第三話「雪原の孤独、薔薇の残り香」

「ハイハイ?」

「ライザーとヒルはどういう関係なの?」

「ヒル君は、当時のヴァイス王国ドラフェシルト。えーと、君たちでいう、近衛部隊の総隊長。ライザー君は、れっきとした王族デスよ」

 それを聞いたリリーはすぐさま質問を返した。

「あいつが王族!? なら…………」

「うん、君とは従兄妹にあたりマスねえ。そこに描かれている怖そうなおじさんが、君のお父さんの弟さんにあたりマス」

 リリーはさすがにショックを隠しきれなかった。あんなやつと自分の血が繋がっているなんて、と顔をしかめる。第一印象が悪かったため、リリーの中でのライザーは、「最低な男」で固定されている。

「といっても、彼もまだまだ子供なので、今は当時軍の副司令官でもあったヒル君が国を取り仕切ってマス」

 レオンは、歩きながら話を続ける。

「なら、ヒルがそのまま国を導けば…………」

 リリーがそう言うと、レオンはぴたりと止まり振り返った。これ以上無い、冷たい顔をして。

「そこなんデスよね~」

「え?」

「俺もそのほうがいいと思うんデスけど。君は今まで人間、しかも聖騎士として育てられてきたわけデスし?」

 再び、リリーの胸がちくりと痛む。まだ全ての事柄に納得がいったわけでもないのに、どうしてこの男はこうも厳しい言葉を投げ付けてくるのだろうか。

「ならそうすればいいだろ?」

 吐き捨てるようにリリーが言うと、彼はふうっとため息を吐きこう言った。

「だから、俺はそうしたいんデスよ。大体、知らなかったとはいえ殺したデショ。“悪魔”を」

 また、胸が痛む。

「なら! さっさと私を罪人として処刑でもなんでもすればいいだろ! お前もそれを望んでるんだろ!!」

 カッとなって叫ぶリリーだったが、次の瞬間、目の前の人物の雰囲気の豹変ぶりに体が凍り付いた。

「自分のわかんないことになると怒るのは、リリーちゃんの癖みたいなもんデスかねえ」

 レオンは眼鏡の奥の目をきつく細め、なんともいえない殺伐とした空気を放っていた。
 そのままレオンはリリーの眼前数センチまで歩み寄り、冷たく見下ろした。

「知った風なこと言わないでください。不愉快です」

 あまりの迫力にリリーはただ黙り込むしかなかった。以前大臣達に生意気な口を聞いていた、冷静で余裕のある彼女の片鱗はどこにも見られない。

「分からないなら見て体験すること~ハイハイこっち!」

 レオンは瞬時に笑顔になり、リリーの手を引く。そのまま強引に、廊下の奥にある部屋へとつれていった。

「離せ!」

 レオンは構うことなく、その部屋の扉を開け、リリーを中に押し入れた。
 真っ暗な室内に、畏怖を覚える。レオンは部屋の壁にある燭台に、懐から取り出したマッチで火を灯す。ぼやっと部屋が明るくなると、リリーの目の前にひとつの大きな絵画が現われた。
 何もない部屋。家具さえもなく、窓もない寂しい場所。だが、壁に飾られた絵には。

「…………私?」

 そこには蒼い髪に、緑の瞳の少女が描かれていた。

「とある女の子が描いたんデスよ」

 絵画に描かれたリリーは十二歳前後だろうか。丁度、聖騎士になる直前ぐらいの。

「なぜ私の絵が…………」

「これを描いた子はユティリア王妃の護衛兵をしていマシてね。いやー明るくて可愛かったなあ」

「そうじゃなくて! 何故……私の……この頃の……」

 リリーは指先でそっとそれに触れてみた。油絵だろう、表面はゴツゴツしていてる。鮮やかな色彩で描かれた幼い自分に、得もしれぬ懐かしさが込み上げてくる。

「想像して描いたんデスって」

 レオンは扉にもたれかかりながら、けだるそうに言った。

「それ描いた人は、君がいつか戻ってくることを願ってたんデスよ」

 リリーは絵画の右下に茶色で書かれたサインを見つけた。「マイア」とアーリア共通言語で書かれている。

「これを描いたマイアちゃんは、ライザー君の妹デス。魔導術が得意で、剣はまあそこそこの腕。みんなと仲良くて、笑うとお花みたいで。でも、連れ去られマシた」

 ライザーの妹であり、そして王妃を誰よりも慕う女性だったマイア。だが、戦争の折、バロンの策略により拉致、監禁されたという。その後、王妃と交換に身柄が開放されるも、何故か大平原で行方不明になった。
 長い捜索の末、彼女はもう帰らぬ人として、判断を下された。当時平原には、彼女が身につけていたペンダントが落ちていたという。

「ライザー君、何日も何日も探し回ってマシた。食べないし、寝ないし。そのうち気絶したんデスけど、でもすぐ起きて探しに行ってマシた」

 それを聞いたリリーは、瞳を歪ませた。

「そんな……」

 リリーは愕然としたまま返す言葉がなかった。正しいと思っていた自分たちがやってきた事が、ここまで残酷に闇を作り出していたとは、思いもしなかった。
 この絵を描いた主は、もうこの世にはいない。その事実が、今どんな戦場の現実よりも、リリーを責めた。

「俺は君に、今から難しいこと言いマスよ。今だけじゃなく、これからずっと」

 レオンはリリーの後ろから語り掛ける。未だ口調は冷たいまま。

「君は、殺してきた者達、死んだ民の意志を背負って生きなきゃいけない道に立っていマス」

 そしてレオンはそのままリリーの頬に手を伸ばすと、すうっと軽く撫でる。リリーは微かに震えていた。

「ああでも、勿論拒むのは自由デス。強制はしマセン。……けど、その先に何があるか、よく考えてクダサイ」

 するとレオンは流れるようにリリーから身を離し、部屋を後にした。
 足音だけがこだまする中、リリーは自分にのしかかってきた重圧に押し潰されそうになっていた。


 * * *


 “お願い! この子を助けて!”

 “私はどうなってもいい! お願い! この子を、どうかこの国の外へ!”

 そう言って請う人は、美しい瞳から幾つもの雫を落としていた。透明で美しいそれは、自分が遠い昔に夢見ていたもの、まさにそれであった。
 だが、戦火は止まらない。救われるべき命と、屠られる命の重さは、平等だった。

「あなたは助けようとした。だから殺されたの……」

 使い古された天蓋に、ランプが揺れる。
 夜の音が忍び寄る森の中で、女性の肢体が影となって映る。

「セイレ……貴方はヴァイスで、一体何をしようとしていたの……」

 囁く森の獣たちは、炎を恐れて近づきはしない。小さな楽園の中、アミーは目を伏せてうずくまった。


 * * *


 幾日かが過ぎた。聖王国軍が、ヴァイスに迫っている。その知らせを聞いたライザーが、血相を変えてヒルたちを叩き起こした。
 アルゲオ山脈のすぐ近くに、黒山の軍隊が迫っているというのだ。

「歩兵大隊と魔導中隊の編成……見える限りではほとんど聖騎士で構成されているようだな」

 ヒルは、ライザーの屋敷の執務室で、机に広げた地図や資料を眺めていた。
 二人は押し黙り、地図や資料をじっと見つめている。
 同じように傍らに立ち地図を眺めていたレオンが、かけているメガネの位置を正しながら真剣な面もちでこう言った。

「なんていうか制圧する気なさそーな編成デスねえ」

「だが数はある。不本意だがあの話を受け入れなければならんようだ」

「いいんデスか~? あいつらは自分達の目的の踏み台に俺らを利用するんデスよ?」

「知っているさ。だが、こちらもタダで踏み台にさせるわけにはいかない」

 不適な笑みを浮かべるヒル。その真意を悟ったのか、レオンは指を鳴らした。

「なるほど」

 ヒルの口は笑っていたが、目は真剣だった。

「今のままの状態だと、やっぱりヒル君が総指揮官をやるんデスか? リリーちゃんは?」

「今はそれどころじゃないだろ。出来る奴がやるまでだ」

「りょーか~い」

 レオンは納得がいかないといった顔のまま軽く敬礼すると、机の資料をまとめ、執務室を後にした。ドアが閉められると、ヒルはまた地図を見つめ、頭の中にこの戦の流れを描き始めた。
 ──が、それはある人物の声によって遮断された。
 その人物は扉をそうっと開け、気まずそうにしながらも、彼のもとに歩み寄ってきた。

「……リリー」

 リリーは少し尻込みをしてみせたが、次の瞬間、ヒルをまっすぐに見上げた。

「今、話せる?」

「食事時も来ないから心配したぞ。構わないが、どうした?」

 リリーは戸惑った様子もなく、はっきりとした口振りで答えた。
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