第二話「白銀の嘘、紅き系譜」
城下町の鍛冶屋へは、歩いて少しの距離だった。
白い衣服に見覚えのある人々は、好奇の視線をリリーに送る。リリーは、居心地の悪さに苛立って、勢いよくローブを羽織った。
蒼い髪すらも隠すように深く羽織られた黒のローブの足元に、冷たい風が吹いていた。まだ朝の早い時間なのに、さすが王都とでも言うべきか、忙しなく歩く人で溢れかえっていた。人の波が揺らぐ彼方には、王がおわす白亜の城。リリーは太陽の光を手で遮りながら、それを見つめた。
城に続く大通りに面した店は、高級店が多い。空を仰げば、美しく洗練された建物たちが、今にもこちらに倒れてきそうな高さで立ち並んでいる。その豪奢な装飾の窓枠の前には、これまた高級そうな装いの婦人たちが、飾られている靴や鞄を眺めながら談笑をしている。
行きかう人は耳の長い者、異国の服を纏った者、やたらと大きい体の者など目に賑やかだ。観光客はというと、そんな中を外からの客人であるという顔でにこやかに歩いている。
リリーはその光景を横目に、顔を伏せながら目的の鍛冶屋の方向に足を進めた。
「こんにちは」
高級な店が立ち並ぶその一角に不釣り合いな「鍛冶屋」の名前。石壁は他店に馴染むように、くすんだ薄灰色に染められている。
リリーが鍛冶屋の門をくぐると、中で刀をうっていた店主らしき男がすぐに気付いた。
「おっ、あんたか。どうした?」
鍛冶屋の男は、いかにも「鍛冶屋」らしい屈強な肉体と面構えをしていた。作業をする為の衣服は、汗でじっとりと濡れている。目元には疲れの見える影があるが、まだ年は若そうだ。
石壁に似た灰とも水色ともとれる髪は、梳かしたことがないのかと思うほどぼさぼさで、申し訳程度に生やされた不ぞろいの顎髭が彼の性格を表している。
「どうも。……剣を、また鍛えてほしいの」
リリーが腰の剣を手渡すと、鍛冶屋はそれを鞘から抜きふむふむと観察し始めた。
「またかよ! あんたずっとこればっかだなあ。新しいのにしたほうがいいんじゃねえか? 東の剣なんて片刃だから使いにくいだろ」
「大事なの」
「大事ねえ……。もっと似合うもんありそうだけどよ。まあいいや余計なお世話だな。待ってろよ」
「ありがとう」
リリーが軽く会釈すると、鍛冶屋の男は歯を見せて笑い、作業にとりかかった。
「少し、買い物がある。後で来るから」
「そうか? んじゃゆっくりしてきていいぜい。まあすぐ出来っけどな」
愛想のいい店主に見送られ、リリーは鍛冶屋を後にした。
それにしても、いつもより街中は人が多い。歩くほどに、増えている気がする。
すると、後ろからパタパタという足音が聞こえてきた。かと思えば、小さな少年たちがリリーの横をすり抜けて走っていった。
「あっちだぜあっち!」
「おい本当だよな!?」
少年達は顔を輝かせながらリリーの進行方向の遥か彼方に消えていく。
「なんだ……?」
呟きながら少年達が走っていった方向を見ると、何やら彼方に人だかりらしきものが見えた。
この行くと、街の中央広場に出る。人だかりが出来ている位置は、ちょうどそのあたりにあった。
リリーは目を細めながら、広場の方角から歩いてきた人間の内の一人に声をかけた。
「何かあったの」
「ああ、喧嘩だよ喧嘩」
「喧嘩……」
「ああ、まあ心配いらんよお嬢ちゃん。あの方が相手してるからね。すぐ終わるさ」
リリーの問いに答えた男は、ひひっと笑いながら去っていった。
ちょっとした好奇心に導かれ、リリーは足を進めた。近づくたびに、言い争うような声が大きくなる。いや、これは一方的に怒鳴りつけていると言ったほうが正しいか。
人だかりは、喧嘩をしているだろう者たちを囲むように円形に出来ている。リリーが少し背伸びをすると、その中心の様子が伺えた。
そこには、言い争う男が二人。そしてその足元には、何人もの男がうめき声をあげながら蹲っている。
「俺はてめぇが前から気に食わらかったんらよ!」
一人は酔っているのか、少し呂律が回っていない壮年の大男。手には大きな斧を持っており、体は隆々と鍛えられている。身にまとう鎧も重厚で真新しい。
もう一人はというと、線の細い青年だった。相手の怒鳴り声にものともせず、ただ黙っている。真っ白な髪、いや、銀の髪か。肩幅もさほどなく、ともすれば少女にも見えてしまう。
「なんとか言えよ!!」
「僕が何とか言えば、アンタは満足するの?」
少年の冷静な言葉に、酔っている男はぎりぎりと歯を食い縛る。リリーは黙ってその様子を見つめていた。が、次の瞬間。
「てめぇ! なめんなよ!」
憤慨した男が、持っていた斧を頭上高く振り上げた。
「いけない!」
リリーは人込みを無理矢理かきわけ、二人がいる中心へと走りだした。予備の短剣を抜きながら、なんとか斧を止めようと走る。
だが、その行為は無駄に終わった。
飛び出してきたリリーに気付いた青年は、彼女に目を合わせると小さく微笑んだ。やっと見れたその顔は、幼さ残る少年そのものであった。
銀の髪に、金色の瞳。至上の宝石のようなその色味に、リリーの意識が奪われた。
「危ないよ、お姉さん」
金の瞳の青年は、目を細めて笑った。
その隙を、大男は見逃さなかった。これ好機と言わんばかりに力一杯に斧を振り下ろした。
「くたばれジークフリードォ!!」
「ジークフリード!?」
叫ばれた名前に、リリーが驚く。
ジークフリードと呼ばれた青年は、斧が頭上に迫っているというのに狼狽える事もなく、リリーと目を合わせたままただ立ち尽くしている。彼の胴体ほどの大きさがある斧が眼前に迫る。
観衆の悲鳴が大きくなったその時、ジークフリードは静かに男の方に視線を戻した。
「──出でよ、通り抜ける白雨の空に“カヤゲレス”」
少年がそう呟いた瞬間に、斧は動きを止めた。そして間を置かず、まるで薄い硝子が割れるようにいとも簡単に砕け散ったのだ。
「なっ……」
白い衣服に見覚えのある人々は、好奇の視線をリリーに送る。リリーは、居心地の悪さに苛立って、勢いよくローブを羽織った。
蒼い髪すらも隠すように深く羽織られた黒のローブの足元に、冷たい風が吹いていた。まだ朝の早い時間なのに、さすが王都とでも言うべきか、忙しなく歩く人で溢れかえっていた。人の波が揺らぐ彼方には、王がおわす白亜の城。リリーは太陽の光を手で遮りながら、それを見つめた。
城に続く大通りに面した店は、高級店が多い。空を仰げば、美しく洗練された建物たちが、今にもこちらに倒れてきそうな高さで立ち並んでいる。その豪奢な装飾の窓枠の前には、これまた高級そうな装いの婦人たちが、飾られている靴や鞄を眺めながら談笑をしている。
行きかう人は耳の長い者、異国の服を纏った者、やたらと大きい体の者など目に賑やかだ。観光客はというと、そんな中を外からの客人であるという顔でにこやかに歩いている。
リリーはその光景を横目に、顔を伏せながら目的の鍛冶屋の方向に足を進めた。
「こんにちは」
高級な店が立ち並ぶその一角に不釣り合いな「鍛冶屋」の名前。石壁は他店に馴染むように、くすんだ薄灰色に染められている。
リリーが鍛冶屋の門をくぐると、中で刀をうっていた店主らしき男がすぐに気付いた。
「おっ、あんたか。どうした?」
鍛冶屋の男は、いかにも「鍛冶屋」らしい屈強な肉体と面構えをしていた。作業をする為の衣服は、汗でじっとりと濡れている。目元には疲れの見える影があるが、まだ年は若そうだ。
石壁に似た灰とも水色ともとれる髪は、梳かしたことがないのかと思うほどぼさぼさで、申し訳程度に生やされた不ぞろいの顎髭が彼の性格を表している。
「どうも。……剣を、また鍛えてほしいの」
リリーが腰の剣を手渡すと、鍛冶屋はそれを鞘から抜きふむふむと観察し始めた。
「またかよ! あんたずっとこればっかだなあ。新しいのにしたほうがいいんじゃねえか? 東の剣なんて片刃だから使いにくいだろ」
「大事なの」
「大事ねえ……。もっと似合うもんありそうだけどよ。まあいいや余計なお世話だな。待ってろよ」
「ありがとう」
リリーが軽く会釈すると、鍛冶屋の男は歯を見せて笑い、作業にとりかかった。
「少し、買い物がある。後で来るから」
「そうか? んじゃゆっくりしてきていいぜい。まあすぐ出来っけどな」
愛想のいい店主に見送られ、リリーは鍛冶屋を後にした。
それにしても、いつもより街中は人が多い。歩くほどに、増えている気がする。
すると、後ろからパタパタという足音が聞こえてきた。かと思えば、小さな少年たちがリリーの横をすり抜けて走っていった。
「あっちだぜあっち!」
「おい本当だよな!?」
少年達は顔を輝かせながらリリーの進行方向の遥か彼方に消えていく。
「なんだ……?」
呟きながら少年達が走っていった方向を見ると、何やら彼方に人だかりらしきものが見えた。
この行くと、街の中央広場に出る。人だかりが出来ている位置は、ちょうどそのあたりにあった。
リリーは目を細めながら、広場の方角から歩いてきた人間の内の一人に声をかけた。
「何かあったの」
「ああ、喧嘩だよ喧嘩」
「喧嘩……」
「ああ、まあ心配いらんよお嬢ちゃん。あの方が相手してるからね。すぐ終わるさ」
リリーの問いに答えた男は、ひひっと笑いながら去っていった。
ちょっとした好奇心に導かれ、リリーは足を進めた。近づくたびに、言い争うような声が大きくなる。いや、これは一方的に怒鳴りつけていると言ったほうが正しいか。
人だかりは、喧嘩をしているだろう者たちを囲むように円形に出来ている。リリーが少し背伸びをすると、その中心の様子が伺えた。
そこには、言い争う男が二人。そしてその足元には、何人もの男がうめき声をあげながら蹲っている。
「俺はてめぇが前から気に食わらかったんらよ!」
一人は酔っているのか、少し呂律が回っていない壮年の大男。手には大きな斧を持っており、体は隆々と鍛えられている。身にまとう鎧も重厚で真新しい。
もう一人はというと、線の細い青年だった。相手の怒鳴り声にものともせず、ただ黙っている。真っ白な髪、いや、銀の髪か。肩幅もさほどなく、ともすれば少女にも見えてしまう。
「なんとか言えよ!!」
「僕が何とか言えば、アンタは満足するの?」
少年の冷静な言葉に、酔っている男はぎりぎりと歯を食い縛る。リリーは黙ってその様子を見つめていた。が、次の瞬間。
「てめぇ! なめんなよ!」
憤慨した男が、持っていた斧を頭上高く振り上げた。
「いけない!」
リリーは人込みを無理矢理かきわけ、二人がいる中心へと走りだした。予備の短剣を抜きながら、なんとか斧を止めようと走る。
だが、その行為は無駄に終わった。
飛び出してきたリリーに気付いた青年は、彼女に目を合わせると小さく微笑んだ。やっと見れたその顔は、幼さ残る少年そのものであった。
銀の髪に、金色の瞳。至上の宝石のようなその色味に、リリーの意識が奪われた。
「危ないよ、お姉さん」
金の瞳の青年は、目を細めて笑った。
その隙を、大男は見逃さなかった。これ好機と言わんばかりに力一杯に斧を振り下ろした。
「くたばれジークフリードォ!!」
「ジークフリード!?」
叫ばれた名前に、リリーが驚く。
ジークフリードと呼ばれた青年は、斧が頭上に迫っているというのに狼狽える事もなく、リリーと目を合わせたままただ立ち尽くしている。彼の胴体ほどの大きさがある斧が眼前に迫る。
観衆の悲鳴が大きくなったその時、ジークフリードは静かに男の方に視線を戻した。
「──出でよ、通り抜ける白雨の空に“カヤゲレス”」
少年がそう呟いた瞬間に、斧は動きを止めた。そして間を置かず、まるで薄い硝子が割れるようにいとも簡単に砕け散ったのだ。
「なっ……」