第二話「白銀の嘘、紅き系譜」
急な接近に、男は一瞬怯む。僅かに勢いを失った拳を払いのけたリリーは、そのまま体当たりをするように男にぶつかる。細い体でも、相手の重心を崩すには十分な勢いだった。
その隙を突いて、リリーは男の足の甲に踵を落とす。ヒールで踏みつけられた足に激痛が走った時、目の前には短剣の鞘が迫っていた。
「駄目駄目その距離はやばいって!」
思わず止めに入ったジークフリードのおかげで、男の鼻は砕かれることはなかった。
ショックで口をパクパクさせる男の手を振りほどき、リリーは胸元の衣服の乱れを整えた。
「っあ……な、なんだお前……」
「落ちこぼれだから、できることは全部できるようにした」
「っぐ……くそ!!」
男たちは地面に唾を吐いたり、悔しそうに舌打ちをしながら傷ついた体をひきずりその場から逃げ出した。
「聖騎士、か」
逃げ去る男たちの背中を見ながら、呟く。
周囲はリリーを嫌な気で見つめながら、口々に囁き始めた。その全てが、黒い風のようになってリリーの耳に入ってくる。
居心地の悪い視線を振り払うように頭を振ったリリーは、落ちたローブを拾う為、体を屈めた。
だが拾う前に、横からジークフリードの手が伸びる。ローブを持ち上げたジークフリードはにっこり微笑むと、それを差し出した。
「どーぞ」
「……どうも」
急な優しさに戸惑いつつも、リリーはそれを受け取った。
「ねえ、リリーって呼んでもいいよね?」
「構わないけど」
「僕のこともさ、ジークでいいよ!」
「……は? ……ああ、いや、……うん」
どう応えるべきか悩み、リリーは中身のない返事をした。
リリーがローブを羽織る間、ジークフリードは彼女の顔をにこにこしながら見つめていた。
リリーはそれが気になったが、顔には出さなかった。
しばらくすると、感心したように、ジークフリードが言葉を発した。
「リリー、やっぱりセイレの妹だね、強い」
「姉さんは関係ない」
「あっ、リリー今めんどくさって思ってるでしょ」
少し残念そうにジークフリードが眉をひそめる。
「僕を助けてくれたんだからさ、仲良くしようよ」
「なかよく……」
「そそ!」
ジークフリードは満面の笑みを返した。そんな彼は、どこにでもいるような、至って普通の少年。
これが、戦争で幾つもの功績を打ち建てた英雄聖騎士だとは、リリーはにわかには信じられなかった。
しかし、あの姉のことを思うと、そう不思議なことではないかと納得した。
そうしているうちに、いつのまにか観衆達は遠退き、散っていった。視線が離れたことにほっとしたリリーは、ジークフリードに背を向ける。
「じゃあ、私はこれで」
リリーが立ち去ろうとすると、ジークフリードがすかさず前に立った。
「えっ、どこ行くの?」
「買い物」
「僕もついていく!」
リリーが歩くと、ジークフリードもその後をててっとついていく。どうやらリリーを気に入ったらしい彼は、まるで親鳥の後をついていくひよこのようだった。
「ついてくる意味が分からない」
「僕は聖王国の登録じゃないからさ、王都に来るのは久しぶりなんだ」
「質問の答えになってないわよジークフリード」
歩く速度を早めても、彼はなんなくついてくる。
この行為が無駄だと気付いたリリーは、ついに諦めて彼に向き直った。
「分かった。ジークフリード、私は今から鍛冶屋にいく。正午には城に行かなければいけないから」
そう言われてから気付いたようにジークフリードは腕につけていた時計を見た。
「ほんとうだ。もうこんな時間」
時計の針は文字盤の十一時すぎを指していた。
いらぬ騒ぎに首を突っ込んだせいで、リリーは思わぬ時間をくってしまっていたのだ。
「そういえば僕も行かなきゃいけないんだった」
「ああ……そう」
彼の無邪気さにリリーは毒気を抜かれたらしく、その後の彼の行動には何も言わなかった。
* * *
鍛冶屋の店主は驚いた。
ジークフリードとリリーの二人が並んで入ってきたものだから、思わず口にくわえていた煙草を落としそうになった。
「なんだ、お前ら知り合いだったのかよ」
店主はそう言いながら、目を丸くする。
ジークフリードが「そうだよ」と無邪気に答えると、リリーは複雑な表情を見せた。
「ま、いいや。丁度出来てんぜ」
重そうに腰を上げた店主は、布に包まれた二人の武器を後ろの作業場から持ってきてカウンター台に置いた。
「こっちがボウズの、んでこっちがあんたの」
二人は各々の武器を受け取り、包んでいた布を外し中身を確認した。
「うわあ、ぴかぴかに綺麗になってる」
ジークフリードは細身の双剣を大事そうに腰に提げると、財布を出し支払いをすませた。
「どもども! ジークフリード様は現金即金でありがてえなあ!」
「お金払う時だけ様っていうのやめてくんない?」
リリーはというと、布から出された剣をまだ嬉しそうに見つめている。
「……すごい。綺麗になった」
剣は美しい直刃を見せ、鈍く光っている。刃だけではなく、柄の部分に巻かれている布も新調されていた。
「言っとくけどそいつ研ぎなおすのほんと大変なんだからな! なんで俺がわざわざ東の文献調べないといけないんだよまったく……」
「じゃあこれ」
リリーは店主の愚痴を聞き流し、代金を支払う。だが店主の手のひらに金が落ちるのを最後まで見届けず、さっさと店内を出ていってしまった。
「えっ、ちょっと待ってよリリー、僕も行くよー!」
ジークフリードは置いていかれた子供のような声をあげながら、リリーを追った。
その隙を突いて、リリーは男の足の甲に踵を落とす。ヒールで踏みつけられた足に激痛が走った時、目の前には短剣の鞘が迫っていた。
「駄目駄目その距離はやばいって!」
思わず止めに入ったジークフリードのおかげで、男の鼻は砕かれることはなかった。
ショックで口をパクパクさせる男の手を振りほどき、リリーは胸元の衣服の乱れを整えた。
「っあ……な、なんだお前……」
「落ちこぼれだから、できることは全部できるようにした」
「っぐ……くそ!!」
男たちは地面に唾を吐いたり、悔しそうに舌打ちをしながら傷ついた体をひきずりその場から逃げ出した。
「聖騎士、か」
逃げ去る男たちの背中を見ながら、呟く。
周囲はリリーを嫌な気で見つめながら、口々に囁き始めた。その全てが、黒い風のようになってリリーの耳に入ってくる。
居心地の悪い視線を振り払うように頭を振ったリリーは、落ちたローブを拾う為、体を屈めた。
だが拾う前に、横からジークフリードの手が伸びる。ローブを持ち上げたジークフリードはにっこり微笑むと、それを差し出した。
「どーぞ」
「……どうも」
急な優しさに戸惑いつつも、リリーはそれを受け取った。
「ねえ、リリーって呼んでもいいよね?」
「構わないけど」
「僕のこともさ、ジークでいいよ!」
「……は? ……ああ、いや、……うん」
どう応えるべきか悩み、リリーは中身のない返事をした。
リリーがローブを羽織る間、ジークフリードは彼女の顔をにこにこしながら見つめていた。
リリーはそれが気になったが、顔には出さなかった。
しばらくすると、感心したように、ジークフリードが言葉を発した。
「リリー、やっぱりセイレの妹だね、強い」
「姉さんは関係ない」
「あっ、リリー今めんどくさって思ってるでしょ」
少し残念そうにジークフリードが眉をひそめる。
「僕を助けてくれたんだからさ、仲良くしようよ」
「なかよく……」
「そそ!」
ジークフリードは満面の笑みを返した。そんな彼は、どこにでもいるような、至って普通の少年。
これが、戦争で幾つもの功績を打ち建てた英雄聖騎士だとは、リリーはにわかには信じられなかった。
しかし、あの姉のことを思うと、そう不思議なことではないかと納得した。
そうしているうちに、いつのまにか観衆達は遠退き、散っていった。視線が離れたことにほっとしたリリーは、ジークフリードに背を向ける。
「じゃあ、私はこれで」
リリーが立ち去ろうとすると、ジークフリードがすかさず前に立った。
「えっ、どこ行くの?」
「買い物」
「僕もついていく!」
リリーが歩くと、ジークフリードもその後をててっとついていく。どうやらリリーを気に入ったらしい彼は、まるで親鳥の後をついていくひよこのようだった。
「ついてくる意味が分からない」
「僕は聖王国の登録じゃないからさ、王都に来るのは久しぶりなんだ」
「質問の答えになってないわよジークフリード」
歩く速度を早めても、彼はなんなくついてくる。
この行為が無駄だと気付いたリリーは、ついに諦めて彼に向き直った。
「分かった。ジークフリード、私は今から鍛冶屋にいく。正午には城に行かなければいけないから」
そう言われてから気付いたようにジークフリードは腕につけていた時計を見た。
「ほんとうだ。もうこんな時間」
時計の針は文字盤の十一時すぎを指していた。
いらぬ騒ぎに首を突っ込んだせいで、リリーは思わぬ時間をくってしまっていたのだ。
「そういえば僕も行かなきゃいけないんだった」
「ああ……そう」
彼の無邪気さにリリーは毒気を抜かれたらしく、その後の彼の行動には何も言わなかった。
* * *
鍛冶屋の店主は驚いた。
ジークフリードとリリーの二人が並んで入ってきたものだから、思わず口にくわえていた煙草を落としそうになった。
「なんだ、お前ら知り合いだったのかよ」
店主はそう言いながら、目を丸くする。
ジークフリードが「そうだよ」と無邪気に答えると、リリーは複雑な表情を見せた。
「ま、いいや。丁度出来てんぜ」
重そうに腰を上げた店主は、布に包まれた二人の武器を後ろの作業場から持ってきてカウンター台に置いた。
「こっちがボウズの、んでこっちがあんたの」
二人は各々の武器を受け取り、包んでいた布を外し中身を確認した。
「うわあ、ぴかぴかに綺麗になってる」
ジークフリードは細身の双剣を大事そうに腰に提げると、財布を出し支払いをすませた。
「どもども! ジークフリード様は現金即金でありがてえなあ!」
「お金払う時だけ様っていうのやめてくんない?」
リリーはというと、布から出された剣をまだ嬉しそうに見つめている。
「……すごい。綺麗になった」
剣は美しい直刃を見せ、鈍く光っている。刃だけではなく、柄の部分に巻かれている布も新調されていた。
「言っとくけどそいつ研ぎなおすのほんと大変なんだからな! なんで俺がわざわざ東の文献調べないといけないんだよまったく……」
「じゃあこれ」
リリーは店主の愚痴を聞き流し、代金を支払う。だが店主の手のひらに金が落ちるのを最後まで見届けず、さっさと店内を出ていってしまった。
「えっ、ちょっと待ってよリリー、僕も行くよー!」
ジークフリードは置いていかれた子供のような声をあげながら、リリーを追った。