第十二話「神鉄の器、虚飾の略奪者」

「ああ、別に剏竜を愛しても報われません。 知っているでしょう?  竜とはそういう種族です。人とは違う」

「……ヒルを低く見下げるな」

 遮るように、リリスティアが小さく呟いた。聞き取れなかったクルヴェイグは、リリスティアの顔を覗き込みながら聞き返す。

「はい?」

「ヒルは、優しい竜だ。お前なんかとは違う!」

 翡翠の瞳をいっぱいに濡らし、必死に言葉を放った彼女の表情は魅力的で。クルヴェイグは身震いするほどの熱情に駆られた。

「……陛下」

 するとクルヴェイグは、何を考えたのかリリスティアの両手の拘束を解き、優しく抱き締めた。

「そんなに あの男の方がいいのですか? ……可哀想に。何も知らないのですね貴女は。どれだけ愛しても、竜との恋は実ることなどありえないのに」

「な……に……?」

「剏竜は、白藍(しらあい)の賢者の所有物。ずっと昔から、鎖に繋がれた獣だというのに」

「しら……あい」

 そう呟くと、頭の中で何かの光が音を立てて弾ける。
 怖い―――。これ以上この名前を口にしてはいけない気がする。リリスティアはそのまま、思考の旅から感覚を今に引き戻した。
 リリスティアを抱き締めていたクルヴェイグが、えらく愛しそうに彼女を見つめる。そしてその唇を重ねようと、顔を傾けたその時だった。

「クロシアン・フォールド!!」

 呪文を叫ぶ何者かの声がしたかと思うと、突然の炎の大爆発と共に部屋の天井ががらがらと崩れ落ちた。咄嗟に二人はベッドから起き上がり、身を守る。瓦礫が崩れ落ち煙や土埃りが辺りに舞い上がり、完全に視界が惑わされた。
 リリスティアはこの一瞬の好機を見逃さなかった。素早くクルヴェイグから離れると、部屋の扉に向かって走った。幸いなことに中からも外からも鍵はかかっておらず、容易に扉は開かれた。

「――ッゲホ! ま、待ちなさい……!」 

 待てと言われて待つはずがなく、リリスティアは振り返らずに外へと走りだした。
 とはいってもそこはまだシウバの城の中、右も左も全く分からない。だがとにかくクルヴェイグから離れたかったのだろう。リリスティアは服を整えながら必死に走った。
 それは、まるで終わりのない迷路のようだった。同じような景色がリリスティアの方向感覚を惑わせる。
 人気が無いのは幸か不幸か。リリスティアは辺りを不安げに見回し、とにかく勘のみで動こうとまた足を前に進めた。だが、

「おいコラ! だから勝手にうろつくなっつってんだろが!!」

 その聞き慣れた声に、リリスティアは勢い良く振り返り、その人物を認識した。

「ライザー!」

 そこにいたのは、まぎれもないあのライザーだった。
 纏っているローブの裾が少し焦げて、服も何かに汚れてはいるが、金の髪と少し吊った瞳は確かに彼だ。リリスティアを見つけたライザーは、ホッとしたような照れ臭いような複雑な表情を浮かべている。

「無事だったか……って、なっ、なんだお前その格好! これ着ろバカが!」

 ライザーが慌てて自身のローブをリリスティアに頭から被せる。
 一瞬意味の分からなかったリリスティアだが、すぐに自身の服に目をやると顔を赤らめた。走りながら整えはしたものの、乱れきったその服装は、ライザーにとっては目の毒だ。 
 視線を背けながら、ライザーは真っ赤になっていた。

「平気かよ」

「うん、なんとか」

 身なりを整えると、リリスティアは僅かに笑ってみせた。

「なら行くぞ。こっちだ」

 すぐさま走りだしたライザーに導かれながら、リリスティアはあることに気が付き後ろから声をかけた。

「ライザー! 私の剣!」

「あ? 剣?」

「シウバに取られた。あれがないと武器が!」

「剣なんざいくらでもあんだろうが! それより逃げること考えろ!!」

 そう言われては黙るしかなかったが、リリスティアはあの剣、イスタリカが気になって仕方が無かった。なんとかして取り返したい。それでなくても、丸腰で戦い抜ける自信が無い。
 だが、これだけ走り回っているにも関わらず、一向に兵士が現われないことにリリスティアは疑問を感じていた。
 二人は階段を下り、回廊を駆け抜けているのに、兵士や城の住人に全くといっていいほど出くわさないのだ。

「何故こんなに静かなの?」

「もうちっとしたら分かる」

 すると、遠くの方から何かが聞こえてきた。微かな夜の匂いにまぎれて薫る金木犀。それに呼応して、柔らかなハープの音色のように紡がれるそれは。彼女の、歌声。
 ライザーとリリスティアが到達したそこは、巨大なテラスだった。夜空には銀の月が浮かび、星屑が煌めいて囁き合う。天空に純白の翼を広げ、歌を紡ぐ彼女に恋をしているかのように。

「ユア……!」

「本来、魅了(エピカリス)の能力は歌に乗せて使うんだとよ」

 彼女の歌声が城全体を包み込み、人々の心を狂わせ、操ったのだ。
 ライザーは少なからず耐性は持っているものの、やはり間近で聞くと操られそうになるらしく、耳を塞いだ。リリスティアもなんとなく、耳を塞いでみた。

「すごい影響力ね」

 歌う彼女はまさに天使。リリスティアが見惚れていると、ライザーがそこに水を差す。

「おい、リリスティア助けたからもういいぞ」

「あ! ほんとうだ! 良かったね」

 我に返ったユアは宙に浮いたまま手を合わせ、柔らかな笑みを浮かべた。そしてリリスティアを見ると、その側にふわりと降り立った。

「リリスティア……本当に無事で良かった」

「ありがとう。でも貴女は……」

「ふふ、心配しないで。ちゃんとしてきたから」

 ユアは眉を下げるリリスティアに微笑みを返すと、そのまま小さく咳払いをした。

「グレンも来てるの。もう合流出来るはずだよ」

「あの剣士まで? 一体何が……」

 すると、彼女等の後ろでコツン、と靴の音がした。皆が一気にその音がした方に振り返る。「グレン?」と言ったユアの顔が凍り付いた。そこに居たのは、あの死皇帝だった。

「シウバ!!」

 驚き身構えるリリスティア達を気にせず、シウバは無表情のまま、そこに佇ずんでいる。
 共の姿は見当たらない。
 手には、木で出来たとてつもなく長い杖。先端はぐるぐるとうねっており、所々に宝玉が埋め込まれている。風が吹くたびに、深海のマントが波のように揺れる。幸か不幸か、その腰にはあのイスタリカが提げられていた。
 リリスティアはそれに気付くと、すぐにでも取り返したくなったが、ぐっと堪えた。

「やっぱテメェに魅了は効かねえか」

 ライザーはリリスティア達を守るように立ちはだかると、手を前に構えた。

「我が城でこのような振る舞いをして、ただで済むとは思っていまいな小僧」

「誰が小僧だと?」

「ユアを此処に連れてきたことだけは褒めてやろう」

 すると、シウバの持つ杖に急速に魔力が集まり始めた。淡い光を放ちながら、周りの大気の性質を変化させ始める。

「死皇帝と魔導術対決か。おもしれぇ」

「我が使役せし精霊は息子達とは違う。覚悟するのだな」

 杖の光が一瞬強く輝いたかと思うと、シウバの頭上と足元に、一瞬にして魔法陣が出現した。幾何学模様のそれは回転を始め、さらにその面積を広げる。
 ライザーは気丈にしながらも、その圧倒的なプレッシャーに身震いした。なんせ、その身に大精霊の血を宿した死皇帝の魔法を直で見ることになるのだから。魔導術を探究する者としての好奇心が、恐怖に打ち勝っていた。

「なんて巨大な魔法陣……」

 リリスティアはユアを庇いながら、ぽつりと呟く。
 その場の全員がシウバの魔法力に圧倒されていた。すると、みるみるうちにシウバの魔法陣はテラスの床を覆い尽くすほど巨大になり、やっとその動きを止めた。その間もシウバは何か呪文を絶えず早口に詠唱していたが、何かの準備が完了したことを感じると、杖をライザーに向けた。

「我が始祖たる精霊よ、豪風を以って顕現せよ。出でよ、精霊王ルスクリア!!」

 その言葉と共に、シウバの足元から巨大な半透明の何かが、彼を守るように飛び出した。それは女性の形をしているが、黄金の髪らしき物は全て葉や蔦で出来ており、体には古代言語の紋章が刻まれていた。
 ライザーはすぐさま目の前で呪印を組み、シウバに向けて黒い重力場の球体を叩きつけた。だがそれはいとも簡単に霧散する。

「どうした、我がルスクリアに敵うとでも思ったか」

「並みの魔導術じゃ跳ね返すってか……!」
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