第十二話「神鉄の器、虚飾の略奪者」
「私のことも、フォルセって呼んだ」
「昔と今では立場が違います。ユア様は国王陛下に成られた」
そう言ってグレンは差し出したハンカチをユアの手に握らせ、頭を下げ床に膝まづいた。
「昔は、貴方の背中にも綺麗な羽があった。私はそれが大好きだった。一族の中で、誰よりも優しい翼だったから。真っ白で、大きくて」
「……昔の話です。ユア様がお気にするようなことでは」
「私はフォルセだよ!!」
刹那、ユアは玉座から立ち上がりグレンの前に膝をついた。目の高さを合わせ、懇願するようにグレンの大きな手に自分の手を重ねた。そこにまた、涙がぽたりと落ちていく。
「ユア様……」
「恨まれてるのは分かってる。嫌われてるのも分かってる」
「……何を」
「返すよ。翼を返すから。お願いだから、またフォルセって呼んで。本当はグレンが………ユア・ラムダを治めるべきなんだから!」
「ユア様……何故そんなことを仰るのです」
まさか彼女がそんなことを言いだすとは予想もしていなかったグレンは、瞳を悲しそうに歪めた。
「私は、貴方様の苦難を知っています。王位継承者でありながら翼を持たなかった貴方が、どれだけ苦しんだかも。……どうして」
それでも、ユアは首を振り続けた。
そうやって泣きじゃくる彼女に、グレンは何と声をかけるべきか分からずに茫然としていた。
すると、突然後ろの扉が荒々しい音を立て開かれた。ぎょっとして振り返ると、その扉を開けた人物が、赤い瞳に冷たさを湛えこちらを見ていることに気が付いた。
「……何をしている?」
扉を開けたのは、カイムだった。涙を流すユアを一瞬見遣ると、グレンにその理由を求めるかのように視線を向けた。
「煌竜王! 貴様、警備兵はどうした?!」
「クッ。長い鎖国で足腰が弱ってるんじゃないか? 訓練が足りていない証拠だな」
冗談を言いつつ、カイムはそのまま部屋の中に足を進め、グレンとユアの前に堂々とした様子で立った。その後ろを、ライザーとシャジャが続く。
「か……カイム……」
しゃくり上げながら自分を見上げるユアの艶めいた表情に、カイムは人知れず目眩を覚えた。が、それを一切表には出さず。
「何故泣いている?」
と、いくらか優しい声で問いかけた。
「……なんでもない」
ユアはそう言って涙を拭う。なんでもない筈がないのは明らかだったが、カイムは敢えて追求はしなかった。
「さっさと立ち去れ煌竜王。さもなくば!」
グレンは殺気を漂わせながら、腰の剣をずらりと抜き、切っ先をカイムに向ける。敵意に満ちている彼にどう協力を求めようというのか、シャジャとライザーは互いに顔を見合わせ、汗を流した。
そして、息を飲んでカイムの次の言葉を待つ。だが、
「グレン。リリスティアを助けるために貴様の力がいる。協力しろ」
「なっ?!」
あまりにも直球かつ傲慢な言葉に、グレンもユアも目を丸くし愕然とした。すかさず、ライザーが後ろから吠える。
「言葉選べ!!」
「なんだ? 何か間違っていたか?」
さも不服そうにそう返すカイムは、自分の思い通りにならぬことはないと思っているかのようで。いつものこととして慣れているシャジャは背中の蝙羽根をへたりと下に萎れさせた。
「何を言いだすのだ貴様は! 何故悪魔などを俺が!?」
「貴様がいると簡単だからだ」
「助けたいのならば先の鉄戦争の時のように貴様がやればいいだろう!」
途端、カイムがグレンの胸ぐらを掴み締め上げた。グレンの体は地から少し離れ、宙に浮いた。
「カイムさん!」
シャジャが止めに入ろうとするも、カイムは強固とした力でその手を離そうとはしなかった。
「っぐ……はっ……」
「よく聞け愚か者が」
グレンは息苦しさに耐えながらも、カイムを睨む。カイムはグレンに顔を近付け、いつもより低く唸るような声でこう言った。
「いいか。シウバの狙いはリリスティアではない、ユアだ。昔からあいつが欲しているのはユアのみだ」
「……くっ」
「ノーブル軍は再びやってくる。今度は神鉄の魔導師ではなく、死皇帝の本隊がな。確実にユアは連れていかれる」
「は……離せ………」
カイムはグレンの胸ぐらから手を離すと、ゴミか何かを放るように床に投げた。ユアがその身を案じて駆け寄る。
「ユア様は全力でお守りする……渡しはしない! この国の王を渡しはしない!!」
咳き込みながらもまだ意志を固く示すグレンに、カイムは苛立ちを見せ、ついに声を荒げた。
「ユアがいつ王になりたいと言った!?」
怒りを顕にし吠えたカイムの声に、その場にいた全員が動きを止めた。
「ど、どういう意味だ」
そう言いながら、グレンはユアの顔を見る。ユアは、震えながら目を逸らした。
「貴様があの日、ユアに自らの翼を与えた。結果、公に魅了の力を持った純血種はユアだけになった」
翼の無い有翼人など、他と大差はない。
ではもし、純血種の世継の血統に翼無しが産まれたなら?
ユア・ラムダの王と王妃の間に、一人の可愛らしい女の子が生まれた。幼少名を、フォルセ。
だが彼女は、生まれ付き翼が無かった。純血種だというのに、まるで人間と変わらぬその体。晒された悪意は、幼子を谷へ捨てるまでに至る。生還したとして、喜ぶものはいなかった。
王は嘆き、王妃は心を閉ざした。不義を疑い、精霊の呪いを疑い、神を恨んだ。
後に、そのような子を産んでしまったという長年の心労から王妃が倒れたのだ。周りからの重圧、第二子の切望。全てのバランスを取ることは不可能だった。王妃は、死んだ。
王もまた、ほどなくして他種族との戦により命を失った。戦の耐えぬアーリアでは珍しい話ではなかったが、大臣達は次の王の即位をどうするか悩みに悩んだ。フォルセは、翼無しの能力無し。
──他に純白の翼を持つ者はいないのか!
その声に応えたのは、もう一人の天使。
純血種ながらも身分の低い心優しい少年は、翼などいらなかった。
ただ、彼女の笑顔が見たい。
『僕の翼を、どうかフォルセに』
フォルセは、翼を得た。だがそれは、彼女の意志を無視したもの。
それに気付いていたのは、昔からこの国にこっそりと出入りしている竜の青年だけだった。
翼さえあれば幸せになれると思っていた。
「ユア様……そんな」
「……ごめんなさい」
ユアは地に膝をつき、深く頭を下げた。壊れてしまいそうなその華奢な体を小刻みに震わせている。
「私、どこかに逃げてしまいたかった。王になる前は、皆一緒にいられたから。このまま翼無しでいいって思ってた」
「では、俺のしたことは……ユア様にとっては」
「必要なかった。貴様は、大臣共に利用されたというわけだ。偏執的で排他的な、地位や血統にこだわる連中にな。大方、ユアを即位させた後、体よく実権を握ろうとでも思ったのだろう」
カイムはそう吐き捨てると、ユアの腕を掴み立ち上がらせ、そのまま自分の胸に引き寄せ、抱き締めた。ユアはすがるようにその胸に顔を埋める。
「やはり貴様にユアは渡せん。シウバにもだ」
「……カイム」
「リリスティアを助けるのに協力しろ。あれがいれば、貴様の失った羽根を取り戻せるだろう」
「え!?」
グレンとユアが同時に声を上げ、カイムを見る。
「悪魔が何をできるというんだ」
「お前、知らないのか。リリスティアのヴァイス王としての能力を」
「悪魔は破壊しかもたらさない筈だ。最後の王も……」
「リリスティアの能力は、在るべくものに戻す力だ。現に、ヴァイスは氷の時間凍結魔法から復活し、常春を取り戻している」
グレンは、大きくかぶりを振って否定した。
「嘘だ! たとえそれが本当だとして、俺の為にしかならぬことだ! 煌竜王である貴様が、それぐらいのことで危険を冒してまで動くのはおかしい!!」
すると、カイムは瞳を静かに伏せた。そして、そっとユアを自身から離すと、再び瞳を開け、穏やかな視線を彼女に注いだ。
「フォルセが、貴様の翼を取り戻す方法を探していた。それだけだ」
「カイム……」
一度だけ、カイムの前で言ったことがあった。
『グレンの翼、元に戻らないかなあ』
『あれは自らそう望んだのだろう?』
『でもその所為でグレン。ますます皆からいじめられるようになったの。今、それに負けないように傷だらけになって訓練をしてるの。なんとかしてあげたいの……』
『……ふん』
「昔と今では立場が違います。ユア様は国王陛下に成られた」
そう言ってグレンは差し出したハンカチをユアの手に握らせ、頭を下げ床に膝まづいた。
「昔は、貴方の背中にも綺麗な羽があった。私はそれが大好きだった。一族の中で、誰よりも優しい翼だったから。真っ白で、大きくて」
「……昔の話です。ユア様がお気にするようなことでは」
「私はフォルセだよ!!」
刹那、ユアは玉座から立ち上がりグレンの前に膝をついた。目の高さを合わせ、懇願するようにグレンの大きな手に自分の手を重ねた。そこにまた、涙がぽたりと落ちていく。
「ユア様……」
「恨まれてるのは分かってる。嫌われてるのも分かってる」
「……何を」
「返すよ。翼を返すから。お願いだから、またフォルセって呼んで。本当はグレンが………ユア・ラムダを治めるべきなんだから!」
「ユア様……何故そんなことを仰るのです」
まさか彼女がそんなことを言いだすとは予想もしていなかったグレンは、瞳を悲しそうに歪めた。
「私は、貴方様の苦難を知っています。王位継承者でありながら翼を持たなかった貴方が、どれだけ苦しんだかも。……どうして」
それでも、ユアは首を振り続けた。
そうやって泣きじゃくる彼女に、グレンは何と声をかけるべきか分からずに茫然としていた。
すると、突然後ろの扉が荒々しい音を立て開かれた。ぎょっとして振り返ると、その扉を開けた人物が、赤い瞳に冷たさを湛えこちらを見ていることに気が付いた。
「……何をしている?」
扉を開けたのは、カイムだった。涙を流すユアを一瞬見遣ると、グレンにその理由を求めるかのように視線を向けた。
「煌竜王! 貴様、警備兵はどうした?!」
「クッ。長い鎖国で足腰が弱ってるんじゃないか? 訓練が足りていない証拠だな」
冗談を言いつつ、カイムはそのまま部屋の中に足を進め、グレンとユアの前に堂々とした様子で立った。その後ろを、ライザーとシャジャが続く。
「か……カイム……」
しゃくり上げながら自分を見上げるユアの艶めいた表情に、カイムは人知れず目眩を覚えた。が、それを一切表には出さず。
「何故泣いている?」
と、いくらか優しい声で問いかけた。
「……なんでもない」
ユアはそう言って涙を拭う。なんでもない筈がないのは明らかだったが、カイムは敢えて追求はしなかった。
「さっさと立ち去れ煌竜王。さもなくば!」
グレンは殺気を漂わせながら、腰の剣をずらりと抜き、切っ先をカイムに向ける。敵意に満ちている彼にどう協力を求めようというのか、シャジャとライザーは互いに顔を見合わせ、汗を流した。
そして、息を飲んでカイムの次の言葉を待つ。だが、
「グレン。リリスティアを助けるために貴様の力がいる。協力しろ」
「なっ?!」
あまりにも直球かつ傲慢な言葉に、グレンもユアも目を丸くし愕然とした。すかさず、ライザーが後ろから吠える。
「言葉選べ!!」
「なんだ? 何か間違っていたか?」
さも不服そうにそう返すカイムは、自分の思い通りにならぬことはないと思っているかのようで。いつものこととして慣れているシャジャは背中の蝙羽根をへたりと下に萎れさせた。
「何を言いだすのだ貴様は! 何故悪魔などを俺が!?」
「貴様がいると簡単だからだ」
「助けたいのならば先の鉄戦争の時のように貴様がやればいいだろう!」
途端、カイムがグレンの胸ぐらを掴み締め上げた。グレンの体は地から少し離れ、宙に浮いた。
「カイムさん!」
シャジャが止めに入ろうとするも、カイムは強固とした力でその手を離そうとはしなかった。
「っぐ……はっ……」
「よく聞け愚か者が」
グレンは息苦しさに耐えながらも、カイムを睨む。カイムはグレンに顔を近付け、いつもより低く唸るような声でこう言った。
「いいか。シウバの狙いはリリスティアではない、ユアだ。昔からあいつが欲しているのはユアのみだ」
「……くっ」
「ノーブル軍は再びやってくる。今度は神鉄の魔導師ではなく、死皇帝の本隊がな。確実にユアは連れていかれる」
「は……離せ………」
カイムはグレンの胸ぐらから手を離すと、ゴミか何かを放るように床に投げた。ユアがその身を案じて駆け寄る。
「ユア様は全力でお守りする……渡しはしない! この国の王を渡しはしない!!」
咳き込みながらもまだ意志を固く示すグレンに、カイムは苛立ちを見せ、ついに声を荒げた。
「ユアがいつ王になりたいと言った!?」
怒りを顕にし吠えたカイムの声に、その場にいた全員が動きを止めた。
「ど、どういう意味だ」
そう言いながら、グレンはユアの顔を見る。ユアは、震えながら目を逸らした。
「貴様があの日、ユアに自らの翼を与えた。結果、公に魅了の力を持った純血種はユアだけになった」
翼の無い有翼人など、他と大差はない。
ではもし、純血種の世継の血統に翼無しが産まれたなら?
ユア・ラムダの王と王妃の間に、一人の可愛らしい女の子が生まれた。幼少名を、フォルセ。
だが彼女は、生まれ付き翼が無かった。純血種だというのに、まるで人間と変わらぬその体。晒された悪意は、幼子を谷へ捨てるまでに至る。生還したとして、喜ぶものはいなかった。
王は嘆き、王妃は心を閉ざした。不義を疑い、精霊の呪いを疑い、神を恨んだ。
後に、そのような子を産んでしまったという長年の心労から王妃が倒れたのだ。周りからの重圧、第二子の切望。全てのバランスを取ることは不可能だった。王妃は、死んだ。
王もまた、ほどなくして他種族との戦により命を失った。戦の耐えぬアーリアでは珍しい話ではなかったが、大臣達は次の王の即位をどうするか悩みに悩んだ。フォルセは、翼無しの能力無し。
──他に純白の翼を持つ者はいないのか!
その声に応えたのは、もう一人の天使。
純血種ながらも身分の低い心優しい少年は、翼などいらなかった。
ただ、彼女の笑顔が見たい。
『僕の翼を、どうかフォルセに』
フォルセは、翼を得た。だがそれは、彼女の意志を無視したもの。
それに気付いていたのは、昔からこの国にこっそりと出入りしている竜の青年だけだった。
翼さえあれば幸せになれると思っていた。
「ユア様……そんな」
「……ごめんなさい」
ユアは地に膝をつき、深く頭を下げた。壊れてしまいそうなその華奢な体を小刻みに震わせている。
「私、どこかに逃げてしまいたかった。王になる前は、皆一緒にいられたから。このまま翼無しでいいって思ってた」
「では、俺のしたことは……ユア様にとっては」
「必要なかった。貴様は、大臣共に利用されたというわけだ。偏執的で排他的な、地位や血統にこだわる連中にな。大方、ユアを即位させた後、体よく実権を握ろうとでも思ったのだろう」
カイムはそう吐き捨てると、ユアの腕を掴み立ち上がらせ、そのまま自分の胸に引き寄せ、抱き締めた。ユアはすがるようにその胸に顔を埋める。
「やはり貴様にユアは渡せん。シウバにもだ」
「……カイム」
「リリスティアを助けるのに協力しろ。あれがいれば、貴様の失った羽根を取り戻せるだろう」
「え!?」
グレンとユアが同時に声を上げ、カイムを見る。
「悪魔が何をできるというんだ」
「お前、知らないのか。リリスティアのヴァイス王としての能力を」
「悪魔は破壊しかもたらさない筈だ。最後の王も……」
「リリスティアの能力は、在るべくものに戻す力だ。現に、ヴァイスは氷の時間凍結魔法から復活し、常春を取り戻している」
グレンは、大きくかぶりを振って否定した。
「嘘だ! たとえそれが本当だとして、俺の為にしかならぬことだ! 煌竜王である貴様が、それぐらいのことで危険を冒してまで動くのはおかしい!!」
すると、カイムは瞳を静かに伏せた。そして、そっとユアを自身から離すと、再び瞳を開け、穏やかな視線を彼女に注いだ。
「フォルセが、貴様の翼を取り戻す方法を探していた。それだけだ」
「カイム……」
一度だけ、カイムの前で言ったことがあった。
『グレンの翼、元に戻らないかなあ』
『あれは自らそう望んだのだろう?』
『でもその所為でグレン。ますます皆からいじめられるようになったの。今、それに負けないように傷だらけになって訓練をしてるの。なんとかしてあげたいの……』
『……ふん』