第三話「雪原の孤独、薔薇の残り香」
「ここでは、外でレオンが立ち聞きをしている。その、出来れば二人で」
リリーがドアの方を睨むと、レオンは悪びれた様子もなく顔を出し手を振った。
「いやいや、仲間外れは嫌なんデスよ」
「俺も丁度お前に話がある。そうだな……話すには良い場所がある、行こう」
「分かった」
ヒルは、リリーの横をすり抜け執務室を後にした。リリーもすぐに後を追う。立ち去る二人の背中を見つめていたレオンは、やけに嬉しそうな顔で手を振っていた。
「どこへ行くんだ?」
「着けば分かるさ」
ヒルとリリーは、屋敷の裏の馬舎に来ていた。
馬達の様子を確かめながら、一番脚の速そうな馬を選び出し手綱を握る。
ヒルは馬にまたがると、笑顔で自分の前に乗るように促した。手で、馬の背を軽く叩いている。
「馬ぐらい一人で乗れる」
かっとなったリリーは、他の馬の手綱をひこうとした。だが、それをやめさせるかのようにヒルは呟いた。
「戦前に無駄に馬の体力を消耗させたくないんだがな。まあ、「リリーちゃんの我が儘」じゃあ仕方ないな」
「そういう言い方はやめろ!」
「じゃあ乗ればいいだろう? それとも、“俺が怖いか?”」
いつかの台詞を繰り返すヒルに、リリーは歯軋りをした。
言い合うのも馬鹿らしくなったのか、リリーは手綱から手を離す。満足げに微笑むヒルを睨みつけ、軽くその脚を叩いた。
「お前、性格曲がってると言われないか?」
「いや?」
リリーは、不本意ながらもヒルの乗る馬にまたがった。手綱を引くヒルからは、ちょうど抱き抱えられるような位置だ。
響く声が近い。あの時、祈りの塔から助けられた時のように。
俯いて、出来るだけ体を離そうとしたが、回された手により、体は密着してしまった。
「落ちるなよ」
「お前の腕次第だ」
リリーはなんら表情を変えることなく、前を向いたままだった。
「行くぞ」
走り出した馬は、風に銀のたてがみをなびかせる。
二人も背に乗せているにもかかわらず、すぐにスピードがでた。そういえば普通の馬より体が大きい。
リリーは馬の顔を見ながら、風になびく髪を邪魔そうにおさえていた。
「力強い馬だな」
リリーがそう言うと、ヒルは前を向いたままさらに馬を速く走らせる。ヴァイスの地の風は氷のように冷たい。地面も雪が積もってはいたが、この馬は滑ることもなく走っている。
「ライザーの屋敷の馬はすべて他種族のものだ。特に北の馬は強い」
確かに、大地を蹴る蹄の音は地鳴りのようだ。なのに、どっしりと安定していて速い。乗り心地も良い。
そのまま、どのくらい走っただろうか。背中に感じる人の体温が気恥ずかしく、途中何度も身をよじらせてみたが、その都度、大きな腕がしっかりと自分を支えてくる。
なるほど、守るという宣言は嘘ではないようだ。少しでも様子がおかしいようなら、いちいち馬を止めて語りかけてくるヒルに、リリーはただただ気恥ずかしさだけを覚えた。
風の揺れで、紅く長い髪がリリーの肩に落ちた時は、得も知れぬ緊張に胸が躍った。
そんなリリーの気も知ってか知らいでか、ヒルはただひたすらに、馬を走らせていった。
「着いたぞ」
長い長い、閉ざされた沈黙の後、ヒルが言葉を発した。
目の前に、凍り付いた巨大な城が現れた。
壁も扉も窓も全て凍っている。外から冷気を吹き付けられたのか、中に入ることはできなさそうだ。
だがこの城、大きいなんてものじゃない。縦にそびえ立つリュシアナの城とは違い、横に大きく広がっている。頑丈な城壁は幾重にも立ち並び、その中には居住区と見られる建物の影も見えた。
リリーとヒルは、城門の前で馬を降りた。
降りると、霜が張ったような草の感触が不思議だった。歩くたびに、しゃりっと音を立てる。
「ここがヴァイスの王城だ」
吐く息が白くなり空中に霧散する。
「王の墓は城の中だ。城同様、氷づけでな」
「そう……」
あまり興味無さそうに返事をするリリーだったが、瞳の中はなんともいえない切なさに溢れていた。
もし、私がここで生まれ育っていたなら、どんな風に未来は変わっていたのだろう。
「で、話ってなんだ? ここなら、邪魔は入らない」
ヒルが、リリーの傍に立つ。
大きなこの男の影になったリリーは、意を決して言葉を紡いだ。
「……私はあまり喋るのが得意じゃないからうまく言えないかもしれない」
「ん?」
ヒルは首を傾げると、リリーの次の台詞を待つように腕を組んだ。
「この間、レオンに聞いたんだ。マイアという女性の話を」
ヒルの眉が、僅かに動く。リリーはその微妙な変化に気づき、少したじろいだ。
「どこまで聞いたんだ?」
「私の未来を……案じて、私が戻ってくるのを待っていた、とも言ってた」
リリーは唇を噛みしめて視線を落とす。
ヒルは懐かしむように、語り始めた。
「戦友のような、家族のような、そんな女性だった。マイアは王族の中でも忠誠心が強くて、王妃がお前を妊娠したときの喜びようなんか、半端じゃなかったしな」
「……忠誠」
「王妃とは姉妹のように仲が良かったしな。俺たちといる時間より、王妃や王といる時間の方が長いくらいにな。ははは」
ヒルは笑って話す。心からの笑顔か、上辺だけなのか。真意が分からないリリーはいたたまれなくなり、ついに叫んだ。
「ヒル!!」
「ん?」
リリーは拳をギュッと握りしめ、真剣な顔つきでヒルを見つめた。
「私は……、私は本当にお前たちの王の娘なんだな?」
「ああ、間違いない。お前は、ユティリア王妃にうりふたつだ」
「なら、レオンが言ったとおり、私は今まで何も知らずに、異形との見分けもつけず、自分の民を殺してきたということになる」
「リリー……」
「その罪は消えない、だけどそれを背負いながらも民を導く義務がある。けど、その荷は私には重い」
「……ああ」
ヒルは軽く伏せ目がちになり、少し怪訝そうに返事をした。
やはりまだ早かったかもしれない――。
ヒルはリリーが何を言い出すか予測したのか、あきらめたように横を向いた。
「けど!」
だが、その空気を払拭するように、リリーは声を上げた。迷いのない目でヒルを見つめる。
――自分の決意を伝える為に、言葉にして彼に伝えなければ。
彼はまだ私を試している。疑っている。思わず拳に力が入る。
さあ、言わなければ。
あの時に感じた、悲しみは、セイレを失った時と同じだったのだから。
自分の決意を、しっかりと。
「私は、ヴァイスの王として戦う! 私を受け入れてほしい!」
「……レオンに何か、言われたんだろう」
「それは……その、それもある。けど、私は自分を信じていた人の気持ちを無碍にすることなど出来ない」
そう思えたのは、レオンからマイアの話を聞いたからだった。リリーはそれを聞くまで、人の「死」というものを現実に感じたことはなかった。セイレが死んだと聞かされた時でさえ、哀しみよりも怒りが勝ったのだ。
だが、知らないうちに戦争の犠牲になり、自分のために命を落とした者がいる。それを肌で、感じた。
「王の役目がどんなことなんて何も知らない。学も無いし、本当にその、剣しか知らなくて恥ずかしいんだけど……でも、だからといってここで逃げてしまうと私はきっと後悔するて……!」
「本気なのか?」
ヒルの問いかけに、一度息を止める。そして強く頷いた。
「これは戦争だ。もし、セイレの仇討ちという憎しみのみでそう決意したのならば、お角違いだ」
ヒルの口調はいつもより厳しくなったが、リリーは即座に答えて見せた。
「例え弱くても、やらなきゃいけない。私は自分が生きてきたことへの責任を果たしたいんだ」
何も知らない他人から見れば、まるで別人かと思うように、リリーの顔つきは、昨日までの冷めきったものから、揺るぎない決意に満ちたものへとなっていた。
「……わかった」
ヒルもまた、何かを決意したのだろう。少し嬉しそうに、リリーの足下に膝まづいた。
「ならばこのヒルシュフェルト。ヴァイスの名に於いて、貴女に生涯の誓約と忠誠を誓います。この世界がどのように変わっても、どんな哀しみが貴女を襲おうとも、必ず最期まで側に」
大きな体を小さくし、ヒルは冷たい大地の上に膝を付けて頭を下げる。
急に畏まられてしまったせいで、リリーはおろおろと周りを見回した。
「お、おい……」
「ん?」
リリーがドアの方を睨むと、レオンは悪びれた様子もなく顔を出し手を振った。
「いやいや、仲間外れは嫌なんデスよ」
「俺も丁度お前に話がある。そうだな……話すには良い場所がある、行こう」
「分かった」
ヒルは、リリーの横をすり抜け執務室を後にした。リリーもすぐに後を追う。立ち去る二人の背中を見つめていたレオンは、やけに嬉しそうな顔で手を振っていた。
「どこへ行くんだ?」
「着けば分かるさ」
ヒルとリリーは、屋敷の裏の馬舎に来ていた。
馬達の様子を確かめながら、一番脚の速そうな馬を選び出し手綱を握る。
ヒルは馬にまたがると、笑顔で自分の前に乗るように促した。手で、馬の背を軽く叩いている。
「馬ぐらい一人で乗れる」
かっとなったリリーは、他の馬の手綱をひこうとした。だが、それをやめさせるかのようにヒルは呟いた。
「戦前に無駄に馬の体力を消耗させたくないんだがな。まあ、「リリーちゃんの我が儘」じゃあ仕方ないな」
「そういう言い方はやめろ!」
「じゃあ乗ればいいだろう? それとも、“俺が怖いか?”」
いつかの台詞を繰り返すヒルに、リリーは歯軋りをした。
言い合うのも馬鹿らしくなったのか、リリーは手綱から手を離す。満足げに微笑むヒルを睨みつけ、軽くその脚を叩いた。
「お前、性格曲がってると言われないか?」
「いや?」
リリーは、不本意ながらもヒルの乗る馬にまたがった。手綱を引くヒルからは、ちょうど抱き抱えられるような位置だ。
響く声が近い。あの時、祈りの塔から助けられた時のように。
俯いて、出来るだけ体を離そうとしたが、回された手により、体は密着してしまった。
「落ちるなよ」
「お前の腕次第だ」
リリーはなんら表情を変えることなく、前を向いたままだった。
「行くぞ」
走り出した馬は、風に銀のたてがみをなびかせる。
二人も背に乗せているにもかかわらず、すぐにスピードがでた。そういえば普通の馬より体が大きい。
リリーは馬の顔を見ながら、風になびく髪を邪魔そうにおさえていた。
「力強い馬だな」
リリーがそう言うと、ヒルは前を向いたままさらに馬を速く走らせる。ヴァイスの地の風は氷のように冷たい。地面も雪が積もってはいたが、この馬は滑ることもなく走っている。
「ライザーの屋敷の馬はすべて他種族のものだ。特に北の馬は強い」
確かに、大地を蹴る蹄の音は地鳴りのようだ。なのに、どっしりと安定していて速い。乗り心地も良い。
そのまま、どのくらい走っただろうか。背中に感じる人の体温が気恥ずかしく、途中何度も身をよじらせてみたが、その都度、大きな腕がしっかりと自分を支えてくる。
なるほど、守るという宣言は嘘ではないようだ。少しでも様子がおかしいようなら、いちいち馬を止めて語りかけてくるヒルに、リリーはただただ気恥ずかしさだけを覚えた。
風の揺れで、紅く長い髪がリリーの肩に落ちた時は、得も知れぬ緊張に胸が躍った。
そんなリリーの気も知ってか知らいでか、ヒルはただひたすらに、馬を走らせていった。
「着いたぞ」
長い長い、閉ざされた沈黙の後、ヒルが言葉を発した。
目の前に、凍り付いた巨大な城が現れた。
壁も扉も窓も全て凍っている。外から冷気を吹き付けられたのか、中に入ることはできなさそうだ。
だがこの城、大きいなんてものじゃない。縦にそびえ立つリュシアナの城とは違い、横に大きく広がっている。頑丈な城壁は幾重にも立ち並び、その中には居住区と見られる建物の影も見えた。
リリーとヒルは、城門の前で馬を降りた。
降りると、霜が張ったような草の感触が不思議だった。歩くたびに、しゃりっと音を立てる。
「ここがヴァイスの王城だ」
吐く息が白くなり空中に霧散する。
「王の墓は城の中だ。城同様、氷づけでな」
「そう……」
あまり興味無さそうに返事をするリリーだったが、瞳の中はなんともいえない切なさに溢れていた。
もし、私がここで生まれ育っていたなら、どんな風に未来は変わっていたのだろう。
「で、話ってなんだ? ここなら、邪魔は入らない」
ヒルが、リリーの傍に立つ。
大きなこの男の影になったリリーは、意を決して言葉を紡いだ。
「……私はあまり喋るのが得意じゃないからうまく言えないかもしれない」
「ん?」
ヒルは首を傾げると、リリーの次の台詞を待つように腕を組んだ。
「この間、レオンに聞いたんだ。マイアという女性の話を」
ヒルの眉が、僅かに動く。リリーはその微妙な変化に気づき、少したじろいだ。
「どこまで聞いたんだ?」
「私の未来を……案じて、私が戻ってくるのを待っていた、とも言ってた」
リリーは唇を噛みしめて視線を落とす。
ヒルは懐かしむように、語り始めた。
「戦友のような、家族のような、そんな女性だった。マイアは王族の中でも忠誠心が強くて、王妃がお前を妊娠したときの喜びようなんか、半端じゃなかったしな」
「……忠誠」
「王妃とは姉妹のように仲が良かったしな。俺たちといる時間より、王妃や王といる時間の方が長いくらいにな。ははは」
ヒルは笑って話す。心からの笑顔か、上辺だけなのか。真意が分からないリリーはいたたまれなくなり、ついに叫んだ。
「ヒル!!」
「ん?」
リリーは拳をギュッと握りしめ、真剣な顔つきでヒルを見つめた。
「私は……、私は本当にお前たちの王の娘なんだな?」
「ああ、間違いない。お前は、ユティリア王妃にうりふたつだ」
「なら、レオンが言ったとおり、私は今まで何も知らずに、異形との見分けもつけず、自分の民を殺してきたということになる」
「リリー……」
「その罪は消えない、だけどそれを背負いながらも民を導く義務がある。けど、その荷は私には重い」
「……ああ」
ヒルは軽く伏せ目がちになり、少し怪訝そうに返事をした。
やはりまだ早かったかもしれない――。
ヒルはリリーが何を言い出すか予測したのか、あきらめたように横を向いた。
「けど!」
だが、その空気を払拭するように、リリーは声を上げた。迷いのない目でヒルを見つめる。
――自分の決意を伝える為に、言葉にして彼に伝えなければ。
彼はまだ私を試している。疑っている。思わず拳に力が入る。
さあ、言わなければ。
あの時に感じた、悲しみは、セイレを失った時と同じだったのだから。
自分の決意を、しっかりと。
「私は、ヴァイスの王として戦う! 私を受け入れてほしい!」
「……レオンに何か、言われたんだろう」
「それは……その、それもある。けど、私は自分を信じていた人の気持ちを無碍にすることなど出来ない」
そう思えたのは、レオンからマイアの話を聞いたからだった。リリーはそれを聞くまで、人の「死」というものを現実に感じたことはなかった。セイレが死んだと聞かされた時でさえ、哀しみよりも怒りが勝ったのだ。
だが、知らないうちに戦争の犠牲になり、自分のために命を落とした者がいる。それを肌で、感じた。
「王の役目がどんなことなんて何も知らない。学も無いし、本当にその、剣しか知らなくて恥ずかしいんだけど……でも、だからといってここで逃げてしまうと私はきっと後悔するて……!」
「本気なのか?」
ヒルの問いかけに、一度息を止める。そして強く頷いた。
「これは戦争だ。もし、セイレの仇討ちという憎しみのみでそう決意したのならば、お角違いだ」
ヒルの口調はいつもより厳しくなったが、リリーは即座に答えて見せた。
「例え弱くても、やらなきゃいけない。私は自分が生きてきたことへの責任を果たしたいんだ」
何も知らない他人から見れば、まるで別人かと思うように、リリーの顔つきは、昨日までの冷めきったものから、揺るぎない決意に満ちたものへとなっていた。
「……わかった」
ヒルもまた、何かを決意したのだろう。少し嬉しそうに、リリーの足下に膝まづいた。
「ならばこのヒルシュフェルト。ヴァイスの名に於いて、貴女に生涯の誓約と忠誠を誓います。この世界がどのように変わっても、どんな哀しみが貴女を襲おうとも、必ず最期まで側に」
大きな体を小さくし、ヒルは冷たい大地の上に膝を付けて頭を下げる。
急に畏まられてしまったせいで、リリーはおろおろと周りを見回した。
「お、おい……」
「ん?」