第二話「白銀の嘘、紅き系譜」
「──静粛に! 陛下より出陣前の御言葉を承る! 皆、心を静めよ!」
シュナイダー大佐の言葉とともに、アルフレッドが玉座が据えられた祭壇にあがった。
椅子に座らず、目の前に集結した聖騎士達を見渡し、感慨ぶかそうにし目を細めた。
庭が、静まり返る。
アルフレッドが背にした祈りの塔は、彼の王たる威厳を増長させるかのように、光り輝いている。
祭壇のすぐ横に立っているアメリを含め庭にいる騎士や兵士ははそれに見とれていたが、ジークフリードだけはまだ、塔を気にしていた。
「皆、偉大なる戦いを前にして、今何を思う?」
アルフレッドは静かに語り始める。声は、不思議と庭全体に響き渡った。
「祖国の為、民の為、戦地に赴く勇気あるそなたらに、私は今強い歓喜に震えている」
穏やかで、少し低い声が響き渡り、皆は魅き込まれたように彼の話に聞き入っていた。
「世界は蝕まれ続けている。北より現れ出でる悪魔の恐怖。そして創世神を信じぬ不幸な者たちの歩み。狂わされた世界を取り戻した我ら人間を、脅かす存在。私は、その全てに立ち向かおう。このまま歴史が過去の災厄を繰り返し、再びあの横暴な悪魔の手により破壊の危機を迎えることだけは、決してさせはしない!」
アルフレッドの声に、力がこもる。呼応して、人々も拳を握り締めた。
「獅子の子よ! 正義の執行人である騎士よ! 剣を持て! これ以上、命を恐怖の牙で失くすべきではない! 人間が生きるこのアーリアは、人間の御世! そしてついに悪魔の世は去るのだ! そなたらの剣で――!」
* * *
痛い。
何も、見えない。今は、朝か夜か。
そんな感覚もつかめない。
「……あ…………」
そこは、見渡すかぎりの闇。かろうじて見えるものといえば、遥か頭上にゆらゆら揺れる灯りのようなものだけだった。
リリーは声を出そうとしてみた。だが、擦れたような吐息が洩れるだけ。今度は四肢を動かそうと試みる。しかし頭の中で四肢に命じても、それらが命令に従うことはなかった。否、従えない、動けないのだ。
何故なら彼女の手首には、重い薄灰色の鎖と、手錠のようなものがはめられていたからだった。鎖はリリーを吊り下げる形になり、浮いていることで彼女の手首には全体重の負荷がかかる。結果、痛々しい程の擦れ傷が出来ていた。リリーは朦朧とする頭で、こうなってしまった直前の出来事を思い出していた。
浮かんだのは、意識を失いかけたリリーを見下ろす、マティスの瞳。それから後は、わからない。気が付けばこうやって、この暗闇に四肢ばかりか視覚や声までも梗塞されていた。
リリーは気丈に、なんとか助かる方法を探していた。だがこの三日間、飲まず食わずだったせいもあり、さすがに頭はうまく回らなかった。
リリーはふいに耳に神経を集中させた。遠くから、何者かの靴音が聞こえてきたのだ。カツン、カツンとその音は徐々に大きくなり、こちらに近づいてくるのがよく分かる。
その靴音はある一定の場所に到達すると止み、それを合図にリリーの眼前には小さな灯りがともった。おそらく靴音の持ち主が燭台に火をつけていっているのか。灯りは暗闇だった室内を照らし、ついにその人物とともに全様があきらかになった。
「マティス!」
「……リリー」
その人物はマティスだった。白に青い縁取りが施された正装。胸には聖王国の勲章をつけ、髪も少し後ろに流している。
明るくなったことで、自分が吊されているのは、祭壇に飾られた白く巨大な十字架だということが分かった。十字架のさらに後ろの壁には、獅子と女性の象が飾られている。
彼女が今いる場所は、どうやら何かの教会のようだ。中央には長い通路があり、両側にはマティスがつけていった燭台が等間隔に並んでいる。全体はよく見れば円形で、やたらと天井が高い。
「なぜ……」
リリーの消え入るような問い掛けに、マティスはその前まで歩み寄り、彼女を見上げた。その視線にかつての優しさはなく、冷たく透き通る青いガラス玉のようだった。
「さすがに、丈夫な体だね」
リリーの体は既に生気なく、衣服も拷問を受けたのか数ヶ所破れている。それでも、その眼は輝きを失ってはいない。
「何故……だ」
「何故かって? そうだね、もう話してもいいかもしれない」
マティスは冷たい笑みを浮かべると、腰の剣をすらりと抜いた。細身の剣はリリーの首元に定まり、今にも容赦なく貫きそうだった。
「リリー、覚えているかい?」
「なに……を」
リリーは喋るのもやっとだったが、なんとか声を振り絞る。
「あのヴァイスで、俺が君に言った『言葉』さ」
「言葉?」
眉をしかめ、リリーは記憶の糸を手繰ってみたが、何のことか見当はつかなかった。
「俺はこう言ったんだ。『悪魔の言うことなんかに耳を貸すな』って」
マティスは剣の切っ先をリリーの頬に移し、刀身をぴたりとつける。
「君は俺の言うことを聞かなかった。迷っていた。そうだろう?」
確かに、あの時リリーはヒルから『セイレは生きている』という話を聞いた直後で、ひどく混乱していた。
「あれは人類に対しての逆臣行為だ。聖騎士なら、規約は覚えているだろう。『悪魔を見たならば、全てその場で抹殺すべし』」
「ちが……ッ。あれは……!」
「なんだい?」
「あれ……は」
マティスは剣を下ろし、リリーの口元に耳をやる。だがその小さな反論の言葉を聞くのではなく、自身が語り始めた。
「どうしたんだい。悪魔から、衝撃的な何かを聞かされたりでもしたのか?」
その言葉に、リリーの瞳は大きく動いた。凝視するようにマティスの顔を見る。
「貴女には失望したよ」
シュナイダー大佐の言葉とともに、アルフレッドが玉座が据えられた祭壇にあがった。
椅子に座らず、目の前に集結した聖騎士達を見渡し、感慨ぶかそうにし目を細めた。
庭が、静まり返る。
アルフレッドが背にした祈りの塔は、彼の王たる威厳を増長させるかのように、光り輝いている。
祭壇のすぐ横に立っているアメリを含め庭にいる騎士や兵士ははそれに見とれていたが、ジークフリードだけはまだ、塔を気にしていた。
「皆、偉大なる戦いを前にして、今何を思う?」
アルフレッドは静かに語り始める。声は、不思議と庭全体に響き渡った。
「祖国の為、民の為、戦地に赴く勇気あるそなたらに、私は今強い歓喜に震えている」
穏やかで、少し低い声が響き渡り、皆は魅き込まれたように彼の話に聞き入っていた。
「世界は蝕まれ続けている。北より現れ出でる悪魔の恐怖。そして創世神を信じぬ不幸な者たちの歩み。狂わされた世界を取り戻した我ら人間を、脅かす存在。私は、その全てに立ち向かおう。このまま歴史が過去の災厄を繰り返し、再びあの横暴な悪魔の手により破壊の危機を迎えることだけは、決してさせはしない!」
アルフレッドの声に、力がこもる。呼応して、人々も拳を握り締めた。
「獅子の子よ! 正義の執行人である騎士よ! 剣を持て! これ以上、命を恐怖の牙で失くすべきではない! 人間が生きるこのアーリアは、人間の御世! そしてついに悪魔の世は去るのだ! そなたらの剣で――!」
* * *
痛い。
何も、見えない。今は、朝か夜か。
そんな感覚もつかめない。
「……あ…………」
そこは、見渡すかぎりの闇。かろうじて見えるものといえば、遥か頭上にゆらゆら揺れる灯りのようなものだけだった。
リリーは声を出そうとしてみた。だが、擦れたような吐息が洩れるだけ。今度は四肢を動かそうと試みる。しかし頭の中で四肢に命じても、それらが命令に従うことはなかった。否、従えない、動けないのだ。
何故なら彼女の手首には、重い薄灰色の鎖と、手錠のようなものがはめられていたからだった。鎖はリリーを吊り下げる形になり、浮いていることで彼女の手首には全体重の負荷がかかる。結果、痛々しい程の擦れ傷が出来ていた。リリーは朦朧とする頭で、こうなってしまった直前の出来事を思い出していた。
浮かんだのは、意識を失いかけたリリーを見下ろす、マティスの瞳。それから後は、わからない。気が付けばこうやって、この暗闇に四肢ばかりか視覚や声までも梗塞されていた。
リリーは気丈に、なんとか助かる方法を探していた。だがこの三日間、飲まず食わずだったせいもあり、さすがに頭はうまく回らなかった。
リリーはふいに耳に神経を集中させた。遠くから、何者かの靴音が聞こえてきたのだ。カツン、カツンとその音は徐々に大きくなり、こちらに近づいてくるのがよく分かる。
その靴音はある一定の場所に到達すると止み、それを合図にリリーの眼前には小さな灯りがともった。おそらく靴音の持ち主が燭台に火をつけていっているのか。灯りは暗闇だった室内を照らし、ついにその人物とともに全様があきらかになった。
「マティス!」
「……リリー」
その人物はマティスだった。白に青い縁取りが施された正装。胸には聖王国の勲章をつけ、髪も少し後ろに流している。
明るくなったことで、自分が吊されているのは、祭壇に飾られた白く巨大な十字架だということが分かった。十字架のさらに後ろの壁には、獅子と女性の象が飾られている。
彼女が今いる場所は、どうやら何かの教会のようだ。中央には長い通路があり、両側にはマティスがつけていった燭台が等間隔に並んでいる。全体はよく見れば円形で、やたらと天井が高い。
「なぜ……」
リリーの消え入るような問い掛けに、マティスはその前まで歩み寄り、彼女を見上げた。その視線にかつての優しさはなく、冷たく透き通る青いガラス玉のようだった。
「さすがに、丈夫な体だね」
リリーの体は既に生気なく、衣服も拷問を受けたのか数ヶ所破れている。それでも、その眼は輝きを失ってはいない。
「何故……だ」
「何故かって? そうだね、もう話してもいいかもしれない」
マティスは冷たい笑みを浮かべると、腰の剣をすらりと抜いた。細身の剣はリリーの首元に定まり、今にも容赦なく貫きそうだった。
「リリー、覚えているかい?」
「なに……を」
リリーは喋るのもやっとだったが、なんとか声を振り絞る。
「あのヴァイスで、俺が君に言った『言葉』さ」
「言葉?」
眉をしかめ、リリーは記憶の糸を手繰ってみたが、何のことか見当はつかなかった。
「俺はこう言ったんだ。『悪魔の言うことなんかに耳を貸すな』って」
マティスは剣の切っ先をリリーの頬に移し、刀身をぴたりとつける。
「君は俺の言うことを聞かなかった。迷っていた。そうだろう?」
確かに、あの時リリーはヒルから『セイレは生きている』という話を聞いた直後で、ひどく混乱していた。
「あれは人類に対しての逆臣行為だ。聖騎士なら、規約は覚えているだろう。『悪魔を見たならば、全てその場で抹殺すべし』」
「ちが……ッ。あれは……!」
「なんだい?」
「あれ……は」
マティスは剣を下ろし、リリーの口元に耳をやる。だがその小さな反論の言葉を聞くのではなく、自身が語り始めた。
「どうしたんだい。悪魔から、衝撃的な何かを聞かされたりでもしたのか?」
その言葉に、リリーの瞳は大きく動いた。凝視するようにマティスの顔を見る。
「貴女には失望したよ」