第二話「白銀の嘘、紅き系譜」

「すぐ戻るから気にしないで」

 メイドが言い終わる前にキツイ口調でそう言うと、ジークフリードはまた歩き始めた。
 回廊を闇雲に歩いていると、中庭に面した場所に出る。視界には、あの祈りの塔が飛び込んできた。

「こんなでかいものよく作ったなあ。全部“聖石”かな?」

 回廊の柱に持たれかかりながら独り言を言う。
 祈りの塔はその全てが聖石と呼ばれる特殊な鉱物で出来ている。聖石は聖王国リュシアナでしか採れない鉱物、これだけの聖石を採取するにはかなりの年数がかかっただろう。
 祈りの庭には今日も民達が祈りを捧げに膝まづいているはずだが、少し様子が違った。
 それに気付いたジークフリードは手のひらを額に当て、真上からの陽を遮りながら祈りの塔の下部を見つめた。

「ん?」

 蠢く何かを見付け、目を凝らす。そこには数人の人間が、塔内部に通じる扉の前で何やら話し合っていた。

「なんなんだろ……」


 * * *


 それから幾日か経ったある日、リリーの元に来客が訪れた。
 ずっと城での待機を命じられていたリリーは、いい加減退屈だった鬱憤を晴らすように、これでもかというほどくつろいだ姿でそこにいた。

「なんて格好しているんだよ……」

 聞き覚えのある声にリリーは瞳を動かす。本を顔に被せソファに横たわっていた彼女は、まるで下着同然の部屋着のままだった。そしてそれは、マティスを認識した後も変わらない。

「マティス?」

「人を招き入れる恰好じゃないだろそれ」

「何か用?」

 相変わらずそっけない態度にマティスは苦笑いした。

「いや、用ってほどじゃないんだけど、少し話があって」

「王からの伝令?」

「ああ、その伝令を伝えにきたんだ」

 マティスは持っている封書を見せた。獅子の紋が押されている。

「それなら早く言って」

 リリーは封書を受け取ろうと手を伸ばしたが、マティスがひょいとそれを上に上げた。

「ふざけないで」

 当然のようにリリーは眉をひそめた。

「お茶くらい飲ませてくれてもいいんじゃないか?」

「……面倒」

 程なくしてメイドが部屋に訪れ、紅茶と菓子を出してくれた。
 香り高い紅茶の琥珀に揺れる水面を見つめながら、リリーは懐かしそうに溜息を吐いた。

「俺も連日会議に出たからさ、疲れて喉が乾いちゃって」

「この前は大分モメたようね」

「何故知ってるんだい?」

 しまった、とリリーは顔には出さず後悔した。ベリーが諜報してたなんて言える筈もなく。黙ってカップに紅茶を注ぎ足した。

「それより、伝令の内容は?」

「ああ、そうだったね」

 マティスは封書を机に置き、注がれた紅茶を一口飲んだ。

「作戦の詳しい内容は、全体協議の時に話してくれるだろうけど、大体はこれだ」

 封書を開くと一枚の通達文が入っていた。

「作戦名は『グランカリウス』。本作戦の成功を祈り、王と共に在った彼の剣聖の名前からとったそうだ」

「聖戦気取りね」

 リリーは書面を手に取り、椅子に腰掛ける。向かい側に座るマティスを、怪訝な顔で一瞥した。

「マティス、騎士の名前に私が入っていないんだけど、出なくていいってこと?」

「も、もう最後まで読んだのかい?」

「読み飛ばしただけ」

 マティスは頭をかいた。

「肉親があんなことになったんだ。まだ日も浅いのに、いきなり前線送りにはしないよ」

「……で?」

「というより、陛下と国議院議長がそれを止めたんだ」

「え?」

 マティスは驚いた様子のリリーに微笑みかけた。

「大臣達は君に先陣をきらせようとした。士気が高まるってね。でもそれを陛下が止めたんだ。だから君は、後続部隊だ」

「陛下と議長が……」

 妙なこそばがゆさを感じながら、リリーは封書を元どおりにしまう。

「君に死なれては困るんだよ、陛下も議長も」

「私が、セイレの妹だから」

「違う、『君』だからだよ。俺だって君とじゃなかったらヴァイスから帰ってはこれなかったよ」

 まっすぐリリーを見つめてマティスは言う。
 窓から差し込む陽の光が、マティスの蒼い瞳を透き通るように輝かせ、貴族らしい雰囲気をかもしだす。
 しばしの沈黙が流れ、耐えられなくなったリリーは顔をそらした。

「ありがとう」

 リリーの頬は、少し赤くなった。
 今までどんな時でも姉の付属品でしかなかった自分だが、今初めて姉抜きで必要とされたことに戸惑う。
 その様子を見たマティスもまた、頬を赤くした。小さく咳払いし、彼女をまた盗み見る。
 可愛いと思ってしまった自分に素直に照れ、また赤くなった。

「──もう、用事は済んだ?」

 視線に気付いたリリーは、あからさまに顔をそらした。

「あ、ああ。そうだね。これを飲み干したら帰るさ。リリーはもう飲まないのかい?」

 リリーは、自分用にも紅茶を入れていたのだが、すっかり忘れていた。冷めてしまってはいたが、リリーはそのカップを手に取った。
 カップを手に取り、一口。口の中に、紅茶葉の香が広がる。口を離し、ふう、とそれをテーブルに置いた。
 その刹那。カップはテーブルに置かれることなく、大理石の床に落ち砕け散る。陶器のカップはあたりに音をたてて散らばりながら、橙色の液体を撒き散らす。
 そしてそれに続くかのように、リリーが体勢を崩していく。
 目の前の景色がぼやける。足に力が入らない。
 反射的にテーブルに手をつき、なんとか倒れるのを防ぎ首を振るが、体に力は入らない。

「な……ッ……何……」

 声すらも、うまく出ない。
 段々と景色は白んでいき、見えなくなる。
 ぼんやりとした中に、向かい側に座っていたマティスの姿を見つけ、リリーは助けを請うように手を伸ばした。しかし、

「リリー……ごめん」
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