第二話「白銀の嘘、紅き系譜」
男は何が起こったのか分からず、先程まで手に握っていた斧の残骸が散らばるのを茫然と見つめた。
観衆達にも何が起こったのか理解出来ず、ざわついている。
「魔導術……」
リリーの独り言は小さく風に消された。
「どうしたんだよ、僕が気に入らないんじゃなかったのか?」
ジークフリードは嘲笑うかのように、地に散らばった斧の破片を足でぐりぐりと踏み躙った。
「てめぇ!」
「ええーちょっとまだやるの? 頭悪いってそれ」
未だ闘志を鈍らせない相手に呆れ気味なジークフリードは、悪態をつき続ける。その口調は、幼さ残る容姿にとても似合わない。
「魔導術だ……」
「ノーブルの精霊魔導術……」
観衆の大半は彼が何者かを知っていたらしく、感嘆の息をもらした。
「ほら、僕は今いつものあの剣を持っていないんだ。さっき鍛冶屋に預けたからね。今ならお前でも勝てる唯一の機会かもよ」
ジークフリードは、相手の心をわざと逆撫でるように悪態をつく。
男はあまりの悔しさに拳を握り締めて、ふるふると震えていた。
「もういいでしょう」
見兼ねたリリーが、二人の間に割って入るように立った。男もジークフリードもぎょっとしたが、リリーは毅然とした態度で二人の間合いを壊す。
「邪魔すんじゃねえ! 関係ねぇだろが!」
男は距離を置いたままリリーに吠えたが、リリーは彼に鋭い目を向けた。
「お前も掟を知らないわけではないでしょう。聖騎士同士の争いは禁じられている筈」
リリーの言葉で、男はぎくりとした。とっさに自身の手首を隠す。隠したその場所には包帯が巻かれていたが、聖騎士の紋章が僅かに見えていた。
不思議そうな顔で、ジークフリードは首を傾げた。
「こいつ聖騎士だったの? お姉さんすごいね、よく気付いたなあ」
無邪気に笑いながらジークフリードはリリーを見た。だがリリーは瞳を伏せると、穏やかな口調で語りはじめた。
「貴方はジークフリードね」
「そうだよ」
「じゃあ、戦う前から自分のほうが強いのは分かっていたでしょう?」
リリーの目蓋が開き、翡翠の瞳がジークフリードを捉えた。威圧感に少したじろいだジークフリードだったが、すぐに唇を尖らせる。
「お姉さん、誰だよ。僕に説教するなんて」
ジークフリードは顔をそらしながら、少し反抗的に尋ねた。
「私はリリー・ウルビア。下っ端の聖騎士よ」
「リリー……ウルビア?」
ジークフリードがその名を繰り返し口にする間に、地面にうずくまっていた男たちはよろめきながら立ち上がり、口々に喋り始めた。
「おい、ウルビアって……」
「ああ……」
ウルビアという家名。それを聞けば、誰でも「彼女」を連想する。
「あはははは! お前、誰かと思ったら落ちこぼれ騎士リリーか!」
対峙していた男が高笑いをしながら口をはさんだ。
「だから、何?」
リリーは男を睨み付ける。だが、男は増長し、リリーに指を差して笑った。
「アストレイアのたった一人の妹のくせに位をうろうろしてる落ちこぼれちゃんかよ! 口を挟むんじゃねえよ!」
その言葉をきっかけに男たちは一斉に笑いだした。
「お姉さんセイレの妹なの? いや、全然似てないんだけど」
セイレの髪は金色で、豊かにうねるもの。目は大きく、光に満ちている。それと並べれた時、自分が妹だと言って納得する者は少ないだろう。
「よく言われる」
「ふーん。……で、あんなこと言われて怒らないの?」
「事実だもの」
慣れた様子のリリーに、ジークフリードは眉を寄せた。
反論しないリリーを見て、益々調子に乗った男は、手首の包帯をとり、聖騎士階級を示す紋章をリリー達のほうに意気揚揚と見せた。
「貴様の階級は十八位だろうが! 俺は十二位だ!」
男の手首には、特殊な方法で彫られた紋章。確かに、正真正銘十二位階級の聖騎士のようだ。
「……お姉さんさあ、あとは僕が片付けるからもう行きなよ」
ジークフリードが小声で促す。
「気にしなくていい」
「分からない人だなあ」
「彼が噛み付いているのは私の方だ」
「いや、だからそうじゃなくって」
するとジークフリードは、言いにくそうに頭をかきむしると、困り顔を見せた。
「あのさ、喧嘩してんのは僕だから。お姉さん怪我するのわかっててほっとくほど僕はやばくないって。いいから行きなよ」
そう言って、リリーをそっと背中に回したジークフリードは、優しい瞳をしていた。背は、リリーより少し高いぐらいなのだが、佇まいは確かに男性であった。
「……ありがとう」
「そ、素直に逃げて」
「貴方、そういう人なのね」
薄く笑んだリリーは、ジークフリードの頭を後ろからふわりと撫でた。
ジークフリードは、撫でられた頭を自分の手でも触り、きょとんと立ち尽くす。
その横をすり抜けたリリーは、つかつかと男の側まで歩み寄った。
「なんだよ、なんか文句あんのかよ」
「十二位階級の騎士って、そう難しい試験でなくとも上がれた筈。大変だった?」
「なんだとてめえ!」
男は思い切りリリーの胸ぐらを掴み上げる。折角の礼服に、皺が走っていく。
「お前みたいな聖騎士がいるから、いつまでたっても悪魔に勝てないのよ」
「てめえセイレの身内だからって調子に乗ってんじゃねえよ!」
男が、力任せにリリーの体を突き飛ばした。リリーはよろめき、その衝撃で肩にかけてあっただけのローブがするりと地に落ちた。追撃をかける男は、リリーの手首を掴んで引き寄せる。反動のまま、殴りかかろうとしたその時、リリーは自ら男の懐に飛び込んだ。
観衆達にも何が起こったのか理解出来ず、ざわついている。
「魔導術……」
リリーの独り言は小さく風に消された。
「どうしたんだよ、僕が気に入らないんじゃなかったのか?」
ジークフリードは嘲笑うかのように、地に散らばった斧の破片を足でぐりぐりと踏み躙った。
「てめぇ!」
「ええーちょっとまだやるの? 頭悪いってそれ」
未だ闘志を鈍らせない相手に呆れ気味なジークフリードは、悪態をつき続ける。その口調は、幼さ残る容姿にとても似合わない。
「魔導術だ……」
「ノーブルの精霊魔導術……」
観衆の大半は彼が何者かを知っていたらしく、感嘆の息をもらした。
「ほら、僕は今いつものあの剣を持っていないんだ。さっき鍛冶屋に預けたからね。今ならお前でも勝てる唯一の機会かもよ」
ジークフリードは、相手の心をわざと逆撫でるように悪態をつく。
男はあまりの悔しさに拳を握り締めて、ふるふると震えていた。
「もういいでしょう」
見兼ねたリリーが、二人の間に割って入るように立った。男もジークフリードもぎょっとしたが、リリーは毅然とした態度で二人の間合いを壊す。
「邪魔すんじゃねえ! 関係ねぇだろが!」
男は距離を置いたままリリーに吠えたが、リリーは彼に鋭い目を向けた。
「お前も掟を知らないわけではないでしょう。聖騎士同士の争いは禁じられている筈」
リリーの言葉で、男はぎくりとした。とっさに自身の手首を隠す。隠したその場所には包帯が巻かれていたが、聖騎士の紋章が僅かに見えていた。
不思議そうな顔で、ジークフリードは首を傾げた。
「こいつ聖騎士だったの? お姉さんすごいね、よく気付いたなあ」
無邪気に笑いながらジークフリードはリリーを見た。だがリリーは瞳を伏せると、穏やかな口調で語りはじめた。
「貴方はジークフリードね」
「そうだよ」
「じゃあ、戦う前から自分のほうが強いのは分かっていたでしょう?」
リリーの目蓋が開き、翡翠の瞳がジークフリードを捉えた。威圧感に少したじろいだジークフリードだったが、すぐに唇を尖らせる。
「お姉さん、誰だよ。僕に説教するなんて」
ジークフリードは顔をそらしながら、少し反抗的に尋ねた。
「私はリリー・ウルビア。下っ端の聖騎士よ」
「リリー……ウルビア?」
ジークフリードがその名を繰り返し口にする間に、地面にうずくまっていた男たちはよろめきながら立ち上がり、口々に喋り始めた。
「おい、ウルビアって……」
「ああ……」
ウルビアという家名。それを聞けば、誰でも「彼女」を連想する。
「あはははは! お前、誰かと思ったら落ちこぼれ騎士リリーか!」
対峙していた男が高笑いをしながら口をはさんだ。
「だから、何?」
リリーは男を睨み付ける。だが、男は増長し、リリーに指を差して笑った。
「アストレイアのたった一人の妹のくせに位をうろうろしてる落ちこぼれちゃんかよ! 口を挟むんじゃねえよ!」
その言葉をきっかけに男たちは一斉に笑いだした。
「お姉さんセイレの妹なの? いや、全然似てないんだけど」
セイレの髪は金色で、豊かにうねるもの。目は大きく、光に満ちている。それと並べれた時、自分が妹だと言って納得する者は少ないだろう。
「よく言われる」
「ふーん。……で、あんなこと言われて怒らないの?」
「事実だもの」
慣れた様子のリリーに、ジークフリードは眉を寄せた。
反論しないリリーを見て、益々調子に乗った男は、手首の包帯をとり、聖騎士階級を示す紋章をリリー達のほうに意気揚揚と見せた。
「貴様の階級は十八位だろうが! 俺は十二位だ!」
男の手首には、特殊な方法で彫られた紋章。確かに、正真正銘十二位階級の聖騎士のようだ。
「……お姉さんさあ、あとは僕が片付けるからもう行きなよ」
ジークフリードが小声で促す。
「気にしなくていい」
「分からない人だなあ」
「彼が噛み付いているのは私の方だ」
「いや、だからそうじゃなくって」
するとジークフリードは、言いにくそうに頭をかきむしると、困り顔を見せた。
「あのさ、喧嘩してんのは僕だから。お姉さん怪我するのわかっててほっとくほど僕はやばくないって。いいから行きなよ」
そう言って、リリーをそっと背中に回したジークフリードは、優しい瞳をしていた。背は、リリーより少し高いぐらいなのだが、佇まいは確かに男性であった。
「……ありがとう」
「そ、素直に逃げて」
「貴方、そういう人なのね」
薄く笑んだリリーは、ジークフリードの頭を後ろからふわりと撫でた。
ジークフリードは、撫でられた頭を自分の手でも触り、きょとんと立ち尽くす。
その横をすり抜けたリリーは、つかつかと男の側まで歩み寄った。
「なんだよ、なんか文句あんのかよ」
「十二位階級の騎士って、そう難しい試験でなくとも上がれた筈。大変だった?」
「なんだとてめえ!」
男は思い切りリリーの胸ぐらを掴み上げる。折角の礼服に、皺が走っていく。
「お前みたいな聖騎士がいるから、いつまでたっても悪魔に勝てないのよ」
「てめえセイレの身内だからって調子に乗ってんじゃねえよ!」
男が、力任せにリリーの体を突き飛ばした。リリーはよろめき、その衝撃で肩にかけてあっただけのローブがするりと地に落ちた。追撃をかける男は、リリーの手首を掴んで引き寄せる。反動のまま、殴りかかろうとしたその時、リリーは自ら男の懐に飛び込んだ。