第十二話「神鉄の器、虚飾の略奪者」

 ならば上級魔導術を使うしかない。詠唱や媒介なしに使うには、かなりの体力と精神力を消費する。ふと、ベリーの魔導力を羨ましく思う。だが、この場を切り抜けるにはやるしかない。

「ほう、抗うか」

「させませんよ!」

 魔法を発動させようとした瞬間、ライザーの手を弾くように風の刄が通り過ぎた。手の甲を真一文字に切り付けられ、ライザーは思わず術の組み上げを中断する。

「よくも私に不意打ちなんて真似をしてくれましたね。詠唱が無かったので気付きませんでしたよ」

 最悪のタイミングで現れたのは、クルヴェイグだった。彼はシウバの横に立つと、無空間から己の杖を出現させた。

「神鉄の魔導師……」

 リリスティアが唸るように呟く。

「おや陛下、続きはまた後でお願いします。邪魔なお客様にはさっさとお帰り願いましょうか」

 妖しくそう言うと、クルヴェイグもまた何かを唱え始め、魔法発動の準備に入った。

「……いちいちムカつくんだよ」

 それは誰かに向けての言葉ではなく。ライザーは自身に向かって呟いた。はっきり言って、今彼らに対抗するだけの力はない。
 それでも、やるしかない。ライザーは真剣な瞳でシウバ達を睨むと、血の滴る右手を前に掲げた。どこかに、勝算がある筈。魔法の知識という知識を頭に並べながら、ライザーは考えた。
 そしてふと彼は何かに気付き、その瞳を丸くした。

「……お前」

「――幕引きですよ、若い魔法使いさん!」

 シウバと、クルヴェイグの周りの空気が一気に渦を巻き竜巻を起こす。吹き飛ばされぬよう、ライザー達は身を屈めながらそれに耐える。そして、雷を帯びた巨大な風の渦が、ライザーに向かって放たれようとした刹那――。

「エクレイブ」

 そう、誰かの言葉が聞こえたかと思うと、急にシウバとクルヴェイグの二人の動きが止まり、精霊や荒れ狂う風の渦が、実体を保てずにみるみるうちに姿を消した。
 いや、それだけではない。ライザーの手からも魔導力が消えた。

「なっ!?」

 当然、シウバは驚愕した。あれほどまでに巨大だった魔法陣が、誰かの一言により全て消え去ってしまったのだ。

「これは……無効化」

 クルヴェイグはすぐさま辺りを見回し、声の出所を探した。そして、頭上の外壁の上に何者かの存在を見つけた。

「なるほど……翼なしの純血種……!」

「グレン!!」

 ユアに名を呼ばれ、グレンは軽い身のこなしでそこからテラスに着地した。高さをもろともせず、静かに彼は降り立った。

「成功率低いとか言ってたくせによくやるぜ……」

 そう言ってライザーが笑みを浮かべると、グレンもまた笑みを返した。

「お前が注意を引き付けていなければ出来なかった。神鉄の魔導師が現れた時には、ユア様だけを連れて逃げようと思った」

「おいおい!」

「だがそれをするとユア様が悲しむ。冗談だ」

 おもしろくないのは、シウバ達だった。グレンが放った無効化の術は、使用者の周りの魔法を全て封じ込める。掟破りの失術で、使い手の本来の資質に左右されるため、成功率は極めて低い。が、成功すれば、魔導師は唯の人と化す。

「厄介な……」

 シウバは訝しげにリリスティアを見遣る。

「何故、貴様らは今更抗うのだ」

 立て続けに言葉をぶつける。

「いずれ、貴様等はアルフレッドに滅ぼされる。それは運命だ」

「運命など! 歴史の誤解は、必ず解いてみせる!」

「それが、その考えがそもそもの間違いなのだ」

 ふと、シウバの瞳の奥に何か悲しみが見えた。それを見て取れたのは、彼と視線を合わしていたリリスティアだけで。不思議に感じはしたが、見間違いかと眉をしかめた。

「私はヴァイスを再び王国として再興する! 絶対に!」

「……愚かな」

 まるで何かを悔やむように、シウバは言葉を吐く。傍らのクルヴェイグはやけに冷めた表情だったが、口を挟むことはせず、虚空を見つめている。

「貴様等ヴァイスの民はいずれ──」

「陛下危ない!」

 すると、リリスティアの上空から巨大な影が降り立ってきた。すぐにそれは竜化したシャジャだと分かると、リリスティアはその場から少し身を避けた。
 その背にはカイム。彼は降下途中で勢い良くそこから飛び、皆の一際前に仁王立ちをした。シャジャは地面に着くと同時に人型になり、衣服や髪の乱れを整え、リリスティアの横に立った。

「カイム、シャジャ!」

「陛下、ユアさん、ご無事でしたか?」

 にこやかに言葉を交わす傍らで、ライザーは眉をひくつかせながら頭に手を置いていた。

「参っ考までに聞くが、テメェ今までどこにいやがった」

 するとカイムは、顔だけをライザーに振り向かせ悪怯れもせず答える。

「城の内部を探していた」

「それはグレンがやるって突入前に決めてたよな」

「もしかしたら、後宮にいるかもしれなかっただろう?」

「あのガキがリリーは神鉄の魔導師といる筈だっつってただろうが!!」

「喚くな。結果的にうまくいったのだろう」

 敵を前にして言い合いをする二人にリリスティアは呆れるしかなかった。だが、カイムはすぐに視線をライザーからシウバ達に移し、真面目な顔でこう言った。

「リリスティアは必ず王となる。必ずな」

「貴様等も、刃向かうのか」

「俺たちだけではない。今や、世闇にエルフ……果てはダイアンサスがな」

 二人の会話の内容は、何か別の物に論点を置いているためその内容が掴めない。
 しかしその中に自身の存在がやけに重要視されていることにリリスティアは気付くと、妙に不安になった。

「長居は無用だな。引き上げるぞ」

 カイムはそう言うと、シャジャに目配せをする。シャジャはそれに頷き再び竜化すると、皆に自身の背に乗るよう命じた。
 だが、シウバはそれを止めようとはせず傍観している。魔導術が使えないからそうしているわけではなく、何か思うところがあって、そうしているように見えた。

「貴方だけは逃がしませんよリリスティア陛下!」

 執拗にリリスティアを求めるクルヴェイグがその場から動き、手を伸ばす。だが、それは叶わなかった。

「やめてクー!!」

 背後からジークフリードが彼の体を両腕で抱き抱え、静止させたのだ。

「ジーク!? 離しなさい!」

「リリーには! リリーには手を出さないで!」

「まさか……貴方が煌竜王を? 敵に味方したというのですか!」

「今の僕はジークフリード・クレイメルだ。皇子ジークフリードじゃない! ……そうなんでしょ、父さん……!」

 まだ幼さ残る息子にそう問われ、シウバは瞳を伏せることでしか返事をしなかった。

「逆臣行為ですねジーク」

 侮蔑の色を湛えた瞳でクルヴェイグに睨まれ、ジークフリードは恐怖に震えた。
 だが彼のおかげで、逃げる準備が整ったリリスティア達は、振り向くことなくテラスから飛び立つ。それを見て安心したのも束の間、シウバの金色の瞳は、ジークフリードを冷たく捉える。

「……父さん、僕は……」

 深く刻まれた皺の中で、琥珀が揺らぐ。一度ゆっくりと瞬き、ジークフリードを映した。

「それがお前の選択か」

「僕は、……僕は」

「ジークフリード」

 名前を呼ぶ、竜の声。ジークフリードが振り向くと、カイムがこちらを見ていた。

「カイム……」

「お前、ここにいたいのか?」

「え……」

 いきなりの質問にジークフリードは戸惑い、沈黙する。カイムは、二度三度と質問するのを嫌い、強い口調でこう言った。

「迷うくらいなら、俺と来い」

 そうして、自分に向けて差し伸べられた手。それはあの時には差し伸べられなかった手。あの恐ろしい煌竜王が、宿敵であるシウバの息子に向けて、救いの手を差し出している。一体、何を考えているのか。理解出来ない。
 そう思いながらも、ジークフリードはその言葉を自然と受け入れた。彼が、自分を必要としていることだけは、分かったから。

「父さんごめん!!」

 ジークフリードはそう言ってシウバの体に体当たりを仕掛けた。いや、それはそう見えただけで。彼はその腰に携えられていたイスタリカを奪いに行ったのだ。

「ジークフリード!!」

「カイム!!」

 シウバから無理矢理に奪った剣をカイムに向かって投げる。カイムはそれを頭上で見事に受け取ると、素早くテラスの端に向かって走りだした。それに続き、ジークフリードも走りだした。

「戻りなさいジーク!」
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