第二話「白銀の嘘、紅き系譜」
「それは……」
「自分が気に入らなければ虐げ、気に入れば意のままにしようとする。お前たちはいつもそうだ」
「それはお前たちだって同じだ!」
「ヴァイスの民は違う――何よりも安らぎを望んでいた」
「どこまでが真実か分からないだろう!」
再び、マティスが斬りつける。
ギリギリと刃と刃を重ね合わせていた二つの剣は互いに打ち付け合い一度離れた。二人は間合いをとり、互いの出方を伺う。
「退け」
ヒルはそう言うと、剣を構えた。
少しでも間合いを詰めれば、上から剣撃がくるだろう。
「マティス様! 我らが!」
周囲を囲む兵士が、次々に弓を構える。弓の間合いよりも遥かに近い場所から、一斉に矢が放たれた。
避けられる筈がない。誰もがそう確信して弓を引いた。だが。
「ヴァント・ルーフェ」
ヒルが、剣を縦に構えて呟く。刃の端から覗く瞳が、鋭く光った。
「なっ……!」
突如、ヒルを中心にして、立体に折り重なる魔法陣が出現した。
黒く光りながら、赤い軌跡を残しつつ文字を刻む。奇妙な文字の帯は、ヒルの周りを一回転すると、まるで歯車が噛み合った時のように音を立て、一瞬で爆発した。
そうなるまでが、全て一瞬であった。放たれた弓矢はヒルに届くことはなく、全てがそこで燃え尽きてしまった。
「ひるむな! 続けろ!」
「やめろ! あれは魔導術だ!」
マティスの制止も空しく、兵たちは弓を放つ。だが、それが引き金であった。
防御に徹するかと思われた文字の帯は、形を変えた。
束のようになり、ヒルの頭上に集まると、放たれた矢を全て取り込み、光へと変える。
光は、兵が放った矢と同じ形を成して、方向を変える。そして一気に、彼らに向かって降り注いだのだ。
更に、魔法陣は四方に衝撃を放ち、円形に爆発した。
「うあああっ!!」
吹き飛ばされたマティスは、なんとか我が身を庇う。だが幾つかの矢が足を掠め、その場に膝を着いた。
「詠唱のない魔導術か……」
「詠唱?」
煙が上がるその中で、ヒルは妖しく微笑んだ。
「そんなもの、人間が俺たちの術を使う為に考えたおまじないなんだろう?」
本来、魔導術を行使する際には、必ず何かしらの「媒介」と呼ばれるものが必要となる。
それは杖であったり、生贄であったり、力を乞う為の「詠唱」であったりする。
そうすることで、人は己の体に直接の負担をかけず、未知の力を操ることに成功したのだ。
だが、この男がやって見せたそれは、何ひとつとして必要としない。まるで歩くように自然に、魔導術を見せたのだ。
ヒルの腕の中では、意識を朦朧とさせるリリーがいた。先程から世話しなく鳴り響く音に、なんとか意識が保たれている。
虚ろな彼女の顔を見て、マティスが叫ぶ。
「今リリーを連れていったところで同じだ! お前たちはもう数が少ない! どれだけ頑張ったとしても、未来はなんら変わりはしない! 希望を求めたところで、一緒なんだよ!」
「それは、“誰の話”だ?」
紅い光が、再び燃え上がった。
* * *
アルフレッドの演説は、兵士や騎士を奮い立たせる為に十分すぎるほどの効果を与えた。
彼らをまさに英雄だといわんばかりに褒めちぎる。しらじらしいお世辞演説だろうと、今、報復というひとつの志に縛られている皆であるからこそ、彼の言葉は皆を奮い立たせる雄々しい演説となった。
それがちょうど終わると同時に、ジークフリードが嬉しそうにそわそわとし始めた。
「陛下の演説、短かったね」
「不謹慎ですわよジークフリード」
アメリが嗜めるが、彼の耳にその言葉は右から入って左に流れた。
「敬礼!!」
シュナイダー大佐の掛け声とともに、庭の騎士や兵士は一斉に敬礼をした。
「よし、ではこのあと、第一陣は正門前の──」
「まだあるのかあ。僕の師団の出番は後なのに……」
ジークフリードはシュナイダーの説明を聞かないままこっそりと抜け出すつもりだった。だが、シュナイダーの真横、あまりにも皆から目立ちすぎる位置に立たせられているため、なかなか動けずにいた。
ジークフリードはリリーを思い浮べ、淋しそうに空を仰いだ。
その瞬間、彼の目に信じられない光景が飛び込んできた。
「えっ!?」
轟音と共に、祈りの塔の側面の一部が内部から外に向けて吐き出されるように爆発したのだ。
「な……なんですの?!」
アメリもすぐに体をひねり塔を見上げた。その爆発した場所からはもうもうと黒い煙があがる。内部が、燃えているのだ。燃え上がる赤い炎がちらりと見えた。
庭の兵士や騎士はざわついた。誰もが我が目を疑った。神聖なる聖王国の象徴ともいえる「祈りの塔」が、一部とはいえ破壊され、火を出しているのだから。
「落ち着け! 何事だ! 状況を報告しろ!!」
シュナイダー金の髪を振り乱しながら叫ぶと、どこからか傷ついた近衛兵がよろよろと現れた。
「大佐! 敵襲です! 悪魔が!」
「なんだと? 敵の数を報告しろ!」
シュナイダーがきつく聞き返すと、近衛兵は震えながら自身の傷を抑え、おずおずと答えた。
「一人です! あの爆発は、塔の破壊は、単体によるものです」
「馬鹿な! 塔は聖石で出来ているんだぞ! いくら悪魔といえど……!」
ありえない事実にシュナイダーは塔の爆発した箇所を見上げ、再確認した。そこからは、煙がもうもうと舞い上がるばかりだった。
「あれが悪魔一匹の仕業ですって?」
アメリは眉をひそめ、信じられないというように唇を噛む。
「各兵に告ぐ! 悪魔は単体との報告があるが、定かではない! 配置につけ!」
「自分が気に入らなければ虐げ、気に入れば意のままにしようとする。お前たちはいつもそうだ」
「それはお前たちだって同じだ!」
「ヴァイスの民は違う――何よりも安らぎを望んでいた」
「どこまでが真実か分からないだろう!」
再び、マティスが斬りつける。
ギリギリと刃と刃を重ね合わせていた二つの剣は互いに打ち付け合い一度離れた。二人は間合いをとり、互いの出方を伺う。
「退け」
ヒルはそう言うと、剣を構えた。
少しでも間合いを詰めれば、上から剣撃がくるだろう。
「マティス様! 我らが!」
周囲を囲む兵士が、次々に弓を構える。弓の間合いよりも遥かに近い場所から、一斉に矢が放たれた。
避けられる筈がない。誰もがそう確信して弓を引いた。だが。
「ヴァント・ルーフェ」
ヒルが、剣を縦に構えて呟く。刃の端から覗く瞳が、鋭く光った。
「なっ……!」
突如、ヒルを中心にして、立体に折り重なる魔法陣が出現した。
黒く光りながら、赤い軌跡を残しつつ文字を刻む。奇妙な文字の帯は、ヒルの周りを一回転すると、まるで歯車が噛み合った時のように音を立て、一瞬で爆発した。
そうなるまでが、全て一瞬であった。放たれた弓矢はヒルに届くことはなく、全てがそこで燃え尽きてしまった。
「ひるむな! 続けろ!」
「やめろ! あれは魔導術だ!」
マティスの制止も空しく、兵たちは弓を放つ。だが、それが引き金であった。
防御に徹するかと思われた文字の帯は、形を変えた。
束のようになり、ヒルの頭上に集まると、放たれた矢を全て取り込み、光へと変える。
光は、兵が放った矢と同じ形を成して、方向を変える。そして一気に、彼らに向かって降り注いだのだ。
更に、魔法陣は四方に衝撃を放ち、円形に爆発した。
「うあああっ!!」
吹き飛ばされたマティスは、なんとか我が身を庇う。だが幾つかの矢が足を掠め、その場に膝を着いた。
「詠唱のない魔導術か……」
「詠唱?」
煙が上がるその中で、ヒルは妖しく微笑んだ。
「そんなもの、人間が俺たちの術を使う為に考えたおまじないなんだろう?」
本来、魔導術を行使する際には、必ず何かしらの「媒介」と呼ばれるものが必要となる。
それは杖であったり、生贄であったり、力を乞う為の「詠唱」であったりする。
そうすることで、人は己の体に直接の負担をかけず、未知の力を操ることに成功したのだ。
だが、この男がやって見せたそれは、何ひとつとして必要としない。まるで歩くように自然に、魔導術を見せたのだ。
ヒルの腕の中では、意識を朦朧とさせるリリーがいた。先程から世話しなく鳴り響く音に、なんとか意識が保たれている。
虚ろな彼女の顔を見て、マティスが叫ぶ。
「今リリーを連れていったところで同じだ! お前たちはもう数が少ない! どれだけ頑張ったとしても、未来はなんら変わりはしない! 希望を求めたところで、一緒なんだよ!」
「それは、“誰の話”だ?」
紅い光が、再び燃え上がった。
* * *
アルフレッドの演説は、兵士や騎士を奮い立たせる為に十分すぎるほどの効果を与えた。
彼らをまさに英雄だといわんばかりに褒めちぎる。しらじらしいお世辞演説だろうと、今、報復というひとつの志に縛られている皆であるからこそ、彼の言葉は皆を奮い立たせる雄々しい演説となった。
それがちょうど終わると同時に、ジークフリードが嬉しそうにそわそわとし始めた。
「陛下の演説、短かったね」
「不謹慎ですわよジークフリード」
アメリが嗜めるが、彼の耳にその言葉は右から入って左に流れた。
「敬礼!!」
シュナイダー大佐の掛け声とともに、庭の騎士や兵士は一斉に敬礼をした。
「よし、ではこのあと、第一陣は正門前の──」
「まだあるのかあ。僕の師団の出番は後なのに……」
ジークフリードはシュナイダーの説明を聞かないままこっそりと抜け出すつもりだった。だが、シュナイダーの真横、あまりにも皆から目立ちすぎる位置に立たせられているため、なかなか動けずにいた。
ジークフリードはリリーを思い浮べ、淋しそうに空を仰いだ。
その瞬間、彼の目に信じられない光景が飛び込んできた。
「えっ!?」
轟音と共に、祈りの塔の側面の一部が内部から外に向けて吐き出されるように爆発したのだ。
「な……なんですの?!」
アメリもすぐに体をひねり塔を見上げた。その爆発した場所からはもうもうと黒い煙があがる。内部が、燃えているのだ。燃え上がる赤い炎がちらりと見えた。
庭の兵士や騎士はざわついた。誰もが我が目を疑った。神聖なる聖王国の象徴ともいえる「祈りの塔」が、一部とはいえ破壊され、火を出しているのだから。
「落ち着け! 何事だ! 状況を報告しろ!!」
シュナイダー金の髪を振り乱しながら叫ぶと、どこからか傷ついた近衛兵がよろよろと現れた。
「大佐! 敵襲です! 悪魔が!」
「なんだと? 敵の数を報告しろ!」
シュナイダーがきつく聞き返すと、近衛兵は震えながら自身の傷を抑え、おずおずと答えた。
「一人です! あの爆発は、塔の破壊は、単体によるものです」
「馬鹿な! 塔は聖石で出来ているんだぞ! いくら悪魔といえど……!」
ありえない事実にシュナイダーは塔の爆発した箇所を見上げ、再確認した。そこからは、煙がもうもうと舞い上がるばかりだった。
「あれが悪魔一匹の仕業ですって?」
アメリは眉をひそめ、信じられないというように唇を噛む。
「各兵に告ぐ! 悪魔は単体との報告があるが、定かではない! 配置につけ!」