第三話「雪原の孤独、薔薇の残り香」

「何をしてるんだ! いきなり態度を変えられても私は困る!」

「俺はお前を認めた。だからこれからは、『家臣』としてお前に接する」

「言う割に早速『お前』と言っているじゃないか!」

「細かいことは気にするな。さて、じゃあ早速「誓約」するか」

「誓約?」

「竜と王が交わす約束のようなものだ」

 頭を傾げるリリー。なんのことやらさっぱり分からない様子でヒルを見る。

「……レオンもそんなこと言っていたな。ヴァイスを守護する竜がいると」

「その竜を王が誓約することにより、王家は魔術や神術を超越した"力"を手に入れることができる」

「やっぱり普通の竜とは違うのか」

「竜にも色々あるんだよ。人間だって色々いるだろ」

「よくわからないけど、つまりそれと誓約をしなければいいのか」

「そういうことだ」

「なら、その竜はどこにいるんだ? すぐに行かないと」

 するとヒルはその問いかけを聞いていないのか、地面に棒きれで何か陣を描き始めた。どうやら魔法陣のようで、かなり大きさがある。二人分くらいは、余裕でおさまるくらいに。

「ヒル、聞いているのか?」

「ああ、その竜はどこにいるんだ、だろ」

 がりがりと地面に音を立て、魔法陣が完成していく。どこか神秘的なその形、竜の形や人の形を象った箇所が見られる。不思議なことに、その周囲の草や雪が焼けたように溶けている。

「出来た」

「なにが」

 ヒルは棒きれをそこらへんに投げ捨てると、魔法陣の中に入り、リリーに手招きをしている。

「誓約するんだろ?」

「…………は?」

「だから、誓約。本当なら民の前で厳かに行うんだが、今は非常事態だ。簡易的だが我慢しろ」

「話が見えないんだけど」

「もうすぐ見えるさ」

 ヒルは魔法陣からでると、リリーの腕をつかみ無理矢理魔法陣の中に引きずり込んだ。

「はっ!? 待て! まさか…………」

 二人が魔法陣の中に入ると、呼応したかのように地面が淡く蒼い光を放つ。
 それは祈りの塔でリリーが放ったあの光に似ていた。二人は両手を繋いだまま向き合い、そのまま陣の中央に立った。

「昔、俺たちは神に命じられてお前たちを庇護した。世界を平和に導く使徒として」

「じゃあ……お前は……」

「俺は、剏竜ヒルシュフェルト。お前を新しきヴァイスの王として認め、ここに誓約を望む」

 ヒルがそう呟くと光は益々輝きを増し、辺り一面、ヴァイスの空にまで柱状に広がった。リリーがその光に戸惑っていると、ヒルは握った手に力を込めた。

「リリー、誓約を望むか? 今ならまだ、やめられる」

「……やめない」

「いいんだな」

「当たり前だ! 私は、剏竜ヒルシュフェルトとの誓約を望む!」

 リリーの声は高らかに響き、蒼い光はまるで命を持ったかのように粒子状になったり帯状になったりしてリリーとヒルの周りを飛び交い始めた。途端、ヒルの体に変化が起きる。ヒルの背中の部分の衣服が破け去り、黒い紋章がそこから腕や頬に浸食するように浮かび上がった。

「ヒル!?」

 リリーは手を繋いだまま心配そうに声を上げたが、それには至らなかった。蒼い光がヒルの体を包むと、黒い刻印はすうっと消え去った。

「心配ない」

「大丈夫、なのね?」

「ああ。これで俺は……お前の物だ」

 二人を包んでいた光が消え去ろうとしたとき、周りの雰囲気が急速に変わっていくことに、リリーは気がついた。

「なんだ?!」

 蒼い光は優しい春の風のようにリリー達から放射線状に広がり始めた。
 その光に触れると、氷に閉ざされていた城、大地はみるみるうちに躍動し本来の姿を取り戻し始めた。
 視界の端で、魔導術の複雑な文字が硝子のように割れていくのが見える。ぱきり、ぱきりと、まるで雪解けの大地のように。
 それはまるで春の訪れを待ちわびていた花が芽吹くが如く、瞬く間にヴァイスを本来の姿に変えていった。

「ヒル! 何が起こっているの!?」

「自覚がないのか。お前のやっていることだ」

「わ、私が!? 氷がみるみる無くなっていく……魔法なの!?」

「いや。お前が持つ、お前だけの力だ」

「私の…………」

「リリー。お前は間違いなく、ヴァイスの王だ」

 光が一層輝きを増し、閃光のように弾けた。
 暫くして、光が止むと、リリーとヒルはその役割を終えた魔法陣の中心でただ立ち尽くしていた。
 リリーはヒルを見つめたまま、ヒルもまた、リリーを見つめたままで。お互いの手を握り合ったまま、互いの命の鼓動を感じていた。

「全てを元に、戻してくれたんだな」

「私は何も……」

「温かくて、優しい力だ。……人が最も、望んだ力だった」

「まだ、わからない。本当に今のは私がやったの?」

「思いのままに力を操るのは難しいだろうが、すぐ操れるようになるさ」

「……出来るかな」

「ああ」

 ヒルの声は、リリーに落ち着きを与える。
 その声に心を傾けていたリリーだったが、ふとあることに気付いた。
 慌ててヒルの手から逃れ、後ずさった。

「リリー?」

 驚いたヒルはリリーに近寄ろうと手を差し伸べたが、当のリリーは首を左右に振りながら顔を赤らめて、更に後ずさる。

「なるほど。初めてだったかリリー」

「手を繋ぐのが、だ! 変な風に言うな!」

 酷い言われようにも関わらずヒルはくすくすと笑うのみで。リリーはそれを見てさらに憤慨した。

「やっぱり、お前は性格が曲がっている」

「はは、手厳しいな」

「……最悪だ」

 リリーはもう諦めたように言い捨てると、話題を変えるために城を指さした。

「ねえヒル、氷が溶けたなら城に入れるんじゃないか?」

「ああ。今行くか?」

 リリーは城へと足を運びかけたが、何故か立ち止まり背を向け首を振った。

「いや……やっぱり、いい」

「いいのか?」

「まだ、彼の娘である“私”に成っていない」

 そう、今は迫り来る人間の軍をなんとかしなければ。
 感傷に浸るのはまだ早い。王になると決意した以上、もう昔のようなその場だけの突発的な感情は捨てなければ。リリーは静かに目を伏せると、父の眠るであろう城に、しばしの別れを告げた。


 * * *


 同時刻、ライザーと共に屋敷で二人の帰りを待ちわびていたライザーは、異変に気づき窓を開け放った。
 レオンもライザーに重なり合うように窓から体を乗り出した。この光の意味を悟り、驚きを隠せない様子で笑顔になった。

「誓約の光デスねえ!」

「ああ……」

「ライザー君は誓約の相手になれなかったのにねえ。なんでダメだったんデショ。あ、男だから?」

「っせえよ。俺には血統の資格はあっても資格がなかっただけだろ」

 ライザーはそう言うと、背を向け部屋のソファに腰掛けた。

「ライザー君……」

「やっぱり、敵討ちなんていう動機じゃ、認めるはずねえか……」

「望みは救済ってことデスかね」

「ああ」

「ヒル君は、マイアちゃんが殺されても相手を憎まなかったからね~。怒りもしない、泣きもしない。……復讐すらしなかった」

「あん時はなんて冷たい奴だって思ったけど、そうじゃねえんだよな」

 レオンは窓を閉め、緑の大地に生まれ変わっていく故郷を硝子越しに見つめる。そして不意にライザーの頭を思い切りこづいた。

「ってえ! なにすんだクソが!」

「これから忙しくなるんデスからしっかりしてクダサイ」

「殴ることねえだろが!」

 頭を押さえながら凄むライザーに向けて、レオンはにっと悪戯な笑顔を見せこう言った。

「君はリリーちゃん同じく、この国に必要な人なんデスから」

「……わあってるよ」

 うつむいたライザーは、どことなく嬉しそうにも見えた。レオンはそれに気づいていたが、あえて触れず、伊達眼鏡をくいとあげると、伸びをしつつ部屋を後にした。
11/12ページ
スキ