第十二話「神鉄の器、虚飾の略奪者」
竜は、浮き世離れした性質を持った種族。他人がどうなろうが、世界がどうなろうが、自分の思ったようにしか動かない。そんな竜の頂点に位置するカイムが、恐らく初めてとったであろう、自分には何の利益もない行動だった。
「じゃあテメェまさか、ヴァイスに来たのもその為に」
ライザーがそう問うと、カイムは不敵な笑みを浮かべた。
「分かったなら、立てグレン」
* * *
窓の外には、満点の星空。空気が澄んでいるのと、空に近いせいかいつもより眩しい星の光。リリスティアはやっと自身の意志で動くようになったのを感じ、ベッドから起き上がった。
「――ここは」
灯りが無い為はっきりとは分からないが、誰かが普段から使用している部屋だろう。周りにはぼんやりと本棚や机が見え、生活感が漂っている。
リリスティアはいつのまにか両手から手枷が外されていることに気付き、今が好機とばかりにベッドから立ち上がった。窓を開け放ち枠に手をかけて外を見る。彼女のいる部屋は、城の最も高い場所にあるらしい。見下ろしても、暗闇で地上が見えぬほどに。
「落ちたら死にますよ」
気配無く背後から急に声をかけられ、リリスティアは驚愕した。いつのまにか、真後ろにクルヴェイグが立っていたのだ。
「先程は申し訳ないことをしてしまいました。痛みはないですか?」
リリスティアは腹部を強打され気を失った。が、その痛みはあまりない。強く彼を睨みつけると警戒の色を見せた。
「それ以上近づくな」
「応じられませんねえ」
クルヴェイグは、わざと一歩ずつリリスティアに歩み寄る。
リリスティアは身の危険を感じながらも、武器を持たぬ体でどこまで抵抗出来るか分からない為、必死に策を練っていた。
そんなリリスティアの頬を、クルヴェイグは愛でるように一撫でする。瞬間、ビクリと強ばるリリスティアの肩。彼はそれを見て益々増長した。
「おや? 意外に可愛らしい反応ですね」
リリスティアの女としての性質が、頭の中で警告音を鳴らす。いくらリリスティアでも、彼が何を考えているかは察しがつく。
リリスティアは睨み付けることでクルヴェイグとの距離を保とうと必死になったが、その様ますます彼の征服欲をかきたてることになった。
不意に、クルヴェイグはリリスティアの手首を乱暴に掴み、すぐそこにあるベッドへと投げるように倒れこませた。スプリングによりリリスティアの体は一度跳ねたが、すぐさま上にクルヴェイグが覆い被さった為、その動きは止められた。
両手首を頭の上で拘束され、逃れようと身をよじらせるも、クルヴェイグはびくともしない。
「魔導師といえども、魔導術の発動に耐えられる程度には鍛えてあるんですよ。ましてや私は男です」
「やめ……ッ」
引き寄せられるように、リリスティアの首元にクルヴェイグがその唇を触れさせた。嫌な感覚に、リリスティアの眉間に皺が寄る。
クルヴェイグはそんなことはおかまいなしに、暴れるリリスティアの腕を益々強く抑えつけ、その首元や胸元に愛撫を施していく。
「やめろ! 頭がおかしいのか貴様!!」
「心外ですね。貴女のような女性が目の前にいたら、欲するのが普通でしょう。類い稀なる血統、リリスティア陛下」
自身の胸元で、こちらを見上げながら妖しく笑うクルヴェイグ。リリスティアは怒りが頂点に達し、一際大きく怒鳴りつけた。
「私に触るな!!」
するとクルヴェイグはぴたりと行為を止め、リリスティアから少しだけ体を離し、彼女を上から見下ろした。
「他の女では駄目なんですよ。貴方だからいいのです」
「貴様のその醜悪な性格では女も寄り付かないか! だから私に? 下げて見られたものだな!」
「ふふふ……陛下はご自分の価値に気づいてらっしゃらないようですねえ……」
うっすら涙の浮かんだ瞳で、リリスティアは不思議そうに彼を見上げると、クルヴェイグの長い髪がさらさらとリリスティアの頬に落ちた。銀に透けながら輝く髪は、その一本一本にまで魔力が宿っているようだ。
「リリスティア陛下、私が何故神鉄の魔導師と呼ばれるかご存じですか?」
「……知るか」
「でしょうね。実はね、私も由来なんてとうの昔に忘れてしまったのです。何故私が神鉄の魔導師なのか、こんなにも強い魔力を持っているのか」
クルヴェイグはリリスティアを見つめながらも、どこか遠くに視線を置いている。
「神鉄の魔導師は称号ではないのですよ。私が神鉄の魔導師なのです。ずっと遠い遠い昔から、ね」
陶酔したように喋る彼の語り口は理解がしがたく、リリスティアは訝しげな表情を見せた。
「私、クルヴェイグの母親はエルフでしてね。父親はあのシウバ。これは申し分ない血統でしょう?」
「……何を言っている?」
たまらず、リリスティアが問い掛ける。するとクルヴェイグは急に冷めた目付きになり、リリスティアにぐいと顔を近付けた。あと少しで唇が触れそうな位置に、彼の顔がある。だがクルヴェイグはそのままで、また語り始めた。
「つまり、私は神鉄の魔導師ですが、クルヴェイグではありません。クルヴェイグはこの体の名前なのですよ」
「この体?」
「お伽話をしてさしあげましょうか、陛下」
遥か昔、どこから現われたのか、神鉄の魔導師と名乗る魔導師がいた。彼の魔力は底が無く、その残虐めいた性格から、他の魔導師からは恐れられていた。
だがある日、彼は死んだ。殺されたのか病気だったのか分からない。とにかく死んだ。
少しして、また神鉄の魔導師なる人物が現われた。やはりその者も魔力が高く、残虐な性格をしていた。
きっと、神鉄の魔導師の弟子か何かだった者がその名を残す為に名乗っているのだろう。誰もがその程度に考えていた。そしてその神鉄の魔導師も、病気か寿命かとにかく死んだ。
ここからだった。
数にして三度目。また、神鉄の魔導師を名乗る者が現われたのだ。その者もまた、やはり魔力が強く、残虐な性格だった。
さすがの魔導師達も異変に気付き、騒ぎ始めた。しかもその神鉄の魔導師を名乗った者は、王族の男だったのだ。王族が魔法使いの弟子になどなっている筈はない。
魔法使い達は、その神鉄の魔導師に尋ねた。
『貴方は誰か? あの神鉄の魔導師の弟子だったのか』
すると、返ってきた答えはこうだった。
『私は、神鉄の魔導師ですよ。それより何かいい器を知りませんか? この体も、私の魔力に耐えられそうにない』
黙ってお伽話を聞いていたリリスティアだったが、意味を理解すると驚きのあまり目を見開いた。
「じゃあ……お前は……」
「ええ。実体の無い至高の魔導師。けどこの体は、間違いなくジークフリードの兄の体ですよ」
「その話と、私を征服することに何の関連がある?」
「察しが悪いですね。話聞いてました?」
すると、クルヴェイグはリリスティアね耳元に唇をやり、わざと息をふきかけるような喋り方をした。ぞく、と毛が逆立ったが、リリスティアは必死に抵抗する。
「そろそろ次の器を探したいのですよ」
「……器」
「そして良い所に貴女が現われた。最高じゃないですか? 精霊の血統と、あのヴァイスの血統を継ぐ人間がいたら」
「まさか……」
今まで味わったことのない恐怖が、リリスティアの中を埋め尽くした。拘束された両手、武器の無い体。女である自分。何もかもが不利だ。リリスティアはなんとか逃げようと激しくもがくも、ベッドのシーツが乱れていくだけで。
「や……やめろッ! 離せ! 離せ!!」
「そんなに嫌がらないでください。ますます踏み躙りたくなりますから」
そう言っている間にも、リリスティアの衣服は段々と脱がされ、彼もまた胸元をはだけさせている。合間合間に繰り返される執拗な唇の愛撫に、リリスティアは思わず涙を流した。
「い、嫌だ! 絶対に嫌だ!!」
「ご心配なさらず。形式的に多くの妻を迎えなければいけない立場の私ですが、相手をするのは貴方だけにして差し上げます。そして何人も子を作りましょう。替えは多い方がいい」
「いや……」
途端、頭に浮かんだのはヒルの顔。彼に触れられた時は、こんな感覚にはならない。心で必死に呼び続けた彼の名が、ついに口をついて出てしまった。
「ヒル……ヒルー!!」
その名を聞いたクルヴェイグが、息を荒くしながら、妖しく笑った。
「おやおや……それは、剏竜の名ですか?」
「……っ」
「じゃあテメェまさか、ヴァイスに来たのもその為に」
ライザーがそう問うと、カイムは不敵な笑みを浮かべた。
「分かったなら、立てグレン」
* * *
窓の外には、満点の星空。空気が澄んでいるのと、空に近いせいかいつもより眩しい星の光。リリスティアはやっと自身の意志で動くようになったのを感じ、ベッドから起き上がった。
「――ここは」
灯りが無い為はっきりとは分からないが、誰かが普段から使用している部屋だろう。周りにはぼんやりと本棚や机が見え、生活感が漂っている。
リリスティアはいつのまにか両手から手枷が外されていることに気付き、今が好機とばかりにベッドから立ち上がった。窓を開け放ち枠に手をかけて外を見る。彼女のいる部屋は、城の最も高い場所にあるらしい。見下ろしても、暗闇で地上が見えぬほどに。
「落ちたら死にますよ」
気配無く背後から急に声をかけられ、リリスティアは驚愕した。いつのまにか、真後ろにクルヴェイグが立っていたのだ。
「先程は申し訳ないことをしてしまいました。痛みはないですか?」
リリスティアは腹部を強打され気を失った。が、その痛みはあまりない。強く彼を睨みつけると警戒の色を見せた。
「それ以上近づくな」
「応じられませんねえ」
クルヴェイグは、わざと一歩ずつリリスティアに歩み寄る。
リリスティアは身の危険を感じながらも、武器を持たぬ体でどこまで抵抗出来るか分からない為、必死に策を練っていた。
そんなリリスティアの頬を、クルヴェイグは愛でるように一撫でする。瞬間、ビクリと強ばるリリスティアの肩。彼はそれを見て益々増長した。
「おや? 意外に可愛らしい反応ですね」
リリスティアの女としての性質が、頭の中で警告音を鳴らす。いくらリリスティアでも、彼が何を考えているかは察しがつく。
リリスティアは睨み付けることでクルヴェイグとの距離を保とうと必死になったが、その様ますます彼の征服欲をかきたてることになった。
不意に、クルヴェイグはリリスティアの手首を乱暴に掴み、すぐそこにあるベッドへと投げるように倒れこませた。スプリングによりリリスティアの体は一度跳ねたが、すぐさま上にクルヴェイグが覆い被さった為、その動きは止められた。
両手首を頭の上で拘束され、逃れようと身をよじらせるも、クルヴェイグはびくともしない。
「魔導師といえども、魔導術の発動に耐えられる程度には鍛えてあるんですよ。ましてや私は男です」
「やめ……ッ」
引き寄せられるように、リリスティアの首元にクルヴェイグがその唇を触れさせた。嫌な感覚に、リリスティアの眉間に皺が寄る。
クルヴェイグはそんなことはおかまいなしに、暴れるリリスティアの腕を益々強く抑えつけ、その首元や胸元に愛撫を施していく。
「やめろ! 頭がおかしいのか貴様!!」
「心外ですね。貴女のような女性が目の前にいたら、欲するのが普通でしょう。類い稀なる血統、リリスティア陛下」
自身の胸元で、こちらを見上げながら妖しく笑うクルヴェイグ。リリスティアは怒りが頂点に達し、一際大きく怒鳴りつけた。
「私に触るな!!」
するとクルヴェイグはぴたりと行為を止め、リリスティアから少しだけ体を離し、彼女を上から見下ろした。
「他の女では駄目なんですよ。貴方だからいいのです」
「貴様のその醜悪な性格では女も寄り付かないか! だから私に? 下げて見られたものだな!」
「ふふふ……陛下はご自分の価値に気づいてらっしゃらないようですねえ……」
うっすら涙の浮かんだ瞳で、リリスティアは不思議そうに彼を見上げると、クルヴェイグの長い髪がさらさらとリリスティアの頬に落ちた。銀に透けながら輝く髪は、その一本一本にまで魔力が宿っているようだ。
「リリスティア陛下、私が何故神鉄の魔導師と呼ばれるかご存じですか?」
「……知るか」
「でしょうね。実はね、私も由来なんてとうの昔に忘れてしまったのです。何故私が神鉄の魔導師なのか、こんなにも強い魔力を持っているのか」
クルヴェイグはリリスティアを見つめながらも、どこか遠くに視線を置いている。
「神鉄の魔導師は称号ではないのですよ。私が神鉄の魔導師なのです。ずっと遠い遠い昔から、ね」
陶酔したように喋る彼の語り口は理解がしがたく、リリスティアは訝しげな表情を見せた。
「私、クルヴェイグの母親はエルフでしてね。父親はあのシウバ。これは申し分ない血統でしょう?」
「……何を言っている?」
たまらず、リリスティアが問い掛ける。するとクルヴェイグは急に冷めた目付きになり、リリスティアにぐいと顔を近付けた。あと少しで唇が触れそうな位置に、彼の顔がある。だがクルヴェイグはそのままで、また語り始めた。
「つまり、私は神鉄の魔導師ですが、クルヴェイグではありません。クルヴェイグはこの体の名前なのですよ」
「この体?」
「お伽話をしてさしあげましょうか、陛下」
遥か昔、どこから現われたのか、神鉄の魔導師と名乗る魔導師がいた。彼の魔力は底が無く、その残虐めいた性格から、他の魔導師からは恐れられていた。
だがある日、彼は死んだ。殺されたのか病気だったのか分からない。とにかく死んだ。
少しして、また神鉄の魔導師なる人物が現われた。やはりその者も魔力が高く、残虐な性格をしていた。
きっと、神鉄の魔導師の弟子か何かだった者がその名を残す為に名乗っているのだろう。誰もがその程度に考えていた。そしてその神鉄の魔導師も、病気か寿命かとにかく死んだ。
ここからだった。
数にして三度目。また、神鉄の魔導師を名乗る者が現われたのだ。その者もまた、やはり魔力が強く、残虐な性格だった。
さすがの魔導師達も異変に気付き、騒ぎ始めた。しかもその神鉄の魔導師を名乗った者は、王族の男だったのだ。王族が魔法使いの弟子になどなっている筈はない。
魔法使い達は、その神鉄の魔導師に尋ねた。
『貴方は誰か? あの神鉄の魔導師の弟子だったのか』
すると、返ってきた答えはこうだった。
『私は、神鉄の魔導師ですよ。それより何かいい器を知りませんか? この体も、私の魔力に耐えられそうにない』
黙ってお伽話を聞いていたリリスティアだったが、意味を理解すると驚きのあまり目を見開いた。
「じゃあ……お前は……」
「ええ。実体の無い至高の魔導師。けどこの体は、間違いなくジークフリードの兄の体ですよ」
「その話と、私を征服することに何の関連がある?」
「察しが悪いですね。話聞いてました?」
すると、クルヴェイグはリリスティアね耳元に唇をやり、わざと息をふきかけるような喋り方をした。ぞく、と毛が逆立ったが、リリスティアは必死に抵抗する。
「そろそろ次の器を探したいのですよ」
「……器」
「そして良い所に貴女が現われた。最高じゃないですか? 精霊の血統と、あのヴァイスの血統を継ぐ人間がいたら」
「まさか……」
今まで味わったことのない恐怖が、リリスティアの中を埋め尽くした。拘束された両手、武器の無い体。女である自分。何もかもが不利だ。リリスティアはなんとか逃げようと激しくもがくも、ベッドのシーツが乱れていくだけで。
「や……やめろッ! 離せ! 離せ!!」
「そんなに嫌がらないでください。ますます踏み躙りたくなりますから」
そう言っている間にも、リリスティアの衣服は段々と脱がされ、彼もまた胸元をはだけさせている。合間合間に繰り返される執拗な唇の愛撫に、リリスティアは思わず涙を流した。
「い、嫌だ! 絶対に嫌だ!!」
「ご心配なさらず。形式的に多くの妻を迎えなければいけない立場の私ですが、相手をするのは貴方だけにして差し上げます。そして何人も子を作りましょう。替えは多い方がいい」
「いや……」
途端、頭に浮かんだのはヒルの顔。彼に触れられた時は、こんな感覚にはならない。心で必死に呼び続けた彼の名が、ついに口をついて出てしまった。
「ヒル……ヒルー!!」
その名を聞いたクルヴェイグが、息を荒くしながら、妖しく笑った。
「おやおや……それは、剏竜の名ですか?」
「……っ」