第二話「白銀の嘘、紅き系譜」
「犬のように吠えるな、頭が痛くなる。それだけなら貴様を殺しはせんわ」
「なんだと?」
「リリー、先程もマティスから聞いたであろう。お前は悪魔と対峙しても、殺さなかったそうだな?」
「だからっ……なんだ」
「……我々はもうひとつ、恐れていた種が芽吹く前にそれを摘み取ることを決意したのだ」
バロンが後ろに控えていた兵士に手で合図を示した。すると兵士達は素早くリリーの元に集まり、彼女の右腕だけを拘束具から外すと、ぐっと押さえ付けるように掴んだ。
バロンは笑みを浮かべる。マティスは、傍観していたが、耐えられなくなったのか目をそらした。
バロンが再び合図をすると、兵士の剣がリリーの聖騎士の紋章に向けられた。
そうして何の前置きもなく、唐突に、剣はリリーの二の腕の肉を切り裂き、紋章を血に染めた。
「う、あっ……ひ……ぁッ!!!」
焼けただれるような激痛が、リリーの神経を麻痺させる。鮮血が噴き出し、床に滝のように落ちていく。
悲鳴が、とまらない。体をのけぞらせ痛みをなんとかしようと藻掻くが、体は左腕の拘束具と兵士達に押さえ付けられているままで、それは叶わない。
瞳からはついに涙が雫となって零れた。それは、痛みだけのせいではないのだが。
「……ッあぁ……う…………、は……っ」
体がぶるぶると震え、連動するように衣服はたちまち紅に染まった。十字架を背に泣き叫ぶも、救いの御使いが現れることはない。
「これも陛下の御意志だ」
バロンの言葉は、リリーの精神を混乱させるには十分な一言だった。
ついこの間、優しい声で微笑んでいたあの幼馴染みが、そんなことを命令したなどと。
信じられる筈がない。だが、腕から流れる生温い液体の感触が、思い出を溶かしていく。
「なんで……っ、アルフレッドが……」
「喧しい、もう一度だ」
続けて、斬りつけられる紋章。叫びの声から力が消え、女の悲壮に変わる。
目を逸らしていても耳に入るリリーの叫び声。マティスはたまらず、バロンに歩み寄り声をかけた。
「あの、議長」
「なんだマティス?」
「もう、十分では」
「まだお前はそんな甘いことを。この出来損ないめ、下がっていろ」
バロンに一喝され、マティスは下がるしか出来なかった。小さく、拳を握り締めたまま。
「そうか……。私を……前線に行かせなかったのは……」
息も絶え絶えにリリーは言った。
「おお、まだ余裕がありそうだ。“さすが”じゃのう」
「最初……から、こうするつもりで……」
「それ以外に何がある? おいどうした、もう片方の腕もやれ」
バロンの一言で、今度は別の兵士の剣がリリーの左腕を貫いた。
「ぃ、いっ、やぁッ!! あああああッッ!」
両腕から血が噴き出し、狂うリリー。それはまるで紅い翼を纏う異形。
リリーの深緑の瞳は急速に焦点が定まらなくなり、曇りを見せる。
辺りの景色が、白んだかのようにぼやけていく。
「セイレ……っ」
目の前の姉を呼ぶ声。セイレには、届かない。
二人の間を、水晶の壁が阻む。
リリーはもう何も考えられなかった。頭の後ろがじんじんと痛む。意識が薄れていくのに、胸の底が焼けるように熱い。
「私が……ッ、私が何を……」
必死に喋るリリーを、バロンは虫けらか何かを見るような目で見ていた。
「お前の存在は我々の未来にとって非常に邪魔な存在だ。そう。貴様の『存在』自体がだ」
バロンはリリーの顎をもち、くいと上に向かせた。涙に塗れた深緑の瞳は、怒りに満ちている。
「この翡翠の瞳、貴様の持ちえる希なる血統の証」
「くッ……」
リリーの顔がひきつる。バロンは続けてこう言った。
「ひとつ昔話を教えてやろう。北の大地に豊かに発展した、おとぎの国の話じゃ。国の名は、“ヴァイス”」
瞬間、リリーは無言に驚きの表情を見せた。
「驚くのも無理はない、世間の今の認識ではヴァイスは悪魔の巣、じゃからな」
バロンは、続けて語り始めた。
「──気の遠くなる昔の話だ」
北にヴァイス、南にリュシアナと云う二つの国があった。
ヴァイスに住む人々は、不思議な力に長けていた。
それは人間の夢である「不老長寿」や、「空間術」や「時間術」。
自在に炎や水を出現させる力。いわゆる魔導術であった。
そのような力を持ちながらも、ヴァイスの民は温厚で平和を好み、大国ながらもその力をひけらかすこともなく、日々ひっそりと暮らしていた。
だが、時の聖王国国王は彼らを脅威と感じていた。
『いつか、自分達は彼らに支配されるのではないか』
そこで王は、ヴァイスに友好を求め、様々な分野の技術交流を提案した。
ヴァイスの民はそれを快諾した。平和を好む彼らは、世界を二分していた国がひとつになるのだ、と。
その裏にある意図には、気付きもしなかった。
そして、ヴァイスの民の"魔法"を我が物にした王は、すぐさまヴァイスの地に攻撃を仕掛けた。
彼らから教わった魔法を、彼ら以上に使いこなす人物の手によって彼の地を永久凍土の地に変えたのだ。
氷は建物を閉じ込め、人々を散り散りにした。
生き残った民らはそのまま、極寒のヴァイスに、震えながら身を隠すことになった。
以後、聖王国は飛躍的な発展を遂げ、歴史上類を見ないアーリア一の国家となる。
しかし、王はぬかり無かった。
ヴァイスに生き残りの者達がいることを知ると、彼らを討伐する「聖騎士」なる精鋭部隊を創設し、徹底的な排除を唱えた。
自分達に歯向かうものは全て「悪魔」と称し、さも自分達は「正義」だといわんばかりに。
「なんだと?」
「リリー、先程もマティスから聞いたであろう。お前は悪魔と対峙しても、殺さなかったそうだな?」
「だからっ……なんだ」
「……我々はもうひとつ、恐れていた種が芽吹く前にそれを摘み取ることを決意したのだ」
バロンが後ろに控えていた兵士に手で合図を示した。すると兵士達は素早くリリーの元に集まり、彼女の右腕だけを拘束具から外すと、ぐっと押さえ付けるように掴んだ。
バロンは笑みを浮かべる。マティスは、傍観していたが、耐えられなくなったのか目をそらした。
バロンが再び合図をすると、兵士の剣がリリーの聖騎士の紋章に向けられた。
そうして何の前置きもなく、唐突に、剣はリリーの二の腕の肉を切り裂き、紋章を血に染めた。
「う、あっ……ひ……ぁッ!!!」
焼けただれるような激痛が、リリーの神経を麻痺させる。鮮血が噴き出し、床に滝のように落ちていく。
悲鳴が、とまらない。体をのけぞらせ痛みをなんとかしようと藻掻くが、体は左腕の拘束具と兵士達に押さえ付けられているままで、それは叶わない。
瞳からはついに涙が雫となって零れた。それは、痛みだけのせいではないのだが。
「……ッあぁ……う…………、は……っ」
体がぶるぶると震え、連動するように衣服はたちまち紅に染まった。十字架を背に泣き叫ぶも、救いの御使いが現れることはない。
「これも陛下の御意志だ」
バロンの言葉は、リリーの精神を混乱させるには十分な一言だった。
ついこの間、優しい声で微笑んでいたあの幼馴染みが、そんなことを命令したなどと。
信じられる筈がない。だが、腕から流れる生温い液体の感触が、思い出を溶かしていく。
「なんで……っ、アルフレッドが……」
「喧しい、もう一度だ」
続けて、斬りつけられる紋章。叫びの声から力が消え、女の悲壮に変わる。
目を逸らしていても耳に入るリリーの叫び声。マティスはたまらず、バロンに歩み寄り声をかけた。
「あの、議長」
「なんだマティス?」
「もう、十分では」
「まだお前はそんな甘いことを。この出来損ないめ、下がっていろ」
バロンに一喝され、マティスは下がるしか出来なかった。小さく、拳を握り締めたまま。
「そうか……。私を……前線に行かせなかったのは……」
息も絶え絶えにリリーは言った。
「おお、まだ余裕がありそうだ。“さすが”じゃのう」
「最初……から、こうするつもりで……」
「それ以外に何がある? おいどうした、もう片方の腕もやれ」
バロンの一言で、今度は別の兵士の剣がリリーの左腕を貫いた。
「ぃ、いっ、やぁッ!! あああああッッ!」
両腕から血が噴き出し、狂うリリー。それはまるで紅い翼を纏う異形。
リリーの深緑の瞳は急速に焦点が定まらなくなり、曇りを見せる。
辺りの景色が、白んだかのようにぼやけていく。
「セイレ……っ」
目の前の姉を呼ぶ声。セイレには、届かない。
二人の間を、水晶の壁が阻む。
リリーはもう何も考えられなかった。頭の後ろがじんじんと痛む。意識が薄れていくのに、胸の底が焼けるように熱い。
「私が……ッ、私が何を……」
必死に喋るリリーを、バロンは虫けらか何かを見るような目で見ていた。
「お前の存在は我々の未来にとって非常に邪魔な存在だ。そう。貴様の『存在』自体がだ」
バロンはリリーの顎をもち、くいと上に向かせた。涙に塗れた深緑の瞳は、怒りに満ちている。
「この翡翠の瞳、貴様の持ちえる希なる血統の証」
「くッ……」
リリーの顔がひきつる。バロンは続けてこう言った。
「ひとつ昔話を教えてやろう。北の大地に豊かに発展した、おとぎの国の話じゃ。国の名は、“ヴァイス”」
瞬間、リリーは無言に驚きの表情を見せた。
「驚くのも無理はない、世間の今の認識ではヴァイスは悪魔の巣、じゃからな」
バロンは、続けて語り始めた。
「──気の遠くなる昔の話だ」
北にヴァイス、南にリュシアナと云う二つの国があった。
ヴァイスに住む人々は、不思議な力に長けていた。
それは人間の夢である「不老長寿」や、「空間術」や「時間術」。
自在に炎や水を出現させる力。いわゆる魔導術であった。
そのような力を持ちながらも、ヴァイスの民は温厚で平和を好み、大国ながらもその力をひけらかすこともなく、日々ひっそりと暮らしていた。
だが、時の聖王国国王は彼らを脅威と感じていた。
『いつか、自分達は彼らに支配されるのではないか』
そこで王は、ヴァイスに友好を求め、様々な分野の技術交流を提案した。
ヴァイスの民はそれを快諾した。平和を好む彼らは、世界を二分していた国がひとつになるのだ、と。
その裏にある意図には、気付きもしなかった。
そして、ヴァイスの民の"魔法"を我が物にした王は、すぐさまヴァイスの地に攻撃を仕掛けた。
彼らから教わった魔法を、彼ら以上に使いこなす人物の手によって彼の地を永久凍土の地に変えたのだ。
氷は建物を閉じ込め、人々を散り散りにした。
生き残った民らはそのまま、極寒のヴァイスに、震えながら身を隠すことになった。
以後、聖王国は飛躍的な発展を遂げ、歴史上類を見ないアーリア一の国家となる。
しかし、王はぬかり無かった。
ヴァイスに生き残りの者達がいることを知ると、彼らを討伐する「聖騎士」なる精鋭部隊を創設し、徹底的な排除を唱えた。
自分達に歯向かうものは全て「悪魔」と称し、さも自分達は「正義」だといわんばかりに。