第十二話「神鉄の器、虚飾の略奪者」

 朝露に輝く新緑のような瞳、ほのかな桜色の唇。誰が一体彼女の女性らしさを引き出しているのか。確信を持ちながらも、クルヴェイグはわざと問い掛けた。

「美しさを引き出しているのは、あの剏竜ですか?」

 そう囁かれ、リリスティアは怒り混じりにカッと熱くなった。

「貴様に話す義理はない」

「おや、当たりですか? これはこれは」

 クルヴェイグはリリスティアから手を離すと、進行方向に向き直り、肩を震わせ笑った。嘲笑するその姿に怒りを覚え、リリスティアは眉間に皺を寄せる。

「何が可笑しいの」

「ふふふ。リリスティア陛下、貴方もやはりただの女の子なんですねえ」

 馬鹿にされた言い方をされても、リリスティアはまだ感情を爆発させず、彼を冷ややかに見つめる。するとクルヴェイグは急に表情を凍り付かせ、淡々とした口調で、こう言った。

「しかし、無知とは恐ろしい。剏竜なんかと我々の間に愛情が成立する筈ないでしょう?」

 途端、リリスティアは全身に何かが通り抜けたような妙な感覚に襲われた。嵐の夜に木々がざわめいているような落ち着かない感情が、彼女の胸の中にまとわりついた。

「純粋を通り越して、無知ですね貴方は。ああ、知らなくて当然でしたね。失礼しました」

 クルヴェイグは眉を下げため息を吐くと、「失敬失敬」と言いながら歩き始めた。両隣の兵士が立ち尽くすリリスティアを歩くように急かすと、彼女はまた仕方なく歩き始めた。
 どういう意味だ?
 そう聞きたいが、そんな事この状況で聞けるわけがない。
 悶々と悩むリリスティアの心中を見通してか、クルヴェイグが声をかけた。

「気になりますか?」

 リリスティアは返事をしないまま、視線を横に逸らした。催促するように、彼はさらに声をかける。

「聞いてもいいんですよ?」

「何も聞きたいことなんかない」

「意地っ張りですねえ」

 リリスティアは彼の背中に視線を戻し、思い切り睨みつけた。すると、彼の肩ごしに見える景色の先に、大きな広間があるのを確認出来た。
 さらにその突き当たりに、今までに無いくらいの厳重で複雑な魔法の紋様が描かれた扉があるのを認めると、リリスティアは今自分がどこを目的として歩いていたのかをやっと認識出来た。

「とりあえず、皇帝陛下に言い訳をしませんとね」

 広間に入るとクルヴェイグはリリスティア達を止め、自分だけその中央に歩み出て、手を床にかざし何やら唱え始めた。
 すると彼の立ち位置を中心に光の魔法陣が出現し、広間の中を金色に照らし始めた。魔法陣は緩やかに回転しながらも、カチリ、カチリと時計の針が進む時のような細やかな音を立てる。

「この魔法は、特別な血統を持った者の魔力にしか反応しないのですよ。つまり、精霊の血が流れていなければ、何人たりともこの扉の先に進むことは出来ないのです」

 金色の魔法陣の形が徐々に変わり始めると、扉に描かれた紋様が生き物のように動き移動を始めた。鍵の役割なのだろう、リリスティアにもすぐに分かった。
 そして扉に描かれた紋様が全てそこから無くなった時、誰の力も借りず、それはひとりでに道を開けた。死皇帝シウバの、玉座の間への道を。
 扉が開いた先にある部屋のずっと奥に、彼は威厳を以て腰を据えていた。

「只今戻りました。皇帝陛下」

 畏まってクルヴェイグがお辞儀をすると、死皇帝はさも不服そうに目を細め、嫌悪感を剥き出しにした。

「誰がそんな小娘を連れてこいと言った?」

 死皇帝、シウバ。若きヴァイス王、リリスティア。
 精霊王を持つ皇帝と、神秘の民の王。これが、初めての対面だった。
 シウバの金色の瞳は、恐ろしいほどに暗かった。リリスティアを見ても、まるで囚人か何か程度にしか考えてはいない。ゆっくりと瞬きをし、重く低い言葉を吐いた。

「ユアはどうした?」

「ええ、私も初めはそのつもりだったのですが、こちらの方をお連れしたほうが、陛下にはかなり有益かと思いまして」

「まさかとは思うが、その小娘は──」

「はい、リリスティア・ヴァイス女王陛下です」

 クルヴェイグは背を屈め、リリスティアの顔を覗き込む。リリスティアは冷めた顔で、返事はせず視線だけを返した。

 「わざわざややこしいことをしおって……お前ほど言うことを聞かぬ息子も珍しい」

 「おや、私だけですか? 本当に?」

 「ふん。黙っていろ」

 そう言うとシウバは、まるで狼のようなその金の瞳を鈍く光らせリリスティアを見つめた。
 何を考えているのか、しばらく無言のままだったが、ふいに溜息をつくと、傍らの護衛魔導師に手で何か指示をした。
 指示を受けた護衛魔導師は、そそくさと何処かへ消えた。

「ふん……王というよりはただの小娘だな」

「何だと?」

 その物言いにリリスティアは反感を持って答えた。
 だが、シウバはまるで相手にしていない様子で、面倒臭そうに眉間に皺を寄せている。

「ユア・ラムダに助けを求めにでもいったのか? あれは他を嫌う。貴様ら悪魔などを受け入れるはずがなかろう」

「ユアは、受け入れてくれた」

「あれは無垢だ。王には向かぬ女だ。貴様が同じ女故にそうしたのだろう」

「煌竜王もいたから、じゃないですかねえ」

 言葉を遮り、クルヴェイグが口を挟んだ。シウバは彼に視線を遣ると、無言でその意味の説明を求める。

「そんな怖い顔で見ないで下さい。予想ですよ。私は何か不味いことを言いましたか?」

「カイムと、ユアと、そしてこのシウバの因縁は貴様にも話した筈だ。にも関わらず、貴様はユアを連れてはこなかったのか」

「ふっふふ……申し訳ございません」

 謝る態度に反省の色は伺えない。クルヴェイグはシウバが静かに怒る様を見て楽しそうに目尻を下げた。

「この小娘にユア以上の価値があるというならば、説明してみせろ」

「はい、畏まりました」

 するとクルヴェイグは、兵士が持っていたリリスティアの剣を受け取り、シウバにも見えるように高い位置に掲げた。
 頭上のシャンデリアの光が剣を照らすと、ぼんやりと蒼く輝いた。

「なんだその剣は?」

 遠い位置からでは細かなところまで認識は出来ず、シウバは目を細める。

「ご存じありませんか、皇帝陛下。よく見て下さい」

「……まさか」

 途端、シウバの顔つきが変わった。
 驚いた表情でリリスティアとその剣を交互に見ると、なんと玉座から立ち上がり、一歩二歩と足を進めたのだ。深海の色に染まった長いマントが光沢を放ち、皇家の証である銀の髪と金の瞳がリリスティアを威圧する。

「何故それが此処にある」

「私も驚きましたよ。ですが、ありえないことではありません」

「だが、それの創り手は既にこの世界には存在していない」

 そしてシウバは、ついにリリスティアとクルヴェイグの前まで歩んでくると、立ち止まり彼の手から剣を奪った。

「これを何処で手に入れたのだ、小娘」

 リリスティアは言い知れぬ威圧感を感じながらも、けしてたじろぎはせず、まっすぐにシウバを見つめ返した。
 近くで対峙して初めて分かったが、彼は大きい。それは体格だけを言うのではなく。ノーブルを統べる皇帝シウバとしての、大きさを指している。リリスティアは、彼との差を感じながらも、凛として答えた。

「その剣は、何?」

「質問をしているのはこっちだ。素直に答えぬとただではすまさんぞ」

 剣を握るシウバの手に力が籠もる。落ち着いて話しているようだが、言葉尻に焦りが感じられた。

「この剣が何なのか、ご存じではないのですかリリスティア陛下?」

 クルヴェイグ達の問いに素直に答えるべきか否かリリスティアは迷ったが、その剣が何なのか知りたいのも正直な気持ちだった。考えた末に、リリスティアは彼の問いに肯定の意志を示した。

「知らないも何も、誰が私にくれたのかさえ分からないのだから」

「へえ。それは不思議ですねえ。誰かが土の中に潜ってきたんですかねえ。ふふふ……。もしくは、物好きな考古学者か……。どちらにせよ、これは貴重な発見です」

「その剣が化石だとでも言いたいの?」

 クルヴェイグはシウバと視線を合わすと何か意志を疎通させ、互いに頷き合った。そしてまたリリスティアに視線を戻し、こう言った。

「この剣は、西方ダイアンサス帝国の剣と見て間違いありません」

「ダイアンサス?」

「ダイアンサスを知らぬか。国を治める者が知に乏しいなど論外だな」
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