第四話「反逆の産声、黒き羽音」
光を受けたその世界に、暗雲がのしかかる時。
そうなるほどに、人は希望を抱く。人は恐れない。人は、空を見上げる。
どこまでも、曇ることのない輝かしい彼らの瞳を見る度に、私はいつも言い知れぬ不安に苛まれる。
彼らこそが光で、まるで私が影であるかのように。
ならば何故、我らは――。
聖騎士に、裏切り者が出た。悪魔に味方し、王国に反旗を翻す。
リュシアナ国民、そして信心深い人々の間には瞬く間に怒りが広がった。
「アストレイアが殺されたというのに、一体どういうことだ!」
「誰だ! 裏切り者は誰だ!」
「ウルビアだと!?」
裏切り者の名を聞いた人々は、少なからず動揺した。しかし、その名が広がるよりも早く、人々の間に憎しみの炎が飛び火する。
負の感情で団結した人々の声は盲目的に広がり、何もせずとも、リリーは世界の敵へと変わっていく。
期待は憎しみに変わり、希望は恐れへと変貌し、通り過ぎる声の多くが、過剰なまでに互いを貶め合うものだった。
疑問を抱くものはいなかった。考えることをするものは、いたのかもしれない。
だが、「悪魔」という存在はそれほどまでに恐ろしく、人を脅かす「敵」でしかなかったのだ。
そんなヴァイスの異変を、世界が見逃すことはなかった。
アルゲオ山脈の向こう側、遙か空へと伸びた光の筋は、リュシアナ王都からも見ることができた。情報は規制され、一般兵や中級以下の聖騎士には、悪魔の仕業であるが、調査中とだけ伝えられた。
「綺麗な光だったねえ……」
豪華なシャンデリアが光を揺らす執務室の中、机に広げられている地図に指を差しながら、アルフレッドは呟いた。
地図上には、並ぶように小さな鏡のような物が二つほど並べられている。銀の鎖が揺らぐそれは、一見すれば懐中時計のようにも思える。
鏡の部分には、遠く離れた街にいる筈の、ジークフリードとアメリの姿が映し出されていた。
「朝からすまないね、二人とも」
アルフレッドが薄く笑む。
「いいえ陛下。ですが、見たこともない光でしたわ。あれは一体……」
アメリがそう言うと、ジークフリードが続けて笑う。
「魔導術じゃない感じだよね。魔導元素も、精霊の気配もしなかった。おかしいよね」
「アルゲオ周辺の雪が急速に溶けているそうです。山脈近くの村では、季節外れの春の花が咲き始めたとか」
シュナイダーは、地図上のヴァイスの位置を指差す。
「正体が分からないまま、ヴァイスに進軍するのは危険かと」
「ふうん」
アルフレッドが首を傾げる。すると、けたたましく扉が開く音がした。
扉の向こうからは、見栄えの良い白軍服の女性が踵を鳴らしながら現われた。
「進退を陛下に提案するのは貴公ではない」
意志の強い眉を吊り上げながら、マリアベルが場に現われた。付き人が背後の扉を閉め退出するのを待った後、シュナイダーをきっと睨んだ。
「あれは魔導術でも、神術でも、古代魔導術でもないと、ノーブルの観測所から伝達が入った。しかもその光によりヴァイス、アルゲオ山脈の凍土が溶けて植物が活性化していることも既に知っている」
「では、進軍は」
「貴公があれに何を感じたかは知らないが、恐れることはない」
マリアベルは顎を引き、シュナイダーを見上げる。不遜な瞳に、シュナイダーは表情を険しくした。
「でもさ、あの光。なんだか綺麗だったよね」
場を読まず、ジークフリードが言う。
「ジークフリード、不謹慎ですわよ」
「だって本当のことだし。大佐だってちょっとそう思ったでしょ?」
ふてくされたジークフリードが視線を遣る。
「綺麗などと……」
シュナイダーは慌てて真っ向から否定をする。動揺の色は隠せていない。
「つまらん話をするな。陛下の御前だ」
マリアベルが無感情に一喝すると、場は一気に凍り付き静かになった。
「ところでマリアベル、君は? 私に、何か言いたい事があるのかなと思ったんだけど」
「はい、陛下」
マリアベルは静かに頭を下げると、地図上にダイヤ型の駒を乗せた。ひとつはクリスタルの駒、ひとつは黒き竜の紋様が描かれた駒だ。そして最後に、赤き竜の紋様が描かれた駒を出した。
それぞれをヴァイスに集めた彼女は、静かにアルフレッドを見つめる。
「ノーブル皇国から、彼の者が派遣されるそうで」
「へえ……」
皇国の名前が出た途端に、ジークフリードの表情が凍りつく。
「聞いてないんだけど」
「貴公のところに連絡は来ていないのか。この作戦が始まる前に通達があったぞ」
マリアベルがそう言うと、ジークフリードはべっと舌を出す。
「僕はもう関係ないんだよ」
「しかしノーブルが彼を寄越すなんて、どうしたんだろうね。もしかして、内戦の鎮圧が終わったのかな?」
アルフレッドが首を傾げる。
「報告によれば“竜”が動いたとか。それが理由の全てかと」
「そうか、なるほどね。さすがノーブルの皇帝は手回しが早いねえ」
「あの国の皇帝が考えていることなど、愚にもつかないことかと」
「そうかい」
心を見せぬ端的な返事であったが、マリアベルは納得したような笑みを返す。
「では、聖騎士両名に命じる。迅速に任務を遂行し、悪魔、並びに奴らに協力する勢力を根絶やしにすることを義務づける。よいか?」
「ええ、承知致しました」
「は~い」
口調もまばらに、アメリとジークフリードは返事をする。
マリアベルは淡々とした顔で頷き返す。だが不意に、手に持っていた軍帽を被ると、その外見からは想像もつかないような殺意のこもった声でこう続けた。
「それと、裏切り者リリーはすぐに始末しろ。生かすな、殺せ」
アメリはぞくりと背中に冷たいものが走るのを感じた。それは、ジークフリードやシュナイダーも同じく感じていた。
「超怖い」
ジークフリードは小さく頷く。マリアベルがきっと睨むと、その場でいかにも軍人らしい態度の敬礼を見せた。そしてつかつかとまた部屋を出ていった。
白い軌跡を残しながら退室した彼女を目で見送ったアルフレッドは、ひどく満足げに笑んでいた。
「じゃあそろそろ私も失礼しよう。あとは頼んだよ」
続けてアルフレッドが席を立った。従者が付き従い、扉をさっと開く。
去り際にシュナイダーの肩を叩き、意味深な笑みを残した。
アルフレッドがいなくなるまで頭を下げていたシュナイダーだったが、ふうと息をもらしながら姿勢を戻す。それを見計らったジークフリードは、待ちかねていたように口を開いた。
「ねえねえ大佐、あのマリアベルってお姉さん何? 急に出てきて作戦指揮官ってすごくない?」
「さあ、詳しくは私も知らぬ。彼女は少佐であったが、先日突然、大佐まで昇格したのだ。確かに士官学校では天才と名高い少女だったらしいが……私もそう親しいわけではないのでな」
「大佐って噂話とかしなさそうだもんね。鈍感っぽいし」
「鈍感は余計だ」
「見た目はお美しいですけど、どことなく……変わった雰囲気がありますわね」
アメリはそう言って、首を傾げた。
「だよね~。でもさ、アーリアでの見た目なんて信用できないじゃん? あれで実は百歳越えてました~とかだったら僕怖いな~」
「そういう問題でしょうか」
「さあ、雑談に花を咲かせている暇は無いぞ、英雄聖騎士殿たち。私たちも、準備に取り掛かろう」
シュナイダーがそう促すと、二人は静かに頷き、各々の受け持つ軍の戦闘準備に向かった。
人気の無い、王城の一角。朝陽がまだ白く光るその部屋で、マリアベルは周りを気にしながら、小さな金縁の手鏡に向かって喋っていた。だが、独り言を言っているわけではないらしい。その鏡からは、すぐに返事の言葉が返ってきた。
「マリアベルか。さっきの様子だと、この魔導通信機械の調子は良いようだ」
「はい。まだ一般には普及しておりませんが、魔導元素さえ一定量満ちていれば、このように遠方であっても対話を行うことが可能です」
「偉い偉い。君は有能だな。いや、開発者もか。彼にもよろしく伝えてくれ」
会話の相手は、あのアルフレッド王。マリアベルは畏まった口調で報告を続けた。
「かしこまりました。その他、住民から王国軍に対する苦情は無し。兵糧の心配もございません。作戦はこのまま実行する予定です。よろしいでしょうか」
「ああ、そうだね。そうしてくれるか」
そうなるほどに、人は希望を抱く。人は恐れない。人は、空を見上げる。
どこまでも、曇ることのない輝かしい彼らの瞳を見る度に、私はいつも言い知れぬ不安に苛まれる。
彼らこそが光で、まるで私が影であるかのように。
ならば何故、我らは――。
聖騎士に、裏切り者が出た。悪魔に味方し、王国に反旗を翻す。
リュシアナ国民、そして信心深い人々の間には瞬く間に怒りが広がった。
「アストレイアが殺されたというのに、一体どういうことだ!」
「誰だ! 裏切り者は誰だ!」
「ウルビアだと!?」
裏切り者の名を聞いた人々は、少なからず動揺した。しかし、その名が広がるよりも早く、人々の間に憎しみの炎が飛び火する。
負の感情で団結した人々の声は盲目的に広がり、何もせずとも、リリーは世界の敵へと変わっていく。
期待は憎しみに変わり、希望は恐れへと変貌し、通り過ぎる声の多くが、過剰なまでに互いを貶め合うものだった。
疑問を抱くものはいなかった。考えることをするものは、いたのかもしれない。
だが、「悪魔」という存在はそれほどまでに恐ろしく、人を脅かす「敵」でしかなかったのだ。
そんなヴァイスの異変を、世界が見逃すことはなかった。
アルゲオ山脈の向こう側、遙か空へと伸びた光の筋は、リュシアナ王都からも見ることができた。情報は規制され、一般兵や中級以下の聖騎士には、悪魔の仕業であるが、調査中とだけ伝えられた。
「綺麗な光だったねえ……」
豪華なシャンデリアが光を揺らす執務室の中、机に広げられている地図に指を差しながら、アルフレッドは呟いた。
地図上には、並ぶように小さな鏡のような物が二つほど並べられている。銀の鎖が揺らぐそれは、一見すれば懐中時計のようにも思える。
鏡の部分には、遠く離れた街にいる筈の、ジークフリードとアメリの姿が映し出されていた。
「朝からすまないね、二人とも」
アルフレッドが薄く笑む。
「いいえ陛下。ですが、見たこともない光でしたわ。あれは一体……」
アメリがそう言うと、ジークフリードが続けて笑う。
「魔導術じゃない感じだよね。魔導元素も、精霊の気配もしなかった。おかしいよね」
「アルゲオ周辺の雪が急速に溶けているそうです。山脈近くの村では、季節外れの春の花が咲き始めたとか」
シュナイダーは、地図上のヴァイスの位置を指差す。
「正体が分からないまま、ヴァイスに進軍するのは危険かと」
「ふうん」
アルフレッドが首を傾げる。すると、けたたましく扉が開く音がした。
扉の向こうからは、見栄えの良い白軍服の女性が踵を鳴らしながら現われた。
「進退を陛下に提案するのは貴公ではない」
意志の強い眉を吊り上げながら、マリアベルが場に現われた。付き人が背後の扉を閉め退出するのを待った後、シュナイダーをきっと睨んだ。
「あれは魔導術でも、神術でも、古代魔導術でもないと、ノーブルの観測所から伝達が入った。しかもその光によりヴァイス、アルゲオ山脈の凍土が溶けて植物が活性化していることも既に知っている」
「では、進軍は」
「貴公があれに何を感じたかは知らないが、恐れることはない」
マリアベルは顎を引き、シュナイダーを見上げる。不遜な瞳に、シュナイダーは表情を険しくした。
「でもさ、あの光。なんだか綺麗だったよね」
場を読まず、ジークフリードが言う。
「ジークフリード、不謹慎ですわよ」
「だって本当のことだし。大佐だってちょっとそう思ったでしょ?」
ふてくされたジークフリードが視線を遣る。
「綺麗などと……」
シュナイダーは慌てて真っ向から否定をする。動揺の色は隠せていない。
「つまらん話をするな。陛下の御前だ」
マリアベルが無感情に一喝すると、場は一気に凍り付き静かになった。
「ところでマリアベル、君は? 私に、何か言いたい事があるのかなと思ったんだけど」
「はい、陛下」
マリアベルは静かに頭を下げると、地図上にダイヤ型の駒を乗せた。ひとつはクリスタルの駒、ひとつは黒き竜の紋様が描かれた駒だ。そして最後に、赤き竜の紋様が描かれた駒を出した。
それぞれをヴァイスに集めた彼女は、静かにアルフレッドを見つめる。
「ノーブル皇国から、彼の者が派遣されるそうで」
「へえ……」
皇国の名前が出た途端に、ジークフリードの表情が凍りつく。
「聞いてないんだけど」
「貴公のところに連絡は来ていないのか。この作戦が始まる前に通達があったぞ」
マリアベルがそう言うと、ジークフリードはべっと舌を出す。
「僕はもう関係ないんだよ」
「しかしノーブルが彼を寄越すなんて、どうしたんだろうね。もしかして、内戦の鎮圧が終わったのかな?」
アルフレッドが首を傾げる。
「報告によれば“竜”が動いたとか。それが理由の全てかと」
「そうか、なるほどね。さすがノーブルの皇帝は手回しが早いねえ」
「あの国の皇帝が考えていることなど、愚にもつかないことかと」
「そうかい」
心を見せぬ端的な返事であったが、マリアベルは納得したような笑みを返す。
「では、聖騎士両名に命じる。迅速に任務を遂行し、悪魔、並びに奴らに協力する勢力を根絶やしにすることを義務づける。よいか?」
「ええ、承知致しました」
「は~い」
口調もまばらに、アメリとジークフリードは返事をする。
マリアベルは淡々とした顔で頷き返す。だが不意に、手に持っていた軍帽を被ると、その外見からは想像もつかないような殺意のこもった声でこう続けた。
「それと、裏切り者リリーはすぐに始末しろ。生かすな、殺せ」
アメリはぞくりと背中に冷たいものが走るのを感じた。それは、ジークフリードやシュナイダーも同じく感じていた。
「超怖い」
ジークフリードは小さく頷く。マリアベルがきっと睨むと、その場でいかにも軍人らしい態度の敬礼を見せた。そしてつかつかとまた部屋を出ていった。
白い軌跡を残しながら退室した彼女を目で見送ったアルフレッドは、ひどく満足げに笑んでいた。
「じゃあそろそろ私も失礼しよう。あとは頼んだよ」
続けてアルフレッドが席を立った。従者が付き従い、扉をさっと開く。
去り際にシュナイダーの肩を叩き、意味深な笑みを残した。
アルフレッドがいなくなるまで頭を下げていたシュナイダーだったが、ふうと息をもらしながら姿勢を戻す。それを見計らったジークフリードは、待ちかねていたように口を開いた。
「ねえねえ大佐、あのマリアベルってお姉さん何? 急に出てきて作戦指揮官ってすごくない?」
「さあ、詳しくは私も知らぬ。彼女は少佐であったが、先日突然、大佐まで昇格したのだ。確かに士官学校では天才と名高い少女だったらしいが……私もそう親しいわけではないのでな」
「大佐って噂話とかしなさそうだもんね。鈍感っぽいし」
「鈍感は余計だ」
「見た目はお美しいですけど、どことなく……変わった雰囲気がありますわね」
アメリはそう言って、首を傾げた。
「だよね~。でもさ、アーリアでの見た目なんて信用できないじゃん? あれで実は百歳越えてました~とかだったら僕怖いな~」
「そういう問題でしょうか」
「さあ、雑談に花を咲かせている暇は無いぞ、英雄聖騎士殿たち。私たちも、準備に取り掛かろう」
シュナイダーがそう促すと、二人は静かに頷き、各々の受け持つ軍の戦闘準備に向かった。
人気の無い、王城の一角。朝陽がまだ白く光るその部屋で、マリアベルは周りを気にしながら、小さな金縁の手鏡に向かって喋っていた。だが、独り言を言っているわけではないらしい。その鏡からは、すぐに返事の言葉が返ってきた。
「マリアベルか。さっきの様子だと、この魔導通信機械の調子は良いようだ」
「はい。まだ一般には普及しておりませんが、魔導元素さえ一定量満ちていれば、このように遠方であっても対話を行うことが可能です」
「偉い偉い。君は有能だな。いや、開発者もか。彼にもよろしく伝えてくれ」
会話の相手は、あのアルフレッド王。マリアベルは畏まった口調で報告を続けた。
「かしこまりました。その他、住民から王国軍に対する苦情は無し。兵糧の心配もございません。作戦はこのまま実行する予定です。よろしいでしょうか」
「ああ、そうだね。そうしてくれるか」