第二話「白銀の嘘、紅き系譜」

アメリと呼ばれた女性は、小首を傾げ微笑んだ。腰ほどまでの黒髪が、さらさらと細かに流れる。包容力を兼ね備えた落ち着いた瞳は青く、誰が見てもはっきりと「美人だ」と感想をもらすだろう。
異国情緒漂う服は、高価な綾で出来ている。

「聞いていますわジークフリード。ですが、あなたは少し目上、目下という関係を知らなければいけませんわ。私はあなたより上、第二階級なのですから」

アメリの言葉尻は優しいが、奥深い威圧感がジークフリードに伝わってきた。
だが、見た目は清楚で上品で、とても第二位の英雄聖騎士などという仰々しい人物には見えない。それこそ、和の織りなす畳の上に据えれば、月から来た姫だと言っても疑うことはないだろう。

「えっらそうにー。これだからお姫様は」

歩きながらも彼女との距離を取り、怯えながらもジークフリードは反発する。どうやらアメリの実力は彼よりも数段上のようだ。

「ジークフリード。貴方と同じく、もう私に過去の身分は存在しません。その呼び方はやめて頂けますか?」

アメリは、真剣な面持ちで言う。ジークフリードは、はいはいと軽く流した。

「それよりさ、アメリはリリーって知ってる?」

アメリは頭の上に疑問符を浮かべ首をひねる。

「リリー?」

「こないだ会ったんだけどさ、セイレの妹だよ。すっごく強いんだよー!」

そう言うジークフリードは、まるで自分のことを語っているかのように得意げだった。

「ああ、セイレ様の。変わり者の……」

「その言い方、本人の前では言わない方がいいよ。普通の子だったよ。ほんと」

「セイレ様を亡くされてさぞ落ち込んでいることでしょう」

「まあそれはね……。あ、でも聞いたらさ、その後四人の部隊だったにも関わらず無事にヴァイスから帰ってきたんだって! すごいよねー! 僕たちだってなかなか行ってこようとは思わないのに」

「……そう」

アメリは、僅かに眉をひそめた。そうこうしている内に、回廊の終わりが前方に見え始めた。その向こうに見える中庭には、昼間の太陽からの橙色の光と、祈りの塔から発せられる光が不思議に交差していた。

「リリー……偉大なアストレイア様の妹」

小さく、誰にも聞こえない声で呟くアメリ。二人はそれ以上会話を交わすことはなく、足を進めていった。
祈りの庭にはもう大勢の人間が集まっていて、塔の前には玉座が設置されていた。周りを高く頑丈な壁が円形に囲み、祈りの塔を守っている。その厳かな雰囲気から、人は神の存在を信じずにはいられなかった。
ジークフリードは辺りに目を凝らし、しきりに彼女を探している。

「リリーはもう来てるかな?」

「さあ、どうでしょうか」

アメリはそっけなく答えた。

「間もなく陛下がお出ましになられる! 隊列を乱すな!」

祈りの庭には、上位騎士や各国軍幹部たちの錚々たる顔触れが並んでいた。
庭にいるのは各部隊長、一般兵は庭の外にある投影装置を見ていた。
そして、庭の中心部にそびえる祈りの塔の前、祭壇のようになった玉座が据えられていた。
右にはシュナイダー大佐、左には元老院議員が並んでいる。

「おかしいですわね」

最前列の中央に並んでいたアメリはその大きな瞳を玉座に向けた。

「何が?」

すぐ横に並んでいるジークフリードはその呟きに気付き、首を傾げる。

「先程から気になっていたのですが、議長殿の姿が見えませんわ」

「議長? バロンのおじいちゃん? そういえば……」

ジークフリードは目を懲らし辺りを見回してみたが、確かに国議員議員の姿はあっても、バロン議長の姿だけは見当たらない。

「陛下と一緒にいるんじゃない?」

「そうですわね、あまり気にすることでもないかとは思うんですが」

アメリは目を伏せため息を吐いた。

「何故か、祈りの塔から凶々しい気配がするものですから」

そう言われると、ジークフリードは改めて塔を見上げた。美しい聖石の塔は、いつもと変わらないように見えるのだが。

「何も気にすることないでしょ」

「ですけど、こんな大事な日に……」

「アメリって細かい」

「なんですって?」

「ううん、何でもないよ」

アメリは横目にジークフリードを睨んだが、彼はわざとらしく知らないふりをした。
ふいに、ジークフリードは何かに気付き、その視線の先をじっと見つめた。

「ジークフリード?」

アメリが尋ねると、ジークフリードは自信がなさそうに答えた。

「見間違いかな。今、塔が揺れたような…………」

「まさか」

アメリも目を凝らして塔を見上げた。だが、別段変わった様子はない。

「何も変わりませんわよ?」

「ほんとだって!」

ジークフリードは頭をかきながら、納得がいかない様子だった。だが、アルフレッドの演説が始まる合図のファンファーレが中庭に鳴り響いたため、姿勢を正し、王が現われる扉に目をやった。
ジークフリードは、しきりに塔を気にする。話をしながらも、ちらちらと横目で様子をうかがう。アメリも、先程から妙な気配を察知してはいたが、ジークフリードほど気にはしていなかった。
ファンファーレによる演奏が終わりに近づくと、祈りの庭に入る扉の中でも、ひときわ大きな扉が開いた。
そこから塔に向けて、近衛兵達が両側に並び王の通り道を作り、獅子の紋が施された剣を垂直に持直し敬意を現す。
びたりと兵士達の動きが静止すると、扉の奥からアルフレッドが現われた。彼は、いつもと変わらない優しい微笑みを讃えている。
獅子の大きな顔がついた毛皮のローブ、暁色の長い髪をなびかせ、自らも戦に参加することを示すかのように、白銀の鎧に身を包んでいた。
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