第十二話「神鉄の器、虚飾の略奪者」

 クルヴェイグの言葉など、もはや耳に入ってはいなかった。ジークフリードとカイムはテラスの手摺りに足を掛け、身を乗り出す形で動きを止め振り返った。

「僕は、もうお荷物じゃない! 僕はジークフリードだ! 僕は、僕に成る為に、諦めない!」

 次の瞬間、二人はそこから勢い良く飛び降りた。足元を見れば、吸い込まれそうな闇。にも関わらず、ジークフリードは何のためらいもなくそこから飛んだ。
 急いでクルヴェイグとシウバが手摺りに走り寄り下を見下ろすと、そこな二人の姿は既に無く。轟々と夜の風が吹き荒れていた。
 二匹の竜は、それぞれの背に守るべき者を乗せ、銀の月浮かぶ雲の海を泳いでいった。

「満足そうですね、皇帝陛下?」

 クルヴェイグが忌々しそうに首をうねらせる。

「これで、私の次の"器"に彼が選ばれることはなくなった。計算ですか…?」

「くっ、ふはははは! ……そうだな」

 あっさりと肯定され、クルヴェイグはシウバに対して苛立ちを隠せなかった。
 飛び立った竜の軌跡を見つめ、シウバは不敵な笑みを浮かべた。

「全てが貴様の思惑通りか。ティアイエラ……」


 * * *


 ユア・ラムダに着いた二匹の竜達は、瓦礫の山の中に静かに降り立った。これ以上この町を破壊せぬよう、静かに。
 町の入り口付近は、カイムとクルヴェイグの戦いにより全壊していた。その後始末をしていたユア・ラムダの住人達は、突然の竜の出現に驚愕したが、その背に君主ユア・ディモルフォセカの姿を見つけると落ち着きを取り戻した。

「ユア様!」

「お怪我は?!」

 我先にとユアに近寄る有翼人達。彼らの様子から、ユアが民に愛されている王だということはすぐに分かった。リリスティアはそれを横目に見ながら、竜化したシャジャの背から降りた。

「で、なんなんだお前。ノーブルの皇子が何ついてきてんだよ」

 そう言ってライザーが見たのは、同じく竜化したカイムの背に乗っているジークフリード。彼は軽い身のこなしでその背から降り立ち、腕を組んだ。

「僕はジークフリード・クレイメルだから、皇子じゃないよ。大体、カイムが来いって言ったんだ」

「はぁ!?」

 理解不能と言わんばかりにライザーがカイムを睨む。するとカイムは、瞬時に竜形態から人型に戻ると、重い溜息をつきこう言った。

「戦力にはなるだろ」

「そういう問題じゃねえ!」

「何を考えているの本当に……」

 呆れた様子でぽつりと言葉を挟んだのはリリスティア。
 すると、ジークフリードは急に眉を下げ、不安げな表情を見せた。

「……僕がいると迷惑?」

「え、いや、そうじゃなくて……」

 年齢より幼く見えるジークフリードは、まるで突き放された犬のような瞳を見せる。それが計算なのか天然なのかは言わずもがな。だがリリスティアは、妙な焦りを持つ。

「迷惑とか、そうじゃなくて。貴方まで国を捨てて此処に来るなんて」

 リリスティアは、あの日ベリーが突然ヴァイスにやってきた時のことを思い出していた。
 ジークフリードの立場と将来を考えると、自分につくなど間違った考えでしかない。しかも第三位の英雄聖騎士が、世間では悪魔と呼ばれる民に味方するなど。

「別に構わんだろう。深く考えずとも」

 しれっとした態度でカイムが言う。

「無責任なこと言わないで」

「でも僕、もう行くところが無いんだ」

 そう言って、さらにしょげた表情を見せるジークフリード。リリスティアは何故か自分が悪いことをしているような気持ちになってしまった。

「私だけの判断ではなんとも、その、ヒルやレオンに……聞かないと」

 不本意ながらもそう曖昧に返事をすると、ジークフリードはいきなりコロッと表情を変え、笑みを見せた。

「あ、そうだね。じゃあそれからのことはまた考えるから、今はリリーと一緒にいさせてね。あ、ごめん今はリリスティアだっけ?」

「……このガキ」

 ライザーが後ろから彼の頭をつつくと、ジークフリードは軽く睨み、つつき返した。
 じゃれあう二人を見て、シャジャがクスクスと笑いながら言う。

「ヴァイスの民に、竜に、精霊の末裔。ごちゃまぜ、だね」

「まあな。そして――」

 カイムが発した言葉の先には、ユアとグレン。ユアは柔らかい笑みを返し、グレンは気まずそうに視線を逸らした。

「リリスティア」

 ユアはリリスティアに近寄ると、その手を取って自分の手を重ねた。

「私、いえ、私達は貴方達に協力させて頂きます」

 その言葉がにわかには信じられず、リリスティアは疑念混じりに聞き返す。

「本当に?」

「うん。ね、グレン」

「……はい」

 まだグレンは心からの賛成をしていないようだったが、そう刺々しい返事はしなかった。
 魅了(エピカリス)、無効化(エクレイブ)、機動力のある有翼人。特殊能力を持った兵は、時に勝ち目の無い戦いを引っ繰り返すことの出来る切り札になる。互角の戦いならば、無駄に戦力を消耗することを避ける足掛かりになる。彼らを欲する理由は、それだ。

「あ、でも、一つだけ、お願いがあるの」

「何?」

「リリスティアの力で、グレンの翼を元に戻せないかな……?」

 ユアは、遠慮がちにだが強く切望した瞳でそう言った。

「な、何を仰るのですかユア様!」

 ちら、とリリスティアは慌てるグレンを見遣る。確かに彼の背に翼は無い。だがリリスティアは即答出来ずにいる。その事情を知るライザーが、僅かに眉を寄せた。

「実は、まだその……力を使いこなせていなくて」

「思い込みだ」

 ずい、と身を押し出すようにしてカイムが口を挟んだ。そして二人の間に割って入ると、リリスティアの瞳をじっと見据えた。

「お前、この力の使い方を知っているの?」

「そんなもの、どのヴァイス王も使いこなしていたぞ。ヒルにはなんと習ったのだ?」

 リリスティアは、あの枯れた花を開花させた時の感覚を思い出してみた。流れるような、燃え出るような不思議な感覚。あれがそうだというのならば――。

「出来る、かもしれない」

「本当! 嬉しい……ありがとう!」

「ユア様……」

 太陽の如く微笑むユアは、本当に嬉しそうで。その顔を見てグレンは、切ない想いに胸を痛めた。が、それを察知したカイムが瞬時にユアを後ろから抱き、自分の物だといわんばかりに鼻をならした。腹立たしさにグレンは眉を寄せ、二人の間に火花が飛び散った。

「ねえ、ここでやっていいの?」

 リリスティアが尋ねると、ユアは小さく頷いた。

「うん。皆にも、見てもらいたいし」

 リリスティア達の周りには、どこか不安げに様子を見守る町の住民達がいた。警戒をして、一定の距離から近寄ろうとはしない。

「じゃあ、ここで」

 そう言って、リリスティアはグレンに向き直った。ぎくりとしたグレンは少し身を退いたが、リリスティアは構わず彼の手をそっと握った。

「あまり動かないで。集中したいから」

「本当に出来るのか?」

 それは、分からない。だがそう口には出せなかった。リリスティアは心の波を鎮めようと、瞳を閉じた。周りの者達は皆、固唾を飲んでその様子を見守っている。
 咲かせるイメージだ。リリスティアはその言葉を何度も繰り返す。そうしてる内に、心の中に一条の光を見つけた。
 あの、花を甦らせた時に見た同じ光だ。

「……なんだ?」

 ふいに、握られた手に熱を感じ、反射的にグレンの肩が跳ねた。
 リリスティアの手から発せられているであろう熱は、暖かで、優しい熱だった。そこから何かが自分の中に入ってくるのを、グレンは感じていた。

「銀の月……」

 ユアが誰に言うでもなく呟いた。

「あれは、リリスティアだったんだ」

 すると、みるみるうちにリリスティアの手から蒼い光が粒となり湧き出てきた。それらはまるでシャボン玉のように宙を漂いながら、グレンを包みこむ。
 そうしているうちにグレンは、何かの力に押し負けたように地に膝をついた。だが、手は握ったまま。光の粒は、グレンの背中に集まり始めた。リリスティアは虚ろな瞳をして、何か小さく呟いている。

「失われた……の……ひとつ……」

 うわごとのように繰り返すリリスティア。
 まるで、彼女であって彼女で無いような口振り。青灰色の髪はほとんど銀に輝き、翡翠の瞳は硝子玉のように透明になっている。

「背中が!!」

 グレンの背で、何かが蠢くのが見えた。彼はその懐かしくも恐ろしい違和感に、咄嗟にすがるようにリリスティアの手を強く握る。すると、リリスティアはすべて包み込むような慈愛の瞳を以て、グレンと目線の高さを同じくした。
 急に視界に現われたリリスティアは、まるで――。

「ティアイエラ……」

 グレンは、光輝くリリスティアを見て確かにそう言った。

「返します」

 刹那、光の粒は一気にその場から弾け飛んだ。と、同時にグレンの背中の服が裂け、誕生を待ち焦がれていたかのように白き一対の翼が姿を現した。その天まで覆いそうなほど大きく力強い翼の美しさは、その場にいる誰もが釘づけになるほど。
 光の衝撃で、グレンの顔を隠していた布がはらりと地に落ちる。その下から現われたのは、ユアと同じ髪の色をした、なんとも優しい表情の青年だった。

「グレンッ!」

 口を手で押さえ、これ以上はないくらいに喜びを顕わにするユア。周りで警戒していた有翼人の民達も、もう一人の純血種の復活にざわめき、歓喜の声を上げた。

「翼無しのグレンが!」

「奇跡だ! まさかこんな……」

「やはりヴァイスの民は――」

 民達はそう言いながら、わっとグレンの周りに集まった。当のグレンは、長い間失っていた翼の突然の出現により、うまくバランスを保てず。立ち上がろうとしたが思わずよろけ、皆の笑いを誘った。

「はは……翼が……こんなに重い物だとは」

「もう、失わないで」

 凛として、諭すように言うリリスティア。民達は何故かごく自然に、彼女に頭を下げた。そのやけに神々しい雰囲気を放つリリスティアに、グレンは恐る恐る尋ねる。

「貴方は……一体……」

「……え?」

 だが、そう声をかけられた瞬間。リリスティアの瞳がはっきりとした焦点を持ってグレンに向けられた。と同時に、急に彼女の周りからあの雰囲気が消え、いつものリリスティアが現われた。

「うまく、いったのか? 良かった」

 リリスティアはグレンの背にある羽根を見て、安堵の息をついた。

「何を……今貴方が」

「よくやったな、リリスティア」

 わざとらしくカイムが口を挟む。まるでそれ以上の追求を許さぬように。

「綺麗な羽根だね。僕もそういうの欲しいなあ」

 便乗して、カイムの影から顔を出すジークフリード。

「無茶言わないで。どうやったら出来たのか記憶が曖昧……っと」

 力を使ったからか、リリスティアはよろよろとしてライザーにぶつかった。
 どうにも、体に力が入らない。

「なんだ。その様子じゃまだまだだな!」

 ライザーがリリスティアを支え、笑みを見せる。気恥ずかしそうにリリスティアは頷くと、初めて自分だけで何かを成し遂げたことの喜びを改めて噛み締めていた。
 同盟締結に、再生の力を操ること。やっと、自分にも何かを成し遂げることができた。

「リリスティア!!」

 不意にユアに真正面から抱きつかれたが、リリスティアはなんとか転ばず足を踏み留まらせる。後ろで支えていたライザーは思い切り柱に頭をぶつけた。

「ありがとう、ありがとう。……ありがとう……!」

「ユ、ユア。落ち着いて」

「もう、グレンの翼を見ることはないって諦めてたの! ほら見て、綺麗な大きい翼!」

 感激のあまり泣きじゃくるユア。そんな素直に感情を表すユアを見て、リリスティアは少しだけ彼女を羨ましく思った。

「ヴァイス王国、女王陛下」

 気が付くと、グレンはリリスティアの足元に恭しく頭を下げ、膝まづいていた。胸に手を当て、背の翼を両脇に垂らした状態で。

「俺、いや、私の数々の暴言、お許しください。翼を頂いた途端、態度を変えるなどおこがましいのは承知しております。ですが――」

 グレンは顔を上げると、その紫の瞳をしっかりとリリスティアに向けた。

「私は、陛下の中にティアイエラを見ました。これからは、同盟国の一剣士として、女王陛下方の為に剣を振るうことを誓います」

「ティアイエラって、なんだ?」

 ライザーがリリスティアに問う。

「さあ?」

 リリスティアは首を傾げる。ライザーも手を上げる中で、カイムだけが神妙な面持ちでそれを聞いていた。

「リリスティア」

 ユアが、その腰を少し下げ、礼の意味を持って言葉をかけた。

「私たちはあなたが悪魔じゃないって分かってる。だからこれから先も大丈夫」

「私たちが悪魔じゃないと知ってたの?」

「もうほとんどの種族や国は気付いてる。けど皆……王国や聖騎士が怖かったり、自分の利益の為に、黙ってる」

 私達もそうだった、とユアは悲しそうに呟いた。

「リリスティア、大丈夫だよ。世界はいつか貴方達のやってることを認めるから。きっと」

「……ええ」

 そっけない返事をしたリリスティアだが、その心中は泣きそうなくらいに揺れた。
 早く、ヒルにこの事を伝えたい。きっと喜んでくれる。微笑んでくれる。たった二日ほどしか離れていないのに、貴方の顔が見たくなる。

『ひとつ咲かせたのね』

 懐かしい、優しい声がする。金木犀の香りの向こうで、金が波打っている。
 美しいひとが、こちらを見ている。微笑んだ表情が、あのセイレに似ている気がした。

「……姉さん?」

 ふと、強い風が吹き、視界に金の花弁が踊る。
 風がおさまった時には、そこには誰もいなかった。
 後には、民の喜ぶ声。白い羽根が舞うばかりであった。

第十二話・終
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