第二話「白銀の嘘、紅き系譜」

 シュナイダーは冷静に各騎士や兵士に指示を出す。慌ただしくなる庭の中、騎士や兵士達はちりぢりに自分の持ち場へと走り始めた。
 だが、そんな混乱の最中でも、ひとり微笑みを浮かべたままの人物がいた。
 シュナイダーは彼の様子に気付ぎ不審に思ったが、すぐにまた自分も走り出した。

「中に悪魔がいるの!? 人型?」

 ジークフリードが傍に居た兵士に説明を求めるが、兵はおどおどとした様子で首を振る。

「もう! 悪魔が首都に入り込んでるってんだからしっかりしてよね!」

「ジークフリード、わたくしは門へ向かいますわ。逃げられないようにしなければ!」

 アメリが、着物の裾を結び上げながら言う。

「分かった。僕は魔法門の方に行くよ。手助けしないと」

 各々が素早い判断で動く中、ただ一人その王だけは、静かに椅子に座っていた。
 太陽の輝きを持つ髪を風に預け、喧騒の中、頬杖をつく。

「来たのか、ヒル」

 獅子王、アルフレッドはぽつりと呟いた。誰にも、聞こえないように。
 どこか喜んでいるかのような表情で。


 * * *


 リュシアナの首都アルフォンスは、騒然となった。
 あの、誰にも侵されることのない聖なる塔に、悪魔が侵入したという話は、時を待たずして街にまで広がった。
 首都の通路は全て限界態勢となり、あちらこちらに兵が配置される。聖騎士も例外なく走り回り、普段は見ないような路地にまで目を光らせる。
 そして、祈りの塔がある王城では、爆発で汚れた聖なる庭を見て戦慄く、バロンの姿があった。

「ええい、みすみす逃がすとは! マティス貴様何をしている!!」

 苦虫を噛み潰したような顔で、バロンが怒りを露にする。周りに人がいることも憚らず、バロンはマティスをきつく責める。
 罵声を浴びつつも、マティスは深く頭を下げるだけだった。
 その光景を見かねたのか、彼らの元に歩み寄る者がいた。軍部大佐のシュナイダーだ。

「恐れながら議長殿。これは一体どういう事態ですか」

 シュナイダーはマティスを横目に見つつ、穴の開いた塔を見る。

「おお、大佐か。これは非常事態だ」

 うって変わって落ち着いた顔で、バロンは言う。

「裏切り者が出た。だがその身分により、混乱を避ける為に幽閉をしておったのだ」

「裏切り者?」

「た、大佐!」

 会話を遮って、男が一人こちらに走ってくる。白い鎧を身に着けたその人物は、バルドだった。
 馬の手綱を引きながら、足を引きずりながらこちらに向かってきた。

「騎馬部隊のバルドか。療養していたのではないのか」

「そうだったんですが……その」

「何だ。どうした」

「……そ……の」

 シュナイダーが強く聞きただす。だがバルドは口ごもるだけで、それ以上は何も言わなかった。

「……急ぎではないなら後で聞こう。お前も、悪魔の捜索にあたれ。だがくれぐれも無理はするなよ」

「は、はい……」

「悪魔を探し出せ! 外にはまだ出ていない筈だ!」

 勇ましく号令を下すシュナイダーに、バロンは張り付いたような笑顔を見せた。
 心に引っかかる妙なものの存在に気付かないふりをして、シュナイダーは軍服の襟を正した。

「あの、議長。裏切り者って……何ですか……」

 バルドは恐る恐る問いかけ、愚鈍であるかのようなふりをする。その横では、今来たとばかりに息を荒くするアミーがいた。
 二人を認識したバロンは、愉悦に笑いを零した。

「聖騎士の中から、裏切り者が出たのじゃよ」


 * * *


 リリーは、今まで感じたことのない温もりを感じていた。
 とくん、とくんと頭に心地よく鳴り響く心臓の音。背中には、しっかりと自分を支える腕の感触があった。

 あたたかい。また、夢?
 もういい、私の見る夢は嫌なものばかり。
 甘えたような、まるで現実から逃げているようなものばかり。
 うっすらとだが、自分は誰かに抱かれているのがわかった。
 目が、うまく開かない。
 体も動かないし、これはまずい。私を抱いているのは味方だろうか?
 カチャカチャと、何か金属音がする。ああ、これは剣か何かが揺れてこすれてるのね。
 なら剣士か、騎士か。
 ああ、わからない。頭がうまく回らないから。

 朦朧とした意識で、リリーが考えられるのはそのくらいだった。ただ、自分を抱いている人物の体温が、とても優しくて、暖かいということだけは、はっきりと認識していた。

「……大丈夫か?」

 低い、包み込むような声が体を通して響いてきた。リリーは、そのまま身を委ねている。

「遅くなったな」

 次にその声はとても悲しそうに響いてきた。リリーは朦朧としながらも、なんとか手を動かし、その者に手を伸ばした。
 するとすぐに何かに触れることができた。柔らかく、温かい。それはその者の頬だということに気づくと、リリーは開かぬ目を必死に開こうとした。
 ぼんやりと見える、自分を抱き抱えている人物の顔。リリーの口から、自然と言葉がこぼれた。

「悪魔……?」

 今、何故か思い出したことがある。
 幼い頃、一度だけ私は、悪魔に遊んでもらったことがあった。
 赤い赤い花畑で、たったひとつ白い花を摘んでいた。
 その時の悪魔は、この人物なのだろうか?
 でも今は、どっちでもいい。
 この声も、その時の悪魔の声も、何故かすごく安心するから。

「……目が覚めたか?」

 暗い天井から、低い声が降る。重い瞼を開けようとするも、なかなか開かない。

「私……」

「すまないな。思ったより兵が多くて、まだリュシアナの王城内だ。もう少ししたら――」

 そこまで聞いて、リリーの意識ははっきりと覚醒した。そして、今自分が置かれている状況も。
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