第二話「白銀の嘘、紅き系譜」

 言葉とは裏腹に、マティスは妖しい笑みを浮かべていた。
 何が起こったのか。
 それを考える間もなく、リリーの思考は途絶えた。
 蒼く結い上げられた髪ははらりと崩れ、体はそのまま倒れこんだが、地に叩きつけられる前にマティスが支えた。

「……識り過ぎた」

 華奢な少女の体は、完全に彼の手に委ねられてしまった。

 ──暗闇の中、リリーは夢を見た。
 夢か幻影か。現実との境がつかないくらい、情緒的で懐かしい夢。

「ねえセイレ。悪魔って私たちとあまり見た目は変わらないんだね!」

 蒼い髪の幼い少女が花畑の中を走っている。
 あれは、昔の自分。リリーは客観的にそれを見ていた。

「リリー。そういうことを言うと罰をうけるぞ?」

 姉さんか。
 背格好からして、聖騎士試験を受ける前だ。
 リリーが見ているのは、十二歳のセイレだった。

「だって! この間悪魔さんとお話したよ? 優しかった!」

「悪魔と? お前何もされなかったのか?」

「一緒にお花摘んだ!」

 幼いリリーは満面の笑みで花で作った冠を姉に渡した。
 セイレはそれを受け取ったが、被らずして、リリーに語り始めた。

「あのなリリー。私はもうすぐ聖騎士になるんだ。その優しい悪魔さんを倒さなきゃいけない」

「なんで!? 駄目だよセイレ! 倒しちゃやだよ! 悪魔さん優しいよ!」

「リリー……でもな」

 花畑に佇む二人。セイレは困ったように笑い、泣きじゃくる妹を優しくなだめた。

「やだよ……やだよセイレ。悪魔さん殺しちゃやだよ……」

「リリー……泣くな。悪魔は敵なんだ。私はお前を守りたいから」

 ──こんなことが、あったんだな……。
 覚えていない……。

 “リリー、泣くな。賢く待ってるんだぞ。かならずお前を、守ってやるから”

 守ると言った、セイレ。
 守ると言った、あの悪魔。
 私は、どちらの、意志を。

 リリーは、静かに目を閉じた。


 * * *


 遠く離れた、北の大地。
 緋色の髪をひとつに纏め、青年は身仕度を整えた。
 腰には、鋭い鉄の剣。誰が見ても、これから彼が何をしにいくかは一目瞭然だった。
 彼の背後にはいつのまにか金髪の青年が立っており、未だ回復しきっていない体をひきずっていた。

「行くのかよ、ヒル」

「……誰かと思ったらライザーか」

 緋色の髪の青年ヒルは、ライザーに振り返り笑みを浮かべた。

「わかってんのか? あそこには今各地から……」

 ライザーは彼が『そこ』に行くのを快く思わないのか、引き止めるような言葉を出す。

「俺にしか出来ないんだよライザー。色んな意味でな」

 ヒルは笑みを浮かべたままだが、瞳は少しも笑ってはいない。
 ライザーはそれ以上何も言えず、力を凝縮し空間移動の準備を始めるヒルを、ただ見守るしかできなかった。

「セイレ……今お前との『約束』、果たしてやるからな」

 ヒルが前方に手をかざすと、そこには鏡を割ったときのような亀裂が入り、ピシピシと音を立てながら異空間への道が開いた。中は、漆黒の闇。
 ヒルは恐れもせず、静かに足を踏み入れた。

「絶対戻ってこいよ、ヒル……」

 ライザーの言葉は、ヒルには聞こえてはいないだろうが、それでも彼が居なくなった空間を見つめつぶやいた。


 * * *


 明朝、リュシアナ王都アルフォンスには各国から名のある上位騎士が集結し、物々しい雰囲気に包まれていた。
 民達は、ひたすら祈るしかなかった。
 街の中を城へと向かう何十台もの馬車が通り、至る所から急に現われる騎士。空を見上げると、異様な色の翼をはためかせ、城へと向かう人ならざる騎士。
 いくらリュシアナの民が聖騎士を崇めているとはいえ、そんな異様な光景に不安がつのるのは当たり前で、皆は一様に顔をしかめ、その場で祈るように膝まづいた。
 部隊は既に編成され、軍事会議も「魔導通信機械」を使い、各国首脳との連携はとれている。準備は、万端だ。
 後は、出陣前のアルフレッド王の演説を待つばかりだった。

「演説? なんで演説なんかするのさ」

 城の中庭、祈りの塔がある庭に続く回廊を進みながら、ジークフリードは疑問を独り言のように口にした。  

「人の心を統一するには、絶対的な心の拠り所、象徴的な人間の存在が必要なのですわ」

 ジークフリードの問いにすぐさま答えが返ってきた。
 淡々として聞こえるが、その声の持ち主の女性の顔は優しく微笑んでいる。

「分かりますか? ジークフリード」

 ジークフリードはその細い両腕を自身の頭にやったまま理解したように小さく頷く。

「ふーん、今はセイレがいないからかなあ。確かに、聖騎士は単独行動が多いから自分勝手な奴が多いし…………陛下の話を聞くと、まとまるかもね」

「そこまで分かっているならば上出来ですわ。よく出来ました」

 女性が優しさを帯びた声で誉めると、ジークフリードは少しムッとした顔つきを見せた。子供のように扱われるのが、どうやら気に入らないらしい。

「あのさ、僕はもう十七歳だよ? それに、頭だけなら君よりは良いと思うけど?」

 生意気な態度を見せるジークフリードだったが、女性はなんら感情を高ぶらせる様子もなく会話を続ける。

「ジークフリード。そのような言い方は、あまり感心しませんわ」

 ぴしと目の前に立てられた細く白い指。ジークフリードは思わず口をつぐむ。

「だからさあ、僕は子供じゃないっていってるのに」

 拗ねたジークフリードを母性溢れる眼差しで女性は見つめていた。

「ねえ、聞いてるアメリ?」
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