第二話「白銀の嘘、紅き系譜」

 マティスは落胆したかのようにため息を吐くと、祭壇から離れまたこちらを振り返った。
 何故だろうか、そこにいる彼は、リリーと共にヴァイスに赴いたあのマティスではなく、全く違う人間のようだ。

「あなたは……誰…………」

 低く唸るようにリリーが問う。マティスは薄笑いを浮かべながら答えた。

「俺はマティスだ。センシディア家の長男、マティスだよリリー」

 すると、室内に太陽が入り込んだのかと思うほど、辺りが急速に明るくなっていった。天井から光が差し込んだのか、燭台の光だけでは分からなかった室内の隅々までが見えた。
 それは無情にも、目の前の信じられない光景をも映し出す。リリーは何かに喚ばれたように、高い天井を仰いだ。
 天井で微かに輝いていた灯りは、灯りなどでなく。聖石と呼ばれる巨大な水晶が放っているものだった。
 いや、違う。水晶の中にいる人物が、といったほうが正しいだろう。
 どんな原理なのかは分からないがそれは空中に浮かび、呪印が施された帯を幾重にも巻き付けられている。
 しかしリリーが驚いたのはそんなことにではなく、中にいる人物をはっきりと認識したからだった。
 目の奥が、熱くなった。その聖石、クリスタルの中で淡く光を放つ人物は、リリーが長年探し続けていたその人。

「姉さ…………」

 金色の髪が水中にいるかのように揺れている。遠目にも分かる、あれはまぎれもなく姉のセイレだ。疑問は確信に変わった。

「姉さん!!」

 リリーは必死に名を呼んだ。先程まで擦れた声しか出なかったはずなのに、今度は響き渡るような大声で。
 死んだと思っていた、今となってはたった一人の肉親。なんとかしようと藻掻いても、腕を縛る鎖がリリーの自由を奪ったままで。

「マティス! 姉さんに……姉さんに何をした!!」

 睨み据えるも、マティスは平然としている。

「何もしていないさ」

「今すぐ姉さんを解放しろ! さもないと…………」

「――さもないと、どうなるのだ?」

 リリーの言葉が終わるより早く、とある人物の言葉が被さった。通路をゆらり、ゆらりと歩いてくるその者はあきらかに老体だったが、威厳に満ちた立ち居振る舞いは身分の高さを物語る。後ろには数人の警護兵。いずれも近衛兵の紋章をつけている。

「愚かな、何も識らずにいれば事無きを得たものを」

 その老人は、法王を思わせる荘厳な装飾が施された白を基調とした衣服を纏っている。手には、豪華な十字架を型どった杖。

「バロン国議院議長様」

 マティスは深く頭を下げた。バロンはうむ、と相づちをうつと、リリーに視線を戻した。

「議長……!」

 リリーは怒りに満ちた目を向けたが、バロンは不適な笑みを浮かべ、杖を支えに彼女の前に立つ。

「さて、リリー。此処がどこだか分かるか?」

「知るか!」

 バロンはふう、とため息をつくと首を振る。

「ここは祈りの塔の中だ」

 バロンは杖で軽く地面を叩いた。すると、先程まで頭上高く浮いていた水晶の檻がゆっくりと降りてくる。周囲には緑の粒子が舞っており、それは中にいるセイレから放出されていた。
 水晶の檻が、リリーの目の前に降り立つ。そうなったことで、リリーとセイレの距離がぐっと縮まった。
 もう、手を伸ばせば触れられる位置にセイレがいる。
 瞳は閉じられたままだったが、外見はあの頃とほとんど変わっていない。金の睫毛も、陶器のような白い肌も。
 リリーは、込み上げてくる何かを、唇を噛み締めることで必死に抑えた。

「セイレは良くやってくれた。申し分ない『器』だ」

 バロンは聖石に手をつきながら、慈しむような目でセイレを見る。
 その様子にますます腹が立ったリリーは、手首の手錠がちぎれんばかりの勢いで叫んだ。

「バロン!! セイレを返せ!! どういうつもりだ! セイレは死んだと…………あの時の死体はッ!」

「リリー、落ち着いて」

 マティスが諫めるように言ったが、それはリリーを余計に逆上させた。

「マティス……お前も知っていたの1? 騙したのか! 私を!!」

「そうじゃない! でも君は……!」

 マティスは何か言い掛けたが、バロンの鋭い目線に気付くとそれ以上の発言はやめた。

「リリー、見なさいこれを。『完璧』だ。力、素質ともにな」

 バロンがセイレを目で指し語る。

「お前は今疑問だらけだろうな。ひとつは何故アストレイアが生きているのか。もうひとつは何故自分が捕われなければならないのか」

「どういう……」

「これから、アルフレッド陛下の演説がある。それが終われば、シュナイダー大佐、英雄聖騎士達の軍がヴァイスに向けて出陣する」

 バロンは時折咳払いをまじえながら、話を進めていく。

「皆の心は、アストレイアが死んだということによってひとつに固まりつつある。だがな、まだ足りないのだ」

「リリー、君が気紛れに暴いていた大臣達の悪事。あれが明るみに出ることで、民の忠誠心は王室から離れていった」

 マティスが付け加えると、バロンは頷きため息を吐いた。

「そう、そして民の心はいつしか、アルフレッド陛下ではなく、ある一人に向けられるようになっていた」

 忌々しい、と言わんばかりにバロンが顔を歪める。老体とは思えぬ闘志を瞳に宿し、リリーを睨む。

「ふざけるな! 国民の心が移ろうのは貴様ら自身の責任だろう! 議会を分断し、己がすべての政治をしていれば当たり前だ!」

 もはやリリーには、いつもの冷静な分析と思索をめぐらせる余裕は無かった。ただ目の前の二人が、自分を騙していたということ。セイレを監禁しているということに対しての抑えきれない感情を剥き出しにするしか出来なかった。
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