第三話「雪原の孤独、薔薇の残り香」
レオンは嬉しそうに目を輝かせた。わくわくとした様子を隠すこともなく、肩をすくめる。
「……で、あいつどうなんだ?」
続けて、ライザーもヒルを見ながら言う。三人はヒルを真ん中に据え、リリーがいる部屋へと続く廊下を歩いていた。
「表面は、冷静だったがな」
「表面……」
ライザーは、チッと舌打ちをした。
「あいつなりに今必死に頭の中で自分に言い聞かせてるだろうよ」
ヒルは、あまり心配した様子もなく答える。
「リリーちゃんはまだ幼いデスからねぇ~。えっと……、何歳デシたっけ? ま、目が覚めたばっかりだし、仕方ないデショ」
そうして三人がリリーの部屋の前まで着くと、ヒルが一歩歩み出て、軽くノックをした。
「はい」
中から、リリーが小さく返事する声が聞こえた。
「ヒルだ。入るぞ」
「分かった」
ヒルは返事を確認すると、ノブを回し扉を開けた。
「リリー、ライザーたちを連れてき──」
「ああ」
リリーは、ゆっくりと、三人が立ち尽くす方に向かって振り返った。その姿に、三人の男は言葉を失った。
血と泥汚れが消えた大きな翡翠の瞳は、まるで宝石のようだった。髪も綺麗に梳かし、蒼銀に光っている。泥くささの抜けた彼女に、三人は呆然としていた。
「……包帯が引っかかってうまく着れなかった。でも、痛みが大分マシな気がする。誰がしてくれたの」
じっと見つめられ気恥ずかしくなったのか、リリーはまぎらわすようにそう言いいながら毛先をいじる。
驚いていたヒルだったが、端的に質問に答えた。
「傷は、レオンが」
「やぁ~! ちゃんとしたら可愛くなるもんデスねリリーちゃん! 二日前は、血と泥ですんごい汚かったケド!」
割り込んでレオンが陽気に答えると、リリーはむっと彼を睨みつけた。
「誰だお前は」
「ああ、俺はお医者さんのレオン。レオン・ブラックロウザ、デス。初めマシて」
レオンはリリーに歩み寄りながら左手を差出し握手を求めた。
あっけらかんとしたその明るい雰囲気にリリーはほだされたのか、素直に手を差し出しそれを握った。
「医者なのか。じゃあ、お前が手当てを? ……ありがとう」
リリーが手を握り返すと、レオンは満面の笑みで応える。
「ライザー君のついでデシたし、君の力が覚醒してたから、治療は大した事してないデスよ」
「力?」
「ハイ。君が本来持つ力が、その傷の治りを良くしているんデス」
言われていることが、リリーにはよく分からなかった。傷を治すなんて魔導術は聞いたことがないし、自分がそんな呪文を知っているわけでもない。
考え込んでいると、レオンの後ろで居心地を悪そうにしている灰色の瞳と目が合った。
「お前は……」
「……よぉ」
ライザーが、なんとも気まずそうに声をかける。目付きが悪いのは生まれ付きか、こちらを睨んでいるように見える。リリーは驚くでもなく、ただ冷ややかな目線を返す。
「あれ? ライザー君はリリーちゃんとお知り合いデシたっけ?」
レオンが不思議そうに尋ねると、ヒルが含み笑いをしながら答える。
「ナンパ、したんだよな?」
「ばっ、ちげえよ!!」
「はあ~? 駄目デスよ~相手見なきゃ」
「っせえな! 分かるわけねえだろ! なんかクソ生意気だしよ!」
「でもこうして見ると、すごく似てるデショ? 特に、お母上の方に」
母という言葉にリリーの胸が高鳴る。そうだ、この者達は自分の「本当の父親と母親」を知っているのだ。
「まあ……そう言われてみりゃ確かに……そっくりだけど。すげー懐かしい顔っつうか」
ライザーはバツが悪そうに視線を落とす。
が、まだ冷ややかにこちらを見るリリーに気付くと、苛立ったように髪をかきあげた。
「あ、あんときは……、なんだ、その。……痛かっただろ」
「痛いだけだと思うか。下は凍土だったのよ」
「だからあれは! 俺だって……お前って分かってたらしねえし!」
不器用に謝るライザーを見て、ヒルとレオンの両名はますます笑いだし、口を押さえ吹き出している。
「笑うなコラ!!」
ライザーは憤慨して二人に再び怒鳴り付けたが、それを見ていたリリーも、僅かに口端を上げ、気付かれないように笑った。
「チッ。んで、元気になったんだなお前は」
「おかげさまで……一応は」
リリーはつい口籠もる。だが、ヒルが無言に「礼を言え」と促してくる。
確かに、手当てをしてもらい、服までもらった。礼を言うのはたやすいが、今まで敵だと思っていた相手にいきなり心を開けるはずもない。
黙りこくっていると、見兼ねたヒルが言葉を発した。
「さて、色々話さなければいけないこともあるし、どうだ? 食事をしながらでも」
「さーんせい~。俺お腹へって死にそうデスよ~」
レオンはわざとらしく力なく答えると、体を伸ばしながら扉に向かう。
「リリー、お前も食べるだろ?」
ヒルが問い掛けると、リリーはまごついたが小さく返事をした。
「ああ……うん」
「リリーちゃ~ん、暗いデスよ? せっかく故郷に帰ってこれたんだからもっと喜んだら?」
レオンの言葉に、リリーの胸がちくりと痛む。
故郷。そうなのだが………私は───。
頭に浮かぶのは、悪魔だと思って斬り続けてきた「ヴァイスの民」たちの死に間際の苦悶の顔。確かに、人ならざるおぞましいものが大半だったが。
彼らと違わぬ姿の悪魔もいた。
それは、楔となって心に残っている。
はたして、知らなかったで済まされるだろうか。そんなに簡単に、割り切れるわけがない。
冷静なふりをしてはいたものの、彼らといるとますます浮き彫りになってくる自分がした大罪。
「故郷、などと呼ぶ資格はないと思う」
「馬鹿じゃねえの」
すかさずライザーが放った言葉に、リリーが驚いた顔をする。
「資格とかどうとかしょうもねえこと考えてんなよ。わりと湿っぽいなお前」
「ライザー。その言い方はよくないぞ」
ヒルがじとっと呆れ顔でライザーを見たが、彼は眉をひそめしかめっ面をリリーに向けていた。
「いいや。馬鹿だ、テメェは」
「お前に馬鹿にされるいわれはない!」
「馬鹿だから馬鹿っつったんだ。さっさと飯食いにいくぞ!」
リリーの反論虚しく、ライザーはたたみかけるように言うと、扉を開けて機嫌悪そうに先に出ていってしまった。
「なんなんだ!?」
リリーはわけがわからず、憤慨した。
「……言葉足らずな奴だな」
ヒルはため息混じりにそう言うと、同じく彼の後を追った。
「リリーちゃん~行きマスよ~?」
レオンが、体をひねらせリリーを急かす。納得のいかないリリーはやはり躊躇ったたが、このままここにいても仕方がないので三人の後を追った。
ライザーの屋敷は、凍土に建っているとは思えないほど、豪華な屋敷だった。霜に隠れた壁は暖かい色味の煉瓦で作られており、窓も長く大きく、贅を凝らした作りだ。
幾重にも連なった塔の頂には、今は仕事を無くした風見鶏が佇んでいる。
外の寒さなど忘れそうなくらいに、ふわりとヒールが沈む絨毯の上を歩きながら、リリーは改めて、彼らの生活を見直した。
建物も、習慣も、人間の世界となんら変わりが無い。少しおかしなところといえば、やけに露出の多いこの衣服だけだ。
「寒くないか?」
ヒルが、リリーに声をかける。
背の高い彼と目を合わせるには、かなり顔を上向けにしなければならない。
少しの距離を置いてぐっと顔を上に向けると、そこには優しい面差しでこちらを見るヒルがいた。
「薄着だと言いながらこの服は一体何なんだ」
何故か赤くなりながら言うリリーに、ヒルは笑う。
「前の服よりマシだろう。ちゃんとこうして、腕も隠せている」
言葉の端々に、自分を気遣うこの男の心が伺えた。考えていることすべて見透かしたような顔でいるヒルという男に、リリーは妙に生温いような、くすぐったいような感情を抱かずにはいられなかった。
暫く歩いた後、リリーが案内されたのは、大きな食事場所だった。
軽く見て十人座れそうな長いテーブルには、燭台や花が並ぶ。銀のナイフとフォークが規則正しく配置され、磨かれた真白い皿に、シャンデリアの光が跳ねる。
すぐに若いメイドが二人ほど現れ、いそいそと料理を運び始めた。終わると壁ぎわにきちんと整列した。
「遠慮なく食べろ」
「……で、あいつどうなんだ?」
続けて、ライザーもヒルを見ながら言う。三人はヒルを真ん中に据え、リリーがいる部屋へと続く廊下を歩いていた。
「表面は、冷静だったがな」
「表面……」
ライザーは、チッと舌打ちをした。
「あいつなりに今必死に頭の中で自分に言い聞かせてるだろうよ」
ヒルは、あまり心配した様子もなく答える。
「リリーちゃんはまだ幼いデスからねぇ~。えっと……、何歳デシたっけ? ま、目が覚めたばっかりだし、仕方ないデショ」
そうして三人がリリーの部屋の前まで着くと、ヒルが一歩歩み出て、軽くノックをした。
「はい」
中から、リリーが小さく返事する声が聞こえた。
「ヒルだ。入るぞ」
「分かった」
ヒルは返事を確認すると、ノブを回し扉を開けた。
「リリー、ライザーたちを連れてき──」
「ああ」
リリーは、ゆっくりと、三人が立ち尽くす方に向かって振り返った。その姿に、三人の男は言葉を失った。
血と泥汚れが消えた大きな翡翠の瞳は、まるで宝石のようだった。髪も綺麗に梳かし、蒼銀に光っている。泥くささの抜けた彼女に、三人は呆然としていた。
「……包帯が引っかかってうまく着れなかった。でも、痛みが大分マシな気がする。誰がしてくれたの」
じっと見つめられ気恥ずかしくなったのか、リリーはまぎらわすようにそう言いいながら毛先をいじる。
驚いていたヒルだったが、端的に質問に答えた。
「傷は、レオンが」
「やぁ~! ちゃんとしたら可愛くなるもんデスねリリーちゃん! 二日前は、血と泥ですんごい汚かったケド!」
割り込んでレオンが陽気に答えると、リリーはむっと彼を睨みつけた。
「誰だお前は」
「ああ、俺はお医者さんのレオン。レオン・ブラックロウザ、デス。初めマシて」
レオンはリリーに歩み寄りながら左手を差出し握手を求めた。
あっけらかんとしたその明るい雰囲気にリリーはほだされたのか、素直に手を差し出しそれを握った。
「医者なのか。じゃあ、お前が手当てを? ……ありがとう」
リリーが手を握り返すと、レオンは満面の笑みで応える。
「ライザー君のついでデシたし、君の力が覚醒してたから、治療は大した事してないデスよ」
「力?」
「ハイ。君が本来持つ力が、その傷の治りを良くしているんデス」
言われていることが、リリーにはよく分からなかった。傷を治すなんて魔導術は聞いたことがないし、自分がそんな呪文を知っているわけでもない。
考え込んでいると、レオンの後ろで居心地を悪そうにしている灰色の瞳と目が合った。
「お前は……」
「……よぉ」
ライザーが、なんとも気まずそうに声をかける。目付きが悪いのは生まれ付きか、こちらを睨んでいるように見える。リリーは驚くでもなく、ただ冷ややかな目線を返す。
「あれ? ライザー君はリリーちゃんとお知り合いデシたっけ?」
レオンが不思議そうに尋ねると、ヒルが含み笑いをしながら答える。
「ナンパ、したんだよな?」
「ばっ、ちげえよ!!」
「はあ~? 駄目デスよ~相手見なきゃ」
「っせえな! 分かるわけねえだろ! なんかクソ生意気だしよ!」
「でもこうして見ると、すごく似てるデショ? 特に、お母上の方に」
母という言葉にリリーの胸が高鳴る。そうだ、この者達は自分の「本当の父親と母親」を知っているのだ。
「まあ……そう言われてみりゃ確かに……そっくりだけど。すげー懐かしい顔っつうか」
ライザーはバツが悪そうに視線を落とす。
が、まだ冷ややかにこちらを見るリリーに気付くと、苛立ったように髪をかきあげた。
「あ、あんときは……、なんだ、その。……痛かっただろ」
「痛いだけだと思うか。下は凍土だったのよ」
「だからあれは! 俺だって……お前って分かってたらしねえし!」
不器用に謝るライザーを見て、ヒルとレオンの両名はますます笑いだし、口を押さえ吹き出している。
「笑うなコラ!!」
ライザーは憤慨して二人に再び怒鳴り付けたが、それを見ていたリリーも、僅かに口端を上げ、気付かれないように笑った。
「チッ。んで、元気になったんだなお前は」
「おかげさまで……一応は」
リリーはつい口籠もる。だが、ヒルが無言に「礼を言え」と促してくる。
確かに、手当てをしてもらい、服までもらった。礼を言うのはたやすいが、今まで敵だと思っていた相手にいきなり心を開けるはずもない。
黙りこくっていると、見兼ねたヒルが言葉を発した。
「さて、色々話さなければいけないこともあるし、どうだ? 食事をしながらでも」
「さーんせい~。俺お腹へって死にそうデスよ~」
レオンはわざとらしく力なく答えると、体を伸ばしながら扉に向かう。
「リリー、お前も食べるだろ?」
ヒルが問い掛けると、リリーはまごついたが小さく返事をした。
「ああ……うん」
「リリーちゃ~ん、暗いデスよ? せっかく故郷に帰ってこれたんだからもっと喜んだら?」
レオンの言葉に、リリーの胸がちくりと痛む。
故郷。そうなのだが………私は───。
頭に浮かぶのは、悪魔だと思って斬り続けてきた「ヴァイスの民」たちの死に間際の苦悶の顔。確かに、人ならざるおぞましいものが大半だったが。
彼らと違わぬ姿の悪魔もいた。
それは、楔となって心に残っている。
はたして、知らなかったで済まされるだろうか。そんなに簡単に、割り切れるわけがない。
冷静なふりをしてはいたものの、彼らといるとますます浮き彫りになってくる自分がした大罪。
「故郷、などと呼ぶ資格はないと思う」
「馬鹿じゃねえの」
すかさずライザーが放った言葉に、リリーが驚いた顔をする。
「資格とかどうとかしょうもねえこと考えてんなよ。わりと湿っぽいなお前」
「ライザー。その言い方はよくないぞ」
ヒルがじとっと呆れ顔でライザーを見たが、彼は眉をひそめしかめっ面をリリーに向けていた。
「いいや。馬鹿だ、テメェは」
「お前に馬鹿にされるいわれはない!」
「馬鹿だから馬鹿っつったんだ。さっさと飯食いにいくぞ!」
リリーの反論虚しく、ライザーはたたみかけるように言うと、扉を開けて機嫌悪そうに先に出ていってしまった。
「なんなんだ!?」
リリーはわけがわからず、憤慨した。
「……言葉足らずな奴だな」
ヒルはため息混じりにそう言うと、同じく彼の後を追った。
「リリーちゃん~行きマスよ~?」
レオンが、体をひねらせリリーを急かす。納得のいかないリリーはやはり躊躇ったたが、このままここにいても仕方がないので三人の後を追った。
ライザーの屋敷は、凍土に建っているとは思えないほど、豪華な屋敷だった。霜に隠れた壁は暖かい色味の煉瓦で作られており、窓も長く大きく、贅を凝らした作りだ。
幾重にも連なった塔の頂には、今は仕事を無くした風見鶏が佇んでいる。
外の寒さなど忘れそうなくらいに、ふわりとヒールが沈む絨毯の上を歩きながら、リリーは改めて、彼らの生活を見直した。
建物も、習慣も、人間の世界となんら変わりが無い。少しおかしなところといえば、やけに露出の多いこの衣服だけだ。
「寒くないか?」
ヒルが、リリーに声をかける。
背の高い彼と目を合わせるには、かなり顔を上向けにしなければならない。
少しの距離を置いてぐっと顔を上に向けると、そこには優しい面差しでこちらを見るヒルがいた。
「薄着だと言いながらこの服は一体何なんだ」
何故か赤くなりながら言うリリーに、ヒルは笑う。
「前の服よりマシだろう。ちゃんとこうして、腕も隠せている」
言葉の端々に、自分を気遣うこの男の心が伺えた。考えていることすべて見透かしたような顔でいるヒルという男に、リリーは妙に生温いような、くすぐったいような感情を抱かずにはいられなかった。
暫く歩いた後、リリーが案内されたのは、大きな食事場所だった。
軽く見て十人座れそうな長いテーブルには、燭台や花が並ぶ。銀のナイフとフォークが規則正しく配置され、磨かれた真白い皿に、シャンデリアの光が跳ねる。
すぐに若いメイドが二人ほど現れ、いそいそと料理を運び始めた。終わると壁ぎわにきちんと整列した。
「遠慮なく食べろ」