第十二話「神鉄の器、虚飾の略奪者」

 シウバはやはりリリスティアを小馬鹿にした言い方しかせず、完全に見下しているのが明らかだった。それをフォローするかのように、クルヴェイグが言葉を挟む。

「まあまあ、陛下。リリスティア陛下はこれからなのです。いずれ大輪の華となれば、それはもう素晴らしい王となりますよ」

「 どうせそうなるまでにお前が手折るのだろう?」

 そう言われクルヴェイグはただ穏やかに微笑んでいたが、リリスティアを見る瞳は妖しさを帯びていた。

「話を戻しますが、ダイアンサス帝国とは此処とは別大陸にある国家ですよ。小国なれど、近年目覚ましい発展を遂げている国です」

「その国の剣を私が持っていたからって、何かあるの?」

「ダイアンサスの武器は特別なのです。あの国の武器は創られるのではなく、古代の"大いなる遺産"ばかりなのですよ。遺跡や隠された神殿から発掘されたものばかりです」

 リリスティアははっきりとした理解が出来ず、眉を寄せる。

「つまり、貴女がこの剣を持っているのはありえないのですよ」

「ダイアンサスに星の数ほどある伝承の中でも最も有名な話のひとつ、それに登場するのがこの剣だ」

 するとシウバは剣を両手で持ち、虚空に向かってそれを思いきり振り切った。だが剣は別段変わった様子もなく、シウバは溜息をついて鞘に収めた。

「いわくつきのこの剣の複製を創る物好きなどいない。血に飢えた気配、造り、本物と認めざるをえない」

 血、と聞いてリリスティアの鼓動が大きな音を立て響いた。
 まただ、あの感覚。
 剣を持った時に沸き上がる、あの狂気。恐れを感じながらも、リリスティアは聞かずにはいられなかった。

「一体どんな剣だというの」

 シウバは、リリスティアを睨むように見つめた。そして、深く眉間に皺を刻み付けた後、ゆっくりと唇を開いた。

「この剣の名はイスタリカ。超古代の伝承にある、神斬り人の剣だ」

 その昔、自身の父でもあり母でもある"神"を斬った者がいた。
 理由は分からない。憎さ故か、愛故か。今となってはただの伝承、空想の話。実際にあった話かどうかなど分かったものではない。
 だが何故か、神斬りの剣イスタリカの記録だけは文献として残っており、ダイアンサス地方では考古学者達が血眼になって探している重要な宝のひとつなのだ。
 そんな剣が、何故海を渡りリリスティアの元に届けられたのか。それ以前に、今まで見つからなかったようなものを一体誰が発掘し、持ち出したのか。

「イスタリカは、所有者に多大な力を与えると言われている。しかし、人には過ぎ足るものとして、発掘許可が降りぬ状態のものだった。奉納されているとされる神殿も、ダイアンサスでは閉鎖区域に指定されている。……そんな剣を、悪魔が持つなどと」

 シウバが、威圧するように言う。リリスティアはぐっと唇を噛み、臆せず答えた。

「勝手な物言いはやめて」

「とにかくだ。この剣は我らがいただく。ダイアンサスとの国交に有益な材料となる。貴様が持っていてては遺産の価値も危ぶまれるからな」

「な……ふざけるな! 返せ!」

 手枷を嵌められたままだが、リリスティアは勢いよくシウバに食って掛かる。だが傍らにいたクルヴェイグがそれを制止し、リリスティアの背後から腰を片手で抱く。

「従って下さい陛下」

「触るなと言った筈だ!」

 するとリリスティアは振り返りながら足を思い切りクルヴェイグに向けて蹴りつけた。だが、自由のきかない状態でのそれに威力はなく、彼の左手により易々と防がれる。

「ご自分の立場を理解していないようですね」

 その台詞と共にリリスティアの腹部に鉄の塊をぶつけられたような衝撃が走り、彼女の視界が揺れた。クルヴェイグが、凝縮した魔導力の塊をリリスティアのみぞおちに叩きこんだのだ。

「う……っ」

「失礼。暴れるからですよ」

 意識が段々と遠ざかり、四肢が言うことをきかなくなった。そしてそのまま前に体勢を崩し、重力に引かれるままに倒れこんだ。
 素早くクルヴェイグが彼女を抱き留め、自身の腕の中におさめると、恋人を愛でるような仕草でリリスティアの髪に顔を埋めた。

「皇帝陛下。この御方、私が貰ってもよろしいですよね?」

「……好きにしろ。だが、殺すな。アルフレッドとの駆け引きの材料になる」

「ふっふふ。ありがとうございます」

 シウバはイスタリカを持ったまま、玉座に戻り、野心に満ちた瞳でそれを眺め始めた。
 対して、クルヴェイグは新しいオモチャを貰った子供のように嬉々とし、リリスティアを横抱きにすると、シウバに一礼し背を向けた。
 リリスティアの意識は既にここになく、彼の腕の中で人形のように力なく抱かれていた。

「なんという済んだ蒼……。どうしてでしょうか、あなたを知らないはずの私があなたを求めてしまう……」

 クルヴェイグの腕の中で瞳を閉じたままのリリスティア。暖かな肌の熱と冷たい絹の髪の感触がなんともいえない。
 これからどうしてやろうかと、恍惚としながら城の回廊を歩く彼の姿を、柱の影から密かに見守る人物がいた。

「リリー……!」


  * * *


「い、入れるわけにはいかぬぞ! こんなことになって、貴様等タダで済むと……」

「邪魔だ」

「うわぁあぁぁ!」

 彼の進行を妨げる者は、皆紙屑のごとく蹴散らされた。ある者はその足で蹴飛ばされ、またある者はその頭を鷲掴みにされ投げ飛ばされた。すると彼は一度立ち止まり、後ろを振り返り苛立ちを見せた。

「何をしている。さっさと歩け」

「やることえげつねーんだよテメェは。話そうとか説得しようとかねぇのか」

「礼儀なんて言葉、カイムさんの頭にないですから」

 彼の後方で、ライザーとシャジャが呆れた様子で立ち尽くしていた。いくら緊急事態とはいえ、一国の城にこうも不作法に立ち入っていくのはカイムくらいだ。カイムは自分が蹴散らした兵士らしき一人の男の胸ぐらを掴むと、睨みをきかせながら問う。

「おい貴様、護衛剣士のグレンを呼んでこい」

「ぐ、ぐぐグレン様は今ディモルフォセカ様とっ」

「呼んでこいと言った」

「ひぃっ!!」

 青ざめて許しを乞う兵士を不憫に思ったのか、慌ててシャジャが止めに入る。

「カイムさん!」

「さっさと動かないこいつが悪い。さっさとしろ」

 促された兵士は逃げるように四つんばいになりながらも、なんとか立ち上がり走っていった。

「おい、グレンってやつがいればなんでリリスティアを助けられるんだよ? あれはただの護衛剣士なんだろ?」

 ライザーは兵士の背中を見送りながら、カイムに向けて疑問をぶつける。

「何故あいつに翼が無いか、そこから説明をしなければいけない。はっきり言って面倒だ」

「そういやあいつには翼が無ェよな。なんでだ?」

 「たった今、面倒だと言った筈だが?」

 「あぁ!? お前が言い出した話だろうが! きっちり説明しろ!」

 すると、カイムは渋々ながらも口を開いた。

「有翼人といえども、翼無しが産まれることは稀にだがある。だがそれは不吉の象徴として国では疎ましい存在とされる」

「グレンって奴はそれか。……って、益々意味わかんねぇよ。そんな奴に協力頼むんなら、あの女王に頼むべきだろ」

「奴は、先天性の翼無しではない」

「あ?」

「今から話すこと、決して言い触らすなよ」

 カイムのその真剣な物言いに、ライザーはぐっと言葉を飲み込んだ。カイムは何かを憂いながらも、ゆっくりとその意味を言葉にした。

「あいつには元々、翼があった」


 * * *


「……涙を、お拭き下さい」

 肩を震わせるユアに、グレンはそっとハンカチを差し出した。

「いらない。一人にして……グレン」

「そうはいきません。俺はユア様の護衛剣士ですから」

 グレンはそう言うと、手で顔を隠しているユアの前にハンカチをずいと差し出した。
 ユアは蓮の華のような玉座に座ったまま、ぽろぽろと真珠の雫を流し続ける。

「ユア様。貴方様あってこそのユア・ラムダです。悪魔のことを案じる必要はありません。あなた様が尊いのです」

「私はユアじゃない。私の名前はフォルセだよ」

「ええ。即位する前は、確かにそのお名前でしたよ」

 優しく言葉をかけるグレンに、やっとユアは顔を見せた。だが涙を拭おうとはせず、淋しそうな表情で彼を見つめた。

「グレンも、護衛剣士グレンじゃなかった」

「……ユア様」
5/10ページ
スキ