第三話「雪原の孤独、薔薇の残り香」
「――今の何だよ?」
「ああ、お姫さまの怪我あとで診せてねってことデスよ」
「両腕の怪我、……ひでぇな。あいつらのせいか」
「まあそうデショ。右腕なんか見事に聖騎士の紋章えぐられてたからね~あれ跡残るよ」
跡が残る。
それを聞いたライザーは拳を握り締めた。僅かに顔を歪め、渋く舌打ちをする。
「顔色は良かったけどひどく生気が無かった。起きてからが問題デスね」
扉を見つめながら、ライザーは下唇をぐっと噛んだ。
「……外見てくる」
「君も怪我人なんデスよ」
「わかってるよ……」
二人がそんな話をしている時、ヒルは隣の部屋のドアを開け、中にある真っ白なベッドにリリーを静かに寝かせていた。
広い屋敷ではあるが、空いている部屋はたくさんある。リリーをすぐに寝かせることが出来る環境に、ヒルはようやく安堵した。
「ん……」
横にさせた瞬間、リリーは僅かに目覚めかけたが、柔らかなベッドに体が埋まると、再び深い眠りについた。
「子供みたいだな」
ヒルは軽くため息をつくと、すやすやと眠る彼女を見下ろす。
蒼い髪が扇のようにシーツに広がり、血で汚れてはいるものの、窓から差し込む光に当たると銀色に輝いている。
「……王が見ると、喜ぶだろうな」
ヒルはリリーの傍らに腰掛け、そっとその額に手を添えた。
「もう十四年になるのか…………」
感慨深そうにリリーの髪を愛でると、まるで何か時間がとまったかのように、しばらく彼女を見つめていた。部屋の中には、彼と彼女だけしかいない。今という時を惜しむかのように、長く、永く、ヒルはリリーを見つめていた。
* * *
「落ち着いてください!」
「無理!!」
聖騎士管理組合の総本部で、ベリーは机が壊れるかと思うほど手の平を叩きつけた。
深い木の色と、薄い暁色の旗が飾られているホールには、ベリー意外にも数人の監査官がいた。
壁面には本が天井までびっしりと並び、所々には球体状の地図が浮かぶ。時折不思議な光の帯が飛び、それらはそこらじゅうの本に吸い込まれていく。長い柱が幾つも据えられ、その足元には羊皮紙の巻物が無数に保管されている。
本来なら静寂が支配するそこで、ベリーはありったけの怒りをぶちまけていた。
「リリーが何!? もっかい言ってみなよ!」
ベリーは眉を上げ組合の同志達を睨み据えた。組合の人間らしき気弱そうな若い男はおたおたとするばかり。追い打ちをかけるようにベリーは手に持っていた書面を床にばらまいた。
「何よ! ギルド関係者全員が『指令待ち』って!!」
床にばらまかれた書面には長々と暗号のような文章が綴られている。組合員しか読めぬ特殊配列文字だろう、その中の一枚の文末にはギルドの印が押されていた。
「ベリー、今回の決定は国のお偉いさんからだ。お前も監査官ならそのへんは」
部屋の隅に立っている男がそう言うと、ベリーはこれでもかというほどの鋭い目線を投げ付けた。
「あたしがいない間に何があったか知らないけど、これが勅命? なら総帥に直訴するまでよ」
「や、やめておいたほうがいいですよ。だって僕らは」
気弱そうな男が言い終わる前に、ベリーは言葉を被せた。
「わかってるわよそんなこと!」
「ならもう気にするなよ」
続いて部屋の隅の男がめんどくさそうに言うと、ベリーは不機嫌に視線を落とした。
「だいたいお前噂になってるぞ。監査官でありながら特定の騎士を『ひいき』してるって」
「だったら何~?」
「否定しないのかよ」
男の問いに、ベリーは俯いたまま、悔しそうに眉をひそめ呟いた。
「リリーはあたしの大事な友達だもん。当たり前じゃん」
「そうやって公私のけじめがつけれないんなら監査なんてさっさと降りろ。本気で監査になりたかったのになれなかったやつが気の毒だっての」
部屋の隅にいる男は、ベリーに明らかな嫌悪感を示し、そのまま部屋を出ていってしまった。
残された気弱そうな男は、そろそろと、散らばった書面を拾い始めた。そのまま丁寧に机に纏め、ベリーの顔を覗く。
「ベリーさん……貴女と聖騎士リリーが仲がいいのは知っていますが、今回のことはどうしようもないんです」
気弱そうな男は悲しそうに眉を下げ、まとめた書面をベリーに差し出した。
ベリーは、無言で受け取らなかった。男はため息をつき、書面を机に置き直すと静かに部屋を出ていった。パタン、とドアが閉まると、ベリーは顔を上げ、部屋の窓の外を睨みながら呟いた。
「リリーが裏切ったなんて、絶対に信じない」
そして机に置かれた書面に目をやり、一枚手に取るとしわくちゃになるくらい力一杯握り締めた。
次の瞬間、ベリーは部屋を飛び出しどこかへ走りだした。空間転移の魔導術も、空を飛ぶ魔導術も使わずに、ただひたすらに走る。
目的の場所が見えた時、ベリーは唇を噛みしめ益々足を早めた。辿り着いた先、目の前の豪華な扉のノブを力任せに掴み、ノックもせず、勢いよく開け放った。
「マティス!!」
のんびりと紅茶を嗜んでいたマティスは、突然のことに体を飛び上がらせた。
「君は……ベリー!?」
ベリーは物凄い剣幕で彼に詰め寄る。それに驚き後ずさるマティスを、さらに追いつめる。
「ど、どうしたんだい」
「とぼけないで! あんた一体どこまで知ってんのよ!」
「何の話か見えないよ」
「リリーの話よ! 連れ去られたはずなのに、今度は『裏切り者』ってどういうこと?!」
鼻息荒いベリーの剣幕に、マティスはやれやれと視線を落とした。彼女の拳は握りしめられ、怒りにわなわなと震えている。
「真意は君の方がよく知っているだろう? 今回のあの発表は、アルフレッド陛下が正式に表明した事実だ」
「リリーを切り捨てたの!? 戦争のきっかけのために!」
マティスは少し黙り込み、思案した。
「よく、知ってるじゃないか。なら君の方が俺より物知りだと思うよ」
「あたしが知りたいのはそこじゃないのよ!」
ベリーの言葉尻が、ますます荒くなる。
「リリー自身は何も知らないじゃない! 自分が人間だって思ってる!」
「君だって知ってて黙ってたじゃないか」
深海の瞳が驚くほど冷たくなる。感情を削いだ言葉に、ベリーは一瞬臆したがかぶりを振った。
「でも、人間としてここに居させたじゃない! もう二十年も! なのになんで今更!」
「今更っていうなら、君だってそうだ。“今更”彼女を人間扱いするのかい」
マティスが眉をひそめてそう言うと、ベリーはぐっと苦しそうに黙り込んだ。言い返す言葉を探しているのか、視線をそらす。
「あたしは…………」
「ああ……同情したのか」
「な……っ」
辛辣な一言に、ベリーの瞳が揺れる。
「君はリリーに友達として接することで、『自分はこいつに比べれば幸せだ』って思えたんだろう」
刹那、部屋に乾いた音が鳴り響いた。
ベリーに見事な平手打ちをくらわされたマティスは、赤くなった自分の頬を片手で押さえている。
「あたしはリリーをそんな風に見たことなんてない!」
ベリーの瞳には、涙があふれんばかりに溜まっていた。
「怒ることなんてないのに。誰だって自分の方が上だって思いたいだろうし」
マティスは冷めた目つきでベリーを見下ろすと、胸元にしまっていたハンカチで口を拭った。
「あたしはリリーの友達なのよ! あんたに何言われても、あたしはリリーを助ける!」
「友達、友達って、君はリリーの全てを知っているわけじゃないだろう」
「どんなリリーだって、友達だから関係ない!」
「君はそうでも、リリーはどうだろうか」
「どういう意味よ……」
するとマティスは、部屋の机に置いてあった書類の束から一枚取り出し、読み上げ始めた。
「ベリー・ハウエル。幼くして魔術の才に目覚め、魔導師サウザンスロードの弟子として幼少を過ごす」
それはベリーの経歴を記した書類だった。
そこには彼女のすべてが書かれていて、マティスは薄笑いを浮かべつつ読み上げる。
「しかしある時、悪魔にサウザンスロードを殺害され、聖騎士管理組合に拾われる」
ベリーの顔色が青ざめていく。張り付いていた唇を開くと、震えながら言葉を発した。
「あたしのこと調べたの…………」
マティスは幾つかある書類を全てひとつに重ね、ベリーに見せた。
「管理組合重要機密事項。君の出生に関することだ」
「ああ、お姫さまの怪我あとで診せてねってことデスよ」
「両腕の怪我、……ひでぇな。あいつらのせいか」
「まあそうデショ。右腕なんか見事に聖騎士の紋章えぐられてたからね~あれ跡残るよ」
跡が残る。
それを聞いたライザーは拳を握り締めた。僅かに顔を歪め、渋く舌打ちをする。
「顔色は良かったけどひどく生気が無かった。起きてからが問題デスね」
扉を見つめながら、ライザーは下唇をぐっと噛んだ。
「……外見てくる」
「君も怪我人なんデスよ」
「わかってるよ……」
二人がそんな話をしている時、ヒルは隣の部屋のドアを開け、中にある真っ白なベッドにリリーを静かに寝かせていた。
広い屋敷ではあるが、空いている部屋はたくさんある。リリーをすぐに寝かせることが出来る環境に、ヒルはようやく安堵した。
「ん……」
横にさせた瞬間、リリーは僅かに目覚めかけたが、柔らかなベッドに体が埋まると、再び深い眠りについた。
「子供みたいだな」
ヒルは軽くため息をつくと、すやすやと眠る彼女を見下ろす。
蒼い髪が扇のようにシーツに広がり、血で汚れてはいるものの、窓から差し込む光に当たると銀色に輝いている。
「……王が見ると、喜ぶだろうな」
ヒルはリリーの傍らに腰掛け、そっとその額に手を添えた。
「もう十四年になるのか…………」
感慨深そうにリリーの髪を愛でると、まるで何か時間がとまったかのように、しばらく彼女を見つめていた。部屋の中には、彼と彼女だけしかいない。今という時を惜しむかのように、長く、永く、ヒルはリリーを見つめていた。
* * *
「落ち着いてください!」
「無理!!」
聖騎士管理組合の総本部で、ベリーは机が壊れるかと思うほど手の平を叩きつけた。
深い木の色と、薄い暁色の旗が飾られているホールには、ベリー意外にも数人の監査官がいた。
壁面には本が天井までびっしりと並び、所々には球体状の地図が浮かぶ。時折不思議な光の帯が飛び、それらはそこらじゅうの本に吸い込まれていく。長い柱が幾つも据えられ、その足元には羊皮紙の巻物が無数に保管されている。
本来なら静寂が支配するそこで、ベリーはありったけの怒りをぶちまけていた。
「リリーが何!? もっかい言ってみなよ!」
ベリーは眉を上げ組合の同志達を睨み据えた。組合の人間らしき気弱そうな若い男はおたおたとするばかり。追い打ちをかけるようにベリーは手に持っていた書面を床にばらまいた。
「何よ! ギルド関係者全員が『指令待ち』って!!」
床にばらまかれた書面には長々と暗号のような文章が綴られている。組合員しか読めぬ特殊配列文字だろう、その中の一枚の文末にはギルドの印が押されていた。
「ベリー、今回の決定は国のお偉いさんからだ。お前も監査官ならそのへんは」
部屋の隅に立っている男がそう言うと、ベリーはこれでもかというほどの鋭い目線を投げ付けた。
「あたしがいない間に何があったか知らないけど、これが勅命? なら総帥に直訴するまでよ」
「や、やめておいたほうがいいですよ。だって僕らは」
気弱そうな男が言い終わる前に、ベリーは言葉を被せた。
「わかってるわよそんなこと!」
「ならもう気にするなよ」
続いて部屋の隅の男がめんどくさそうに言うと、ベリーは不機嫌に視線を落とした。
「だいたいお前噂になってるぞ。監査官でありながら特定の騎士を『ひいき』してるって」
「だったら何~?」
「否定しないのかよ」
男の問いに、ベリーは俯いたまま、悔しそうに眉をひそめ呟いた。
「リリーはあたしの大事な友達だもん。当たり前じゃん」
「そうやって公私のけじめがつけれないんなら監査なんてさっさと降りろ。本気で監査になりたかったのになれなかったやつが気の毒だっての」
部屋の隅にいる男は、ベリーに明らかな嫌悪感を示し、そのまま部屋を出ていってしまった。
残された気弱そうな男は、そろそろと、散らばった書面を拾い始めた。そのまま丁寧に机に纏め、ベリーの顔を覗く。
「ベリーさん……貴女と聖騎士リリーが仲がいいのは知っていますが、今回のことはどうしようもないんです」
気弱そうな男は悲しそうに眉を下げ、まとめた書面をベリーに差し出した。
ベリーは、無言で受け取らなかった。男はため息をつき、書面を机に置き直すと静かに部屋を出ていった。パタン、とドアが閉まると、ベリーは顔を上げ、部屋の窓の外を睨みながら呟いた。
「リリーが裏切ったなんて、絶対に信じない」
そして机に置かれた書面に目をやり、一枚手に取るとしわくちゃになるくらい力一杯握り締めた。
次の瞬間、ベリーは部屋を飛び出しどこかへ走りだした。空間転移の魔導術も、空を飛ぶ魔導術も使わずに、ただひたすらに走る。
目的の場所が見えた時、ベリーは唇を噛みしめ益々足を早めた。辿り着いた先、目の前の豪華な扉のノブを力任せに掴み、ノックもせず、勢いよく開け放った。
「マティス!!」
のんびりと紅茶を嗜んでいたマティスは、突然のことに体を飛び上がらせた。
「君は……ベリー!?」
ベリーは物凄い剣幕で彼に詰め寄る。それに驚き後ずさるマティスを、さらに追いつめる。
「ど、どうしたんだい」
「とぼけないで! あんた一体どこまで知ってんのよ!」
「何の話か見えないよ」
「リリーの話よ! 連れ去られたはずなのに、今度は『裏切り者』ってどういうこと?!」
鼻息荒いベリーの剣幕に、マティスはやれやれと視線を落とした。彼女の拳は握りしめられ、怒りにわなわなと震えている。
「真意は君の方がよく知っているだろう? 今回のあの発表は、アルフレッド陛下が正式に表明した事実だ」
「リリーを切り捨てたの!? 戦争のきっかけのために!」
マティスは少し黙り込み、思案した。
「よく、知ってるじゃないか。なら君の方が俺より物知りだと思うよ」
「あたしが知りたいのはそこじゃないのよ!」
ベリーの言葉尻が、ますます荒くなる。
「リリー自身は何も知らないじゃない! 自分が人間だって思ってる!」
「君だって知ってて黙ってたじゃないか」
深海の瞳が驚くほど冷たくなる。感情を削いだ言葉に、ベリーは一瞬臆したがかぶりを振った。
「でも、人間としてここに居させたじゃない! もう二十年も! なのになんで今更!」
「今更っていうなら、君だってそうだ。“今更”彼女を人間扱いするのかい」
マティスが眉をひそめてそう言うと、ベリーはぐっと苦しそうに黙り込んだ。言い返す言葉を探しているのか、視線をそらす。
「あたしは…………」
「ああ……同情したのか」
「な……っ」
辛辣な一言に、ベリーの瞳が揺れる。
「君はリリーに友達として接することで、『自分はこいつに比べれば幸せだ』って思えたんだろう」
刹那、部屋に乾いた音が鳴り響いた。
ベリーに見事な平手打ちをくらわされたマティスは、赤くなった自分の頬を片手で押さえている。
「あたしはリリーをそんな風に見たことなんてない!」
ベリーの瞳には、涙があふれんばかりに溜まっていた。
「怒ることなんてないのに。誰だって自分の方が上だって思いたいだろうし」
マティスは冷めた目つきでベリーを見下ろすと、胸元にしまっていたハンカチで口を拭った。
「あたしはリリーの友達なのよ! あんたに何言われても、あたしはリリーを助ける!」
「友達、友達って、君はリリーの全てを知っているわけじゃないだろう」
「どんなリリーだって、友達だから関係ない!」
「君はそうでも、リリーはどうだろうか」
「どういう意味よ……」
するとマティスは、部屋の机に置いてあった書類の束から一枚取り出し、読み上げ始めた。
「ベリー・ハウエル。幼くして魔術の才に目覚め、魔導師サウザンスロードの弟子として幼少を過ごす」
それはベリーの経歴を記した書類だった。
そこには彼女のすべてが書かれていて、マティスは薄笑いを浮かべつつ読み上げる。
「しかしある時、悪魔にサウザンスロードを殺害され、聖騎士管理組合に拾われる」
ベリーの顔色が青ざめていく。張り付いていた唇を開くと、震えながら言葉を発した。
「あたしのこと調べたの…………」
マティスは幾つかある書類を全てひとつに重ね、ベリーに見せた。
「管理組合重要機密事項。君の出生に関することだ」