第十二話「神鉄の器、虚飾の略奪者」

 こんな状況なのに、リリスティアはやけに冷静だった。けだるそうに深く息を吐き、諦めにも見えるほど落ち着いている。いや、あるいは、"状況を打開する自信がある"のか。

「これでいい」

 そう独り言を呟くと、リリスティアはその翡翠の瞳を閉じた。


  *  *  *


「カイムさん!!」

 街の中を駆けていたシャジャの前に、カイムが現われた。その体はやはり傷だらけだったが、彼は平然とした様子で歩いている。戸惑いながらもシャジャが顔を見上げると、彼は優しくその頭に手を置いた。

「ユアは?」

「無事だよ。ケガもない」

「そうか」

 血が流れるカイムの体だったが、徐々にその傷口は閉じていく。竜ならではの自然治癒能力だろう。

「私の竜玉を身代わりにすれば……こんなに傷だらけには」

 そう言ってシャジャはカイムの腹部に手を当てた。ドクン、と何かが脈打ち、淡い光をそこから放った。
 シャジャの竜玉は、カイムの中にある。それにより、シャジャ自身はどれだけの傷を負っても死ぬことはない。
 そして、カイムの竜玉はシャジャの竜玉に守られるように体の中に存在している。
 だが、カイムは、必死に竜玉を守り続けていたのだ。

「そんなことをしなくとも勝てたからな」

「私の竜玉は、主人の竜玉を守る為にある。だから、神鉄の魔導師に見えていたカイムさんの竜玉は、わたしのもの」

「もういい。あまり触るな」

 カイムがシャジャの手を振り払うと、彼女は淋しそうに眉を下げ、その手を下に降ろした。

「おい、ライザーはどうした?」

 きょとんとするシャジャに、カイムは目を細める。

「ユア陛下のところには、あの護衛剣士さんしかいなかったよ」

 二人は顔を見合わせ、頭を捻る。勝手な行動を取るような者ではないだけに、その身が案じられたが、どうも敵に捕まったわけではなさそうだ。
 なんせ、彼らはリリスティアを捕らえた途端に引き上げていったのだから。

「死んだか?」

「まさかライザー卿に限って」

「冥福を祈るか」

 そう言ってカイムが空を見上げると、本当にそんな気がしてきたシャジャは青ざめていった。

「そんな……ライザー卿……」

「泣くことはない。奴の死は無駄ではないからな」

「ライザー卿……ッ」

「ざけんなお前らァ!!」

 途端、二人の背後から聞き慣れた怒鳴り声がした。それを聞いて振り返ったシャジャは、声の主を見るなり安堵したが、カイムは軽く舌打ちをしてこう言った。

「なんだ生きていたのか。立ち聞きするなど趣味が悪いな貴様は」

「阿呆か! 兵が引くのを待ってたんだよ!」

「ライザー卿……無事で良かった」

 シャジャが微笑むと、ライザーはツンとした様子で頭を掻いた。そして瓦礫の石の破片を蹴飛ばすと、バツが悪そうに口を結ぶ。

「チッ。敵に助けられてりゃ世話ねぇよな」

「え?」

「リリーの知り合いのチビ聖騎士に今までかくまわれてたんだよ」

 ライザーはあの後、ジークフリードの助力により、兵に狩られることなく身を潜めていた。それというのも、彼がそこらにあった原型の分かりづらい死体を兵の前に転がし、「他の悪魔は僕が殺した」と芝居まで打っていたからだった。
 ライザーはかなり不本意だったが、その場は大人しくそれに従っていた。

「ジークフリードっつったか。何考えてんだあのガキ」

 ライザーは、悔しそうに両の拳を握り締めていた。それは、神鉄の魔導師と対峙した時から自分の中をじりじりと浸食しているあの感情が原因だった。その感情とは、「劣等感」。ヴァイスの民の中でなら、彼の魔力に適わぬ者は居なかった。
 だが、ベリー、そしてクルヴェイグと、立て続けに魔法界のトップの実力を見せ付けられ、彼は悔しさと焦りの泥の中に足を捕われているのだ。いくら詠唱無しで術が発揮出来ようとも、魔力が伴わなければ意味が無い。
 このままでは、いけない。
 彼は誰に言うでもなく、とある決意を胸に秘めていた。

「カイムさん、これからどうしよう」

 困惑した様子のシャジャは、救いを求めるようにカイムを見上げる。

「ユアは無事なんだな。なら一度城に行くぞ」

「ユアさんに協力してもらうの?」

「いや、ユアじゃない」

 カイムは徐々に自己回復を始めた体をかばいつつ、城の方向に向き直ると、邪魔そうにその長い前髪をかきあげた。その下から覗く鋭い瞳は、赤い光を灯している。

「グレン、そろそろあいつにも働いてもらうぞ」

 その言葉の意味が分からず、シャジャとライザーは思わず顔を見合わせた。カイムは妖しい笑みを浮かべたまま、それ以上は何も言わず、城へと歩を進めた。


  *  *  *


 ノーブルの城は、魔導師たちの力で空中に浮いた島の上に建設されている。なんとも常識外れなその風景は、この国の民にとってはもう当たり前のものだ。
 それよりも、リリスティアが気になったのは、あの時破壊された街がもう見事に復元されていたことだ。どこにも、あの時戦闘があった気配など見当たらない。リリスティアは手首にかかる鉄の輪の重さに耐えながら、それらを訝しげに見下ろしていた。
 魔法で管理されている門を開くために、兵士達は門番の魔導師らしき男に声をかけ、合図をした。
 すると、灰色の石の城門の色が段々と薄くなり、向こう側が透け始めた。ついに透明な硝子のようになると、門は完全にその場から消え去った。

「我が城へようこそ、リリスティア陛下」

 クルヴェイグのわざとらしいお辞儀をリリスティアは訝しげに見つめる。彼は顔を上げると、笑みを湛えたままリリスティアの手をとった。じゃらり、とリリスティアの手首にかけられた鉄の輪が音を立てる。

「このような扱いで申し訳ありません。暴れられると困りますので」

 彼の笑みはどこか嘘くさかった。瞳の中は、相手を馬鹿にしているような表情をしているからだ。

「処刑されるのか?」

 リリスティアがそう聞くと、クルヴェイグは首を横に振った。

「まさか。それともそれをお望みで?」

「お前は悪魔(わたし)を討伐しにきたんでしょう」

「そんな命令を受けていたなら、見た瞬間に殺してますよ」

 そう言うとクルヴェイグは、髪を翻し城の中に向けて足を進めた。彼に続いて周りの兵士も歩く。リリスティアも背中を押され、ついて歩くように催促された。
 ノーブルの城は、まさにあらゆる魔法の力が結集された要塞だった。細部をよく見れば、あらゆる所に魔導術が使われている。回廊に敷かれた黒い絨毯は、魔導師がまじないをする時に使う紋様があり、両端にも細かい金の刺繍が施されている。所々に飾られている彫像品も、花瓶の花すらも、魔力のある希少なものだ。
 恐らく、侵入者を察知したり、その力を弱める罠。意味があって成されている調度品ばかりだった。あまり魔法に詳しくないリリスティアだったが、城に入った瞬間この居心地の悪さに顔をきつく歪めていた。
 今リリスティアの両隣には、屈強な兵士が一人ずつ。そして前にはクルヴェイグ。その腰には、リリスティアの剣が携えられている。
 不意に沈黙を破り、クルヴェイグが言葉を発した。

「そういえばリリスティア陛下。我が皇帝陛下に会ったことは?」

「ない」

「それはそうですね。以前貴方はただの聖騎士だったんですから。でも良かったですねえ、儚くともヴァイスの王になれて」

 するとクルヴェイグは、歩きながらも僅かに振り返り、金色の眼をリリスティアに向けた。

「私はユア女王陛下をお連れする気だったんですよ。彼女こそが、皇帝陛下の望みですし」

「なら、命令に反しているじゃない」

「ええ、でも言い訳なんてどうとでもつきますよ。それに何より……」

 そう言い掛けて、クルヴェイグは足を止めリリスティアに向き直った。そしてそのしなやかな指をリリスティアの顎にかけると、彼女の顔を自身の視線に合わせるように持ち上げた。

「私自身が貴方を欲しくなったんですよ。あんな羽が生えただけの女よりね」

「触るな」

 リリスティアが冷たく睨み返すも、クルヴェイグは恍惚として彼女の顔を見つめている。

「何かあったのですか? あの戦いの最中に見た時よりも、今の貴方は花のように美しい」

 確かに、リリスティアはその蕾を開花させた花のように美しくなっていた。泥に汚れてまるで化粧気がなく、唇に紅すら差さない彼女だったが、今は違う。
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