あと、その、甘いと思われるかもしれないけど、できれば……自分の事を一番に大事にしてほしい」
リリーの脳裏に浮かんでいたのはセイレ、そしてヒルのかつての大切な人だったと聞いたマイアの事。
もう誰かの人生を踏み台にして生きたくはない。そう決意したリリーの顔は、揺るぎない意志により凛と引き締まっていた。
レオンはかなり驚いた表情をしていたのだが、長い前髪と眼鏡のせいでそれは読みとれなかった。
「陛下……」
「だから陛下はやめてって言」
「リリーちゃんやっさしい~!」
「きゃああ!」
レオンは飛び付くように目の前にいたリリーを抱きしめた。距離が近かったせいもあり、不意打ちをくらったリリーはいとも簡単にレオンの腕の中にすっぽり納まってしまう。嫌がり藻掻くリリーだが、男の力から逃れることは出来ない。
だが、ヒルがそれを傍観するはずもなかった。
「ちょ、待って待って。冗談デスってば」
ヒルの大剣はぴたりとレオンの頭蓋を捉え、そのまま降れば眼鏡だけではなくレオンも真っ二つになるだろう。
「臣下として接するんだよな?」
「……ハイ」
これでもかというくらい輝くような笑顔を見せるヒルだったが、彼の持つ剣はそのままレオンをしっかり捉えており、今にも斬り裂きそうだった。
呆れてその様子を見ていたリリーの背後に、不機嫌そうに眉をしかめた彼が現れた。
「またやってんのかお前ら」
レオンはヒルの剣先を白刃取りしたまま必死に踏ん張っている。ヒルもまた本気なのか冗談なのか、笑顔のままで。そのままレオンを真っ二つに斬り捨ててしまいそうな勢いで剣を持っている。
屋敷の主人であるライザーは、玄関先で騒ぐ二人を怪訝そうに見やり、関わりたくないと言わんばかりに腕を組み事なきを終えるのを待った。
しかし、自分が横に立ったことにより居心地悪そうにするリリーに気づくと、ライザーはふんと鼻を鳴らした。
「誓約したんだな」
「ええ、まあ」
「そうか」
「お前は、構わないのか」
言いにくそうにリリーが尋ねると、ライザーはふっと小さくため息を洩らす。
「良いも悪いも、ヒルはお前を認めたんだ。王はお前にしか出来ねえんだよ」
「私にしか?」
「俺は認められなかった」
柔らかな風が吹き、ライザーの髪をさらさらと揺らした。リリーはライザーの横顔をじっと見つめる。すると、彼は少し目を細めリリーを見つめ返してきた。
「お前にはその資格があったんだろ。俺の意見なんざ気にするこたねーよ」
「……ごめんなさい」
リリーが少し悲しそうに眉をひそめると、ライザーはぎょっとして慌てて言葉を被せた。
「ばっ、だからそうじゃねーよ! 何勘違いしてんだ!」
ライザーはふいっと反対方向に顔を背ける。
「気にすんなっつってんだよ。なんで謝んだよ馬鹿か」
彼らしく、不器用な言葉だった。微かに頬を赤くし喋るライザーの横顔を見ていると、リリーはその真意に気づき自然に微笑むことができた。
「っ……いつまでやってんだヒル、レオン!」
状況に耐えかねたのかライザーはリリーから離れずんずん歩いてヒル達の方に行ってしまった。
「変な奴……」
ふいに風が吹き、誘われるようにリリーは空を見上げた。雲はひとつもなく、あの黒雲を取り除き大地を蘇らせたのが自分の力だなんて。にわかには信じがたいが、現実にそうなっているので認めざるをえない。
「ただの下級聖騎士が亡国の王」
この広い大地がすべて自分の守るべき場所。こ
れからはしっかりしなければ。もうその場の感情に振り回されたりしない。
私を信じて待っていてくれた彼女や彼等、姉さん。そしてまだ見ぬ民の未来の為にも。
バロン議長。アルフレッド。貴様たちの好きにさせるわけにはいかない。ぐっと拳を握りしめる。もう迷わない、恐れない。
私は、王として生きよう。それが運命なのだと諦めるんじゃない。それが私の生きる意味だと、胸を張って言えるから。
「ヒル、ライザー、レオン」
リリーが声をかけると、三人はぴたりと動きを止め向き直った。
「どうした?」
「なんデスかリリーちゃん」
「あんだよ」
リリーはすうっと目を閉じた。そして心の奥から自然とわいてきた言葉を素直に口にした。
「よろしく、お願い……します」
そこには、聖騎士リリーではなく、新たな志を持ったリリーが居た。
しかし、リリーはハッとして口を押さえた。何故か素直にそんな言葉を言ってしまった自分にとまどい目を泳がせる。やけに穏やかに微笑むヒルが鼻についた。
「……何」
「俺は何も言ってないが」
白々しいヒルに、リリーは赤面する。ライザーに至ってはかなりきょとんした顔をしていたので、もうリリーはどうしようもなくなってしまった。
「レオン!」
「ハイハイ! なんデスか!?」
「その、私に色々教えてくれる?」
「え、それって男女のこととか……男女のこととかデスか!!」
「違う! 政治とか色々だ!」
八つ当たり混じりにそう言うと、リリーはさっさと屋敷の中に足を向けた。
おかしい。こんな私はおかしい。なんだってこんな子供のようになってしまうんだろう。大体、自分の本当の気持ちを素直に口にするなどあの頃以来だ。
そこまで考えて、リリーは急にハッとした。
そうか。今いる"この場所"。ここが本来、わたしが居るべき場所なんだ。
居場所を求め彷徨っていた自分がやっと見つけた"自分"を必要としてくれる場所。リリーは何か心が軽くなるのを感じた。鎖がひとつ外れたような感覚、無意識に自身の胸元に手をやる。
「リリーちゃん?」
「あ……いや、なんでもない」
レオンが不思議そうに尋ねてきたので、リリーは平静を取り戻した。
「なんだそれ。急にやる気になってんじゃねーか」
ライザーが眉をひそめ言い放つと、ヒルがすかさず補完をする。
「頑張ろうとしているんだよな」
「あ、うん。私は聖騎士だったけど、軍の士官学校や一般の学校に行ったわけではないから」
「あ? そうなのか」
「小さい頃は家庭教師がいたからいいけど、世間のことは知らないことが多い」
「ふうん。まあそんな感じだよな。気ぃ強そうなのにしょぼいっつうか」
リリーがきっとライザーを睨みつけると、すかさずレオンが口を挟んだ。
「ライザー君は俺という家庭教師がいても授業をお昼寝の時間か何かと思ってマシたからね」
レオンが眼鏡を光らせる。するとライザーは慌てて後ずさりながら弁解の言葉を口にした。
「テメェの講義は小難しくてわけわかんねぇんだよ! 魔導術なんか特にだ!」
「あれでもかなり簡単に講義をしてたんデスよ。まったく君は昔からサボり癖がある。誰に似たんデショーねえ」
「寝てたのは俺だけじゃねえ!」
二人が言い争っているのをただ傍観しているヒルに、リリーは問いかけた。
「ライザーは魔導師なの?」
「あん?」
「レオンは軍師宰相で、ヒルは軍の指揮官で合っている?」
上目遣いに見ると、ヒルはにっこりと微笑んだ。
「ああ正解だ。ライザーは剣が苦手でな。だが魔導術だけならなかなかだぞ」
確かに、彼が剣を持ち歩いている様子は見受けられない。
「ちなみに、ライザーは詠唱無しで魔導術を使える。ただやはり杖などの媒介は必要だが……まあそこらへんは専門的な話になってくるな」
「ところで、リリーちゃん中に入ったらどうデスか? 体冷えてマセン?」
気温は暖かいが、確かに少し背中が寒い。北からの風だろうか。
思わず鼻をすすったリリーに、ヒルが笑いかけた。
「中に入れば、誰かしら侍女がいる。すまないが、先に入っていてくれるか?」
軽く背中を押され、リリーは頷いた。ちら、とヒルを見上げると、やはり優しい笑顔で応える。妙に居心地が悪くなったリリーは、そそくさと屋敷の中へと入った。
扉を閉めると、中はふんわりと暖かかった。何人かの女性が、屋敷の窓の水滴を一所懸命に拭いている。そんな様子を横目に廊下を歩いていると、メイドのミリアが声をかけてきた。
「リリー様」
「えっと……ミリア」
「はい、ミリアです。おはようございますリリー様」
そうだ、確かミリア・ペリドット。美味しい紅茶を淹れてくれたあの侍女だ。
編み込んで後ろで纏められた栗色の髪。大きな銀色の瞳は落ち着いた大人の女性の雰囲気がある。
リリーの脳裏に浮かんでいたのはセイレ、そしてヒルのかつての大切な人だったと聞いたマイアの事。
もう誰かの人生を踏み台にして生きたくはない。そう決意したリリーの顔は、揺るぎない意志により凛と引き締まっていた。
レオンはかなり驚いた表情をしていたのだが、長い前髪と眼鏡のせいでそれは読みとれなかった。
「陛下……」
「だから陛下はやめてって言」
「リリーちゃんやっさしい~!」
「きゃああ!」
レオンは飛び付くように目の前にいたリリーを抱きしめた。距離が近かったせいもあり、不意打ちをくらったリリーはいとも簡単にレオンの腕の中にすっぽり納まってしまう。嫌がり藻掻くリリーだが、男の力から逃れることは出来ない。
だが、ヒルがそれを傍観するはずもなかった。
「ちょ、待って待って。冗談デスってば」
ヒルの大剣はぴたりとレオンの頭蓋を捉え、そのまま降れば眼鏡だけではなくレオンも真っ二つになるだろう。
「臣下として接するんだよな?」
「……ハイ」
これでもかというくらい輝くような笑顔を見せるヒルだったが、彼の持つ剣はそのままレオンをしっかり捉えており、今にも斬り裂きそうだった。
呆れてその様子を見ていたリリーの背後に、不機嫌そうに眉をしかめた彼が現れた。
「またやってんのかお前ら」
レオンはヒルの剣先を白刃取りしたまま必死に踏ん張っている。ヒルもまた本気なのか冗談なのか、笑顔のままで。そのままレオンを真っ二つに斬り捨ててしまいそうな勢いで剣を持っている。
屋敷の主人であるライザーは、玄関先で騒ぐ二人を怪訝そうに見やり、関わりたくないと言わんばかりに腕を組み事なきを終えるのを待った。
しかし、自分が横に立ったことにより居心地悪そうにするリリーに気づくと、ライザーはふんと鼻を鳴らした。
「誓約したんだな」
「ええ、まあ」
「そうか」
「お前は、構わないのか」
言いにくそうにリリーが尋ねると、ライザーはふっと小さくため息を洩らす。
「良いも悪いも、ヒルはお前を認めたんだ。王はお前にしか出来ねえんだよ」
「私にしか?」
「俺は認められなかった」
柔らかな風が吹き、ライザーの髪をさらさらと揺らした。リリーはライザーの横顔をじっと見つめる。すると、彼は少し目を細めリリーを見つめ返してきた。
「お前にはその資格があったんだろ。俺の意見なんざ気にするこたねーよ」
「……ごめんなさい」
リリーが少し悲しそうに眉をひそめると、ライザーはぎょっとして慌てて言葉を被せた。
「ばっ、だからそうじゃねーよ! 何勘違いしてんだ!」
ライザーはふいっと反対方向に顔を背ける。
「気にすんなっつってんだよ。なんで謝んだよ馬鹿か」
彼らしく、不器用な言葉だった。微かに頬を赤くし喋るライザーの横顔を見ていると、リリーはその真意に気づき自然に微笑むことができた。
「っ……いつまでやってんだヒル、レオン!」
状況に耐えかねたのかライザーはリリーから離れずんずん歩いてヒル達の方に行ってしまった。
「変な奴……」
ふいに風が吹き、誘われるようにリリーは空を見上げた。雲はひとつもなく、あの黒雲を取り除き大地を蘇らせたのが自分の力だなんて。にわかには信じがたいが、現実にそうなっているので認めざるをえない。
「ただの下級聖騎士が亡国の王」
この広い大地がすべて自分の守るべき場所。こ
れからはしっかりしなければ。もうその場の感情に振り回されたりしない。
私を信じて待っていてくれた彼女や彼等、姉さん。そしてまだ見ぬ民の未来の為にも。
バロン議長。アルフレッド。貴様たちの好きにさせるわけにはいかない。ぐっと拳を握りしめる。もう迷わない、恐れない。
私は、王として生きよう。それが運命なのだと諦めるんじゃない。それが私の生きる意味だと、胸を張って言えるから。
「ヒル、ライザー、レオン」
リリーが声をかけると、三人はぴたりと動きを止め向き直った。
「どうした?」
「なんデスかリリーちゃん」
「あんだよ」
リリーはすうっと目を閉じた。そして心の奥から自然とわいてきた言葉を素直に口にした。
「よろしく、お願い……します」
そこには、聖騎士リリーではなく、新たな志を持ったリリーが居た。
しかし、リリーはハッとして口を押さえた。何故か素直にそんな言葉を言ってしまった自分にとまどい目を泳がせる。やけに穏やかに微笑むヒルが鼻についた。
「……何」
「俺は何も言ってないが」
白々しいヒルに、リリーは赤面する。ライザーに至ってはかなりきょとんした顔をしていたので、もうリリーはどうしようもなくなってしまった。
「レオン!」
「ハイハイ! なんデスか!?」
「その、私に色々教えてくれる?」
「え、それって男女のこととか……男女のこととかデスか!!」
「違う! 政治とか色々だ!」
八つ当たり混じりにそう言うと、リリーはさっさと屋敷の中に足を向けた。
おかしい。こんな私はおかしい。なんだってこんな子供のようになってしまうんだろう。大体、自分の本当の気持ちを素直に口にするなどあの頃以来だ。
そこまで考えて、リリーは急にハッとした。
そうか。今いる"この場所"。ここが本来、わたしが居るべき場所なんだ。
居場所を求め彷徨っていた自分がやっと見つけた"自分"を必要としてくれる場所。リリーは何か心が軽くなるのを感じた。鎖がひとつ外れたような感覚、無意識に自身の胸元に手をやる。
「リリーちゃん?」
「あ……いや、なんでもない」
レオンが不思議そうに尋ねてきたので、リリーは平静を取り戻した。
「なんだそれ。急にやる気になってんじゃねーか」
ライザーが眉をひそめ言い放つと、ヒルがすかさず補完をする。
「頑張ろうとしているんだよな」
「あ、うん。私は聖騎士だったけど、軍の士官学校や一般の学校に行ったわけではないから」
「あ? そうなのか」
「小さい頃は家庭教師がいたからいいけど、世間のことは知らないことが多い」
「ふうん。まあそんな感じだよな。気ぃ強そうなのにしょぼいっつうか」
リリーがきっとライザーを睨みつけると、すかさずレオンが口を挟んだ。
「ライザー君は俺という家庭教師がいても授業をお昼寝の時間か何かと思ってマシたからね」
レオンが眼鏡を光らせる。するとライザーは慌てて後ずさりながら弁解の言葉を口にした。
「テメェの講義は小難しくてわけわかんねぇんだよ! 魔導術なんか特にだ!」
「あれでもかなり簡単に講義をしてたんデスよ。まったく君は昔からサボり癖がある。誰に似たんデショーねえ」
「寝てたのは俺だけじゃねえ!」
二人が言い争っているのをただ傍観しているヒルに、リリーは問いかけた。
「ライザーは魔導師なの?」
「あん?」
「レオンは軍師宰相で、ヒルは軍の指揮官で合っている?」
上目遣いに見ると、ヒルはにっこりと微笑んだ。
「ああ正解だ。ライザーは剣が苦手でな。だが魔導術だけならなかなかだぞ」
確かに、彼が剣を持ち歩いている様子は見受けられない。
「ちなみに、ライザーは詠唱無しで魔導術を使える。ただやはり杖などの媒介は必要だが……まあそこらへんは専門的な話になってくるな」
「ところで、リリーちゃん中に入ったらどうデスか? 体冷えてマセン?」
気温は暖かいが、確かに少し背中が寒い。北からの風だろうか。
思わず鼻をすすったリリーに、ヒルが笑いかけた。
「中に入れば、誰かしら侍女がいる。すまないが、先に入っていてくれるか?」
軽く背中を押され、リリーは頷いた。ちら、とヒルを見上げると、やはり優しい笑顔で応える。妙に居心地が悪くなったリリーは、そそくさと屋敷の中へと入った。
扉を閉めると、中はふんわりと暖かかった。何人かの女性が、屋敷の窓の水滴を一所懸命に拭いている。そんな様子を横目に廊下を歩いていると、メイドのミリアが声をかけてきた。
「リリー様」
「えっと……ミリア」
「はい、ミリアです。おはようございますリリー様」
そうだ、確かミリア・ペリドット。美味しい紅茶を淹れてくれたあの侍女だ。
編み込んで後ろで纏められた栗色の髪。大きな銀色の瞳は落ち着いた大人の女性の雰囲気がある。